38話──ザアファと勇者
部屋を出た誠は、廊下をマイペースに歩いていた。
カーペットが足音を吸収し、静かな空間を作り出す。
初日と比べ、隣を歩く者もいなければ、使用人とすれ違うこともない。随分寂しい城になった。
「……」
無言で歩く誠が考えていることは、とても単純なこと。
(勉強やだなぁ……)
その一言に尽きる。
誠のこの世界における常識は欠如したまま。
この年齢で常識知らずで言論も合わないとなれば、目を付けられることは避けられない。
人間社会から離れて生きればその限りではないが、それは誠が望む生き方ではない。
だから学ばなければならない。
しかし、勉強の効率は人から学ぶよりも悪い。
ローマ字すら知らない状態で、英語を独学で学べと言われているようなものだ。
有名大学を卒業してなければ、メンサという天才集団の仲間入りするほどのIQも持っていない。近所の県立高校の在校生だった男が、簡単に知識と取り入れられるかと言えば、難しいだろう。
地頭が良いとはいえ、勉学の領域は努力が全て。
零から百を学ぶことは、向上心に欠ける男には厳しいものだ。
楽しみたいのに、楽しむための努力はやりたくない。そんな矛盾した考え。
誠自身ふざけた思考だと理解しつつも、それでも手を付ける気にはなれない。
だから誠は──
「……ん?」
(……足音?)
誠が察知したのは、他人の歩行音。
ゆっくり、ゆっくりと、まるで自分の存在を隠そうとしているような行動によって発さられる忍び足の音だ。
それが今まさに、視認できない角の先から聞こえてきていた。
いくら隠そうとも、擦れる音は隠しきれない。
緊張によって、息遣いの乱れが抑えきれていない。
「……」
誠は立ち止まり、自身の気配を最小限にした。
こそこそと行動する理由を持つ人間のそれは、悪い理由からなのが大半だ。
サマーニャやスィフル姫であれば問題無いが、彼らな訳が無い。
「……」
ただ、誠は逃げの姿勢にも、戦闘態勢にも入らず、息を潜めて角待ちした。
そして……
「やぁ、なにしてるんだい?」
「ッ!?」
誠の先手の挨拶を聞き、尻尾を踏まれた猫のように驚いたのは一人の男。
彼は腰を抜かして尻餅をつき、片手を顔の前に出して無駄な防御を取ろうとしている。
驚きにより声を失い、口をぱくぱくとさせるだけで、王国騎士団の隊員としては失格としか言いようがない醜態を晒していた。
「その服、隊員だよね。君らって侵入禁止されてたはずだけど、どうしてここにいるの?」
「あっ……えっと……」
「今ピリピリしてるからさ、俺じゃなかったら話す間も無く殺されてたかもよ?疑わしきは罰せよって感じでね。だから妙な行動しないでよ。そのまま動かないでね」
「ぁ……」
「脅すつもりで言ったんじゃないんだけどね、まぁいいや。君はここになにしに来たの?名乗って、それから訳を教えてよ」
上から、余裕を持った態度で対応する誠。
初めましての相手に、付け入られる隙を見せないようにするためだ。
「ッ……」
「ゆっくりでいいよ、ゆっくりで。三分くらいなら待てるから」
挙動不審な男が話し出すまで、誠はただ突っ立ったままで待ち続けた。
やがて男は話し出した。
「お、王国騎士団、三番隊所属の、ザアファ・ミーセです」
「ザアファ君。なにしにきたの?」
「……」
口は開くも、声を発さない。視線を右往左往と、嘘を隠そうとする子供のように動かした。
「話してくれないと困るよ。君が不安なように、俺も不安なんだ。話さないなら然るべき処置をしないといけなくなる」
「ッ……!」
「うん。きっと君が今考えたことだよ。それは俺も面倒だからできる限りやりたくないし、君も嫌でしょ?だからさっさと話してくれないかな」
サムハがスィッタへ試すつもりであっただろうこと。
このままではそれを試さざる負えない。
「面識のある上司じゃないと話したくないのかもしれないけど、今はそんな余裕もないんだよ。……目の動きが止まったね。それに唇も噛んだ。なにか思い当たる節でもあったのかな?」
「ぁ……ぼ、くは……」
「敵か味方か。それだけだよ。君はそのどちらに位置するのか、きちんと示さなければならない。……でしょ?だから、どんなに破綻しててもいいから、とにかく今頭の中にある言葉を口に出してよ」
「は、ぃ」
誠の急かす言葉に背中を蹴られたザアファは、やっと説明を始めた。
「国王様が病気で、隊長たちとも連絡が取れなくて、あと深夜に一斉に負傷する隊員が続出して、その共通点がサムハ団長に治してもらった人たちで…テnそれで不安で……来ました」
「不安って理由で、ただの隊員が指令を無視するのか?」
「それは……いけないことです」
「うん。指示待ちにならずに考えて行動できる人間は重宝されるけど、王城じゃ別だよね。如何に従順か、そっちの方が重宝されるわけだ。君がなんのために騎士やってるのかは知らないし興味ないけど、それに反する行動になってるんじゃない?」
「はい……。迷惑になってしまいます……」
「……説教臭くなったね。ごめん。まぁ君がここにいる理由はわかったよ」
誠は手のジェスチャーで立つように示し、ザアファを立たせながら話しを続ける。
「それで、君以外に侵入してきた人はいるの?」
「い、いえ、僕一人で来ました」
「ここにくるまで俺以外の誰かとすれ違った?」
「いえ、誰とも……」
「どこに行くのが目的だったの?」
「……目的地は無くて、とにかく事態が分かればいいなと……」
「そうか。じゃああんまり考えなしに、心配で仕方なくなって突発的に来てしまったと」
「……はぃ」
立ち上がっても、右手でズボンを握り締めて不安でいっぱいな心情を露わにしているザアファ。
「……あの」
「どうした?」
おずおずと口を開いたザアファは、誠を見て言葉を紡ぐ。
「勇者さ、まですよね」
「……知ってたんだ。なら話は早いね。俺のこと信頼してくれるよね」
「ぁ、はい!」
「なら俺も君のこと信じるから、俺がこれから話すこと、変に言い触らさずに心のうちに留めておいてね」
「わかりました……!」
フリをしているのか、ただ本当に純粋な男なのか。
(……まぁいいや)
「とりあえずおいでよ。話すより見せた方が早いだろうしね」
「……はい」
ただの隊員ザアファを連れて、誠は遺体の留置所のようになっているあの部屋へと向かった。
その道中で、特に会話は弾まない。
笑い合う間柄でもないし、親睦を深めるつもりもない。
「……」
「…………」
強いて言えば、単なる情報収集がある程度。そこから少し会話に芽が出るくらいだ。
「君って能力あるの?」
「えっと、はい。あります。危機察知と言って、身近に危険なことが迫っていたら反応する能力です」
「身近って?」
「僕に関わる事柄のほとんどです」
「じゃあ今回のこともその危機察知で気付いてたの?」
「はい。具体的にどんなことが起きるのかは一切わからないですけど、ただなにか起きてしまうというのは……わかります……」
「そうなんだ。他に能力ある?」
「いえ、これだけです」
「そっか」
「……」
「……」
「勇者様はどのような能力をお持ちになられているんですか?あ、その、秘密でしたら全然言わないでいただいていいのですが……ただの興味なので」
「……視覚妨害と、筋力増強かな」
「そうなんですね!それは……」
「あんまり派手な能力じゃなくて残念だった?」
「い、いえ!そんなことはないです!」
「本当?だって君たちにとって勇者って命の恩人みたいなものでしょ?魔王殺しの英雄なんだから、そんな肩書きを持つ人間には期待するよね」
「それは……まぁ」
「先代が凄いだけで、俺は無駄に勇者って肩書きを背負った一般人だよ」
「……」
「失望した?」
「……!いえ、そんなことはないです!」
「そう?」
「勝手に期待されるのは迷惑だってわかりますから……。勇者様は勇者の前に、一人の人間ですもんね。……勇者様と呼ばない方が良いですか?」
「そうだな……ならマコトって呼んでよ」
「マコト様、ですか?」
「いやいや、友達を呼ぶみたいにマコトってね」
「それは、恐れ多くて……!」
「俺は勇者の前に、一人の人間なんだよね?」
「ッ……!……はい。ではマコトと、呼びます」
「そこまで来たら敬語も取ってみようか」
「はい。……うん。わかった」
それくらい。
ただそれだけの些細な会話だ。
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