34話──波紋2
「んー……?……いッ!なんだ!?」
サマーニャは突然の腕の痛みに飛び起きた。
半覚醒状態では腕に違和感がある程度だったが、痛みを自覚すれば一気に眠気が吹き飛ぶ。
ベットの上という不安定な足場に立ち続けるのはよくないと思ったサマーニャは咄嗟にクッション性を活かして飛び跳ねる。
足を付けたのは、部屋の入り口と窓から離れた天井すれすれの隅。
勢い良く着壁したことにより、速度が殺されきるまで僅かな猶予が生まれる。サマーニャが部屋全体を見通すにはそれだけで十分。
「ッ……誰も、いない」
壁に着いた右腕の痛みに思考を一部奪われるも、脅威は潜んでいないことを確認。
もう一度下半身に力を入れて跳び、床に着地後すぐ扉を蹴って部屋から脱出した。
サマーニャは脱出後も立ち止まることなくフェイントを掛けるように走り、前後左右へ視線を移した末に、やっと足を止めて落ち着いた。
「はぁ……なにが起きてるんだ?」
腕の痛みは、体重で押し潰していたことによる痺れなどの、そんなちんけな痛みではない。
怪我を放置した覚えも無い。傷が開いたとも考えられない。
では一体なにが原因でサマーニャの痛覚が刺激されたのか……
右腕の痛む箇所を直接見ようと、サマーニャが袖を捲り上げるとそこには寝る前までは無かったはずの怪我。
「これ、は……!」
前腕の一部が抉れ、膿んでいるように見える。更にその周囲は赤褐色に変色。黒っぽくなっているところもあり、その周りは赤褐色とまではいかないが、肌の色とは程遠い赤っぽい色だった。
影響を受けている付近の皮膚はひきつれ、筋肉が痙攣している。
放置すれば、右腕が使い物にならなくなることは確定しているだろう。実際、指がまともに動かせない。
何故いきなりこんな傷を負ってしまったのか。まさかこれまで殺されてきた人たちもこのような原因不明のナニかによって訳も分からないまま死んだのか?
そうサマーニャは考えに考え……
「……まさか」
この怪我を知っていることに気付いた。
「アルバァの能力……炎操だ……!」
炎操。簡単に説明すると火を操る能力だ。玉にして発射したり、武器に纏わせたり、身に纏って防御に使ったりと応用次第で化ける能力。
そんアルバァの能力をサマーニャが知ったのは、勇者召喚が行なわれる数日前だ。
好成績を残す者へ特別報酬を与え、騎士全体のやる気を上げる取り組みがあり、アルバァが望んだ報酬がサマーニャとの一騎打ちだった。
サマーニャは久々に体を動かすのも良いかなと承諾し、結果観客ゼロで行なわれたバトル。
結果はサマーニャが全力を出さずして勝利するも、その試合の中でアルバァが今まで隠し持っていた能力により大ダメージを許してしまっていた。
その能力こそが炎操であり、そのダメージこそが現在サマーニャの腕に突如として現れた火傷痕。
そう、あの日の怪我と同じ位置に、同じくらいの損傷が現れているのだ。
つまり犯人はアルバァ?
「いや……違う。アルバァは確実に死んでるはず。生き返るなんて能力は存在するはずない。能力の限界を超え過ぎてる……。じゃあ、なにがどうしてこうなっていて…………あ」
サマーニャは一つの心当たりに辿り着いた。
いまいちわかっていないことだ。それに、実際に経験したことは無いし、誰かがそうなっているところを見たことも無い。
だが、話には聞いていた現象だった。
「薬指も、無い……」
左手の薬指が、初めから無かったかのように消えている。ただ、右腕とは違って生傷にはなっていなかった。
そして、合点がいく。
「あいつ!取り消したなッ!」
─────
宿舎は大騒ぎだった。
『怪我人を運べ!!』
『治癒系の能力者はホールに集まれ!』
『誰かサムハ様を呼んでくれ!』
怒号が飛び交い、混乱状態。
混乱しつつも指示を出して他の隊員をまとめようとする者がいれば、全く理解できずに立ち尽くしていたり右往左往したりと無力な隊員もいる。
「ザアファ!」
「ベルク!?なにが起きてるの!?」
騒ぎの理由がわからず、どうすればいいのかと戸惑っていたザアファの元に駆け付けたのは同室のベルクだ。
聞き馴染みのある声で名前を呼ばれたザアファはすぐにベルクだと察し、振り向きざまに質問を投げかけた。
だが……
「その怪我どうしたの!?」
声を張り上げて駆け寄ってきたベルクの肩には血が滲んでいた。
「これか?ちょっと傷口が開いたっぽい」
「大丈夫なの?」
「動かせないほどじゃないし大丈夫だ。そんなことよりな」
「そんなことじゃないでしょ!早く手当して治癒の人に治してもらわないと……!」
「そんなことなんだって!ザアファの心配は嬉しいがよ、俺以上にヤバい容態の奴らがいるんだ」
「え……?」
ベルクの言葉に戸惑い、それから周囲に視線を向ける。友人と会話をしたことで冷静さを取り戻し、それに伴い状況を把握しようと視覚情報を処理する力を取り戻せていた。
至る所に血が滴り、真っ赤靴跡が沢山形成されている。
ベルクほどの怪我なら衣服に血液が吸収されて床にまで血が滴ることはないはずだ。
「ね、ねぇ……なにが起きてるの?」
「俺にもわからねぇよ」
能力を使用した喧嘩騒ぎで慌ただしくなったことはあるが、これほどではなかった。
ここまで喧騒が響いているのは初めてだった。
「誰かに襲われたの?」
「わからん。まだ侵入者らしい奴は確認されてないみたいだ。俺のこの怪我も用を足してた時にいきなり痛んでな、それで怪我してることに気付いたんだ」
「いきなり?じゃあ他の方たちもいきなり怪我を負って……ぁ」
その時、ザアファとベルクの前を、負傷者と思われる隊員と、その者を担架で運ぶ四人の隊員が通った。
彼らはザアファたちへ目もくれずに大急ぎで通り過ぎていったが、ザアファの目には確かに見えた。
担架上の隊員。彼の衣服は上半身が露出するように切り裂かれていて、腹部には痛々しい切り傷があった。内臓が露出するほど深く、傷口周りは血と、膿んだような体液で濡れている。
問題は、それほどの傷がありながらも、その隊員に痛がる素振りが無かったことだ。
つまりは失神するほどのショックを受けたか、もしくは既に……
これは、危機以外のなにものでもなかった。
「あぁ……!」
「どうしたザアファ」
ザアファはこの惨状を知っていた。察知していた。
「僕のせい、だ……」
「ザアファ?」
察知していたのに、ベルクにすら共有せず、自分の心の中に留めていた。
信頼しきれない能力だから、誰かに共有してもほら話になってしまう。
嘘つきにはなりたくなかった。笑われたくなかった。裏切りたくなかった。
そんな自分よがりな正確であり思考だったから、この惨状を招くことになってしまったのだろう。
「僕がちゃんと伝えてれば……きっとこんなことになんてならなかったはずなのに……」
もしかしたら、もっとザアファが自分の能力に価値を見出して行動していれば未来は変わっていたかもしれない。
国のためにもっと我武者羅に生きていれば……
芯を持った生き方をしていれば……
「もっと……」
離れていく隊員たちを目で追いながら、ザアファは己の選択を呪い続けた。
─────
「…………え?」
痛みで寝付くことができずうなされていたスィッタは、体を起こして唖然とした声を漏らした。
自分の手のひらを見つめて、握って開いて握って開いて、何回も繰り返す。
初めは困惑していたスィッタだったが、段々と険しい顔となり……
「やめてくださいやめてくださいやめてください」
受け入れがたく、目を背けたくなる現状。
夢の中であれと心で願うも、鮮明な思考するスィッタの脳がそれを否定していた。
「やめてくださいやめてくださいやめてください……」
段々と声が震えていく。
呼吸が荒くなっていく。
スィッタは居ても立っても居られなくなり、転げ落ちるようにベットから離れて扉へ駆け寄った。
しかし、いくら強く押しても扉は開かず、外に出ることはできない。
元々は軟禁部屋だったこの部屋。アルバァを閉じ込めるにはスィッタの結界により容易いことだったが、スィッタ自身を閉じ込めるには結界が意味を成さない。
だから外側から鍵を掛けられ、更になにかで固定されてしまっているのだろう。
これでは出られない。
「ごめんなさいッ」
スィッタは誰に聞かせるわけでもなく謝ると、扉の左側の壁に対し、結界の能力を発動させた。
空間が一瞬揺らぐと、壁に対し長方形の亀裂が入る。
更に揺らぎ、長方形の亀裂の中に十字の亀裂。更にその中に亀裂、亀裂、亀裂……
そして最後にスィッタが片手で押すと、簡単に壁が崩壊。沢山のブロック状に崩れていき、人が一人が通るには十分な穴が開いた。
踏みしめるには不安定な床になった穴を飛び越え、スィッタは廊下へと躍り出ていった。
「サムハ様ッ──!」
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