33話──波紋
本棚が倒れ、壁はへこみ、窓ガラスは割れていた。
このことがバレれば厳重注意を受けるだろうが、それを成せる人はもうこの世に存在しない。
「スィッタ……なのか」
自室に籠るサムハ。
今までは常に職務に駆られていたが、ここ最近は一人になることが多かった。
時々スィッタが顔を見せることもあったが、びくびくと自分の顔色を窺っている姿が煩わしく感じ、イライラしてしまっていた。
駄目だとわかっているのに、理不尽な感情だとわかっているのに、スィッタへ八つ当たりのように声を荒げたりしてしまう。
そして己が怪我をするくらい加減知らずの破壊行為にまで及んでいた。
実際にサムハの手は流血が止まらず、骨もひびが入り折れていた。人差し指と薬指に至っては爪が剥がれている始末だ。
額も割れていて、片目に血が入り込んでしまっている。
傍から見れば襲われたようにも見える状態だ。
「……」
サムハは無言で、祈るように手を合わせた。
ただ、祈る意図は無い。サムハは神より己を信じる派の男だし、手の合わせ方も音が鳴って血が飛び散るくらい雑だった。
そんな行為にある意図は一つだけ。
肉体の再生だ。
「……」
瞬きの間に、切り傷も骨折も全て完治。血液は付着したままだが、ふき取るだけでいいので大した問題ではない。
次にサムハは自身の額にも触れ、その部分の傷も再生。
じわじわと穴埋めしていくように再生するのではなく、パッと傷が消えていた。まるでゲームで盤面をリセットするかのような変わり様だ。
スィッタの四肢を一瞬で破壊し、己の傷を一瞬で再生させる。
その二つこそが、サムハを団長として至らしめる能力だ。
少しでも触れるだけで即破壊。培ってきた戦闘技術も相まって、接近戦では敵無し。遠距離戦では被弾しても自らを即再生させることで無限に戦い続け、敵の位置の特定から接近までを一人でこなすことができる。
だからサムハは、今回の事件でも自らの命の危機はそれほど感じていなかった。ワヒュード国王の復讐が全て。おまけで、犠牲者の数を減らそうという考えがあった。
ワヒュード国王が殺されてから、毎日誰かが死んでいる。しかも被害者は、ワヒュード国王の死に関わった者のみ。死の事実を知らない一般隊員は誰も殺されていない。
スィッタの結界を信じるなら、外部の人間ではない。
だがスィッタは、現状最も怪しい人物となっている。殺された者たちを殺せる力があるのかについては、犯人であろうとなかろうと、本人の口から聞き出すことはできない。聞いたとしても信用できる状態ではないからだ。
たが、こうしてスィッタへの疑いが高まると、スィッタはあくまで共犯者であり、実際の犯行は外部の人間が行なっているという可能性も考えなくてはならない。スィッタが匿っていたとしたら、ナースィンが殺された時点で暴き出すことは至難と言える。
「ワヒュード様、ナースィン、ササーラ、アルバァ……か。ナースィンの能力を厄介だと考え、ワヒュード様の次に殺した。だとして、次はササーラ。優先して狙うほど犯人にとって厄介ではないはずだ。隙を晒したか?狙うにはややリスクのある部屋ではあるが……」
椅子に座ろうして、壊してしまっていたこと気付き、サムハは立ち尽くし、
「ちッ……」
結局壁を背もたれにして、床に腰を下ろした。
曲げたままの膝を肘置きにして体勢を落ち着かせ、なにかが見えるわけでもないが上を見た。
(そもそもがおかしい話だった。何故ワヒュード様の自室に侵入できた?その時点でスィッタの結界が作用していないことまで考えられただろう……。スィッタに情が移ったか……。無意識のうちに除外してしまっていたのか……)
思考はスィッタの疑わしさよりも、段々と自責の念へと変わっていく。
王が死んでもなお、まだ犯人を特定することもできずのうのうと生きている自分への憎しみだ。
(スィッタを拾ってきたのはワシ。もしスィッタが間接的にでもワヒュード様の暗殺に関わっていたのだとしたら……ワシはどうすればいいんだ)
自らが拾ってきた人間に、最も尊敬する王を殺される。
慈愛を与えた結果、敬愛を失うことになる。
恩を仇で返される。
「……あぁ」
犯人を特定でき、サムハの手で殺すことができたとして、その後の人生はどうしていけばいいのか。
純粋に考えればワヒュード国王の娘であるスィフル姫の手助けに勤しむべきだろう。
しかし、団長でありながらワヒュード国王を死なせた。そんな人物が団長を続けて残ったスィフル姫の命を守ることができるのだろうか。
国民からの反発は避けられないだろうし、なによりサムハ自身がすぐに決意を固められていない時点で、団長を続ける資格は無いだろう。
この騒動が終われば団長のサムハ・ピャーチは終わる。
終わることが目に見えているのに、復讐に駆られる意味はあるのだろうか。
「……いっそ、ワシを殺しにくれば」
サムハが殺されて呪縛から解放されるか、犯人を返り討ちにして幕を下ろすか。
その二択に絞れるのだ。
戦うだけで考えなくていい、簡単な二択へと……
「……なんだ?」
カサっと音が聞こえて視線を向けると、ただ机の上に置いてあった紙きれが落下して床と擦れた音だった。
ただ、カチ、カチャという、軽い音もサムハの耳に届いてた。それはまるで、爪で机を叩いた時のような──
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