30話──新たな疑い
「次の瞬間には、アルバァが離れたところで倒れていました」
誠たちは、スィッタの説明を黙って聞いていた。
「私が把握できているのはそれだけなんです……!」
「つまり、アルバァが瞬間移動したと、そう言いたいわけか。アルバァに移動系の能力は無かったとワシは記憶しているが……」
「ぼくも」
「うむ……瞬間移動し、更に大怪我を負い、死んでいたと」
スィッタの説明は、決してまともだと思えない。
矛盾しているのだ。
「なにかしらの方法で瞬間移動した。またはさせられた」
「もし犯人が瞬間移動できる能力者だったら、スィッタの結界すら無視して犯行に及んだ外部の人間って可能性も出てくるのかな?」
アルバァの死。その前後を見ていたスィッタの証言により、新しい説が浮上した。
「その瞬間移動という行為も定義上は結界に弾かれるはずだ。違うか?」
「実際に見てみないことにはわかりません……」
「可能性はゼロではないということか」
「はい……」
しかし、問題はそこではない。
「アルバァが死んでるのがおかしいよね」
サマーニャの指摘。そこが、スィッタの発言の怪しさの部分だった。
「即死するほどの傷って、脳とかそこら辺の神経がイカれてるはずじゃん?でもアルバァ怪我は即死するほどじゃない。もがき苦しむ姿がスィッタの目に入るはずだよね。もしくは痙攣とか、呻き声とかさ」
スィッタが立っていた場所だというところに立ち、サマーニャは廊下の先を見る。
「それにさ、この血の線。明らかにあそこまで這って進んでるよね」
瞬間移動では起こり得ないはずの血痕。
スィッタが認識できない速度で攻撃を受けて血を流し、瞬間移動ではなく高速移動で進んだとしても、血液が線状に染み込むはずがない。
移動速度が速ければ速いだけ、その地点で流れ落ちる血液の量は減ってと途切れ途切れに付着する。逆に、遅ければ遅いほど、流れる血液は増えて、今回のような染まり方になる。
更に、速いと慣性により血がアルバァの死亡地点より遠くに方へ飛び散るはずだ。
ゆっくりゆっくり停止すれば当てはまらないが、それならばスィッタがアルバァの動きを観測できているはず。
しかし……
「カーペットにだけ血が付いてるでしょ?短時間で行なわれたようには思えないんだ。ねぇ、スィッタ……嘘付いてない?」
広がった血から、這いずったような血の線へと続き、その血の終着点にアルバァの死体。
物的証拠が、瞬間移動を否定していた。
なにも見ていないというスィッタの主張を否定していた。
「う、嘘なんて!私は本当に知らないんです!見てないんです!信じてください!」
「無理だよ」
「ッ……」
迷うことなく突き放すサマーニャ。
もしかしたら別の考え方もあるんじゃないか?という助け舟も出せないくらい、スィッタに対して疑念を抱いていた。
「サムハはどう思うの?スィッタじゃないっていうならちゃんと論理的な説明をしてね」
「……」
「サムハ様……!」
即答しない時点で察せられた。サムハですら、スィッタのことを全面的に信頼できてないことに。
「シナイシくんは?」
「俺は……スィッタさんを疑うしかないですね。俺視点だと、サムハさんとサマーニャさんは一緒にいましたから、疑いの目を向けるには難しい。でもスィッタさんはアルバァさんと一緒にいた。それで主張と証拠が食い違ってるとなると、正体がバレたとかの止む負えない事情ですぐに殺すしかなくなり、慌てて考えた言い訳がその気付かないうちに死んでいたとかいう破綻したものだった。って考えてます」
「だよね」
「そんな!私は──」
「頼むからもうやめてくれスィッタ」
まだ否定しようとするスィッタを、サムハが冷たい声で止め、
「すまない」
「サム──ッ!あああああーーーッ!!」
途端に、悲鳴を上げたスィッタ。
状況からサムハがなにかしたのだと推測できるが、具体的になにをしたのかは誠にはなにもわからなかった。
本当に突然の出来事だった。
「これは……なにをしたんですか……!?」
「サムハの能力だよ。簡単に説明するなら、触れたところを壊せるんだ」
「じゃあスィッタさんは」
「耐え難い激痛に苛まれてるだろうね」
誠とサマーニャの視線の先、スィッタは膝を付き、頭をカーペットへ擦り付けていた。
苦痛から逃げようとした結果の、無意識な行動なのだろう。
ただ、腕だけがカーペットの上で身体の動きの合わせて震えるだけで、痛む箇所を抑えたりするような動きを見せなかった。
「……肩だね」
「今の一瞬で肩を壊したんですか?」
「さっき触ってたの、憶えてる?」
「さっき……」
それは、スィッタが己の身を潔白するための説明をする直前のこと。
今となっては演技かどうかわからないが、混乱しているようだったスィッタを、サムハが肩を掴んで治めていた。
その時に、既にサムハは手を打っていたのだろう。
(触れることが条件ってより、触れたことが条件か……。だから疑いが確信に近付きつつあるスィッタさんの肩を、触れていたことにより能力を発動させて壊したと…………)
外見に変化はないように見える。内部からぐちゃぐちゃにする系なのだろう。
「あああああッ!!」
「疑いが晴れれば戻そう。だが、それまでは破壊を取り除くつもりはない。……すまない」
サムハはスィッタの膝を、自身のつま先で軽く小突いた。
反対側に回り、左膝も。
「……」
これからなにが起こるのか。サムハの能力を知ったばかりの誠でも、もう察しが付いていた。
「ぼくたちはアルバァを運ぼっか」
「……はい」
サマーニャに促され、誠はアルバァの足を抱え持った。サマーニャは腕がぶらぶらとならないように持ちつつ、頭も支えるように手を回した。
「ササーラの部屋ね」
「はい」
スィッタとサムハの横を通り過ぎ、血の滴るアルバァを運んだ。
背後から、一段と大きく悲痛な叫びが聞こえた。
─────
『─────……ぅぃ、で…………?』
スィッタの視界の中心に捉えていたアルバァの全身。
それが消えた。
否、小さくなっていた。
否、離れたところで倒れていた。
『え……』
訳が分からず、スィッタは唖然とした声を漏らした。
アルバァが立っていたはずの場所から血が続き、ワヒュード国王が死ぬまで埃一つ被らなかったカーペットを、赤黒く汚していた。
なんでこうなっているのか、スィッタには理解できなかった。
ただわかることは、アルバァが死んだということ。
思ったことは、殺されたアルバァへの悲しみより、自分が明らかに自分が疑われるだろうという危惧だった。
─────
「ぅ……あぁ……」
スィッタは一人、簡易的なベットの上に置かれていた。
痛みに耐えきれず呻き声を漏らしたが、これでもマシになっていた。
肩から先が動かない。膝から先も動かない。
サムハの能力により、寝返りすら許されない体にされていた。
「はぁ……ぅ」
こんな状態にされているのは、スィッタが結界の能力者本人だからだ。
もしスィッタ以外であれば、サムハが手を出すことは無かっただろう。スィッタが能力で動きを制限し、部屋に閉じ込めればいいのだから。
しかしスィッタがスィッタ自身を能力で拘束することはできない。
だからサムハは手足を壊し、下手な行動ができないようにしていた。
スィッタはそのことを理解している。理不尽だとは思っていなかった。
「んんっ……!」
ズキズキと痛む患部。
それでもスィッタは、サムハに対して負の感情を抱いていない。
悪いのはあの状況でアルバァを手に掛けた犯人であり、サムハではないからだ。
疑わしきは罰せよ。サムハは団長として当然の行動をしたまでのこと。ここで文句を言うのは我儘が過ぎる。そう、スィッタは考えていた。
「サムハ様……どう、か……」
サムハたちは現状スィッタを最も疑っているだろう。
でも、スィッタは自分自身のことなのだから、犯人じゃないと言い切れる。すなわち、真犯人がまだ潜んでいると知っている。
だからどうか、殺されないでと。
「……」
唯一自由とも言える首を動かして窓の外を見れば、いつの間に時間が経っていたのだろうか。空にオレンジ色が溶け込みつつあった。
鳥が何匹か飛んでいた。
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