3話──勇者2
衝撃的な事実。
それはこの世界に来たばかりの、限りある情報をインプットしたばかりの誠でも衝撃を受ける事実。
(魔王が、死んでいる?)
だからなんだと思える楽観的な人間であれば、心の負担は少なかっただろう。
誠は多くの、これから起こり得るであろう数多くの分岐点を想定し、想像し、その可能性を探っていた。
しかし、ワヒュード国王の一言は、それらを根本から掘り返さす事実。
(魔王とは剣を交えないものの、領土内に攻め入ってきた敵に対してはスィフル姫に危険が及ぶという大義名分で戦わせる。娘であるスィフル姫を魔王と戦わせ、庇護者という建前を利用して俺を魔王と戦わせる。魔王との同盟や、魔王軍の庇護下に入るための交渉材料に使われる。何千年と、年月を掛けてきた戦いだから、勇者の価値も低くなっていて使い捨てにされる。騎士の育成に使われる。今は良好な関係値を蓄積させ、油断したところで催眠やなにかしらの強制力のある道具で縛る。…………さて、魔王が死んでるとなると、次に考えられるのは、他国との戦争利用か?)
「そうだったんですね。まさか魔王が死んでいるとは。それはいつの事なんですか?」
「シナイシ殿の一つ前の勇者殿が討伐された」
(なるほどね。その勇者の存在は結構大事だな。今後の為にも……)
考えを巡らせながら、誠は配膳された料理を平らげた。
まだワヒュード国王やスィフル姫は食事中なため、場は動かない。
(それにしても随分上品で丁寧な食べ方だな。堅苦しいと好きに味わいにくいだろうに)
ダルそうな立場だなと憐れみの念を僅かに浮かべる。表情には出さないように頬を固めた。
「その勇者の、魔王討伐後の人生はどんな感じだったんですか?」
「それはもう、我も羨むような人生だったな」
「と、いうと?」
「魔王という存在は、我が国だけの問題では無かった。この世界の全ての生きる人間の、共通の敵だ。そのため、彼は世界中から崇められ、各国から与えられた褒賞金はどれだけ贅沢しようと使い切れないものだった。そもそも、彼を知るものは絶対に支払いをさせないな」
「それだけ魔王はヤバい存在で、それを殺したその勇者は凄い存在だったんですね」
「あぁ。本当に、一言で言い表すことも失礼だと思うくらいの善人だった」
「だった。という表現をするということは、もう亡くなられているのですか?」
もしくは、生きているけど善人では無くなったという可能性もあるが、ワヒュード国王の表情からそれは無いと感じ取れる。
「ちょうど四十年前の今日。老衰でこの世を去った。我がまだ幼い頃だ」
「……」
「少し離れた所から見ていたが、彼の愛する妻たちに看取られて、最期までとても良い表情をしていた。今でもよく覚えている」
「妻たち?一夫多妻制なんですか?」
「……?よくわからないが、強き者は魅力にも溢れているものだろう?」
(英雄色を好む。まさか本当だとは……)
健康的な男児は誰もが一度は夢見るであろうハーレム。それを、このような異世界で達成している。まさに理想の異世界生活だ。
「なるほど。その先代の勇者が幸せに暮らしていたということはよく分かりました。では、俺のこれからの役割について詳しく聞いても?……あぁ、ありがとうございます」
空になったティーカップにお茶を淹れてくれたメイドの人に感謝しつつ、ワヒュード国王の返答を待つ。
(でもまぁ、大体想像はできるかな。共通の敵が居なくなったのなら、次の敵なんて考えるまでもなくわかる。こういう世界ならなおさらだな)
「シナイシ殿の庇護者としての役割。それは、他国からのあらゆる魔の手からスィフルを守って頂きたい。それだけだ」
「なるほど」
(やっぱりそうだよな~)
人間にとっての脅威は人間だ。
銃を持てば、移動速度も筋力も咬合力も、知能以外のほとんどが人間を上回る生物だって殺せる。
現代日本だと、熊が典型的な例だ。生身では襲われたらひとたまりもない。しかし、猟銃や斧、麻酔銃などでどうにか対処し、処分したり市街地から遠ざけたりして、人間は人間の命を守ってきた。
ただそれも、人間同士で意見を違え、多くの規制を掛けられている。心無い言葉を投げ掛けられている。
人間も熊も、どちらも命が掛かっている以上、どちらが正しいのかは一概には言えない問題だ。
だが、結局は人間の最大の敵は人間。元の世界でも、この世界でも、それは変わらない。
きっと、魔王の被害を受けていない人間は、魔王たちにも理由がある。命があると、国を糾弾していただろう。
矛先は、人間へ。
魔王が死んだ今、揺るがない事実となっていた。
「スィフル様を他国の人間から守る。それはわかりました」
「おお、引き受けてもらえるか!」
「……!」
ワヒュード国王は誠の言葉を聞いて声を大きくした。心なしか、隣のスィフル姫の口角も上がっているように見える。
「ですが」
期待させてしまったことに申し訳なさを滲ませつつ、誠は二人へ言い訳のように口を開く。
「俺は特殊な力とかは持ってません。剣技や拳法などの戦闘技術も会得してしません。他を凌駕する知識、知力も備えてません。正直に申しますと、俺よりそこら辺の騎士を傍に置いておいた方がスィフル様の身のためになるかと。能力だけでなく、年齢的な人生経験の差も、思考に大きく影響しますから」
(うわ?、なんだかんだちゃんと忠誠心はあるんだなぁ)
騎士たちの怒気を感じつつ、誠は至って冷静に、自分を起用しようとするワヒュード国王を諭す。
「あまり大声言えば反感を買いそうですが、ぶっちゃけてしまいますと、俺のような若者が姫の庇護者となること。この……お城?の中を闊歩することに対して大いに怒りを感じる者は少なくないと思うんですよね。努力して属したこの場所に、勇者といえど経験不足の子供。漬け込む隙にも成り得ると思うのですが、それでもワヒュード様は俺をスィフル様の元に?」
(さて、どう出てくるか見ものだな。襲われなければなんでもいいけど……)
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