29話──隊員
《死の告:シ》
アルバァ・チェトィリエ:死亡
これまでの被害者と同様に彼の喉には刺し傷があった。それ以外にも、腹部に二か所。背中に一か所。右足のアキレス腱を断つように一か所。胸部に一か所。これまでの死傷と比べ、アルバァの死傷には明らかに段違いな殺意が込められているように見えた。
うつ伏せで顔も伏せた状態のアルバァは、右手を前に伸ばして死んでいた。緩んだ拳が、なにかを掴もうと足掻いた結果のように感じられる。
また、アルバァの死体から出たと思われる血液は長く伸び、負傷現場から十メートルはカーペットに血が染み込んでいた。自力で這いずったか、無理矢理引きずられたのだろう。
第一発見者はスィッタ・シェーチス。
そして、死の直前のアルバァを目にし、その場に居合わせていたのもスィッタだった。
ササーラの作業部屋は十字に別れる通路の角に位置する。部屋を出て右に進み、直後の十字路を右に曲がった先に、布で包まれた肉と化したものがあった。
質の良いカーペットが赤く染まり、新品に交換しないといけなくなるくらい汚れてしまっている。
「アルバァ……」
サマーニャがその名を呼ぶも、彼はピクリともしない。死んでいるのだから当たり前のことだが、無反応という結果を目の当たりにしたことで改めて死を実感した。
ここまで酷い殺し方があっただろうかと。程度で考えればナースィンの死に様の方が惨いものだったが、それは落下という一つの工程によるもの。
しかし、アルバァの場合は全身に刺傷を与えられていた。これまでの被害者はみな喉にのみ攻撃されていたというのにだ。
「スィッタ、詳細を」
険しい顔をしたサムハが、発見時の状況の説明をスィッタへ求める。
「わた……ぁ、の……」
「……?どうしたスィッタ。さっさと答えろ!」
「っ……その……」
サムハからの命令にも関わらず、なぜか言葉を詰まらせ視線をあちこちへ動かして定まらないスィッタ。
そんなスィッタの不審な様子を見て、サムハもサマーニャも彼女へ疑念を抱いた。
ただアルバァの死を前にして動揺しているわけない。それはこの状況が、隊長という役職を任せられる上で最低限持ち合わせなくてはならないメンタルで弾ける程度だからだ。
ナースィンの死体で己を見失ってないのだ。アルバァで言葉を失うほど動揺するとは到底考えられない。
「わ、私は……ただアルバァを捕えようと近付いただけなんですっ……」
唇を震わせながらも、スィッタは説明を始めた。疑いの目が向けられることを恐れているのかもしれない。
「それで、その、気付いた時には殺されいて……死んでいたんです!嘘じゃなくて本当に、目の前だったのにわからなくて……でも!」
「落ち着け」
サムハは身振り手振りでどうにか説明しようと焦るスィッタの肩を掴んで、冷静にさせようとする。
「なにがあったのだ」
「……私は、まずアルバァを呼び止めました。……それで、それで、アルバァが私の方を見て──」
─────
時は遡る。
「止まりなさいアルバァ!」
「あ?なんだよ」
廊下の中心をのそのそと歩くアルバァを呼び止める。
するとアルバァは無視することなく足を止め、首だけで振り返った。
「よく単独行動できるな。怖くないのか?」
「そんなことどうでも──」
「ナースィン、ササーラ。お前以外の隊長は死んだ。次に狙われるのは自分じゃないかって考えないのか?」
「ッ……それは……」
「なぁ、スィッタよぉ。オレが殺人鬼だったらどうする?」
アルバァは頭の位置をほとんど動かさずに、スィッタの方へ体の正面を向かせる。
「チャンスだぜ。この状況はよ……お前は格好の獲物なんだよ」
「ッ……!」
その言葉に警戒心を高めたスィッタだったが、アルバァはなにもしてこなかった。
アルバァはただ笑っていた。その笑みに潜む感情がなんなのかは読み取れない。疑念が勝って、恐怖心が増幅されていく。
「これは、サムハ様の命令です」
「だからあいつに言ったよな。団長権限振りかざすなって。命令される筋合いは無いんだよ」
「……サマーニャも同意も上です」
「副団長もか?あ~、どうせ団長に同調しただけだろ」
「それは貴方の勝手な決め付けじゃありませんか!」
「勝手?それはなにを根拠にした勝手なんだ?オレの言葉を間違いとするなら、スィッタは正解を知ってるってことだよな。教えてくれよ。お前は副団長のなにを知ってるんだ?」
「なにをって……、貴方はサマーニャのなにを私から聞きたいのですか?」
「そうだな……」
アルバァは無防備にも、スィッタの前で目を瞑って思案していた。
ここで不意打ちでスィッタが能力を使えば、容易く捕らえることができただろう。しかし、ここでアルバァとの会話を打ち切ることはできなかった。
命令に忠実に従うなら無視すべきだが、それでもスィッタの中で興味が勝っていた。
なにより、このタイミングで武力行使に移ることが、逃げの選択のように感じられた。
「……」
「例えばだがよ、副団長の能力の中身を知ってるか?」
「サマーニャの能力?」
「あぁそうだ」
「それは、身体能力が高いのが……」
「詳細知ってるか?身体能力が高い以外の能力があるか否かについて知ってるか?身体能力の限界がどこまでなのか知ってるか?……知らないよな。副団長が本気の戦い方を見せてくれたことなんで一度も無い。どこまで実力を備えてるのかすら誰も知らないんだよ。団長も、国王すらもな」
「……」
鋭い眼光を受けてつい流されそうになってしまったスィッタだったが、寸でのところで食い下がる。
「アルバァが考えすぎなだけじゃないんですか?」
「考えすぎって言葉が出てくるのは考えなさすぎだろ。誰も知らない。なのにサマーニャは副団長。おかしいって考えないのか?」
「貴方が知らないところで見せているのでしょう。それに、サマーニャは正式な功績を沢山残しています」
「はぁ……。副団長のこと、なんもわかっちゃいねぇよ。楽観的な生き方は身を亡ぼすぜ」
「なら貴方が知っていることを教えてください。わかってないと私に言えるくらいには知っているのでしょう?」
「ったく、いいか?副団長は誰も信用して無い。腹の底を見せることを弱点を晒すことと同義に考えている。人間の裏側を知り尽くしているからこそ、仲良しこよしはするけど支え合うつもりは一切無い。あいつは烏みたいなもんだ」
「仮にそれが事実だとして、何故貴方はサマーニャの本心を知っているのですか……?」
「オレがそうだからだ。同族だから理解できる。それだけのことだ」
言い終わると同時に、アルバァは片手を挙げた。
「ッ……!」
「そうだぜ。警戒しないとだよなぁ?」
腹を隠すサマーニャと同族だと話すのなら、アルバァもなにかしら隠しているということ。
片手を挙げるという動作に、能力のトリガーが仕込まれているのかと警戒するのは当然。先ほどアルバァ自身から忠告を受けていたのもあり、スィッタは即座に戦闘態勢に入っていた。
視認できるほど強固に張られた結界がスィッタの周囲を囲んで保護。
更に、スィッタとアルバァを繋ぐ空間が歪んだ。床、壁、天井が、ゆらりゆらりと揺らめいていた。
「オレが言いてぇのはそういう事なんだぜ。その警戒心を副団長にも、団長にも、常に持つ。勇者にもな」
「貴方は……」
「誰も信用するな。今はそれが最善の選択だ。団長への恩義は知ってるつもりだがよ……まぁ、とにかくそういうことだぜ」
アルバァは挙げたままだった手を降ろした。それからスィッタを背後にして歩き出し、会話の終わりを示す。
「……ぁ」
警戒を解かないスィッタだったが、このままアルバァを帰してはサムハの命に背くことになってしまうと気付き、能力を解いた。
「待ちなさい!」
「……だからよ、オレは部屋に戻るっつってんだろ。正直お前とも長時間二人きりになりたくねぇんだわ。協力はしてやるが、殺されるのだけはごめんだ」
「しかし!ここで貴方を行かせるわけにはいかないんです!」
「なら、力尽くで止めるか?いいぜオレはよぉ」
「私はこれでも隊長ですよ!更に貴方には武器が無い。勝ち目があるとでも?」
「そうだな。オレの愛用の武器はあの部屋に紛れてる。だがよ、一時は国王と隊長を殺しって疑われてたんだぜ。成せると思われるくらいには認められてんだよ」
「それは長剣ありきの話ですよね!」
「武器ってのは常に携帯するのが難しい。それに、いつ壊れるかわからないだろ?」
「……じゃあ、本当にやるつも─────
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