23話──責任3
その言葉を聞いたスィフル姫は、パッと顔を上げて誠を見た。目を見開き、口は半開き。よほど驚愕したのだろう。
「今の言葉を聞いて、俺のことを軽蔑しました?」
「そんなこと、ないです……」
「では、嬉しかったですか?それとも悲しかったですか?」
「……わかりません」
「そうですか。でも嬉しさを感じなかったということは、少なくとも死にたいわけではないんですね。それがわかっただけで十分です」
誠はそう言って微笑んだが、スィフル姫は困惑から抜け出せないままだ。
「俺を家族だと思ってくれていいですよ」
「それは……」
「三日前の、俺がこの世界に来たばかりの瞬間。俺は完全に取り残されたような気持ちでした。全く知らない場所に、全く知らない人達に取り囲まれていたんですから」
「……」
「そして、元の世界に知り合いも家族も残したまま、俺はここにいます。そう考えると、俺とスィフル様、同じような気がしませんか?」
「おなじ……私と、シナイシ様が……」
「ええ、そうです。だから、俺にあなたの全てを預けてくれませんか?苦しみも、悲しみも、俺に背負わせてください。王国の姫としてでも、スィフルという一人の女の子としてでも、なんでもいいです。なんだって構いません」
「うぅ……で、でも…………」
スィフル姫の表情は優れない。誠には、その表情にまだ迷いがあるように見えた。
誠の言葉はわかってくれている。だから、でもという一歩引いた言葉が、スィフル姫の心の躊躇を表していた。
もう一歩だ。
「最後に、俺を信じてみませんか?」
あと一歩こちらに引き込む。怖気づいた手を引っ張って、息苦しい水中から引き上げる。
呼吸のしやすい場所へ。誠が生きる世界へと。
「これは提案です。俺からは差し出すだけ。手に取るか取らないかはあなたが選択することです」
スィフル姫の目の前に手を出す。手のひらを上向きだ。スィフル姫の意思を伝えてもらうために。
「これは俺から提示する最後の提案ですよ。嫌なら無理に頷かなくていいです」
「最後の?」
「えぇ。首を縦に振ろうが、横に振ろうが、どっちにしても俺はこれ以上あなたへ選択を強いることはしません。縦なら、この先俺が俺のやり方であなたを守ります。横ならこれ以上俺はあなたへ過度な干渉はしません。ただの勇者と姫という、それだけの関係性に留めましょう」
これは、スィフル姫への問いかけだが、誠のこれからにも大いに関係していること。
「さぁ、どうしますか?」
「私は……」
スィフル姫は、沈黙した。
五秒、十秒、十五秒……スィフル姫は考えに考えた。
なにか話そうと口を開きかけ、すぐ閉ざす。膝に乗せた手を、握って緩めて握って緩めて、もじもじと体を動かす。
そんなスィフル姫だが、誠は容赦しない。難しかったら明日でもいいですよなんて、猶予を与えたりはしない。今返事が欲しいのだから、答えるまで誠も沈黙し、このままいつまでも待ち続けた。
「……決めました」
やがて、スィフル姫は心が決まったようで、ギュッと手を握り締めて顔をあげた。
「お願いします!私を助けてくださいっ!」
スィフル姫の目尻には、少し涙が浮かんでいた。
助けてという言葉を絞り出すまでに、どんなことが頭を巡ったのだろうか。母親の死、父親の死、王国の未来への不安、自分自身の未来への不安、放り出されたことのへの恐怖、手が差し出されたことによる安堵、自ら選択することへの不安。
色んな想いが混じった涙だっただろう。
誠は、それがどんな想いだったとしても、そもそも断られたとしても、答えは初めから決まっていた。
「わかりました」
誠はそう言いながら、スィフル姫がおずおずと伸ばした手を掴み、軽く自らの方へと引く。
スィフル姫はそれを受けて腰を上げた。誠の意図が伝わったのだろう。
しかし誠はただ立たせたかっただけじゃない。
「ひゃっ!?」
スィフル姫が自らの足でバランスを保つよりも先に、誠はその手を引っ張って前のめりにさせた。
このまま誠が避ければスィフル姫は転倒してしまうが、もちろんそんなことせず、よろけたスィフル姫を体で受け止めて、その背に手を回して抱き寄せる。
引き寄せた手は一度緩めて、離れないように指と指を絡めるようにして繋ぎ直す。
「──っ……!」
スィフル姫は目を白黒させて動揺し、受け入れることも抵抗することもせず、ただただその身を硬直させていた。
「シ、シナイシ様……その……」
「大丈夫ですよ。よく言えましたね」
「え?」
困惑して見上げてくるスィフル姫に対し、誠は微笑む。
「恐かったでしょう?誰にも頼れなくて不安でしたよね。孤独でしたよね。……寂しかったね」
「っ……」
「俺のこと、父親のように思ってくれていいですよ」
「父さま……?」
「お兄ちゃんでもいいですよ。俺をこの世で一番信頼してください。俺はあなたをこの世で一番大切にします。俺に一切の遠慮をしないで、存分に甘えてください。俺はいくらでも胸を貸しますから」
「……」
スィフル姫はなにも言わなかった。
代わりに、涙を流していた。
誠の言葉を受け入れてくれたのか、スィフル姫は誠の胸に顔をうずめて、肩を震わせて嗚咽した。
「ごめ、んなさい……」
「いいですよ」
亡き両親への謝罪なのか、残された国民たちへの謝罪なのか、それとも泣いてしまったことを謝っているのか。
どんな理由があったとしても、詮索はしない。ただ受け入れてあげることが今は最も重要だ。
「好きなだけ泣いてください」
「っ……」
背中をさすって、繋いだ手に力を込めた。
スィフル姫が落ち着くまで、ずっとずっと、あやし続けた。
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