21話──責任
三日目はまだ続く。
それは去り際のサマーニャからの言葉が理由。
『そういえばさ、スィッタから聞いたんだけどね、スィフル様が全然言葉を交わしてくれなくなっちゃったらしいんだよ』
『やっぱ、両親がいなくなると──』
『それもそうなんだけどそうじゃなくて、昨日はまだなんとか会話のキャッチボールができてたらしいんだよ。でも今日はもう断固拒否』
『あれじゃないですか?時間が経てば色々考えることもあるでしょうし、理解を拒んでいた脳も段々と受け入れ始めたんじゃないですかね。そのせいで精神的に参っちゃっているという』
『かもね。でもさ、これが一番大事なことなんだけど……勇者に会いたい。それだけ言ってたらしいよ』
『勇者に?……俺ですか?』
『他の誰がいるの?シナイシくんに決まってるでしょ』
というわけで現在、誠はスィフル姫の部屋の前まで来ていた。
ここに来るのは二度目だが、今回は許可無し。
サマーニャは会いたいと言っていたとだけ告げ、スィフル姫の元へ行くようには言っていなかった。
誠としては副団長からの言質が欲しかったのだが、
『会いに行けばいいんですか?』
『そうは言ってないよ。でも勇者に会いたいって言ってたんだよね~』
というように決して断言はしなかった。
これは誠の予想になるが、サマーニャ的にはスィフル姫の要望を叶えてあげることで傷心から立ち直れるよう手助けをしたいのだろう。しかし、容疑者である勇者とスィフル姫が会うことをサムハは許さない。
もしバレてもその時はサマーニャやササーラが味方になってくれるだろうが、一番最適な方法は秘密裏に勇者がスィフル姫に会いに行くこと。だからひとまずは一歩後ろから見守る立ち位置でいくのだろう。
(スィフル姫のことを任せてもらえてる……ってことでいいのかな)
「……」
感じるのは責任。
誠はその二文字を、己の辞書から抹消したいくらいには嫌いだ。
責任。それは全て他者との関わりによって生まれる。それは他人とでも、知人とでも、親に対しても、子に対しても。知性を獲得した人間という種が、人間として生きていく上で避けられない。
だから嫌いだった。
自分で選択できず、逃げようとしても年老いていく度に他者から押し付けられるから。
しかし、今回は違う。
サマーニャは誠に逃げる道を作ってくれていた。指示や指令ではなく、会話の中にキーワードを置いただけ。それを拾って、この場に立っているのは誠の意思だ。
「入るかぁ」
扉をコンコンとノックする。……返事は無い。
もう一度ノックしてみる。……返事は無い。
諦めずにもう一度ノックした。……それでも返事は帰ってこない。ノックは無駄だと悟る。
声を掛けるかどうか考え、部屋の中にハッキリ聞こえる声量だとスィフル姫以外にも聞こえてしまう可能性に至り、どうしようか悩んだ結果一つの結論に辿り着く。
試しに扉を開けようとしたがもちろん鍵が掛かっていた。
「……」
誠は自分の部屋へ帰った。
─────
部屋に戻った誠はすぐに窓を開けた。
それから、夕日の眩しさに手で目を覆いつつも、顔を出し王城の外壁を見回す。
「こんなところから来たのかよ……」
サマーニャが使っていた侵入経路を探ろうと、足を掛けられそうなところに目星を付けていく。
隣の部屋の窓へいくのはなんとか行けそうだった。各階の外周に一センチほどの突起があり、それが途切れることなくずっと先まで続いていたからだ。
しかし、上にいくのは難しい。梯子も無ければ、ボルダリングのホールドのような出っ張りも無い。気合でどうにかするしかなさそうだ。
窓枠に足を乗せ、指の力で窓枠上部の僅かな出っ張りを掴む。そしてへこんでいる箇所も利用し、身体を上へと移らせていく。四階ともなると、かなりの高所。無防備に落下してしまうと、即死は免れないだろう。
下を見れば見覚えのある光景。ナースィンが潰れた場所だ。
経緯はともかく、二の舞を踏まぬよう慎重に次の出っ張りへ手を伸ばした。しかしそこで次に掴めそうな出っ張りも引っ込みも見当たらず、動きが止まってしまう。
「……本当か?」
次の一手は思い付いたが、それは諸刃でしかない
能力のおかげで疲労はしないので、この状況で考え続けることはできる。しかし日が沈むと見えにくくなるし、スィフル姫も寝てしまう。
なので、掴んでいた手を片方ずつ離し、元の場所より下の外壁に指を引っ掛けた。
それから足を曲げ、全力で五階の窓枠めがけて跳躍した。
「ッ──うわ!」
一番恐れていた、跳躍距離が届かないという最悪にはならなかった。
だが逆に、届かないことが絶対に無いようにと全力で跳躍した結果、跳び過ぎてしまった。
まず足場にしていた場所が砕けてしまい、跳躍の力を完全に上方向へ出し切れなかった。そのおかげで僅かに上昇幅は減少したものの、姿勢のコントロールを乱すことになった。
咄嗟の判断で手を伸ばし、窓枠の上部を掴むことに成功。したのも束の間、上昇力と咄嗟に出た握力で掴んだ場所が砕けてしまう。
しかし速度は急激に減少し、頭が下、足が上という逆さまの姿勢になりながらも五階に留まることに成功した。
すぐに掴みなおし、体が半回転して生まれる遠心力と重力に耐えつつ、腕一本で宙ぶらりんの状態で収まった。
「……ふぅ」
誠はフリーの左手で額の冷や汗を拭い、呟く。
「無茶はこれっきりにしよ……」
五階に登れたら、あとは外壁の突起をゆっくり進んでいくだけでいい。
幸いにも風はほんのわずか。そよ風程度だ。慎重に進めば辿り着けるだろう。
日差しが少し暖かかった。
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