20話──二番隊隊長2
「これでもまだマシな方でして、発見当初はもっと悲惨な状態でしたよ」
高所から落下したのだから、それも頭部から落ちたとなれば、その後はある程度想像付く。
ここからは見えないが、頭頂部も酷いことだろう。
しかし、不思議なことにも血生臭さは感じない。
(臭いがしないだけじゃないな。肌の色も、そこまで白くなってない……)
どちらかと言えば生気は無い寄りだが、それでも少し体調が悪いくらいの色。
なにかが塗られているようにも見えなかった。
「……そういや」
『死体を扱う以上は私の役目ですから』
そのようにササーラが言っていたことを思い出した。
死体を扱うことを優先して任せられること。二人の死体の状態が、まるで冷凍保存されたように鮮度を保っていること。
(屍使い、ネクロマンサーか?普通なら論外だけど、この世界ならありえない話じゃないよな)
「ササーラさん」
直接聞いてしまった方が早いと思い、誠はササーラへ問うことにした。
「どうしました?」
「ササーラさんの能力について聞いてもいいですか?」
「そうですね……私のは隠す利点もほとんど無い能力ですし、いいですよ。簡潔に言うと【固定】ですね」
「固定?」
「わかりやすい例ですと──」
ササーラはスーツの内ポケットから少し血の付いたハンカチを取り出した。
「すみませんね汚れていて」
そしてそれを持った右手を前に出し、ほんの少しの力で投げるように手放した。
すると、本来落下するだったはずのハンカチは、ササーラの手から離れた瞬間に重力を無視して空中に静止したまま、一切動かなくなった。
「なるほど。確かに固定、ですね」
「あとは片足ずつ靴を固定すれば」
今度ササーラが見せてくれたのは空中散歩。
足を動かす度に、透明の階段があるかのように登っていき、見えない床をごく自然にあるいていた。
「こんな感じで手品のようなこともできます」
「ほぉ~」
誠は素で感嘆してしまっていた。
こんなに面白くて、わかりやすく、楽しそうな能力は初めて見たからだ。
そして、落胆もした。
「俺もそんな能力が欲しかったですよ。羨ましいです……」
「そう言ってもらえるのは嬉ししですが、戦闘には不向きで不便な能力でもあるんですよ。絡め手でどうにか嵌め殺す必要があるので、ナースィンには……どう足掻いても勝てませんでしたね。いつか見返してやりたいと思っていたんですが、残念です」
悲しげに話したササーラは、空中からちゃんとした床へと降りた。
「さて、ええと、この能力はかなり応用が利く代物でして、今見せたように物理的に物を固定することができれば、」
「死体の状態も固定できると?」
「えぇ。その通りです。気付いていましたか」
「先ほど死体の扱いはササーラの役目だと言っていたので、そうなのかなと見当付けてました。ところでその……もしかしてこの世界は能力ってむやみやたらに聞いちゃダメな感じですかね……?」
能力について聞いた時のササーラの反応が少し怪しかった。
「そうですね。あまり不躾に聞くのは失礼と言いますか、反感を買うことになるかと」
「それは失礼しました」
「シナイシさんはここに来たばかりですし、仕方ありませんよ。伝えられていなかった私たちに原因がありますから」
ササーラは誠を気遣って優しい言葉を掛けてくれて、そんな二人の様子を見ていたサマーニャがパンパンと手を合わせ鳴らして注目を集めた。
「シナイシくんいけそうだね。顔合わせが本命だったけど、ついでに作業も手伝ってく?」
「サマーニャさん、よろしいんですか?」
「いいよいいよ。ぼくもササーラにずっと任せてるのは心苦しかったし、シナイシくんに関しては精神トレーニングってことでね」
「勝手に決められるんですね……。いいですけど」
人はどんなことでも案外すぐに慣れるものだ。
誠にとっては完全な他人と言っていい存在だということも慣れを促進する要因になっていたのかもしれない。
「ササーラさんはここで具体的にどんなことしてるんですか?傷と武器を照らし合わせて手掛かりを探しているとは聞いていましたが、俺の脳だと実際に傷に刺して確認するくらいしか方法が思いつかないんですよ」
「なかなかに凄い方法だね」
「ちなみにササーラさんの能力で傷を固定して武器を刺すってのはできないんですか?」
それができれば惨いがわかりやすいだろう。
しかしササーラは首を振って否定した。
「それは無理なんですよ。更なる傷を付けないために固定させることはできるんですが、その場合傷が開かなくなるので刺せなくなるんですよ」
「妙案だと思ったんですけど……残念です。ではどんな方法を?」
「ただ武器の形状と傷の状態を見比べるだけの作業です」
「……それだけ、ですか?」
「はい」
「……そんなんでわかるんですか?」
「わかりますよ」
見るだけで判別できるのは達人の域だろう。常識外れ過ぎる。
「サマーニャさんも?」
「うん。わかるよ」
「……」
誠はすっかり忘れていた事実を思い出す。サマーニャたちは王国の中枢核だということを。
この世界の人間の常識を彼らで知った。そのせいで誠の中における一般人が彼らになっていた。しかし彼らは一国の王を守る、団長や隊長を任されるほどの精鋭だ。
ここでは誠の中の常識を塗り替えるのではなく、ぶち壊していかなければついていけないだろう。
「俺がその方法で見分けるには十年くらいかかりそうです」
「そうなの?」
「俺は名ばかりの勇者ですよ。中身は、能力のおかげで力を持った、ズレた常識の一般人ですからね」
いざ、言葉にするとなかなかに空しい。
「う~ん、ねぇササーラ。なにかシナイシくんにやらせられることある?」
「そうですね……。ではシナイシさん、そっちの方に積み重なってる武器の整理をお願いしていいですか?」
「わかりました」
ここでなにもせずボーっと突っ立って見ているのも気まずいし申し訳ないのでもちろん頷く。
「柄の部分に三種類の識別用の印が刻印されていると思います。積み重なったそれの下の方は一番隊の武器がほとんどだと思うんですけど、途中から効率重視で武器ごとに区別し始めたので二番隊や三番隊の武器なども入り混じっているんです」
「なるほど。わかりました。じゃあとりあえず分けますね。置き場所などは……」
「床でいいですよ。わかりやすく離して置いていただければあとはこちらで回収して部隊の方に返却しますので。あと怪我しないよう、刃先には十分注意をお願いしますね」
「はい」
その後は、淡々と作業を進めた。
誠は武器を仕分ける単純な作業。サマーニャとササーラが無関係だと判断したものも誠が受け取り仕分ける。
二人は時々話し合いつつ、それ以外は一本一本見逃さないよう慎重に確認する。怪しいものは別で取り分けておく。
めぼしいものは見つからなからず、時間だけが過ぎていった。
そんなこんなで、誠の異世界生活三日目が……
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