2話──勇者
「うむ。シナイシ殿には、スィフルの庇護者となって頂きたいのだ」
場所は変わって、誠にとっては海外の高級レストランとかに来たのかと思うような眩しい空間。
金やら銀やら、光沢のある装飾品だらけ。
正直、現代日本で過ごしてきた誠にとってはどれほどの価値なのかは想像もつかない。
(錬金術とか、魔法みたいなものはあるのかな?)
と、真新しい物を見る度に想像を膨らませていた。
とりあえず、ワヒュード国王から、これは権威を損ねないためだという簡易的な説明があったが、さすがにこれはやり過ぎな気がする。
しかしそんなこと考えても、立場の差や世界差もあるだろうからほとんど意味を成さない。
これから慣れていればいいと誠は結論付けて、「そうなんですね」とありきたりな言葉を返した。
食は幸いにも満足できるレベルのものだった。
日本人は食にうるさいとかなんとか。そして誠もそれに当てはまる人間であった。
好き嫌いはほとんどせず、食わず嫌いを嫌う性格だ。だから、まずは香りを感じ、好みでない香りだったとしても口に入れ、咀嚼し、再び香りに触れ、嚥下する。
人間の三大欲求にもある食欲は、誠の人生を豊かに彩ってくれる至福のひとときを生み出してくれるものだ。
そんな感じで、味わって食べてみたところ案外いけたという話である。
難癖をつけるならば、なんの食材を使っているのかよく分からないところくらいだ。例えば、虫っぽい形状の物もあり、それを発見した時は五秒ほど停止した末に意を決して口に入れた。まろやかな味わいで臭みもなく悪くはなかった。
なお、気分は悪い。
「庇護者?」
誠はもっと大層な大義名分を与えられるだろうと考えていたため、ついポカンとした表情で聞き返してしまう。
「スィフル様の庇護者になるというのが、俺がこの世界に連れてこられた理由なんですか?」
「……百年前のことだ」
「百年前?」
突然の言葉に再びポカンと聞き返す誠。ワヒュード国王は誠に対して嫌な顔せず話を続けてくれた。
「シナイシ殿のような人物。異世界人と我々は呼んでいるのだが、その異世界人は百年前にもこの城に姿を現したのだ」
「百年前にも……」
「そして、二百年前にも、三百年前にも、異世界人は現れている」
「百年周期で異世界人が……つまり、俺がここに来たのはあなた方の意思では無いということですか?」
誠の頭で考えられた結論。
一日周期で太陽と月が入れ替わり元通りになるように。一年周期で太陽と地球の位置関係が元通りになるように。
この世界では百年周期で異世界人が特定の位置。今回で言えば、この城がその特定の位置であり、誠は百年に選ばれて転移してきたというわけだ。
元々城が先に存在し、異世界人の転移先に選ばれたのか。それとも元々ここに異世界人が転移してきていたから後から城が建てられたのか……
(気になるな……でもまぁ、今はそんなどうでもいいことの話を膨らませることに利点は無いか。今後の俺の扱いがどうなるのか。庇護者の役割……だな)
「流石シナイシ殿だ」
誠の言葉に満足した様子で頷くワヒュード国王。
「その様子だと俺の考えは合っているみたいですね。なるほど……では、率直に伺うのですが、俺の庇護者としての役割はどのようなものを求められているのですか?」
場合によっては生死に関わる問題でもある。ここは慎重に立ち回るべきだと、誠は心を据える。
「俺はてっきり……あー、この話は俺の世界での言い伝え的なものだと思って頂ければ良いのですが、その言い伝えでは異世界には魔王と呼ばれる存在がいて、世界を悪しき方向へ統治しようと企んでいる。その魔王の暴虐を防ぐために、異世界の人間の力を借りる。という言い伝えがあったので、てっきりそのような戦場に駆り出されると思っていましたので、拍子抜けと言いますか……」
言い伝え、昔話、おとぎ話と称していれば素っ頓狂な話でもそういう話があるのだと受け入れさせることができる。
(これなら、ただの戯言だって切り捨てるわけにもいかないだろうしな)
「おやおや、そこまでシナイシ殿の世界に伝わっていたとは。その通りだ。我々の世界では、記録に残されている初期の文献から、既に魔王の存在は確認できている」
「それは何年前のことですか?」
「具体的な年月は記されていない。だが、保存状態や、使用されていた紙質と筆記体から照らし合わせ、4400年前には確実に存在していたと考えられている」
「そんなに昔から……俺みたいな異世界人の存在はいつから確認されているんですか?」
「魔王と同時期から確認されている。ただ、異世界人としてではなく、勇者という名称で語り継がれているな」
「……」
(これは……いや、あれはただの創作話では無かったということか?過去に、この世界から帰還した人間がいる?……それとも、この世界からあの世界に転移した人間がいるのか?)
「その勇者たちは、最終的にどうなったんですか?この世界で死んで終わったんですか?」
「ほとんどの勇者は……魔王、魔王の部下に殺され、幕を下ろしている」
「……なるほど」
(正直に答えてくれたのはとてもありがたいな。けど……ちょっと教育がなってないんじゃないか?)
ワヒュード国王の発言を耳にした騎士たちの気が張りつめているのを肌からチクチクと感じた。
身動ぎの音。布ズレや、金属のカチャカチャという音が異質に伝わる。
異様に静まり返った空間に早変わりだ。
(まさか、死んで行ったって話を聞いて、俺が死にたくないって喚き散らかして暴れるとでも考えているのか?まだ成人も迎えてないヒヨっ子だってのは事実だから認めるけど、流石に失礼過ぎる態度だろ。国王と護衛として、感情を表に出すって質が低すぎないか?)
なんて思うものの、口にはしない。
どんな意図だとしても、発言にしてしまえばほれはパンパンに膨らんだ風船を針でつつくようなものだ。
「ほとんど、ということは例外がいるのでしょう?」
なんとも思ってない風を装い、誠はワヒュード国王に希望的な質問をする。
「シナイシ殿の言う通り、例外は存在する。ただいずれも、老衰や自死、国民の暴動による殺害、何者かによる暗殺、行方不明。と、酷い最期ばかりだ」
「……そーですか」
(無事に日本に帰れる可能性は万が一にも満たないか。面倒だなぁ)
「で、俺はその魔王と戦うとかしなくていいんですか?国のために命を尽くせ、的な感じです」
「まさか、勇者殿をそんな奴隷のような扱いはしない」
(随分理性的な国王だな。最上位の地位を手に入れたら誰でも傲慢になるものだと思っていたんだけど、案外そうでもないのか)
「なにより、シナイシ殿を戦わせず、スィフルの庇護者となってもらうのには、決定的な理由があるのだ」
「決定的な、理由?」
先ほどの、騎士たちの緊張が解けてきた頃合い、ワヒュード国王は実に誠を混乱させる事実を告げた。
「魔王は既に死んでいる」




