18話──アルバァ・チェトィリエ
「結構良い立ち回りだったよ」
「そうですか?」
「うん。しっかりペース持ててたのはサムハと会話するなかでかなり評価できるよ」
誠とサマーニャは現在、先ほどの部屋から最寄りの階段を登って四階の廊下を歩いていた。
「サマーニャさんは……」
「どうしたの?」
先ほどの会話を通じて思ったことだ。
「誰が、犯人だと思ってるんですか?」
「わからないから頭働かせて考えてるんだよ」
「サムハさん、スィッタさん、アルバァさん。この三人しか上げられなくないですか?」
サマーニャの言葉を素直に信じるのなら、ササーラも誠も外れる。
誠視点と同じ状況になるのだ。
見逃してしまっている重大なナニかがない限りは三択。
「先入観が無いうちにサマーニャさんの意見も聞いておきたいんですよね」
その三人の中で誰が一番怪しいと思っているのか。
「ふわっとした意見でもいいので教えてください」
「うーん……サムハがワヒュード様を殺すとは思えない。サムハの意向を無視する行為をスィッタがするとも思えない。だから現状はアルバァだね。動機もあるしね。でもそれなら
ナースィンの死体を報告する行為が理解できないんだよ」
「アルバァさんですか」
「もしアルバァじゃないのが確定した時が一番怖くて、サムハたちがやったとも考えられないから容疑を隊員全員に広げることになるんだよ。この時のために力を温存してましたって人がいないとも限らないしさー。もうみんな怪しいよ。……シナイシくんはどうなの?」
「俺も聞いた限りではアルバァさんですね」
「やっぱり?」
「今のところごろつきを想像してますもん」
「あー、あながち間違いではないかも」
やがて一つの部屋の前で止まった。見た目は他と遜色ない扉。
「この部屋にアルバァがいるんだ。……大人しくしてるといいなぁ」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「武器になるものは一切ないから、襲われるとしても素手だよ」
「俺まだ戦闘経験ゼロですよ。いざとなれば守ってくださいね」
「それはもちろん」
サマーニャはそう言うと、躊躇なく部屋に中に突入していった。
誠も後に続き部屋の中に足を踏み入れ、中の様子を確認する。
そこには一人の男がいた。退屈そうに床に寝転がっている男は、こちらに気が付くと目をぱちくりとさせた。
「あー?……解放か?」
「期待してるとこ悪いけど、まだだね」
「そうか」
それ以上会話を伸ばすことなく、男は興味を失った様子で寝返りして背を向けた。
「……」
サマーニャには無駄に脅されていたのか?
そう考えてしまうのも仕方ないと思えるくらいには、アルバァは誠の想像と真反対な人間だった。
「ただ顔を見に来たわけじゃないんだけど」
「なに?」
アルバァはサマーニャの言葉を聞き、再びこちらに視線を向けた。
「ちゃんと協力してくれたら早めに解放してあげられると思うよ」
「……目的は?」
解放という言葉を聞いた途端、アルバァは身体を起こして胡坐をかいた。
「色々聞きたい、お話したいだけなんだよ」
「そうか。そいつは勇者だよな」
「そうだよ」
注目を浴びたので一応挨拶をしておこうとした誠だったが、
「全裸で縮こまってたのは面白かったぜ」
「……」
どうやらアルバァとは仲良くできなさそうだ。
─────
「んで、なにが聞きたい?」
一切の家具が無い部屋で、三人とも床に座って会話を始めた。
「何度も聞くようだけど、文句言わずに答えてね。シナイシくんにも聞かせたいから」
「おう」
「アルバァはナースィンの”遺体”を発見した。間違いないね?」
「おう」
「アルバァが殺したわけじゃないんだよね」
「あたりめぇよ。隊長を殺す必要が無いだろ」
あっけらかんとした態度でアルバァは答えた。ナースィンが死んだことに対してそれほど強い感情を抱いていないのだろう。
「でも戦ってみたいとは前々から思ってたんだよね」
「そりゃな。強さを試してみたいって思うのは普通だろ?だが、仮に戦うとしても殺しはしねぇよ」
「なんで?」
「殺したらそれっきりじゃねぇか」
それはあくまで自分を高みへのし上げる道具としか思っていない言葉。
「負けたら反省を活かして強くなれる。勝てば強くなった結果がわかる。それはオレだけじゃなく戦う相手にも言えることだ。オレが勝てばその悔しさをバネにもっと強くなってオレを
打ち負かしてくれる。そうしてそれを繰り返せば無限に強くなって行けるだろ?だから殺すなんてありえねぇってんだ」
「なんで今日は城の外周を歩いてたの?」
「空気が吸いたくなったからだ。それ以外の理由はない。変に言い訳するつもりもない。ただ偶然そうなって、潰れた隊長を見つけた」
「どう?シナイシくん。なにか思うことある?」
最初はそういう考え方もあるのかと思えたが、最後の城の外周を歩いていた理由が怪しすぎて全て吹っ飛んでいた。
しかし、根拠は無い。仮にやっていたとしても、これでは言い逃れできるだろう。
「これについては聞きました?」
誠は、もし伝えられていない情報だった場合に備えて、自分の喉をトントンと指先で叩くことで喉の刺傷について聞いていることをサマーニャへ示した。
すると、意図を察知してくれたようで、サマーニャはすぐに答えた。
「まだだね。事情聴取した後に発覚したことだったから。でも……うーん」
サマーニャは首を傾げ、少し悩んでから答えた。
「聞いてもいいかな。ねぇアルバァ。ナースィンの喉に剣とかの刃物で刺した傷があったんだよ。で、アルバァって刺突攻撃を得意にしてたじゃん?だから、言っちゃうとそれが繋がっててアルバァが殺したんじゃないかって疑ってるんだ」
「ほー。刺した傷か。でもそれくらいなら誰でも再現できるんじゃない?」
「それを再現できる使い手ってなるとアルバァくらいしかいないんだよ」
「死体に対してなら誰でもできるんじゃないのって」
「死体に?つまりアルバァは殺した後に、更に喉に刺したって考えてるの?」
「考えてるってか、そうなんじゃねぇのって。オレはやってない。でも戦闘でそれができるのはオレしかいない。つまり戦闘以外でやった。殺した後の動かない隊長を刺した。それじゃね?」
それは、ワヒュード国王の死体を見ていたからこそ気付けなかった可能性。
ワヒュード国王の死体はわかりやすい傷が喉の刺し傷のみだった。だからそれが死因に直結しているものだとばかり思っていた。
殺人後であれば、いくらでも偽の証拠を落とせる。
それを拾い上げるかは他者に委ねるしかないが、砂漠に針一本落とすのと白い床に血を一滴垂らすのとでは訳が違う。
「刺し傷は完全に仕組まれた手掛かり……。もしそうだとしたら、垂らされた釣り針に見事に引っ掛かっているってことだけど……そうだとしてもあんまり変わらないよね」
「そうですね。アルバァさんに擦り付けようとした場合の犯行可能人物の範囲が少し広がるだけですね」
どちらにせよワヒュード国王とナースィンを殺せる技量は必要。
強いて言うなら、喉の刺傷が死因だと思っていたワヒュード国王の遺体に、別の死因がないかを更に深く調べる必要はあるということ。
アルバァの容疑が晴れるわけではない。
「俺からも質問いいですか?」
「いいぞ勇者。オレのイチモツのサイズか?」
「…………実際に、アルバァさんとナースィンさんが戦ったらどちらが勝つと思いますか?」
「オレと隊長か。……オレじゃね?」
「なんでそう思うんですか?」
「逃げに徹されたら無理。だが真正面から向き合ってくれりゃあ勝てるだろうよ。能力の相性的な話だぜ。それに、だ」
アルバァは一拍置いて、嘘で言うにはリスクがあり過ぎる、ナースィンへの心情を告げた。
「隊長は殺された。オレは今生きている。その時点で、どっちが弱いかなんて考えるまでもないだろ?」




