17話──被害者加害者
「来たか。サマーニャ……と、シナイシマコト……か」
誠が足を踏み入れたことのある王城の部屋は、召喚された部屋と、ご飯を食べた大広間、能力測定をした玉座の間、訓練などを行う一階と地下の施設、自分の部屋、トイレや大浴場、スィフル姫の部屋、サムハから事情聴取を受けた場所。
今回訪れた部屋はそれらのどこにも該当しない新しい部屋。
十畳くらいの狭めな空間。中心に長机が一つ。左右対称に椅子が合計六つ。
その左側最奥に腰掛けるサムハの頬は、少しコケているように見えた。それだけ、ワヒュード国王の死が響いているのだろうか。
また、サムハの誠を見る目には怪しさがあった。疑念たっぷりの、訝しんでいる表情を隠せていない。
その隣にはピンク髪の女性が一人。スィッタだ。
「なぜシナイシマコトがここに来たのだ?」
「ぼくが呼んだんだよ。ワヒュード様とナースィンがいなくなった以上は、サムハとぼく、そこにいるスィッタ、それとササーラ。サムハを抜けばぼくとスィッタとササーラの三人しか今まで信頼していた人がいないでしょ?」
「む……」
サムハはサマーニャの言葉を聞き、顔を眉をひそめた。だが、それも仕方ないだろう。
”今まで信頼していた”という言葉は、完全にサムハの内心を言い当てた言葉であり、言わなくてもいい言葉なのにわざわざサムハの前で口にしたのだから、煽られていると感じたことだろう。
そして、お前は信頼しているのか?と、不信感を募らせていることだろう。
だがこんなところで衝突しているわけにはいかない。ましてや団長と副団長が見え見えの敵対心を見せるのは完全な分断に繋がるのだから……
「だから勇者の知恵も使おうかなって。駄目?」
「しかしな、これは王国の問題。シナイシマコトの手を借りるわけにはいかないだろう」
「なんで?そもそも勇者の役目って魔王を倒すことじゃん?なんで魔王を倒すのかって言ったら、人類の危機だから、ひいては王国の危機になるからでしょ。王国の問題に手を貸してもらうことが駄目な理由なんてある?」
「……無いな。ではシナイシマコト。よろしく頼む」
正論をぶつけられ、断る理由を見つけられないサムハは許可するしかなかった。
「もちろんです。よろしくお願いします。それと……スィッタさん、ですよね?」
「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。三番隊隊長のスィッタ・シェ―チスです」
「丁寧にありがとうございます。勇者の枝石誠です。力になれるよう知恵を絞らせていただきますのでよろしくお願いします」
簡単な挨拶も済ませ、早急に会議が始まる。
サムハの対面にサマーニャ。スィッタの対面に誠という位置関係だ。
「今朝、一番隊隊長のナースィン・ヴァドーが殺されていた」
「そのことについてだけど、早速ぼくから結論言っていい?」
「……構わん」
「アルバァ・チェトィリエ。ぼくは彼が一番怪しいと思うんだ」
それは第一発見者。
この会議室に招かれていない、重要参考人。
その時点で、サマーニャだけでなくサムハも同様に疑っているのだと窺える。
「シナイシくんは知らないだろうけど、アルバァって結構な戦闘狂でさ、機があればワヒュード様とも戦いたいとか口を抜かしてた隊員なんだ。ワヒュード様が優しかったのと、模擬戦の戦績は一番ばかりで優秀な騎士だったってのもあって処罰は受けなかったけどね。でもそんな人間だったアルバァが同隊の隊長の第一発見者ってのは、ちょっときな臭さを感じるんだ。サムハもそう思うでしょ?」
「そうだな。その点についてはワシも考えていた」
「うんうん。もう一つ怪しい点があって、それはアルバァの得意武器がレイピアくらい細長い長剣。しかも、相手が晒した隙を刺突で仕留める戦術で模擬戦での好成績を取っていた。もっと詳しいことはアルバァの隊長のナースィンが知っていただろうけど死んじゃったから聞けない。一応今のぼくの言葉は報告書を読み漁ったものってのは頭に入れといて」
(つまり、隊員のアルバァさんがなんらかの理由で隊長に恨みか、戦闘意欲や好奇心を抑えきれず殺したと考えているってことか。……その情報があるのならアルバァさんが殺したと考えられなくもないか。しかも、戦績一番……か)
誠は冷静に、落とされた情報を組み立てて形にしていく。そして繋がるワヒュード国王殺人事件。
「話を戻すけど、そのアルバァの攻撃方法。それがナースィンの喉の刺し傷と一致すると思うんだよね。囚人とか使って、実際にアルバァの長剣で試してもらってもいいんだけど、違う武器で犯行に及んでたら一致しないし、普通に考えて証拠を残すわけないから普段使いの武器は使わないだろうね。だから証明は難しい」
「あのー、ワヒュード様にも喉の刺し傷ありましたよね。アルバァさんの喉の刺し傷とどれくらい類似していたんですか?俺はあんまりまじまじと見ていないのでわかりませんが、もし似たような傷なのであれば同一人物という説が高まりますよね」
「シナイシくんの言う通り、結構似たような傷だったんだよね。だから、ぼくは同一犯だと思ってる。サムハはどう?」
「ワシも同意見だ。だが、一つ気になる点がある。ワヒュード様を殺し、こうして城内で犯人捜しが行われているというのに、再び殺人を犯すものか?」
「そこなんだよね。痕跡残さずにワヒュード様を見事に暗殺した人が、わざわざ尻尾出すような真似をするかなって、そこがどうも引っ掛かってるんだよね。一回殺して歯止めが無くなったって言えば通るけど、そういう人間はもっと早くから行動に移ってるだろうし……」
考えれば考えるほど、謎が深まっていく。
(監視カメラで振り返ったり、指紋とか血液で人物を特定できないってのはこの世界の難点だな。それに、話に上がらないってことはそういうのを再現する能力を持っている人もいないってことだよな。不便な世界だ)
しかし、能力のおかげで元の世界の人間では絶対届かない場所に手を届かせることができるのはこの世界の特権。一長一短な差だ。
「いいですか?」
今まで無言を貫いていたスィッタが頭の高さまで手を挙げて会話に参加。
「アルバァに罪を擦り付けようと画策したものがいるのではないですか?」
アルバァを第一発見者にし、わざと喉の刺し傷を作ることでアルバァと関連付けさせ、犯人に仕立て上げようとした者がいるのではないのかという当然な疑問。
第三者。あるいは勇者。
アルバァ以外に焦点を向ける言葉。
しかし、誠は焦らない。既にその思考には至っていたし、その策略を自分には再現することは難しいともわかっている。
下手な行動はするなとサマーニャに言われていたが、この場では我が強いくらいが丁度いいだろう。
「そう考えるのは当たり前ですけど、前提条件としてワヒュード様もナースィンさんも殺せる力があることが必須なんですよ。更に、アルバァさんの攻撃方法を真似るという手加減もしている。それを成せる人はこの王城に何人いるですか?」
「それは……」
罪を擦り付けようとした第三者が居た場合、この場にいる四人とこの場にいないササーラくらいしか可能な人間がいない。
誠に関しては協力者がいなければアルバァの情報を知ることはできないし、誠が接触した者は限られているので結局サムハたちも対象となる。
つまり、スィッタの考えを正とすると、王城内に裏切り者がいることが確定する。
そのスィッタの考えを誠の視点に適応するならば、サマーニャを信じると彼が信じているササーラも白と見ることになるので二人が選択肢から消える。そして、サムハとスィッタとナースィンが繋がっていて、ナースィンは死んでいるのでサムハとスィッタの二人。それにプラスしてアルバァ。この三人の中に黒がいるということになる。
そもそもサマーニャからワヒュード国王を殺せるのは隊長クラス以上だと聞いているので、今回の事件により新たにアルバァが追加されただけなのだが、サマーニャと密会していることは秘密なのでストレートに口にすることはできない。
なので、スィッタの意見を利用することで疑いを自分から散らしつつまとめた。
「ワヒュード様の強さも、ナースィンさんの強さも、どちらもこの目で見たわけではないのでどれだけ人数を絞れるのかはわかりませんが、少なくとも隊長が弱いわけないですよね」
「なぜそう思うのだ」
「この世界って、人それぞれ能力がある世界ですよ?能力が無い世界から来た俺の勝手な想像かもですけど、今回のように殺人事件が起こるような世界の隊長なんて強い人じゃないと務まらないじゃないですか。あと、そもそも隊長って国王を守る部隊の中の役職だと認識していましたのでそうなんだろうなって思いました。なにかおかしい点でもありました?」
わざと、強さの序列を知っているからこそ”おかしい点でもありました?”と若干強い言葉で告げていた。
サムハからすると煽られたように感じるかもしれない。
だが、それでいい。
勇者以外への疑いを深めつつ、勇者へのヘイトも高める。
サマーニャの狙いを遂行しているだけのこと。
「……無いな」
「ならよかったです。ちなみにアルバァさんはどこにいるんですか?放っておいているわけないですよね」
「アルバァなら軟禁してるよ」
「サマーニャ」
アルバァの居場所を正直に話したことに対して、名を呼んで非難するサムハ。
「別にいいでしょ。シナイシくんにわざわざ隠す必要はないと思うよ。こうして色々意見言ってくれてるんだしさ」
サマーニャは楽観的だ。彼のことだからそう見えるように演じているのかもしれない。
「今はこれ以上話しても平行線のままだろうし、ぼくはシナイシくんとアルバァのところに行ってくるよ」
サムハの許可を得る前に立ち上がったサマーニャは、そのまま部屋の扉の方へ歩いた。
「行くよシナイシくん」
「あぁはい。それじゃあサムハさん、スィッタさん。ありがとうございました。お先失礼します」
サマーニャが扉に手を掛けたのを見て、誠は急いで立ち上がって追い付いた。
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