14話──思惑
誠とサマーニャの密会が行なわれている最中。
「サムハ様」
「……スィッタか。スィフル様のご様子は?」
サムハしかいなかった部屋に、見麗しい桃色のロングヘアーをなびかせながら入ってきたのは、三番隊隊長のスィッタ。
「スィフル様は現在お休みになってます。……ですが、人前に出られるような状態では無いですね。泣きっぱなしで、正直……私にはどうすればいいのかわからないです」
「そうか。ご苦労だった」
サムハはそう端的に伝えると、手元の資料に目を戻した。
「それはなんでしょうか?」
スィッタの問いに、なんとも反応を見せなかったサムハだったが、やがて口を開いた。
「……ワヒュード様を殺した人間を突き止める。そのためのものだ」
それは、サムハにしては不親切な答え方。
それだけ心が荒んでしまっているのだろう。
「……」
スィッタは、サムハとワヒュード国王の関係性の深さを知らない。ワヒュード国王に対しても忠誠もほどほど。給料や労働環境などの待遇が良いから三番隊隊長として王国に勤めている。
サマーニャと似たような生き方だ。
しかし、サムハへの恩は計り知れない。幼く世間知らずなスィッタから才能を見出し、ここまで育て上げてくれたのはサムハだったからだ。
父親というべき存在であるサムハ。彼が白を黒と言えば、スィッタも黒だと賛同する。誤っていると感じても、それは自分の認識が間違っているのだと己を責める。
子が親の真似をするのは当たり前なのだから。
だからスィッタは、今こうして父が失意の底にいるのなら、全力で立ち上がる手伝いをしたい。誰かを殺せと命じられれば、スィフル姫だろうが構わず殺す。
「サムハ様。現時点での怪しい人物は、やはり勇者ですか?」
「……勇者以外考えられない。しかし、あの勇者に暗殺できる技量があるとは思えないのだ。まさか、ワシらの中にいるとは……考えたくないが…………ありえない話でもない」
「勇者が来たこのタイミングだからこそ、混乱を招くことができると策を立てて実行したと、そう考えているのですね」
「あくまで可能性の話に過ぎない。だが……ワシは……」
「結界に異変が無い以上は、犯人が外の人間だとは到底考えられません。つまり王城内の人間の仕業なのは確定しています。そして、このタイミングで姿を隠すというのは自供しているも同然の行為ですから、必ず近くにいるはずです。少しづつでも犯人に近付ければそれで──」
「わかっている。ワシは冷静だ」
「……」
「ナースィンを呼んでこい。勇者を見張らせる」
「……わかりました」
スィッタが去ったのち、サムハはおでこに手を当て、息を漏らした。
「あぁ……ワヒュード様……」
そして、少ししてスィッタと共に一人の男性が部屋に入ってきた。
黒色の髪の毛は、目にかかるほど長い。それは耳すらも覆い隠していて、半年以上は手入れされていないであろう、伸びっぱなしの状態だ。
体格も、サムハと比べると貧弱そのもの。女性であるスィッタと比べても貧弱という言葉を使えるくらいの筋肉量の無さだった。
「サムハ様?どうしたん、ですか?」
彼は呼ばれた理由をスィッタから聞いていないのか、呼び出した張本人であるサムハへ問う。
「よく来てくれた。ナースィンよ」
「御託はいい、ですから、本題を……」
「そうか。なら、お前の能力で勇者を監視しろ」
「勇者の監視ぃ?あいつがワヒュード様を殺したってこと、ですか?」
右手で前髪を掻き分け、その目を露出させてサムハと目を合わせた。
「わからない。だからこそ、監視しろと命令しているのだ」
「……まー、おれも怪しいとは思ってたので……了承、しますよ。いつからいつまで見張ってればいいん、ですか?」
「今夜からだ。現在進行していた任務は全て放棄して構わない」
「そう、ですか。報告はどのように?」
「ワシの部屋に報告書を置いておけ。勇者が単独行動をしてないタイミングで頼む」
「そう、ですか。ではおれは早速行って、きます。……おれとコンタクトを取りたいときは、いつものようにお願い、します」
ナースィンはそのまま部屋から出ていき、一切の気配が消えた。サムハですら、離れていく足音も聞こえず、振動も感じられない。
しかし、それがナースィンの当たり前だと知っているので二人とも気にしない。
「サムハ様、私は勇者についてどのようにしますか?」
「そうだな……。スィッタは普段通り過ごしているように」
「ッ……なぜですか」
役に立ちたい。そんな想いが否定された気持ちになり、スィッタは心を乱した。
「勘繰られるわけにはいかない。勇者についてはナースィンへ一任する。お前は裏を探ろうとせずにワヒュード様を殺した人間を探しなさい」
「……わかりました」
悔しい。しかし、望まれない行動をして迷惑を掛けるわけにはいかない。
「今は、スィフル様の元にすぐに駆け付けられるよう、待機しているように」
「失礼します……」
落ち込んだ心情を顔に出さぬよう、真剣な表情を張り付けたスィッタが部屋から出ていき、サムハ一人となった。
これからは、緊急時以外誰も部屋を訪れることはない。
推理を邪魔されることはない。
「ワヒュード様。必ずやこの手で……」
ピースが足りていないにも関わらず、サムハは一心不乱に犯人を突き止めようとしている。推測でしか判断できない情報量なのに、特定しようと無駄に脳を働かせている。
もし犯人がこの光景を見ていたとしたら──
哀れ哀れと、笑っているだろう。
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