9. 大工のクーシー
この世界の妖精は、大きく二つに分類される。
一つは属性妖精だ。妖精は光の神ルレインの眷属なので必ず光属性を持っているが、もう一つ大きな属性を持つ妖精である。これらはいわゆる動物の姿を取っており、属性の魔力溜まりが強い場所、特に神殿で発生するものだ。
一つは種族妖精であり、人妖精、猫妖精、そして犬妖精という三つの種族がある。
クーシーの村は、ケットシーの村からならすぐに向かえる。そしてクーシーのサイズは、個体差があるとはいえ、人間よりはケットシーに近いので、小さな妖精用の家具を手に入れたいときは大工のクーシーに尋ねるのが一番である。
ケットシーが木こりや大工にならないというわけではない。単純に、村には今その手の仕事をするケットシーがいないのだ。ケットシーは仕事という概念が薄いし、生きている限りずっとやり続けることもそんなにない。一方でクーシーは引退する前には必ず仕事を引き継ぐ生真面目さがあるので、クーシーの村に行けば必ず誰かが引き受けてくれるのだ。
ケットシーの村には門がある。霧によって迷わないよう、特定の場所へつなぐ機能のある一種の結界だ。外から入るときも、門から入らないとものすごく迷うことになるわけだ。慣れているケットシーなら迷うことはないらしいが……こちらは迷った。なので無理はしない。
「レウルか。おでかけか?」
門を守るケットシーは一応いる。だが、このケットシーは正式に仕事についているわけではなく、はるか昔から門の近くに住み着いているというのが正しい。道を見守るものと呼ばれている。
「うん。クーシーの村に行く」
「クーシーの村だな。つなげておく」
「ありがとう」
「気をつけろ」
ぶっきらぼうに言うセイヴァに手を振り、門をくぐる。妖精の村同士なら門と門をつなげて道を短縮することができるのだ。結界魔術にしてもいまいち説明がつかないので、これはもう一種の魔法なのだろう。
白い道をしばらく歩くとケットシーの村と似た様式の門が現れる。門の中も白く、このままだと村に入れない。門の横についている小さな鐘を鳴らすと、反対側から誰何の声が聞こえた。
「なにものだー」
「ケットシーのレウルだ」
「レウルかー」
すぐに門が繋がる。内側にいたのは、耳が垂れている黒い毛皮のクーシーだった。
「おひさー」
「久しぶり。お勤めご苦労さま」
「わう」
尻尾を振りながら肉球を握って振られる。クーシーは握手が好きなのだ。もっというとスキンシップが好きなのだが、ケットシー相手には握手までという不文律があるらしい。誰かが初対面で抱き着いて怒られたのだろう。
「きょうはなにをしにきたー」
「木こりか大工に依頼をしたいんだ。ケットシーが使う家具がほしい」
「では、ドゥイルのところにいけー。ばしょわかる?」
「うん、ドゥイルの工房ならわかるよ。ありがとう」
「きをつけろー」
妙に気の抜ける門番クーシーに見送られながら、クーシーの村を歩く。クーシーはみな家に住むので、ケットシーの村よりも整然としている印象だ。道もきちんとあるし、植栽も手入れされている。
ちなみにクーシーの村は雨が降る。雨の日はセイヴァが教えてくれるので、基本的に行かないことにしている。
ドゥイルというのは弟子を何人か持つ大工クーシーだ。大きな樫の木の下に、大きな工房を持っている。作業場の一部は外にあるから、たいていは誰かしらそこにいる。
今日はドゥイル本人が外にいた。耳がぴんと立ち、ニスを塗って艶出しした樫のようなどっしりとした茶色の毛皮のクーシーである。
「やあドゥイル」
「レウル。どうしたの?」
再度尻尾を振られ、肉球を握ってぶんぶん振られる。明るい性格のクーシーなのだ。
「絵を教えていたケットシーが家に引っ越ししてな。絵の具を使って絵を描く作業用の机がほしいんだ」
「机ね。そのケットシーはどれくらいの大きさ?」
「こちらより少し背が高い。でもそんなに変わらないかな」
「おっけー。作業用なら大きい机がいいかな」
ドゥイルは木の板がたくさん立てかけてられている中から、一つ引っ張り出した。両手を広げたよりも大きいから、画用紙も十分広げられるだろう。
「天板これくらいがいいかな。机に傾斜をつける?」
「そうだな、傾斜を調整できるととても助かる。それと、筆やパレットを置く場所は平らなままがいいな。できるか?」
「できるよ」
ドゥイルは次に紙を持ってきて、フリーハンドでさっと机の絵を描いた。寸法も書き入れる。
「こっちが平たいまま、こっちに傾斜をつけられるようにするね。天板が二重になるからちょっと重いけど大丈夫?」
「それは平気だ。運ぶのは手伝ってもらうと思うけど」
「うん、運命属性の倉庫で手伝うよ」
ドゥイルは行商人のように、自前の倉庫を持っている。大きいものもすっぽり入れて持ち運べるので便利な魔術だ。こちらもいつかはオラニスの神殿に行って修行したい気持ちがあるが、まあ、急ぐことではない。
ドゥイルは簡単な設計図を描くと、次に大きな本を持ってきた。本にはさまざまな家具が載っていて、ドゥイルは迷うことなく椅子のページを開いた。
「椅子も必要だよね。どういう椅子がいいかな」
「長時間座っても痛くならないものがいいだろう。クッションを敷くか、座面を布張りにできるといい」
「布張りだと汚れてしまうから、クッションがおすすめかな。絵の具を使うんでしょう?」
確かに。虹色のぶちを増やしていたボウ・フロシュを思い出す。絶対椅子にも絵の具をつけるだろう。
「クッションをつけるならこういうのがいいよ。紐でクッションを結べるやつ」
背もたれがいくつかの棒でできたタイプの椅子をドゥイルは指さした。
「いいな、寸法がわかればこちらでクッションを作ろう」
「それはレウルに任せようかな。本体には絵を描くケットシーならオラニスのモチーフを入れたらいいと思う。机も同じようにして……」
運命神オラニスは歌や絵などの芸術を奉じる者に好まれるから、ボウ・フロシュの作業机としてもちょうどいいだろう。デザインを嬉々として書き出すのはドゥイルの趣味もあるのだが。ドゥイルは細工や飾りをつけるのが好きな大工なのだ。
「斜めになる天板は滑り止めを塗っておけば紙が滑り落ちることもなくなるよね。邪魔になるところには飾りを入れられないけど脚の部分は椅子と同じモチーフにして曲線をいれて優美さを演出しつつ強度は確保するために角度は一定に保ち重心をずらさないようにして」
ドゥイルのノンストップトークが始まったので、出力されたスケッチをどんどん渡されながら黙って聞く。ノンストップすぎて相槌を入れるタイミングが存在しないのだ。
その間にドゥイルの弟子の一人がお茶を持ってきてくれた。クーシーの村には行商に頼らず食材の仕入れをする商店やパン屋があるので、ケットシーよりは飲食率が高い。というかよっぽどの理由がない限りは飲食をしている。
「レウルはししょーに好きにさせるよね。いーの?」
「変なものが出来上がるわけでもないし。こちらとしては好きに作ってもらって構わない」
「こだわりない?」
「そういうわけではないが。ケットシーの家は質素だから、ある意味なんでも調和する。立派な家具の一つでもあれば華やぐだろう」
クーシーの家は様式とかがきちんとある建築が多い。一方でケットシーの家は雨漏りすら気にしなくていい掘立て小屋みたいなものである。あまりにボロいのはドルイドが補修工事を頼んでいるけども。
「そーなの?ファドゥはケットシーの村に行ったことないな」
「納品時にでも来ればいい」
「ししょーにお願いしよ」
弟子にも尻尾を振られて握手をされる。来たときは案内の一つでもしてやろう。
「あれ、ファドゥ?どうしたの?」
我に返ったドゥイルがようやく弟子の存在に気づいたらしい。弟子が呆れたようにため息をついた。
「レウルにお茶持ってきたの」
「そう言えば出していなかった。レウル、ファドゥは気が利くんだよ」
「そうみたいだ。いい弟子だな」
「細工も上手だ。椅子はファドゥに任せてみようかな。ファドゥ、この細工は教えたよね?」
ドゥイルがスケッチを見せると、ファドゥが頷く。
「うん、覚えたやつ」
「なら任せる。レウル、一週間くらいで仕上がるよ」
ちなみに、一週間は七日だ。これは前世と同じで覚えやすいが、この世界の神が七柱いることに由来しているらしい。
「早いな」
「木材はそろっているし、急ぎの仕事もないから」
「では出来上がったら伝書で教えてくれ。多少遅くなっても構わないから」
「おっけー」
クーシーは真面目な個体が多いからか、あるいは社会性があるからか、識字率が高い気がする。伝書魔術で簡単にやり取りできて便利だ。エルフも普通に伝書魔術を使えるから、こうして比べるとケットシーが怠けているだけな気がしなくもないが。猫だからね。仕方ない。
「出来上がったら何と交換がいい?いつもの霞パンでもいいか?」
「うん、いつものでお願い」
「レウルの霞パン!ファドゥ好き!」
霞パンは大抵のものと交換してもらえて大変便利だ。ファドゥが小躍りし始めたので、ドゥイルと交換したものを弟子に分けているのだろう。可愛がっているようだ。こちらとしても作ったものに喜んでもらえるのは嬉しい。
「あと、いくつか木材も買い取りたいんだ。これくらいのと、板があるといいな」
手を広げて見せると、ドゥイルが首を傾げる。
「それくらいならあるけど、何に使うの?」
「絵を飾る額縁を作りたいんだ」
「額縁!ファドゥ作りたいな。レウル、ファドゥ飾りも彫れるよ。上手に作れるよ」
「そ、そうか」
シンプルなものにしようとしていたけど、ファドゥが乗り気なら頼んでもいいか。本職の方が綺麗に作れるだろうし。
「ならお願いする。ドゥイルのところで額縁まで作れるかわからなかったんだ」
「作れるけど。ファドゥはまだ見習いだから安くしよっか。ファドゥ、何と交換してもらう?」
「んー、ファドゥ絵が欲しーな。レウルか、絵を描くケットシーの絵と交換したい。どう?」
おお、絵か。見たことないのに絵が欲しいとは。でもよく考えたら、クーシーもあまり絵を描かないのか?
「うーん……額縁もいくつか欲しいからなあ。絵は村に来た時に好きなものを選ぶといい。それと霞パンもつける。好きな絵がなかったら、受けられる範囲でリクエストを聞こう」
「やったー!」
ファドゥは尻尾をブンブン振り、細工の本を持ってきた。
「絵の額縁だから華美な感じじゃないほうがいーよね。こういうツタみたいな飾り彫りと幾何学模様があって、複数作るならどっちも作ってみたいと思うの。あとは絵そのものの雰囲気によるけどオーソドックスなのはやっぱオラニスのモチーフかな。こういうシンプルなのだったら邪魔にならないと思うから」
師匠譲りのマシンガントークである。ちらりとドゥイルを見ると、自覚しているのかしていないのか、微笑ましそうに見守っていた。




