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異世界ケットシーきまま暮らし  作者: 加上汐


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8. 長毛ケットシーと霧の日

 ケットシーの村は雨が降らないが、村の周りで雨が降ると湿度が上がる。そうなると、ちょっとジメジメして外に出る気がなくなる。

 そういう日は除湿の魔法陣を起動させ、家の中でのんびり過ごすのが一番だ。魔術というのは便利でいい。あとケットシーは何時間でも寝られるので、暇ではあるがそう退屈はしない。

 と、快適おうち時間を過ごしていると、家のドアがノックされた。「レウル〜」と泣きそうな声が聞こえてくる。

「スイル・ネヴだよぉ」

「今開ける」

 慌てて立ち上がってドアを開けると、立っていたのはふわふわの毛並みのケットシーだった。ふわふわというか、くるくるというか。いわゆる長毛種のケットシーである。瞳は紫がかった青で、正面から見ると真っ白だが背中に焦茶の模様がある。そして手の届かないそこが一番癖毛なのだ。

「もうだめぇ」

「中入って。除湿してあるから」

「ひんやり〜」

 スイル・ネヴは靴を履いていないので、魔術で足を洗い、急いで中に入ってきた。確かに除湿をしているので外より涼しいかもしれない。

「お茶飲む?」

「ううん。ブラシしてほしい」

「わかった。こっち」

 スイル・ネヴはあまり飲食をしないタイプのケットシーなので断られても気にはしない。戸棚にしまってあったブラシを出して、スイル・ネヴをラグの上に座らせた。

「今日もなかなかの癖毛だな」

「しばらく雨模様だから、こんな感じ〜」

「ご愁傷様」

 天気予報でわかってしまうぶん、落ち込んでしまうのがスイル・ネヴだ。運命属性(オラス)が強いわりに繊細なケットシーなのである。

 ひとまず全身を軽くブラッシングする。絡まっているところを解かないといけない。スイル・ネヴも一応自分で手入れはしているようだが、全く追いついていない。長毛ケットシーって一人で暮らせない存在な気がするのだが、そのへんはどうなのだろう。

「痛いぃ」

 絡まった毛を引っ張るたびにべそべそ泣いている。長生きなくせに面倒くさがり屋で泣き虫なのだ。

「我慢しなさい。こんなになる前に来るように言っただろう」

「にゃう〜」

「サリェに頼んだらどうだ」

「トーヤこわいから、やだ」

 スイル・ネヴは小さな子供が怖いらしい。まあ突発的な行動をするから、わからないでもないが。トーヤが来る前はサリェにも頼んでいたようだが、それをサボってこちらに来るのだからいつもコンディションが悪い気がする。

「あんまりひどいと水浴びさせるぞ」

「いにゃっ?!レウルひどいよぉ」

「だからひどいのはスイル・ネヴの毛だ。毛玉すごいぞここ。もう切るか」

「ハサミこわいぃ」

「動くんじゃない」

 どうにもならなさそうなところは切り落とし、汚れも落とし、背中はこっそり魔術で洗う。「なんか水属性(ウィナス)のにおいするんだけどぉ」と言ってるのは黙殺した。


「うぅ〜、ローシーンのところにいたときは、何もしなくてよかったのにぃ」

「ローシーン?昔契約していた人間か?」

「うん。ローシーンは、ええと、お姫さまだったんだよぉ」

 スイル・ネヴが人間と契約していたことがあるのは知っていたが、お姫様とは。まあ、王女という意味ではなさそうだが、高貴な女性だったんだろう。

「スイル・ネヴのこと、毎日綺麗にしてくれたんだよぉ。あとねぇ、ローシーンは手下がいっぱいいたの」

 手下ってなんだ。本当にお姫様か?と思ったが、これはスイル・ネヴの認識が適当なだけな気がする。

「手下というか、えーと、使用人や侍女だろうな」

「そう、侍女の人間。レウルは詳しいねぇ」

「スイル・ネヴは人間と暮らしていた割に適当だな……」

「ローシーンは好きだけど、他はどうでもいいから〜」

 ケットシーは懐く相手には懐くが、他には基本無関心だ。スイル・ネヴは繊細なので特にそうだったのだろう。それでよく村の外に出ようと思ったものだ。

「ローシーンはスイル・ネヴに名前くれたの〜。だから、スイル・ネヴはお天気だけ()()

「ああ、なるほど」

 運命属性(オラス)の強い妖精や魔人は、貴族がこぞって欲しがるものだ。なぜなら星見と呼ばれる未来視ができるからだ。

 未来視ができれば、どんな立場の人間でも色々と便利なのは想像に難くない。人間でも運命属性の強い者はいるにせよ、精霊石が必要だ。それを自前の魔力で賄える妖精は便利な道具として考えられてしまう。

 ローシーンという人間は、スイル・ネヴに何でもかんでも未来視をさせ、使い潰すつもりはなかったのだろう。だから天の目(スイル・ネヴ)と名前をつけて、天気予報だけに限定させた。

 契約者が気に食わなければ妖精は村に還る。繊細なスイル・ネヴが彼女と暮らせていたのは、そういう庇護があったからだと想像がつく。

「スイル・ネヴもわかってる。ローシーンが好きだから、ブラシして欲しかったの。ローシーンじゃないと嫌なの」

「他の人間と契約しようとは思わなかったんだな」

「うん……。まだ、ローシーンと一緒にいたい」

 妖精の契約者は一度に一人。だが、ケットシーによっては次の契約者をすぐ探す者もいるし、子や孫などの血縁と再度契約することもある。しかし、スイル・ネヴは村に戻ってきて、まだローシーンとの思い出を慈しんでいる。

「まあ、それとこれとは話が別だ。不衛生なのはよくないぞ、スイル・ネヴ」

「ぃにゃ〜ん」

「こちらもいつかはいなくなるかもしれないし」

「レウルはまだいるから、大丈夫〜」

「こら」

 ちゃっかり未来視を便利に使っていないか、このケットシーは。薄い青の瞳を細められる。

「スイル・ネヴはレウルのお願いもわかるよぉ」

「お願い?」

「うん。魔法陣を定着させてほしいんだよねぇ」

 目を瞬かせてスイル・ネヴを見てしまったが、すぐに思い至った。運命属性の倉庫の話だ。リョーはまだ魔法陣を持ってきてはいないが、そのうち届いたら頼もうと思っていたのだった。

「レウルは人間みたい。ブラシも上手。お菓子も作る」

「ローシーンはお菓子を作っていたのか?」

「うん。スイル・ネヴにお菓子を作ってくれたの。スイル・ネヴは忘れたくないから、他はいらない」

 極端なケットシーである。それで生きていけるのだから問題はないのだが。

 しかし、ブラッシングをサボるのももしかするとローシーン相手ではないからなのかもしれない。ローシーンがどう手入れをしてくれたのか、記憶を上書きされると忘れてしまう気がしているのだろう。

 長く生きる妖精は物事に無頓着なことが多いが、スイル・ネヴはむしろ逆だったとは。意外な事実である。

「でもレウルにはお礼するよぉ」

「そうか」

「にゃう〜。んふふ、ローシーンの話、楽しいかも」

「話を聞くくらいならするよ」

「サリェも言ってた~。サリェは、ローシーンのねぇ、ええとねぇ」

 ブラッシングされてリラックスしてきたのか、スイル・ネヴの口調がゆったりしてきた。このまま寝そうだ。

「ン〜……」

 ブラッシング中に寝るのは毎回なので、気にせず続ける。一度寝ると体をひっくり返しても起きないのだ。こちらより体格がいいからちょっと苦労するが。


 ブラッシングを終えると、スイル・ネヴの体毛がこんもり溜まった。これを全部袋に入れる。妖精の体毛は錬金術の素材になるため、リョーや錬金屋のケットシーに売りつけることができる。一応ブラッシングの対価はこの体毛をもらっていた。

 スイル・ネヴは伸び伸びになって眠っているので、体が冷えないようブランケットをかけてやる。

「人間と契約か……」

 スイル・ネヴを見ながらそう呟いてしまう。

 興味はあるが、いまいち人間の街に行こうという気にならないのは人間との寿命差が理由の一つかもしれない。まあ、死別するまで契約し続けられる相手を見つけるのも難しいのだが。

 スイル・ネヴは不器用ながらも、契約者を想って生きている。人間と暮らしたことのあるケットシーはたいてい活動的で、何か作ったり仕事を見つけたりして生きている。スイル・ネヴは頼まれたら天気予報をするくらいであまり人間社会に馴染んでいた感はなかったのだが、自分の意思でそうしていたとは。

 ケットシーにもいろんなタイプがいる。契約者と関わりがあまりに深いと、別れた後に存在を亡くすものだっているのだ。魔力の塊と言ってもいい妖精は、生きる気力をなくすとそのまま霧散してしまうからだ。

 そこまでして感情を揺らすものが欲しいかというと、二の足を踏んでしまう。

「まあ、ケットシーの村でもまだまだ退屈はしない……」

 言い訳のように呟き、スイル・ネヴの横で丸くなる。せっかくケットシーに生まれたのだから、好奇心で死ぬ猫にはなりたくはなかった。

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