7. 虹色ぶちのケットシー
リョーはこちらの描いた絵をなかなかの価値で買い取ってくれた。ケットシーの絵何枚かとチーズとソーセージ、布を二巻き、それから毛糸も交換してもらえた。
「しかし、レウル以外にも絵を描きたがるケットシーがいるなんてね」
こちらの家でやりとりをした後、バラッハの家へ向かう道すがらリョーはしみじみと言っていた。ちなみにケットシーとエルフとでは身長がかなり異なるので、歩きながら話をしづらい。ものすごく見上げることになる。
「まあ、好奇心のあるケットシーはいるものだ。こっちだ」
バラッハの家のドアを肉球で叩き、声をかける。
「バラッハ、レウルだ。行商のリョーを連れてきた」
「うにゃー」
すぐに家のドアが開き、バラッハが顔を出す。
「こんちわ。どうぞー」
「お邪魔します」
リョーの靴も脱がせ、中に入る。こちらの家より少し天井が低いので、リョーはかがんでいた。
「君がバラッハ?おや、絵の具がついているよ」
「うにゃ?」
「虹色のぶちみたいだね」
リョーの言う通り、絵の具がついたバラッハは茶色と黒以外にも赤や青のぶちが増えたようにも見える。というか、昨日から体を洗っていないのか。ケットシーは積極的に水浴びをするものでもないが。汚れないように作業着を作ってやるべきか。
一方バラッハはリョーの言葉に目を瞬かせ、「ボウ・フロシュ!」と声を上げた。
「ボウ・フロシュなる!」
「あらら、気に入ったのかい」
「うにゃん!」
「あー……、まあぶちはよくある名前だからな。いいんじゃないか」
どうやらバラッハ、もといボウ・フロシュは名前を変えることにしたらしい。最初のシンプルな通り名から、本人が気に入ったものや特性、契約者がつけた名前に変えるのはままあることである。
「では、ボウ・フロシュ。こちらがご要望の画材だよ」
「ボウ・フロシュの絵の具ー」
「だいたいはレウルに持ってきたのと同じものだけど、大丈夫かい?」
「うにゃん。大丈夫」
出された絵の具や筆、パレットに画用紙を細かく見分していたボウ・フロシュは、やがて満足したのか首から下げていた袋から精霊石を取り出した。
「交換、これー」
ボウ・フロシュが渡そうとしたものを、しかしリョーがやんわり断る。
「これだけじゃそこまでの価値にならないからね。ボウ・フロシュが描いた絵をみせてもらってもいいかい?」
「絵?いいよ」
ボウ・フロシュはとてとてと部屋の隅に向かい、いくつかの絵を持ってきた。
「これはレウルが線引いた。ボウ・フロシュ色塗った。こっちは真似して描いた」
最初に色を塗らせた黄色い花の絵は、似たようなものがいくつかある。絵の練習に模写をしていたらしい。教えてはいないのだが、真面目だ。
「これはー、サリェの刺繍真似した」
草原色の背景に青い花の絵は、サリェが作ってくれたテーブルクロスを参考にしたものらしい。
「これはレウルの作ってくれたクッションの絵」
最後の一枚は、こちらが作ったクッションを模写したもののようだ。模様もちゃんと入っている。まあ、これだけでは何の絵かわかりづらいが。
「ふむ、タッチはレウルの絵にも似ているね。レウルの絵を真似しているのかい?」
「うにゃん。レウルの絵すき。レウル教えてくれた」
「では、この黄色い花の絵を一枚もらおう。それから、その画材で絵を描いたら五枚ほどくれるかな」
「いいよ」
交渉は成立したらしい。いいのか?と思いながらリョーを見上げると、「今後も定期的に描いてほしいんだよね」と言った。
「ケットシーの絵は珍しいから価値があるし、変わっていてこちらは好きだよ。特にエルフは好むと思う」
「ならいいのだが」
ボウ・フロシュも納得していることだし。この後も絵を描き続けるなら、画材を定期的に購入してくれるお客様にはなるだろう。
「もし興味があれば他の絵の具も探してくるよ。どう?」
「他の絵の具!いろんな色ほしい」
ボウ・フロシュは絵も好きなようだが、色にもこだわりがあるようだからすぐ食いついた。画材は高いものもあるが、まあケットシーとエルフのやりとりだ。ややこしいことにはならないだろう。
リョーが帰ると、ボウ・フロシュは早速サリェへのお返しに着手した。こちらもお暇して、ドルイドの元へボウ・フロシュの名前が変わったことを伝えに行く。一応全てのケットシーに名前があり、それを管理しているのがドルイドなのだ。
「ボウ・フロシュね。本人は来ないだろうから助かった」
決まりとして名前が変わったらドルイドには連絡するのだが、まあケットシーというのは気まぐれだ。名義の変更忘れはあるあるなのだ。
「しかし絵を描く、か。人間の街に行くかな?」
「今のところはそこに興味はなさそうだな。リョーも、下手に他の絵を見せるよりはこの状態でどういう絵を描くのか興味があるのだろうし」
「あれはそういう考えをする。まあいい、人間の行商が来たときだけ気をつければいいか」
妖精であるエルフの行商と違い、人間の行商人は嘘をつくこともあるし、悪意があることもある。まあ、基本的に悪意のある者は霧に迷わされて村には入れないのだが。
ケットシーも人間にはある程度の警戒をする。とはいえ若くて好奇心旺盛なケットシーは時として向こう見ずなものだ。そういうケットシーが悪意に晒されないよう気を配るのもドルイドの仕事だ。ケットシーの村で忙しいのはドルイドだけだろう。
「みなレウルのように抜け目なければいいのだけどね」
「褒めてるのか?貶しているのか?」
「褒めてるって。素直じゃないんだもんな」
まあ、元は人間なので純ケットシーよりは素直じゃないだろう。ふんと鼻を鳴らすと、ドルイドは苦笑して髭をピンと伸ばしていた。




