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異世界ケットシーきまま暮らし  作者: 加上汐


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4. レウルと行商エルフ

 妖精の村を回る行商人は、たいていはエルフである。

 エルフというのは、人間に似た姿の妖精だ。長生きで、耳がすこしとがっている。長いわけではない。人間に比べて明らかにとがっているくらいだ。

 人間に似ているエルフは人間の街で暮らしている個体も多い。魔術を使えるので、冒険者をしている者もそれなりにいるそうだ。人間と同じ規格の家や服で暮らせるので、確かに人間の街になじみやすそうだ。

 ケットシーの村を訪れる行商人は何人かいるけれど、エルフの行商人は人間の作ったものを持ってきてくれる。絵の具をエルフに頼んだのはそういう理由だ。そして伝書魔術で伝えてくれた通り、一通りの道具を持ってきてくれた。

「こんにちは、レウル。ご要望のものを持ってきたよ」

「いらっしゃい。いつもありがとう、リョー」

 リョーというエルフは、白に近い金色の髪のエルフだ。エルフというのはだいたい姿が似通っていて、これは光の神ルレインを原型にしているからだそうだ。ケットシーの身からすると魔力で見分けることができるので困りはしないが、人間には見分けにくいかもしれない。

 ちなみに闇の神ドゥルヴァンの眷属であるところの魔人はもっと多様な姿をしている。エルフたちが、あるいは光の神ルレインがものぐさなだけな気がしないでもない。

 こちらの家は人間が入れるサイズではあるが、背の高いリョーには少し窮屈そうだ。テーブルはケットシーサイズなので、ラグを敷いた床にクッションと一緒に座ってもらう。

「ひとまず、今回焼いた霞パンだ。お茶を持ってくる」

「ありがとう。レウルにはいつも助かってるんだ」

 ケットシーの村で焼かれる霞パンだが、いつも供給があるわけではないらしい。村にパンを焼く趣味のケットシーがいるときにだけ手に入るので、実は結構レアなのだとか。リョーは運命属性(オラス)の時間を止められる倉庫を持っているものの、供給が少なければ売ることもできないわけだし。

 リョーに淹れるお茶は、村で採れる薬草茶だ。魔力で出した水で淹れると喜ばれるのでそうしている。この村では紅茶のほうが貴重だが、村の外から来たリョーは薬草茶が珍しいのだろう。冷やしたものを冷蔵箱に入れておいたので、二つのグラスに注いでトレーに載せて持っていく。

「床で悪いけど、どうぞ」

「構わないよ。レウルはケットシーにしては気にしいだよねえ」

「そうかな?」

「そうだよ」

 水滴のついたグラスを持って、リョーはこちらのグラスに軽くあてた。乾杯のつもりらしい。

「木のうろに住んでいるケットシーは絶対に気にしないのさ。レウルは人間と暮らしたことがないわりに、人間臭いケットシーだ。冷たい飲み物はちゃんとグラスに入れてくれるし」

「……そうかもしれない?」

「そのうえ今度は絵の具ときた。絵を描くケットシーはずいぶんと見ていないよ。うん、おいしい」

 薬草茶は薄荷のようにすっとして、ほんのり甘い。暑いときにはちょうどいい飲み物だ。今日は少し肌寒いけど。

「ところでどうして絵を描こうと?ケットシーが絵を描く理由は気になるな」

「オーランにねだられたんだ。最近文字を教えているから、絵を並べたらわかりやすいかと思ってね。そしたら色もつけてほしいと言われたんだよ」

「へえ、オーランが。なるほど。オーランは好奇心旺盛だから、文字もすぐに覚えるだろう。本格的に村から出るつもりなのかな?」

 オーランはリョーについてほかの妖精の村を回ったことがある。なのでリョーとも顔見知りだし、どんなケットシーなのかはよく知っていた。

「それはどうだろう。ひとまずは料理をしてみたいらしい」

「ふふ。レウルによく懐いているみたいだね。パンも焼くようになるかな?」

「教えるつもりはあるよ」

 企業秘密というわけではない。みなが焼くようになったらこちらが物々交換に困るわけでもないし。他に交換するものも、まだたくさんあるのだから。


 リョーの持ってきた絵筆は、ありがたいことにケットシーでも握りやすい、おそらく子供用のものだった。絵の具は瓶詰めされており、どろりとしている。パレットにある程度出して使ったほうがいいのだろう。

「絵の具を使うなら紙も丈夫なほうがいいだろうと思ってさ」

 リョーは画用紙の束も持ってきてくれていた。これで霞パンと物々交換とは、太っ腹なことである。少し足りない気がするな。首から下げていた小さな皮の袋から中身を取り出す。

「リョー、これも持っていくといい」

「これはなかなか、すごい魔力の精霊石だね」

「うん。そろそろ満タンだと思う」

 精霊石は人間が魔術を行使するときに、媒介や魔力のそのものの源として使うものだ。貯められる魔力は精霊石の質によって変わり、これはかなり高品質な精霊石だと思う。

 魔力を持たない人間たちは精霊石の中身を消費し、そして空になった精霊石は妖精の村や神殿に送られる。妖精の村の祠――我が村で言えばドルイドの木のうろに置いておけば、魔力は回復するからだ。そしてその精霊石は行商人が買い取り、人間の元に戻る。

 しかしこれほど高品質な精霊石になると、自然に置いておくだけでは魔力が回復しない。妖精が身につけて、面倒を見てやるのだ。こちらもいくつかドルイドに託されていて、魔力を貯めたものは行商人とのやり取りに使っていいので、マメに面倒を見てやっている。

「リョーは気が効くからな。サービスだ」

「レウル、これでひと財産稼げるくらいだよ。逆にもらいすぎだ」

「そうか。五年くらい身につけていたからな」

「そんなに?!他に欲しいものはないのかい」

 欲しいものか。ふむ、と髭をピンと伸ばす。

「運命属性の倉庫が欲しい。あるいは、魔法陣」

「運命属性ねえ。レウルはないんじゃなかった?」

「魔法陣があればいいんだ。スイル・ネヴに頼むこともできる。オーランも運命属性はありそうだしな。食品を保管したい」

 魔術の属性は先天的な適性があり、こちらは運命属性を持っていない。こういう定着型の魔法陣は、やはり属性を持っていないと扱いづらいものだ。まあ後天的に得る方法はあるが、それよりも持っているケットシーに頼んだほうが早い。

「うーん……時を止めるだけの魔法陣なら手に入るかな。空間拡張も別ならあるかもだけど……」

「とりあえず、時を止めるだけのものでいい」

「わかった。時間がかかるかもしれないけど、持ってくるよ」

「ありがとう。卵や牛乳を新鮮に保管したいからな」

「家畜はここでは飼いづらいだろうからね」

 この世界の家畜は魔物を品種改良したものだが、妖精とは相性が良くないので村では飼えないのだ。なので、ケットシーに生まれてこのかた加工されていない家畜の肉は食べたことがない。出汁用に使っている硬い干し肉とか、稀にソーセージくらいだろうか。

 牛乳や卵はある程度は冷蔵箱に保管すれば良いのだろうが、こちらの世界の基本は地産地消なので、消費期限がどんなものかわからない。本来食事をしなくても生きていけるケットシーなので腹を壊すことはないのだろうけども。


 リョーはお茶を飲み終えるとサリェたちの家へ向かったので、こちらは手に入れた画材を試してみることにした。

 絵の具は記憶の中のものと比較してみると、アクリル絵の具に近いだろうか。画材に詳しい者が見れば違うと言うかもしれないが。どろっとしているそれをしっかり塗り重ねれば白地以外にも使えそうだ。

 画用紙はケットシーが両手を広げたくらいの大きさだった。木の定規で線を引いてマス目を描いて、大きく文字を書き入れる。その横のマスに絵を描くことにした。

 ケットシーになってから描いたのは魔法陣くらいだから、レイアウトを考えるのは久しぶりだ。

 鉛筆で描いた線画を絵の具で塗っていく。乾くのにどれくらいかかるかわからなかったから、塗り重ねるようなことはしなかった。そもそも簡単なイラストだ。

 文字にも色を付けて、最後に黒い絵の具でくっきりと線画を引き直す。こうすることでパキッとして、見栄えがする気がするので。何マスか書き終わったところで筆を置いて伸びをした。

「いいかんじ」

 色のついた表をみて満足する。しかしまだ空いているマスはたくさんある。仕上げるのには時間がかかりそうだ。

 まあ、ゆっくりやればいい。集中力が切れて昼寝がしたいし。完成には程遠いが、リョーが帰る前に一度見せてやれば喜ぶだろうか。パレットも全部放置して、寝室に向かう。眠い。ケットシーは眠い時に眠る生き物なのだ。

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