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異世界ケットシーきまま暮らし  作者: 加上汐


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2. レウルとオーランと勉強会

 この世界には二つの言語があり、一つは地上の言語、そしてもう一つは天上の言語だ。

 天上の言語には力があり、魔力で言葉を実現することができる。つまり、魔術や神々への儀式専用の言語である。

 地上の言語は逆に、日常で使われる力のない言葉と言える。

 ケットシーの村で言語や魔術を学ぶためには、ドルイドを訪ねる必要がある。ドルイドというのは神殿以外の場所で神に仕える者のことだ。ケットシーの村では村長的な存在である。

「こんにちは、ドルイド」

「ああ、レウルか。オーランは珍しいね。どうしたの?」

 今のドルイドは錆柄のケットシーだ。金色の目をぱちくりとしてこちらを見てくる。

 こちらは知識を得るためにドルイドの元に出入りすることはよくあるが、オーランはそうではない。珍しいというのはそういうことだ。

「オーランが料理をしたいそうだから、勉強させようと思って」

「オーラン勉強するよ!」

「レウルが先生か。いいんじゃない?オーランが文字を覚えたら、写本してもらおうかな」

 ニコニコしながら、ドルイドは木のうろの中に案内してくれた。

 ドルイドが管理する木のうろは、この村で一番大きなうろで、いくつも部屋がある。大量の書物が保管されている空間でもある。これらの書物には劣化防止の魔法陣が刻まれているものの、モノの保存期間には限りがあるので、定期的に写本しているのだ。文字を書くのを手伝ってくれるケットシーはそんなにいないので、オーランを戦力にしたいのだろう。ちなみにこちらはこの数十年で一番手伝っているケットシーだと思う。

「文字を覚える本はこのへん。紙と鉛筆はこれ。あとはお任せするよ、レウル」

「ありがとう、ドルイド」

「ありがと〜」

 うろの小部屋のうちの一つ、テーブルのある場所まで案内してもらい、席に着く。そしてオーランの前肢をちらりと見た。

「オーラン、文字書いたことある?」

「ないかも」

「ないか。では鉛筆の持ち方からだな」

 ケットシーの前肢は鉛筆を持ちにくい。まあ、オーランはカトラリーを握れるのでなんとかなるだろう。


 さて、魔術にはいくつかの発現方法がある。

 一つは簡単に、言葉に魔力を乗せる方法だ。戦闘用の魔術や、治療術はこれを使うことが多い。

 もう一つは魔法陣を使う方法である。家事に使う魔術の類は大抵この魔法陣式だ。魔法陣に魔力を通して使うわけである。

「最終的にはこういう魔法陣を描く必要がある。ここに書いてあるのが天上の言語だ」

「この模様は?」

「これは魔力の回路図だ。魔力の流れを示している」

 最初は熱の魔法陣から、仕組みを一つずつ解説していく。オーランはふむふむと聞いていたが、そのうち「これ全部覚えるの?」と眉を下げた。

「いや、覚える必要はない。その代わり、きちんと書き記しておく必要がある。そうしたらいつでも確認できるだろう?」

「おー。……でもオーラン文字わかんないよ」

「だから最初は地上言語の文字を勉強するんだ。いいね?」

「なるほどー。わかった!」

「まあ、喋れるのだからすぐだと思うよ」

 地上の言語はいわゆる表音文字だ。やや特殊な部分を除けば、そう難しい話ではないだろう。オーランも文字学習の意図をわかっているおかげで、やる気になってくれた。

 ケットシーは気まぐれなので、学習において一番難しいのはやる気を出すことだろう。もちろんそういう行為が好きなケットシーは好きだし、とことん突き詰めもする。ドルイドはそういった学習タイプのケットシーが交代で務める仕事でもある。

「オーランのおー」

 オーランはふんふんと歌いながら見本を見て文字を書きとりしている。思ったとおり、鉛筆の握り方は様になっていた。

「オーラン、(うた)も文字で書いておくのはどうだ?」

「うた!オーランうた好きだから、いいねえ」

 るんるんとオーランが「オーランのらー」と歌うので、とりあえずそれは書き留めておいてやる。

 今回は見本用の文字をそのまま並べたが、頭文字の単語のイラストを横に添えてみてもいいかもしれない。ケットシーでもいいが。

 こちらは人間の頃の知識があったので、地上言語も天上言語もそう苦労しないで覚えられた。しかし、識字率を上げるためにはそういう知育の試みが必要なのかもしれない。ケットシーは教師に向いていない妖精だから。

「オーランの、ん!」

「はい、正解。上手に書けているよ」

「レウルはどう書くかな。えーと、レウルのれは、これ?」

「そうそう」

「れーうーるー」

 たどたどしいものの、きちんと書けている。オーランは覚えがいい。さらにいくつかの単語を書き取ったので、横に簡単な絵を描いてやった。

「これすごい!わかる!レウル絵がじょうず!」

 すると尻尾をピンとして、オーランが大興奮してにゃんにゃん踊り出した。オーランは歌うし踊るケットシーだ。普段は好きにすればいいのだが、ここはドルイドの木のうろである。

「随分と賑やかだね」

 ドルイドが覗きに来てしまった。ちょっと居た堪れなくなりながら肩をすくめる。ケットシーはすごく撫で肩なのだが。

「ごめん、ドルイド。オーランが興奮してしまって」

「ドルイド、見て見て!レウル描いてくれたの」

「ん?これはオーラン?なるほど、よく似ているね」

 にやりとドルイドが笑う。さらに居た堪れない。

「せっかくなのだから、色をつけたら?」

「ドルイド、本題からずれてないかな……。オーランの文字学習をしに来たのだけど」

「レウルー、オーラン色ついたの見たいなー。レウルー、おねがい!」

 オーランがおねだりモードになってしまった。じとりとドルイドを睨んでしまう。

「絵の具なんてないだろうに」

「エルフに尋ねてごらん。色インクはあるだろうよ」

「わかったよ。オーラン、あったらね。今は座って勉強の時間だよ」

「はーい」

 オーランが落ち着いてきたが、絵に色をつけることについては諦めてくれないだろう。ドルイドの言うとおり、行商エルフに尋ねてみるしかないか。


 授業は午前中で終了し、オーランは昼寝をしにどこかへ消えた。こちらはというと、ひとまず行商エルフに連絡を取らないといけないから、森の中の泉に出かけていた。

 この村はケットシーが住んでいるせいか、植生が変わっているらしい。そして一部の植物には魔力を溜め込む性質や、魔力伝導率のよい性質があった。

 伝書魔術に使うのは魔力を溜め込める性質の花だ。花弁がこちらの肉球より二回り大きく、文字を書き込めるくらい丈夫なのだ。

「あったあった」

 泉のほとりで通年で咲いている花なので探すのは難しくない。花弁をむしって保存しても魔力が散ってしまうから、毎度採りに行く必要があるが。妖精の住む近くには大抵咲いているし、魔力を使って育てることもできる花だ。

 とはいえ伝書魔術は万能でもなく、飛ばしている間に誰かに取られてしまうこともあるし、何より受け取り手に固有魔力がないといけない。妖精と魔人宛にしか使えない魔術だ。

 花弁の内側には次の行商に絵の具もしくは色インクを持ってこられるか尋ねる文面を書き、裏には魔法陣を描く。魔法陣の文字で相手の魔力を判別するので、知らない相手に送ることもできないわけだ。

「よろしく頼むよ」

 二つに折ると、花弁はパタパタと羽ばたくように飛んでいった。これでよし。あとは返事を待つだけだ。

「しかし、絵の具も色インクも高価かもしれないな」

 持ってきてもらえたとして、買えるかは話が別だ。

 ケットシーに限らず、妖精たちの基本は物々交換だ。こちらは食材や文具、雑貨など、行商に頼む機会が多い。よってたいていの物と交換してもらえる方法は知っているが、手間がかかる。

「まあ、いいか。暇だしね」

 持ち歩き用の文具をベストのポケットにしまって、さくさくと芝生を踏み締めて家に戻る。やることがあるのは、悪い気はしない。ドルイドはオーランに甘いと笑うかもしれないが。

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