14. 錬金屋のケットシー
錬金術、という魔術の一系統がある。
万物を火、水、土、風の要素に分解し、合成するものだ。調薬なんかもするが、基本的には素材を作る術だろう。
エイルハンはそういった錬金術に長けていて、ケットシーの村で錬金屋を営んでいる。その錬金屋で一番多く作られているのは、おそらく紙だろう。
紙は自然では手に入らないし、なかなか手の込んだものだ。そして写本なんかに使うのに始まり、魔法陣を書く用途でも買い求められる。魔術の属性や傾向によって向いている紙やインクがそれぞれあるのだ。
とはいえ、ケットシーの村ではそもそもの需要が少ない。エイルハンは昔人間の錬金術師と契約をして店を持っていたそうだから、その頃に比べたら暇すぎると常に言っていた。
――なので、めちゃくちゃなものを錬金術で作ったりしている。
紙を買い求めにきたこちらは、目の前のゆりかごに目を丸くした。木をそのままくり抜いたようなゆりかごなのだ。それこそ大工に頼めばいいのに、錬金術で素材を合成して形を作ったのであろうゆりかごに繋ぎ目など一つもない。中にはルイン・ダエが眠っていた。
「こんにちはー、エイルハン」
「ああ、オーラン。それにレウル」
連れてきていたオーランが元気に挨拶をするのに、カウンターで何やら作業していたエイルハンが顔を上げた。思わず呟いてしまう。
「……エイルハン、また変なものを作ったな……」
「変とはなんだ。便利なんだこれ、よく眠れる」
「木材の合成って面倒なんじゃなかったか?」
「なんとかすればなんとかなるもんだよ、レウル」
こちらも錬金術をエイルハンに学ぼうとしたことがあるが、いかんせんエイルハンは感覚派ケットシーなので基礎だけしか習得できなかった。いい感じにすればいい感じになると言われて頭を抱えた思い出がある。
「これ変なの?」
とてとてとオーランがゆりかごに近づく。
「にゃん」
声を聞いて起きたのか、ルイン・ダエが耳を立ててオーランを見ていた。
「ルイン・ダエ!オーランだよ」
「にぅ」
「やあ、ルイン・ダエ。レウルだ」
発生したてのケットシーの仔には個体差があり、こちらなんかはすぐに喋ったと言われていたが、ルイン・ダエはまだ上手く喋れないらしい。「みゃー」と仔猫らしい声をあげている。
ただ、立つのはできるらしく、ゆりかごから降りようとしたので慌てて抱き上げた。柔らかく、伸びる。
「あぶっ、ルイン・ダエ、髭は引っ張らないでくれ」
パンチを繰り出しながら髭を引っ張られそうになる。ここまで小さい仔ケットシーには接したことがないので、どうすればいいかわからない。
「好奇心旺盛なんだ」
「エイルハンに似たのだな!」
「よく言われる。ほらルイン・ダエ、こちらが抱っこしてやる」
カウンターの奥から出てきたエイルハンはさすがの慣れた手つきでルイン・ダエを受け取ってくれた。
が、オーランがちらちらとルイン・ダエを見ている。
「エイルハン、オーラン抱っこしてみたい」
「いいぞ。こう支える感じだ」
「こう……」
慎重に手を伸ばすオーランに、ルイン・ダエを抱えさせたエイルハンが「いい感じだ」と褒めている。この感じだと、何人かのケットシーたちがルイン・ダエを見にきているな。
まあ、ケットシーの中で番で仔を発生させるというのはわりと珍しい。そもそも仔の発生が稀で、番が仔を成すのはその中の五割以下――三割から四割くらいなんじゃなかろうか。
逆にクーシーやエルフは、自然に発生する仔の方が珍しいらしい。ケットシー、あんまり番を作らないからな。クーシーの村に行ってよく分かったが、常日頃から誰かと接していれば番になる確率は高くなるだろう。ケットシーなんて毎日木のうろで寝てるだけなんてざらだ。そりゃ出会いもないし、番にもならない。自然の摂理すぎる。
「ルイン・ダエ、小さいねー」
「すぐに大きくなるぞ。オーランも昔は小さかったのではないか?」
「オーランは自然発生だから、それなりにでかかったな」
「へー」
「自分のことだろう」
つい突っ込んでしまう。オーランは生まれた次の日からにゃんにゃん歌っていたようなケットシーだ。そりゃ通り名も歌になるとも。
「ルレインの祝福がありますよーに」
オーランがルイン・ダエの額に自分の鼻をくっつけて祝福する。わかる。仔ケットシーはなんだか祝福したくなるような存在なのだ。
「ルイン・ダエも錬金術師になるの?」
「どうだろうか。こちらは教えようとは思うけどな」
オーランの疑問にエイルハンはそう答える。
番の元に生まれたケットシーは親の技能を受け継ぐことが多いから、本人にやる気があれば錬金術師になれるだろう。感覚派エイルハンの教えに向いていれば、だが。
個人的には、ベグの技能を継いでほしいところではあるな。
エイルハンの番であるベグは、小柄で人見知りのケットシーだ。一応エイルハンと一緒に暮らしているはずなのだが、店ではほとんど見かけることはないくらい人見知りである。
そして、森からいろんな素材を採ってくるのがベグである。エイルハンの錬金術の素材だけではなく、料理に使うものなんかもベグは詳しい。きのこの見分け方を教えてもらったこともある。
本にしたらどうだと尋ねたら遠慮されたが、知識豊富なのでルイン・ダエが受け継げばいいんじゃないかと思う。ベグも流石に自分の仔には人見知りしないだろう。
とまあ、錬金術師のケットシーと素材収集をするケットシーとで、二人はいいコンビなのだ。
人見知りのベグが誰かと番になるのは意外だったが、エイルハンが村に戻ってきた二十年前くらいに二人はすぐに番になった。仔を成すのも早い方なんじゃないかな。
「錬金術師になるには、錬金術ギルドに登録した方がいいからな。ルイン・ダエが街に行きたがるからどうかだろう」
「錬金術師は資格制なのだっけ」
「人の街で活動するならな。ケットシーの村では誰も気にしない。こちらは主が錬金術師だったから、一緒に学んで人の街で資格を取ったのだ」
オーランに猫パンチを繰り出してじゃれているルイン・ダエを眺めながら、エイルハンが懐かしむように言う。
「ルイン・ダエがもう少し大きくなったら、一緒にあの店に顔を見せに行ってもいいな」
「店はエイルハンの主の子が継いだのか?」
「主は独身だったから、弟子が継いだのだ。その弟子とも契約していたが、弟子が死んだときに戻ってきた。店自体は弟子の子が継いだな」
なるほど、二代にわたって見守ってきたわけだ。
ケットシーに限らず、妖精のいる店は繁盛すると言われている。ケットシーが契約しているということは店の主人が善人であるという証拠だからだ。
「エイルハン、なんで村に戻ってきたの?」
ルイン・ダエの小さな肉球にぺしぺしやられながら、オーランが尋ねる。たしかに、三代目を見守らなかった理由はちょっと気になるな。
無邪気なオーランに、エイルハンは肩をすくめた。
「三代目は女の趣味が悪かったから」
「お、おおう……」
想定外の理由にちょっと引く。妖精が引くような女の趣味か……。うん、どうかと思うぞ。
「おんなのしゅみ?」
純粋な瞳で首を傾げられて、こちらは答えに詰まったが、エイルハンは全く躊躇せずに答えた。そういうところだぞ、ケットシー。
「うん。人間の傾向として、番は性別が違うものを選びがちだ。人間は同じ性別では仔をもうけるのに苦労するらしい」
「せいべつかー。オーラン知ってるよ、男と女のやつ」
「そう。三代目は男でな、番に女を選ぼうとしてことごとく失敗した。こちらがやめた方がいいという女にふらふら寄っていくし、最終的に結婚した女もこちらをべたべた触ってくるし、一緒に暮らすのは諦めた」
あー、猫を構いすぎるタイプの人間か……。ケットシーは一度敵判定したら引きずるからな。
「こちらとは人間の趣味が合わんのだ。同じ女でも、最初の主は佳い女だったぞ」
「最初の主、女性だったのか」
「うむ。二代目は主を番にしたかったのだが、主は全然気がつかなくってな。年齢差もあったし、最終的に諦めて別の女と結婚していた。面白かったぞ」
「それ面白がっていいやつか……?」
エイルハン、意外と他人の恋愛沙汰が好きらしい。ちなみにオーランは聞いておきながらよく分からなかったのか、途中からはルイン・ダエを下ろして一緒に店の中を歩き回っていた。こっちは他人の恋愛沙汰に興味がなさすぎるらしい。
エイルハンはこちらを見てニヤリと笑う。
「レウル、人間の街で暮らす才能があるぞ」
「……人間のゴタゴタに巻き込まれるのは嫌かな」
元人間としてはそう思う。こうやって伝聞で聞くだけでお腹いっぱいだ。本当だよ。




