13. ケットシー集会(後)
棒がなくなったところでひとまずおしまいにして、サリェがくれたシロップ割りを飲んで休憩だ。祭りは各々好きにするスタイルなので、ここで店じまいにしても文句は言われない。でも案外好評なので、もう少し露管草を集めてきてもいいな。
「リアハ、トーヤ、手伝ってくれてありがとう。オーランも」
「うん。オーランはねー、歌ってくるね」
「わかった。いってらっしゃい」
広場の真ん中ではずっと誰かしらが歌っているし踊っている。オーランは参加したくてうずうずしていたのだろう。すぐに駆けて行った。
「リアハはほかのやたい、みようかな。トーヤもみる?」
「みたい!」
「トーヤ、リアハとはぐれないように気をつけるんですよ」
「はあい」
サリェに声をかけられながら、リアハとトーヤも手を繋いで去って行った。トーヤはまだ小さいから、ケットシーとも手を繋げる。まあ、リアハはそこそこ大きい個体であるし。二人を見送り、サリェがこちらに向き直る。
「レウルさん、リアハとトーヤに付き合ってもらってしまったわね。ありがとう」
「こちらが助かったくらいだ。気にしなくていい」
「そうかしら?作り方も教えてもらっちゃったわ」
「トーヤが気に入っていたからな。あれも飴だから、食べさせすぎるのはよくないが。歯磨きはちゃんとしたほうがいい」
「そうね。……ふふ、レウルさんはよくご存じね」
そういえば妖精は歯を磨かない。体毛は汚れるが、体内の異物は全部魔力に変換されて虫歯にならないからだ。歯を磨く習慣のないケットシーに歯磨きのことを言われるのは確かに奇妙だろう。
「レウルだからな。サリェ、そろそろ新しい仔が来そうだ」
髭をぴくぴくさせながらゴルムが言う。
新しい仔が来る、というのはお披露目の時間ということだ。
祭りに集ったすべてのケットシーが新しい仔に声をかける。新しい仔は、両親がいる場合は両親に、自然発生した個体はドルイドに抱かれている。
今回は番が仔を成したらしく、二人のケットシーが連れ立っていた。ケットシーも発生したばかりの時は体が小さく、徐々に成長する。特に番の元に発生した個体は喋るのもつたない。
「おめでとー」
「ルレインの祝福を」
「ルレインの祝福を!」
ケットシーたちがかわるがわる声をかけていく。そのうち屋台のほうにもやってきた。
親ケットシーは顔見知りで、片方は錬金屋をやっているエイルハンだ。名前はそのまま錬金術師という意味である。鯖虎柄で、瞳は水色だ。
もう片方は折れ耳のベグ。瞳の色は暖かい金色で、体には薄い茶色と濃い茶色のぶち模様が入っている、小柄なケットシーだ。
「エイルハン、ベグ。おめでとう。ルレインの祝福を」
「ルレインの祝福を」
「ありがとう、レウル、ゴルム」
エイルハンが嬉しそうに仔を抱えなおす。そしてサリェに仔を見せるように掲げた。サリェはかがんで微笑む。
「光の神ルレインよ、この灯を照らしたまえ。新たな光に祝福がありますよう」
「にゃう」
小さな声で仔が返事をしたようだった。サリェは仔を覗き込むと、「まあ」と声を上げた。
「瞳の色が左右で違うのね」
「そうなのか?」
ゴルムが背伸びをして仔を覗き込む。もちろん、こちらも。
ケットシーなので、仔の両目はもう開いていた。毛の色は白くて、耳と手の先が灰色だ。水色と金色の瞳は両親譲りなのだろう。両親を持つケットシーはどこかしらに親の色を受け継ぐものなのだ。
「名前はルイン・ダエ」
恥ずかしがり屋のベグが囁くように言う。ゴルムが頷いた。
「二つの輝きか。いい響きだ」
「素敵ね」
「あ、ありがとう」
ぽそぽそと言うベグとエイルハンを見送る。村のケットシー全員に声をかける祭りは、ベグにはなかなか大変そうである。
両親が全員に仔を見せて回った後、洗礼をするのはドルイドだ。魔術で灯りを浮かばせ、仔を照らす。周りには円形にケットシーたちが集まっている。
この村にはおよそ二百のケットシーが暮らしていると聞いたことがある。全員が集まるとなると、なかなかの密集度だ。
ざわついていたケットシーたちが徐々に静かになり、やがて完全に無音になる。これは無音の結界を張っているからだろう。風のざわめきすら聞こえない、そんな静謐な空間において、光の神ルレインに声を届けるのだ。
ドルイドがゆっくりと口を開いた。
「――ルレインの御許に、新しき灯を迎え奉る」
エイルハンに抱かれたルイン・ダエがじっとドルイドを見上げ、ドルイドは目を細めた。
天と七島を渡るルラスの輝きよ、
エイルハンとベグの仔にやすらぎと導きを与えたまえ。
光の神ルレインの名において――
我らはこの仔の発生を祝福し、その歩む道に光を掲げん。
天上語の祝詞を唱え、ドルイドは光魔術を打ち上げた。光の玉が頭の上で破裂し、小さな光になって降り注ぐ。
「ルレインの祝福を!」
誰かが声をあげたのをきっかけに、ケットシーたちが口々に言祝ぐ。
「ルレインの祝福を!」
「ルイン・ダエに導きを!」
「その道に光を!」
ドルイドと同じように光の花火を上げる者もいれば、歌い出す者もいるし、踊る者もいる。あとはもう大騒ぎだ。
「サリェ、こっちだ」
サリェはケットシーたちが好き勝手やり始めるともう身動きがとれなくなってしまうので、ゴルムが早々に連れ出していた。
こちらは大騒ぎもそれなりに好きだが、一緒に抜け出して屋台に戻る。周りの露管草を摘んで棒を補充しておく。まだ霞飴を欲しがるケットシーたちは多いはずだ。
「ふふ、ケットシーの皆さんががこんなに集まるお祭りなんて、ここに住まないと見られないわね」
サリェが嬉しそうに言い、広場の中心から目を逸らさない。確かに人間の街や他の村でケットシーをこんなに見かけることはないだろう。
それに、ケットシーは小さいので、人間たちの街でこんなに大騒ぎするのは難しいと思う。サリェが外から見ているように、人間の街のケットシーも外から眺めているのかもしれない。
「そういえば、トーヤは大丈夫なのか?」
小さいトーヤはケットシーにもみくちゃにされているかもしれない。
「リアハがついているから大丈夫だろう」
ゴルムは何でもないように言う。まあ、毛皮に覆われた体のやわらかいケットシーたちにもみくちゃにされても怪我はしないだろうが。
「それにトーヤの居場所は分かるようにしている。広場から遠ざかったら迎えに行く」
「ならいいけど」
魔術的な迷子札をつけているらしい。魔術って便利だな。
ゴルムはトーヤを積極的に構う性格ではないが、トーヤをかわいがっているのはわかる。サリェがトーヤの面倒を見ることになって一番心配したのはそこだったが、ゴルムも気難しくはあるが妖精なので善良な性質だ。基本的に幼いものは人間だろうがケットシーだろうが慈しむ。
「何ニヤニヤしているんだ、レウル」
「なんでもない。ああ、ゴルムも試すか?霞飴つくるの」
「……そうだな」
軽口のつもりだったが、想定外に乗ってきたのはやっぱり家でトーヤに作るためだろうか。ゴルムがものすごく真剣な顔で露菅草を手に取ったので、からかわずに教えることにする。
――ちなみに、ゴルムは不器用なケットシーだ。引き上げ時がわからずにものすごく大きい霞飴ができてしまって、サリェと一緒に笑ったら拗ねてしまった。トーヤなら喜ぶぞって言ったのに。
次回の更新は11/15(土)です。




