11. 絵描きケットシーと大工クーシー
磨き上げられた木は飴色に光っていた。思ったよりも明るい色だったが、汚れが目立たないように紺色の布で作ったクッションはいいアクセントになっているかもしれない。
「うにゃん!」
一揃いの机と椅子を見て、ボウ・フロシュが目を輝かせる。ぴんと尻尾を立ててこちらを振り向いた。
「これ、ボウ・フロシュの?」
「そうだよ。作業用の広い机があったほうが絵も描きやすいだろう?」
「なる。ありがと、レウル」
ボウ・フロシュはさっそく机を使いたそうにうずうずしている。ドゥイルが嬉しそうに尻尾を振って椅子を指し示した。
「調整が必要かもだから、座ってみてくれる?」
「すわるー。うにゃん」
「うん、高さはいい感じかな。ここの天板は傾斜がつくからね、こうするの」
「にゃ……うにゃん!斜めなる」
「そうそう。絵を描くときに背中を曲げなくていいでしょ?」
ドゥイルに教えてもらいながら、ボウ・フロシュは天板を調節し、その上に紙を広げた。鉛筆で試し書きをした後に満足そうにひげ袋を膨らませている。
「ボウ・フロシュ気に入ったー」
「それはよかった」
「クーシーつくった?」
「そう。こちらはドゥイルだよ。クーシーの村で大工してるの」
「ドゥイルは大工。ボウ・フロシュは絵を描くの、レウルに教えてもらった」
ドゥイルに差し出された手を、椅子から降りたボウ・フロシュが無邪気に振っている。ボウ・フロシュは職人気質なところがあるから、大工クーシーとは相性が良さそうだ。
「何か不具合とか、直したいところあったら教えてね。レウルに村に連れてきてもらったらいいよ」
「うにゃん!」
そういえばボウ・フロシュは村の外に出たことがあるのだろうか?若い個体だし、今までは木のうろ住まいだったし、ないだろうな。社会科見学的にクーシーの村に連れて行くのはありかもしれない。
ひとまず作業机を気に入ってくれたのは安心した。だが、今回持ってきてもらったのは机と椅子だけではない。
「ファドゥ、額縁も出してもらっていいかな」
「はーい」
ドゥイルに同行していた弟子のファドゥが、運命属性の倉庫から額縁を引っ張り出した。華やかな飾り彫りが入ってるものから、すっきりとシンプルなラインであしらわれているものまで、さまざまだ。
「これは?」
「絵を入れて飾る額縁だよ。絵を持ってきてごらん」
「うにゃん」
ボウ・フロシュはとてとてと備え付けの棚に向かい、広げて置いていた絵を回収してきた。リョーが来たときよりも増えている。
「黒いケットシーの絵が多いな。ああ、ゴルムか」
「サリェにあげる絵の練習してた」
「なるほど」
サリェに贈るなら、相棒のケットシーのゴルムの絵がいいと思ったのだろう。こちらがリョーに売った、デフォルメしたケットシーの絵柄を真似しているようで、上手く書けている。
「ゴルムならこの枠がいいかな」
額縁を一つ選ぶ。直線の幾何学模様の飾り彫りが入れられたもので、気難しいゴルムの雰囲気に合っていると思うのだ。
額縁に絵を入れてみると、何だか完成度も上がるようで不思議だ。作った張本人たちも「おー」と声をあげている。
「いいねー」
「サリェにあげるとき、つけたいな」
「そうするといい」
「うにゃん。これもドゥイルつくった?」
「ううん、作ったのはファドゥ。ファドゥはこちらの弟子だよ」
ドゥイルに紹介されて、ファドゥが尻尾を振ってボウ・フロシュの手を握った。
「ファドゥだよー」
「ドゥイルの弟子の大工のファドゥ。覚えた!」
「あのね、ファドゥ、額縁をボウ・フロシュの絵と交換したいな。交換していいのある?」
「うにゃん。どれがいい?」
おっと。額縁もこちらが払おうと思ったのだが、二人が交渉に入ってしまった。ついドゥイルに視線をやると、首を横に振られる。
「ボウ・フロシュがいいならいいんじゃないかな。でも、あとでレウルの絵を見せたら喜ぶかも」
「そうだな」
妖精なので、互いが納得すればそれでいいのだ。あとで霞パンを渡すのに我が家に寄ってもらうし、その時にこちらの絵を見せればいいか。リクエストにも答えられると言ったわけだし。
ボウ・フロシュとファドゥは額を突き合わせて絵を眺めていたが、そのうち絵を一枚ずつ額縁に翳し始めた。どうやらどの絵にどの額縁が合うか、試し始めたらしい。
「うーん、この絵はもっと違うのがいいなー。絵自体が植物のモチーフだから額縁も植物にすると視線がバラけるし、もっとシンプルな感じかなー」
「これはリアハだから、これー」
各々好きにやっているようだが、交換する絵を選ぶんじゃなかったのか。
「ファドゥ、この絵に合う額縁も作りたいなー。いい?」
「いいよ」
「やった!」
なんか話が別の方向に転がっている。つまり、ファドゥはオーダーメイド額縁を作りたいのか?確かに今回は絵を見せないまま額縁を作ってもらっていたが、そこまで凝り性とは。そんなファドゥを見て、ドゥイルが顎に手を当てた。
「うーん、レウル。レウルにお願いすることできちゃったかも」
「どうした?」
「多分、ファドゥはいっぱい額縁作っちゃうよ。でも毎回買ってもらうのもなんだし、額縁とセットで絵を売るのがいいと思うんだ」
「なるほど」
その売り上げを二人で分ければいいということか。確かに、さっきも額縁に入れると完成度が上がると感じたわけだし、商品としてそうやって売るのはありだろうな。
「今のところ、ボウ・フロシュの絵は行商エルフに卸してるからな。確認してみるよ」
「ありがとう。手間をかけるね」
「この程度どうということもない。二人とも楽しそうだし、いいんじゃないか」
「そうだねえ」
若い妖精がはしゃいでいる様子は微笑ましい。まあ、ドゥイルはこちらよりずっと年上なので、ドゥイルからしたらこちらもあの二人寄りなのかもしれないけど。
結局ファドゥはボウ・フロシュが描いた風景画を一枚選び、こちらの描いたものの中では文字表を欲しがった。いろんな絵が描いてあるのがよかったらしい。
霞パンを渡し、お茶をして帰っていった二人を見送ったあと、リョーに伝書を送る。翌日に届いた返信には、ケットシーとクーシーの合作なんてなかなかないし大歓迎だと書いてあった。言われてみれば合作かもしれない。
そんなわけで、ファドゥはちょくちょくボウ・フロシュの絵を見にケットシーの村にやってくるようになり、ボウ・フロシュもファドゥに連れられてクーシーの村に遊びに行くようになっていた。絵のモチーフを探すという点で好奇心もそそられたらしい。
ボウ・フロシュがクーシーの絵も描くようになったのはそのすぐ後で、これにもリョーは喜んでいた。こちらとしては教え子が自立するのがあっという間で、嬉しいような寂しいような気分だったのだが、その気持ちは胸のうちにしまっておくことにした。ドゥイルには言ってみてもいいかもしれないけども。
ちなみにドゥイルは300歳くらい、ファドゥは30歳くらい、ボウ・フロシュは20歳にならないくらいです。




