10. クーシーの村の市場
ドゥイルのところで注文を終え、帰る前に村を散策することにする。クーシーの村へはたまに来るが、ここには常設の市場がある。商店とパン屋がある広場に、屋台が並んでいるのだ。どんな屋台があるかは日替わりで、このへんは気まぐれな妖精らしさがある。
そしてクーシーの村には、人間やエルフもちらほらいる。ケットシーはほとんど見かけないが、まれにこちらのようにケットシーの村から訪れている者はいるようだ。
「ケットシーだ」
「ケットシーだ~」
ケットシーを滅多に見ることがないからか、どこに行ってもたいてい尻尾を振られて歓迎される。クーシーはケットシーが好きなのだろうか?妖精同士の連帯感や親しみやすさみたいなものはあるにはあるが、ケットシーの村にクーシーがいても用がなければ話しかけられない。この辺はもはや文化の違いかもしれない。
「なにか欲しいものある?」
「おいしいのあるよ」
「では、そのふかした芋がほしい」
「甘い芋だよ」
店番クーシーが尻尾を振って、ふかした芋を紙袋に入れてくれた。妖精は物々交換が多いが、クーシーの市場には人間も訪れるためか、基本的に硬貨で交換する。こういう時のために持ち歩いているコインを渡した。
妖精は貨幣を製造しない。必然的に、コインはその時の人間の国から流れてくるものになる。長生きな妖精たちは、もはや使われていない貨幣をなんとなくで使いがちである。
「このコイン、新しいのだ」
「わー、初めて見た。人間の国の王様?」
「そうらしいな。こちらも詳しくはないが、最近人間にもらったんだ」
「おー」
新しいコインはそれはそれで喜ばれるものである。なぜか芋をもう一つもらってしまった。妖精にとってコインは、何かと交換してもらえる価値があるらしいものでしかない。コインそのものが気に入れば上乗せされるわけで、貨幣文化は崩壊している。
「熱いから気を付けてね」
「うん。ありがとう」
紙袋ごしに肉球で持っても熱いので、上着のポケットからハンカチを取り出してくるむ。広場にはベンチもあるから、そこに座って食べることにした。
甘い芋、甘藷はいわゆるサツマイモだ。黄色くてほくほくしているものと、オレンジで水分が多いものがあるが、ふかして売っているのはたいていほくほくしているほうだ。クーシーはこの甘藷が好きらしく、市場に行けばたいてい売っている。村のどこかで栽培しているのだろう。
ふうふうと冷ましながらふかし芋を頬張る。前世の記憶にあるようなサツマイモと同じくらいの甘みがあるから、何らかの品種改良をしているのだろうか。素朴なおいしさに目を細めてしまう。
一つでそれなりに腹が膨れるので、おまけにつけてもらったほうは家で菓子にでもしてみようかと考える。定番のスイートポテトなら、バターと砂糖、牛乳があれば作れる。芋を食べ終えて商店のほうに向かった。
屋台はほぼクーシーお手製のものが売っているが、商店には村の外から仕入れた品が多く陳列されている。たとえば、チーズ。犬がチーズを好きなように、クーシーもチーズが好きらしい。
他の乳製品も多く取り扱っている。バターや牛乳も、普段は行商から買っているが、いざとなればここでも手に入るのだ。
「レウル。いらっしゃい」
「やあ、ソカール」
たびたび訪れているので、商店のクーシーとは知り合いだ。ソカールは白と灰色の毛並みの凛々しい顔立ちのクーシーで、落ち着いた雰囲気をしている。年を取っているわけではないので、性格なのだろう。
「今日はなにが欲しいんだ?」
「バターと牛乳。チーズも買いたいな」
「エルフの行商から買っているものと、この村で作っているものがあるが」
「えっ?作っているもの?」
牛乳、つまり家畜化された牛型の魔物の乳は基本的に妖精の村では生産されないはずなので、つい聞き返してしまった。ソカールが「そうだ」と頷く。
「最近、魔人が住み着いてな。魔物の扱いに長けているから、牧畜を始めたのだ」
魔人は家畜の扱いが上手いと聞いたことはあるが、妖精の村にやってくるのはかなり珍しい気がする。こちらは聞いたことがない。
「そうなのか。味に違いがある?」
「味が濃いな。ちょっと食べてみるといい」
ソカールが試食用にチーズを切り出してくれたのでありがたくもらう。確かに味が濃いめだ。この辺で育つ牧草の種類のせいだろうか。妖精の村の近くで育つ家畜の畜産物って、かなり貴重な気がするな。
「おいしい。せっかくだから、村で作ってるものを貰おうかな」
「わかった。そこまで量をつくっていないが、人気だから売り切れやすいんだ。レウルは運がいい」
バターと牛乳は冷蔵箱に保存されているのを出してくれた。チーズも切り分けて袋に入れてくれる。ケットシーの体ではたくさん持ち帰れないので、持ってきた背負い袋になんとか詰める。
「村まで送ろうか」
見かねたソカールが声をかけてくれるが、首を横に振る。
「持って帰れないわけではないから……」
が、ソカールがわかりやすくしょげてしまったので、逆に断るのが悪い気がしてきた。
「み、店を留守にすると良くないんじゃないか?」
「別に平気だ、こちらがいなかったら後で来るだろう」
妖精はそこのところおおらかなので、確かにと思ってしまう。鍵をかけていなくても、勝手に持っていく者もいないし。鍵という概念がほぼ存在しない田舎だ。
「では、お言葉に甘えようかな」
「うむ!それはこちらが持つ」
「ありがとう、ソカール」
いつも落ち着いているソカールが尻尾をブンブン振っているのは微笑ましい。しかしこちらがようやく背負える袋を軽々持ち上げるのだから、なんとも力持ちだ。
ソカールは村の門を潜り、ケットシーの村までついてきてくれた。人間もエルフもいたクーシーの村とは違い、ケットシーの村にはほぼケットシーしかいないので、大柄なソカールはとても大きく見える。
「ケットシーの村には本当に市場がないのだな」
「確かに、クーシーの村に比べると静かかもしれないな」
活気がないと言うとマイナスイメージだが、穏やかで静かな空気は心地がいい。どこかに出かけて帰ってくると、これだけでホッとしてしまうのは自分がケットシーとして生まれたからだろうか。
ソカールは物珍しそうに辺りを見回していたが、ケットシーたちはすれ違ったらちらりと見てくるくらいで、積極的に近づいては来なかった。あ、クーシーいる。めずらしー。というくらいである。ソカールはすれ違うたびに尻尾を振っていたが。
結局ソカールは家まで運んでくれたのでお茶でも出そうかと思ったのだが、まだ仕事中だ。あまり長く引き留めるのも悪いので、お礼に以前焼いたクッキーを持たせることにした。
「ソカール、わざわざありがとう。これはお礼」
「気にしなくていい。これはレウルが作ったもの?」
「そうだよ。木の実とジンジャーのクッキーだ」
「いい匂いだ。ありがとう。またいつでも手伝うよ」
「うん。ソカール、改めてお礼をしたいから、休みの日にでもケットシーの村においで。お茶をしよう」
誘ってみると、ソカールは目を丸くしてせわしなく尻尾を揺らした。これは喜んでくれているのだろうか?
「休みの日……」
「そういえば店に定休日はあるのか?」
「いや、ない。こちらは毎日店を開いているから。休むことを考えたことがなかった」
「クーシー、真面目すぎるな?!」
確かにいつ行ってもどの店も開いていると思ってはいたが!ケットシーと足して二で割ったらどうだという感じである。つい大きめの声で突っ込んでしまった。
「クーシーは仕事を継いだら義務があるから、引退するまではたいていずっと仕事をしているんだ。でもレウルとお茶をしたいから、今度休みの日をつくろう」
「ソカールの店に店員は増やさないのか?」
「こちらもまだ継いだばかりだから、考えていないな」
「十年はやってるだろう」
「十六年目だ」
妖精の時間感覚はバグっている。お茶をするときにでも定休日を作れと諭したほうがいいだろうか。それか店員を増やすか。仕入れも一人でやっているはずだから、ソカールはかなり働いていると思しい。
いくら妖精が丈夫だからといって、常に働いていいというわけでもないだろう。とはいえ働かなくても生きていける妖精が働くのは自分の意志だし、余暇を楽しむのは引退したらという考えなのかもしれないな。その引退だっていつでもやめて、新しいことを始めたっていいのだ。
「ソカール、一度とは言わない。いつでも遊びにおいで……」
ついぽんと肩――は届かないので、肉球で背中を叩いてしまう。芋を買ってきてもらって、スイートポテトもごちそうしてやろう。そう告げるとソカールは「楽しみだ」と言って帰って行った。




