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癒涙令嬢と剣狼公爵〜昔助けた騎士が涙をポーションに変える秘密を携えて甘く囁いて守ろうとするのはいいけれどやたらと距離が近いのですが〜

作者: リーシャ

ルクレツィアは侯爵家の一人娘として、絵に描いたように穏やかな日々を送っていた。


陽光差し込む広大な庭園、優雅なティータイム、慈善活動への参加。


完璧な令嬢として振る舞う彼女には、誰にも言えない秘密があった。


涙が、ポーションになる。


初めてその異変に気づいたのは、まだ幼い頃。


「いたっ」


転んで膝を擦りむき、あまりの痛さに大粒の涙を流した時、掌に落ちた涙の雫が、キラキラと輝く小さな液体に変わった。


「?」


恐る恐るそれを傷口につけると、瞬く間に痛みが引き、傷跡さえも消えてしまった。


以来、ルクレツィアはその秘密をひた隠しにしてきた。


涙を流すたびに回復薬が生まれるなど、常軌を逸している。


「どうしよう」


もし知られれば、自分は研究材料にされるか、あるいは魔女として忌み嫌われるかもしれない。


だから、人前では決して泣かないよう、感情を抑え、常に冷静であろうと努めてきた。


おかげで、周囲からは感情に乏しい冷たい令嬢と見られてしまうことも少なくなかった。


今日は、王都の慈善病院への慰問の日。


ルクレツィアは、病に苦しむ人々を前に、胸を痛め、特に、ひどい熱病に冒され、命の灯が消えかかっている少年を見るたび、胸が締め付けられた。


救うには涙が、治癒のポーションがあれば。


人前で泣くわけにはいかない。


そのジレンマが、苦しめた。


病院の入り口がざわめいた。


屈強な兵士たちに囲まれ、一人の男性が入ってくる。


漆黒の髪。


鋭い光を宿す琥珀色の瞳。


その男こそ、若くして公爵の地位に上り詰めた、王国最強と名高い騎士公爵、リバルカ・スヤ・ヴァリオス。


リバルカ公爵は、冷徹なまでの公正さと、揺るぎない武力で知られていた。


彼が視察に訪れるたび、病院の空気は一層張り詰める。


ルクレツィアは、彼とは社交界で何度か言葉を交わした程度で、特に親しい間柄ではない。


が、リバルカ公爵は昔、ひそかに助けた人物だった。


あれは、まだ若き騎士だった頃のこと。


国境付近の魔物討伐から帰還する途中、激しい魔物の襲撃を受け、重傷を負ったと耳にした。


当時、まだ見習い騎士だったリバルカは、瀕死の重傷を負い、人里離れた森で倒れていたのも、偶然、通りかかったわけではなかった。


姿を見て、いてもたってもいられなくて。


誰にも気づかれないよう、傍らに駆け寄り、溢れる涙。


治癒のポーションに変えて彼の傷口に滴らせた。


ほんの少量だったが。


命を繋ぎとめるには十分だったはず。


彼は意識朦朧としていたため、姿をはっきりと認識してはいなかっただろう。


そう思いたい。


回想を終えるとリバルカ公爵は、病室の中央に立つと、鋭い視線で患者たちを見渡した。


熱病の少年の前で立ち止まった。


(見ている)


少年の呼吸は浅く、今にも途絶えそうだ。


「はあ……このままでは、長くは持つまい」


公爵が静かに呟く。


心は張り裂けそうになった。


公爵に気づかれないよう、少年のベッドの傍らに跪くと震える手で、額に触れる。


少年の熱い体に、胸は締め付けられながらも袖で顔を隠すふりをして、一粒の涙を流した。


小さな雫は、瞬時にキラキラと光る回復のポーションへと変わり、少年の口元に。


少年の顔色が、みるみるうちに好転していく。


浅かった呼吸が深くなり、熱も少しずつ引いていく。


「な……!?」


違うところへ行っていた男は、変化に気づき、目を見開いた。


様子を交互に見て、何かを探るような視線を向けてくる。


ルクレツィアは慌てて顔を上げ、彼の視線から逃れるように、サッとその場を離れた。


リバルカ公爵の冷徹な琥珀色の瞳はかすかな驚きに塗れていたなと、微かな予感。


病院での一件以来、リバルカ公爵は、ルクレツィアを頻繁に訪れるようになった。


それは、表向きは慈善活動の視察という名目だったが、視線は常にルクレツィアを追う。


変な噂になりそうで、やめてほしい。


ある日の午後、ルクレツィアが庭園で花の手入れをしていると、背後から静かに声が聞こえた。


「令嬢、最近は花にもお詳しいようですな」


「はぁ?」


振り返ると、そこに立っていたのはリバルカ公爵だった。


「いきなりなにを言うかと思えば……」


彼はいつものように無表情だが、その目は真っ直ぐにルクレツィアを見つめている。


小声で悪態をつく。


「公爵様。お変わりなく。いえ、ただ、このバラが少し元気をなくしているように見えたものですから」


萎れかけたバラにそっと触れた時、指先から微かな魔力が、バラに流れ込む。


涙がポーションになるのは、この魔力が関係しているのかも。


「ほう。貴女には、植物の痛みが分かるのですか」


公爵は、一歩近づいて、ルクレツィアの手元を覗き込んだ。


彼の指先が、指に触れる瞬間、彼の指先から、ひんやりとした冷気が伝わってきた。


思わず身を引いてしまう。


「っ……やめてください!」


「失礼。驚かせてしまいましたか」


公爵は、小さくため息をつくと、庭師が持っていたジョウロを取り上げ、バラに水をやった。


普通にありえない行動だ。


静かに言った。


「先日、慈善病院での出来事ですが、あの少年が、一命を取り留めました。医師も、あの回復は奇跡だと口を揃えております」


心臓が跳ねるのを感じた。まさか、あの時のことを、公爵が疑っているのだろうか。


「それは、素晴らしいことです。わたくしも、回復されたと聞いて、安堵いたしました」


平静を装って答えるルクレツィアに、さらに一歩踏み込む。


「貴女が、彼の傍らで何をしていたのか、お聞かせ願えませんか?」


彼の琥珀色の瞳が、真剣になる。


ルクレツィアは、冷や汗が流れるのを感じた。


「わたくしは、ただ、彼の無事を祈っていただけです。他の方と同様に」


目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。


ゴミでも入っていたのか。


ハッとして慌てて拭い取ろうとしたが、遅かった。


涙は、公爵の指先に触れる寸前、きらめく癒しのポーションへと変化し、手に落ちた。


(しまった)


公爵は、透明な液体をじっと見つめ、その香りを確認するように、そっと鼻を近づけた。


(え?匂いを嗅ぐの?)


彼の表情が、驚きから、確信へと変わっていく。


(嗅いだ?え?)


「これは……まさか。貴女の涙が、ポーションに……?」


顔面蒼白になった。


ついに、秘密が露見してしまったと。


恐怖と絶望が、全身を駆け巡る。彼に知られてしまったら、もうおしまいだと、震える。


相手の対応は予想をはるかに超えていた。


「やはり、貴女だったのですね」


呟くと、ポーションを手のひらで包み込み、ルクレツィアの顔にそっと触れた。


「貴女は、以前も命を救ってくださった。あの時も、このように、貴女の涙が私の傷を癒したのですね」


ルクレツィアは、驚きに目を見開いた。


彼は、あの時助けた騎士だと、最初から気づいていたというのか。


「まさか……知っていて……?」


「ええ。あの時、私は意識朦朧としていましたが、確かに感じました。温かく、不思議な癒しの力が、包み込んでくれたのを。幼い貴女の顔が、僅かに見えました」


手をそっと握り、その指先に口づけた。


「恩人。誰よりも慈悲深く、美しい方だ。秘密は守り抜きましょう」


ルクレツィアの目から、再び涙が溢れ出した。


安堵と感謝の涙。


涙は、キラキラと輝き、公爵の手に次々と落ちていく。


「これは……感謝のポーション……か?これほど美しく輝くポーションは、見たことがないな」


ポーションを全て集めると、まるで宝石のように大切に、自分の懐にしまった。


どうして持っているのだろうか、入れ物を。


彼の冷徹な顔に、初めて明確な、温かい笑みが浮かんだ。


第秘密を知られてしまってから、ルクレツィアの生活は一変。


以前にも増して、公爵が傍らにいることが多い。


社交界でも、公爵は常に傍らを離れず、他の貴族が話しかけようとすると、有無を言わさぬ視線で牽制した。


「公爵様、近づく方がいなくなってしまいます」


ルクレツィアが注意する。


公爵は涼しい顔で答えた。


「それで構わない。他の者に、不用意に近づかれる必要はない」


独占欲は、想像以上。


独占欲が、ルクレツィアにとっては、助かるが、困る。


涙がポーションになるという秘密を、徹底して守っているみたい。


細々とポーションを、必要な時に活用するようになった。


ある地方で、謎の疫病が流行。


通常の治療法では全く効果がなく、多くの人々が命を落としていた。


医師団も匙を投げ、王宮は混乱に陥った時は。


「リバルカ様、どうか、わたくしの涙で、人々を救うことはできませんか……?」


ルクレツィアは、公爵に懇願した。公爵は、彼女の優しい心を知っていた。彼女の涙のポーションが、絶大な治癒効果を持つことも知っていた。


「分かった。だが、これは極秘で行う。貴女の身に危険が及ぶような真似はさせない」


公爵は、慎重に計画を練った。


極秘裏に疫病が流行する地方へと連れて行って。


病に苦しむ人々が、治療を求めて集まる。


苦しむ姿を見た。


彼らを救いたい一心で、溢れる涙を流す。


涙は、次々と輝く強力な治癒ポーションへと変化。


公爵は、ポーションを一つ一つ丁寧に集め、医師団に王家の秘伝の特別な薬、と偽って配らせた。


驚くべき効果を発揮し、瀕死の患者たちが、みるみるうちに回復していく。


病はみるみるうちに鎮静化し、多くの命が救われた。


王国中に、奇跡の薬の噂が広まったが、真の源がルクレツィアの涙であると知る者は、公爵以外誰もおらず。全てが終わった後、公爵は憔悴しきったルクレツィアを優しく抱きしめた。


「よくやってくれた、ルクレツィア様。貴女は、本当に素晴らしい方だ」


腕の中で、ルクレツィアは疲労と安堵で、また涙を流し、涙は、公爵の服に染み込み、小さな回復のポーションへと変わる。


「世界を救う力を持つ。だが、それ以上に、優しい心が、私にとって何よりも尊い」


頬を優しく撫で、涙を拭った。


彼の瞳には、愛と尊敬の念が浮かぶ。


涙のポーションによって、王国は疫病の危機を乗り越え、安定を取り戻した。


功績を王に報告し、彼の地位はさらに確固たるものに。


あなたのおかげと言われる。


ルクレツィアへの想いを、より強く抱く。


公爵邸の庭園で、公爵と共に散歩をしていた。


夕日が庭園をオレンジ色に染め上げ、ロマンティックな雰囲気を醸し出している。


「ルクレツィア様」


公爵が、静かに彼女の名を呼んだ。振り返ると、男は片膝をつき、ルクレツィアの手を取った。


「なんでしょうか……?」


突然の行動に、驚きに目を見開いた。


「出会ってから、世界は大きく変わった。優しさ、強さ、秘めたる力……全てが、惹きつけてやまない。守るべき全て」


夕日の光を反射して、琥珀色に輝いていた。


彼の顔は、普段の冷徹さとはかけ離れた、真剣な、情熱的な表情をしている。


「秘密は、私が生涯、誰にも明かさぬと誓おう。涙は大切に守り抜くと」


懐から小さなベルベットの箱を取り出した。


中には、月の光を閉じ込めたかのような、美しいダイヤモンドの指輪が収められていて。


「ルクレツィア・グランヴァル。私、リバルカ・スヤ・ヴァリオスは、貴女を、私の妻として迎えたい。私の公爵夫人となって、生涯を共に歩んでくれないか」


求婚の言葉に、目から、止めどなく涙が溢れ出した。


彼の掌に落ちていく。


嬉しくて堪らない。


瞬く間に、透明で、生命力に満ちた至高の回復ポーションへと変化。


「はい……喜んで、リバルカ様」


震える声で答えた。


首に腕を回し、胸に顔を埋めた。


公爵はポーションをそっと集めると、指輪をルクレツィアの指へ。


「貴女の涙は、世界を救う力を持つ。だが、その涙を、私のためだけに流してほしい」


そう言って、額に羽根のようなキスをした。


唇は、優しくて温かい。


その後はかなりスピーディーだった。


彼が即結婚の準備をしてしまい、あっという間にマリッジブルーになる暇もなく、入籍。


結婚後、ルクレツィアとリバルカの夫婦生活は、想像以上に甘くて。


穏やか。


リバルカは、溺愛ぶりを隠そうともしなかった。


朝、目覚めれば髪を優しく撫で、食事の際には好きなものを取り分け、執務中も常に様子を気遣う。


「リバルカ様、もう大人です。そこまで心配なさらないでくださいませ」


少しでも疲れた顔をすれば、リバルカはすぐに執務を中断し、休ませようとする。


「心配ではない。愛しているのだ、ルクレツィア。貴女が少しでも辛い顔をするのは、耐えられない」


子犬みたいな眼差しと、まっすぐな言葉に、いつも顔を赤くしてしまう。


ルクレツィアの涙がポーションになるという秘密は、公爵夫妻の間だけの、特別な秘密ごと。


秘密を抱え、どれほど孤独だったかを理解していたからこそ、能力を最大限に活かしつつも、負担をかけさせなかった。


視察中に不慮の事故に遭い、腕に深い傷を負ったことがあったのだが。


血が止まらず、意識も朦朧としていた彼に、ルクレツィアは駆け寄った。


「リバルカ様! 大丈夫ですか?」


彼女の目から、ハラハラと涙がこぼれ落ち。


涙は、公爵の傷口に滴り落ちると、瞬く間に輝く止血のポーションへと変化し、出血を完全に止めた。


さらに流れた涙は、細胞活性化のポーションへと変わり、傷跡さえも残さずに傷を塞いでいく。


「ふふ、また救われてしまったか」


リバルカは、目に深い愛情を宿し、ルクレツィアの手を優しく握りしめた。


傷が治ったのは、妻の涙のおかげだったと、周囲の者は誰も知らず、ただ驚異的な回復力に舌を巻かれる。


もう、涙を流すことを恐れてはいなかった。


リバルカが、彼女のすべてを受け入れ、秘密を何よりも大切に守ってくれると知っていたから。


救われる人にとって、希望の雫となっていた。


時が経ち、公爵夫妻の間には、可愛い子供たちが生まれ。


彼らには、残念ながら母親のような特殊な体質は受け継がれていなかったが、夫婦の愛は、日々深まるばかり。


子が眠りについた後、リバルカはルクレツィアをそっと抱きしめ。


「貴女は、人生の全て。貴女が流す涙は、世界で一番尊いよ」


素敵な言葉にルクレツィアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


喜びとに満ち足りた幸福の涙。


夫の胸元に落ち、永遠に輝く愛のポーションへと姿を変える。


キラキラと眩く。


涙の雫が紡ぐ道は、秘密をとびきり甘い恋に、恋から最愛の人の元へ連れて行ってくれた。

⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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