表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 摩天楼
97/149

第6話 sideアナザー 彼は世界を救った



 <攻略されない試練と取引>



 今日は奈落の受胎が始まって91日目の日。

 ママカと私は雑談配信というものをしていた。


 私がママカの配信に出始めて3ヵ月の時間が経った。

 とっくにお肉代分は貢献したとは思うけど、未だに私はこのチャンネルに出続けていた。


「真面目な話、日原女史にあって私にないものって何だと思う。それが分かればワンチャンいけるかもしれない」

「人気、能力、知性、精神、社交性、コミュニケーション能力、名声、社会的地位、お金、信頼、カリスマ、コネクション、師弟関係、運、試練資格、それから……」

「ちょ、ちょい待ち、お前人の心ないんか」

「いや、真面目な話っていうから」

「そこは空気読むところでは?」

「性格の良さも追加」

「おっふ」


 コメント

 ・マジレス勘弁

 ・逆に日原女史になくて、ママカが持ってるもの考えようぜ

 ・ポジティブシンキングだな、任せろ!

 ・うーん

 ・……

 ・………

 ・…………

 ・………………

 ・…………………

 ・ごめん、ネガティブ要素しか思い浮かばんwww


「おいコラ、なんかあるやろっ!」

「私は思いつくけど、見掛けの話だから言っちゃだめだよね」

「予想つくからいい。なんなんだよも~、世界が私に厳しすぎる」

「嘆きの規模がおっきいね」


 コメント

 ・ママカの話は置いといてさ、アメリカって大丈夫か?

 ・最後にして最大の異層空間か。

 ・めっちゃ不安。関係ないは関係ないけど

 ・あるわい。一つの国の経済破綻で世界恐慌が起きるんだぞ

 ・国が無くなった後は、何が起きるか予想もつかん

 ・でも攻略の目算はついてんじゃない?じゃなきゃ依頼するでしょ

 ・摩天楼だよね。確か迷路が張り巡らされた異層空間

 ・数値的に何パーセント攻略が進みました、とか出してくれればいいのに、攻略は順調しか言ってないもんな

 ・青野少年たちも沈黙してるよな

 ・アメリカは自国だけで対処してるし、国から依頼がないと無理

 ・ただの災害ならあれだけど、エーテル結晶の存在がでかすぎる

 ・プライドとかメンツってやつか

 ・国消える時にこだわるもんかね

 

「ママカはどう思う、真面目な話」

「こればっかりは分かんない。アメリカの情報、ブロックされてるからハッキングしない限り出てこないし、そんなことしたら私逮捕される。予測で言えば無理だとは思ってるよ」

「え、そうなの?」

「リソース理論で考えれば、広い空間を内包した摩天楼はその分統率個体の強さが下がるけど、それ一般軍人が倒せるレベルまで下がってると思う?」

「いるの、統率個体?迷路突破したクリアじゃ」

「確信は持てないけど、それはないと思うな。あの広い空間と迷路は、自分を発見されないようにするカモフラージュの可能性が高い」

「ええっ!?」

「だって高難易度の統率個体は何かしら知性を獲得してる。逃げに徹する奴が出て来てもおかしくない」

 

 コメント

 ・まじか

 ・こわっ

 ・こういう時のママカ鋭いから

 ・いや、今の発言はフラグなんじゃ

 ・おい、アメリカ消えたらお前の所為だぞ

 ・よっしゃ、今の考察晒そうぜ

 ・いいね、乗った!

 ・一動画配信者の考察なんて相手にされるのか?

 ・うちの狂犬だぞ?

 ・やっぱ止めとこ

 ・うん

 

「うちのリスナー共め……」

「まあまあ、当たってない方がいいし、気にしない気にしない」




 <駆け引きとセカンドインパクト>

 

 

 ニュースを見て、急いでママカの家に行くと、テレビが付きっぱなしでママカが机に突っ伏していた。

 ニュースには青野少年のフランス帰化の報道が流されていた。


「ママカ……」

「悲報、青野少年をフランスにNTRされた件について……フェイクニュース疑ったけど、マジのマジだった。心が死ぬ……」

「でも何でこんな……待って、速報流れてる……青野信也、摩天楼攻略のためアメリカに飛ぶ?え、今頃になって依頼が、いや、フランスに帰化してこの動きって」


 ママカはガバッと顔を上げてパソコンを走らせメッセージのやり取りを始める。

 複数のディスプレイに大量の文章が出ては消えていく。

 炯々と目を輝かせて、バチバチと叩き付けるようにキーボードを叩く。


「ごめん、なんか食べ物頂戴、何にも食べてなかったから頭回んない」

「うんっ、すぐ持ってくる!」


 復活したママカは、それから一時間ほど集中し、今はおにぎり片手に集めた情報で確度の高いものを私に説明してくれた。


「日本とアメリカはグズグズになってる。青野少年はアメリカの捧げものにされかけてた」

「それどういう事?」

「青野君には恐らく知らされてなかっただろうけど、アメリカの異層空間の攻略依頼は存在した。でもそれはアメリカ国籍になれば攻略の手伝いをさせてやるというものだった」

「え、なにその上から目線、ものを頼む態度じゃないよ」

「実際頼んでないね。アメリカと日本じゃ試練資格者の質も装備も段違い。青野少年と日原女史が突き抜けてるだけ。国際的にも決して対等な立場じゃない。もし箱庭みたいに個人が分散させられるようなことがあったら大量の死者が出るだろうね」

「そういった場合に備えて支援してやるから、青野少年を渡せってこと?」

「大まかには。でも誤算はあっただろうとは思う。自業自得だけど、アメリカにとっても今の状況は不味いよ。いや、どうなんだろ……本当に攻略できる確信でもあるのか、もしくは国土を捨てても構わない?うーん分からん」


 ママカは眉間にしわを寄せて、おにぎりを口に詰め込んで味噌汁で流し込んだ。

 私はこの件に関わっているかもしれない人物を一度思い浮かべて消した。

 話しを聞いたとしても答えは返ってこないし、意味がない。もう全てが進み過ぎている。


「青野少年がフランスに帰化したのは?」

「交渉を白紙に戻しなんだよ。アメリカはフランス、というか欧州連合に対して強気に出れないからかな。何らかの事情を青野少年は察して行動したんだね。フランスとアメリカで再度交渉し直して、異層空間を攻略できるように」

「確かアメリカの試練資格者は強制的に国所属の私兵になってるんだよね。アメリカに所属させられて国の意向で管理されるくらいなら、国籍を捨ててでも自由を選んだ?」

「こんな盤外の一手思いつくとか天才かよ。あんまり青野少年らしくない気もするけど……」


「そこまでして、救う価値ある?」


 言葉を遮るような私の呟きに、ママカは肩を揺らした。

 熱のこもった低い声が出ていたと思う。ため込んだ怒りは相当なものだった。

 彼はただ戦えない人たちを救いたかっただけなのに、純粋で清らかな思いを逆手にとって罠に嵌めようとするだなんて。


「……あるなしで言えばある。普通に暮らしてる人が大半。避難だってろくにしてない。突発的な国からの避難が出来るのは、お金や権力がある人だけだよ。今回のことを企んだのもそういう奴ら」

「……そうだね」

「これは胸の内にしまっとこう。私たちに出来るのは見守ること」

「うん」

「そんでもって役に立つことを考えて、情報集めて備えておくこと。全部ぶちまける時は盛大に燃やしてやろう」

「うん、全部に灰にしてやる」

「お、おう………こわぁ」

 

 私の言葉に何故か青くなった友人のために、栄養の付くものを作ろうと食材の買い出しに出かけた。

 そして、事態は直ぐに動き出す。

 青野少年の、正真正銘、最後の奈落の受胎が始まった。




 <奈落の受胎と摩天楼>

 

 

「やっほ~みんな、今日も見てるかな~ママカの試練鑑賞にようこそ~まあ我らの青野少年が、放っておいてと言われても放っておけるわけがないよね、やってきました摩天楼っ」

「こんにちは、ママカBさんです。色々混乱があると思いますが、いつも通り見守りましょう」


 コメント

 ・混乱の極みだよ

 ・情報の暴力

 ・左頬本気で殴られて右頬差し出したら、膝蹴りを叩き込まれた気分

 ・何がどうなったらこうなるわけ?

 ・フランス国籍習得後に即アメリカの異層空間攻略に動く。何かあると考えるだろ

 ・予想できるかこんなこと

 ・一般市民つれぇ……もっと情報落としてくれよ

 ・いや、そもそも摩天楼に入って大丈夫?相当な広さって言う事は、時間が

 ・え、そんなヤバいの?

 ・アメリカも流石に情報出してきてたな。試練始まってから徐々に人数増やして今が400人体制

 ・敵に一回も遭遇してない。全員生きてる

 ・まだ試練資格者いるのに、最近増員してないぞ

 ・いや、それ入ったら駄目な奴

 ・もう間に合わんだろ……

 ・単純な敵の強さじゃない、そもそも攻略自体出来ない類じゃ

 ・あ、終わった

 

「まあ、そう思うよね。でも見てみて皆、青野少年のいつも通りの顔を。悲壮感なんて……凄い悲壮感が漏れ出してるよおいっ!何があったの!?」

「あ、直ぐ切り替えたね。何だったんだろう今の。入る前に何かあったのかな?」

「ただでさえお腹いっぱいなのにお代わりは勘弁だよ。それにしても壁高いな。昇るのは不可能って話だし、マサムネの斬撃で道作るのも現実的じゃないか。ガス欠起こすし、探索中の人もいるし」


 コメント

 ・現地の人と何か話してるね。あ、離れていくうううう、と、飛んだ!!

 ・いや、全然届かな……小狐丸、キタ!

 ・バエル戦で見せた空中足場か

 ・どんどん飛んでく、え、高すぎないか

 ・数えてたけど20回飛んでた。一回何メートル飛んだか分かんないから、どれだけの高さか分からんけど

 ・昇れないなら飛べばいい!

 ・上から進めば迷わない!

 ・脳筋的模範解答乙

 ・走り出したけど、速いぞ

 ・いや、これ100mの世界記録以上の速度出てるだろ。装備着こんでるのに

 ・もしかして身体強化して走ってる?

 ・そうとしか考えられないけど、もつのか……

 

 コメント

 ・いや、1時間経つけど、どんだけ走り続けてるの

 ・おい、マサムネとの会話!

 ・そうだろ、ただでさえ馬鹿みたいに世界中駈けずり回ってたんだぞ

 ・手加減したとはいえマサムネだって使ってたし

 ・あかん

 

 コメント

 ・更にスピード上がってんな

 ・推定時速90kmらしい

 ・ねえ、こんだけ力使ってるのに、ステータスの生命ピクリとも動いてないの何で?

 ・前借してんだろ。じゃなきゃ人間がこんな速度で動き続けられるわけない

 

 コメント

 ・走り始めて丸一日か

 ・メシとトイレ以外止まってない

 ・それだって数分だぞ

 ・まだ何もないの?

 ・これ、一番厄介な異層空間じゃないのか

 ・アメリカ采配間違えただろ

 ・もっと早く依頼が来てれば

 

 コメント

 ・2日経ったな

 ・そうだな

 ・隈で目の周りが真っ黒だな

 ・そりゃ寝てないから

 ・さっき転んだな

 ・そりゃ寝てないし

 ・これ、無事に生き残っても青野少年の寿命は

 ・うるさい黙れ

 ・ごめん

 ・俺もごめん、言い過ぎた

 ・みんな寝てないのか?

 ・有給取ったからな

 ・それ理由じゃないだろ……俺も有給取ったけど

 

「……変わった、青野少年が急に方向転換した!」

「え、よく分かったね」


 うつらうつらとしてよく見ていなかったかもしれない。今までの単調な動きと違い何かを目指すような走り方としていた。

 通路に現れたのは丸い毛玉?

 青野少年は思案しつつそれを突き刺した。

 その瞬間起こる不快感を伴う鳴き声。そして呼応するような絶叫。これは、明らかに青野少年のいる場所でないところから発せられている。

 巨大な質量を伴う何かが彼の前に降りて来た。その正体を見てママカの顔がサッと青くなる。


「でっかい蜘蛛!おええええええっ」

「あ、蜘蛛苦手だったね」

「わ、私はどうでもいいけど、青野少年は、あっ」


 青野少年が切っ先を向ければ、巨大な蜘蛛は体の大部分を吹き飛ばされて四散した。

 ただでさえ苦手な蜘蛛のグロテスクな様子にママカの顔色がさらに悪くなる。

 だがこれで終わりじゃない、次々と悲鳴と地響きが巻き起こる。

 青野少年は再び走り出して奴らを相手にしながら移動を開始した。


 コメント

 ・敵の姿がやっと見えたけど遅すぎるよ

 ・青野少年、魔法使ってる。風魔法か?

 ・威力は半端ないけど、一応自爆しないくらいにはコントロールできてたな

 ・超オーバーキルだけどね。風魔法なのに敵が爆散してるぞ

 ・身体強化し続けて、あんな威力の魔法使って、これは

 ・くそがっ!

 ・地獄と同じならここからどんどん敵来るぞ

 

 コメント

 ・まだいないのかよ統率個体!

 ・あれから一日過ぎたぞ

 ・どんだけいるんだよこの蜘蛛

 ・魔法は的確に当ててるけど、動きが俺らでも分かるくらいボロボロだぞ

 ・魔法に集中すると身体強化が疎かにでもなるのか?

 ・アホか、青野少年の体調考えろ!

 ・3日も走り続けて、その内1日は走りながら戦い続けてるんだぞ!

 ・白い影、なんか来た!

 ・チラッと見えたぞ、胸の石!統率個体だ!

 ・よし、殺せ青野少年!

 ・見かけが人間に近かろうが関係ない、吹っ飛ばせ!!

 ・しねしねしね!!

 ・みんな寝不足で殺戮思考やべぇ

 ・しゃあああああああ!!

 ・よしっ!よしっ!!

 ・摩天楼攻略じゃああああああ!!

 ・はよ出ようぜ、こんなとこ

 ・あ〜よかった

 ・え、青野少年、なんで血を吐いてんだ?


「青野少年!?」

「まさか寿命が来たの?こんなところで!?」


 顔色が蒼白から土色になり、膝をつき、体が崩れ落ちる。

 口から零れ落ちた紅が、ベチャベチャと粘度のある雫が、音を響かせ足元に落ちていた。

 思わず口を覆って悲鳴を堪えた。


 コメント

 ・え、うそ、だろ、怪我してない、まさか

 ・寿命、ここでおわり?

 ・まって

 ・生命が0になってる

 ・寿命が無くなった?

 ・うそ、うそ、うそ、うそ

 ・あ、あ、あ、あああああ

 ・白いものが降りて来た……

 ・さっきの統率個体が……9体いる

 ・嘘だろ……


 青野君は即座に事態を理解しポーションを取り出して飲み切る。

 ステータスの生命が一気に回復し、顔に浮かんでいた疲労が消えていた。

 9体の白い女が一斉に襲い掛かって来る。


「躱してっ!」

「動きが良くない……私たちでも目で追えてる……」

 

 青野少年は卓越した剣技で何とか猛攻を凌いでいるけど、攻撃が出来ていない。力も無ければスピードも遅い。

 ポーションで体が復調しても、マサムネを使う力がほとんど残ってない?全然攻撃が返せていない。

 駄目だ、追い詰められている。


 そして青野少年が呟いた。

 覚悟を決めると。


 9体の統率個体が魔法でまとめて吹き飛ばされる。それに合わせて青野少年は動いた。

 瞬間移動のような足捌きで間合いを詰め、神速の斬撃でもって全ての統率個体を切り刻む。

 ほんの瞬きの間、全てを倒していた。


 コメント

 ・よし、よくやった!

 ・流石青野少年!

 ・今度こそ大丈夫だろ

 ・もう、おじさんたちを心配させんなよ

 ・お姉さん的にそういうところは良くないと思うの

 ・追い込まれた演出勘弁

 ・これアスラの時と同じパターンか?

 ・そんなことしなくてもいいって、心臓に悪いから

 ・あーよかった……また吐血!?

 ・ポーションで生命が戻ったはずじゃ

 ・おい、生命が0になってるぞ!?

 ・え、なにその血の量……

 ・ポーション飲んで!

 ・飲んでも0のまま回復してない!効いてない!

 ・前に地獄でポーション使っても回復しないことあったよな

 ・既に命を失われたものには効果がないってやつか?

 ・うそ、もう何も残ってないのか

 ・さっきの攻撃で寿命全部使った?

 ・本当にギリギリポーションで持ち直しただけだった?

 ・おきてよ、青野少年

 ・寝たら駄目だよ……

 ・デカイ蜘蛛が囲んできてる……統率個体死んだのに

 ・青野少年の目の前、なんかいる。いるよな?

 ・敵?分からん、見えん、いる?

 ・人の声がノイズみたいに聞こえるような?

 ・いる、人間の子どもみたいな……口割れた、キモイ!

 ・こいつ、雰囲気が違う、知性がある、本物の統率個体だ!!

 ・地面が捲れた!風魔法で叩き潰した!

 ・青野少年、立ち上がった!

 ・生きとったら、生きとるいいなさいよ!

 ・未だ生命0だぞ

 ・いい加減くたばれ統率個体!!

 ・今度こそ、今度こそ倒したのか?

 ・早く外に

 ・やっぱりポーション飲んでも、ルフリア様の薬飲んでも生命が回復しない……

 ・エーテル結晶拾い上げた、今度こそ異層空間が消滅していく

 ・青野少年、勝ったんだぞ

 ・帰ってこい、青野少年

 ・元配信切れた

 ・どういう状況になったんだ

 ・いつもみたいに腹いっぱい飯食えば元気になるよな?

 ・誰か様子を教えてくれよ……

 ・アメリカ側の映像見れないのか


 ママカは暗くなった画面を見詰める。

 コメントだけが流れ続けるが、ママカは何も言えていない。

 最悪ばかり考えているのだろうか。

 私は自分のスマホからある番号に電話していた。






「青野少年、助かったみたい。ポーション何本も飲まされて睡眠中だって」

「物量最強かよ。なんにしてもよかった……」


 私は自分の伝手を使った。

 自分の素性が関わるため、流石に配信内で公表できなかったので配信は終了して、二人だけで話している。

 1時間後には日本でも無事の報告が報道を通じて上がるだろう。

 ママカは情報元を明かさずに、匿名で青野少年の無事を伝えてスマホを手放した。

 彼女は力を抜いてソファーに沈むが、お世辞にも顔色は良くない。寿命のことを気にしているのかもしれない。


「今日はもう寝よう。寝不足でネガティブは不味いよ。これ経験談ね」

「ブラックジョークやめて。今は効く。すなおにねるよ、というか……げん……かい……」

「ソファーで寝ちゃった。私運べないから掛布団だけ被せるね」


 私も自分の部屋に行って眠った。

 何も考えることも出来ずに、枕に頭を乗せた瞬間には眠っていた。




 <凱旋と3度目の別れ>

 

 

 起きたときは10時間くらい経っていた。

 シャワーを浴びて目を覚ましてママカの元に向かう。

 部屋には電気がついていて、既に目を覚ましていた。

 テレビでニュースを見ながらスマホを弄っていたようだ。


「あ、おそよう」

「うん、おそよう。何見てたの?」

「青野少年の情報。それにしても前と違って完全に乗ってる飛行機バレてるから、空港にたくさん人が集まってるみたい。……出遅れちゃった」

「行けたら行くつもりだったの?多分凄い人混みになるよ」

「それは嫌だけど、やっぱり無事な顔みたいじゃん?まあ、無理かなぁ」


 ママカの表情は落ち着いていて悲壮感はなかった。

 私たちが夢の中に旅立ってから摩天楼の考察が行われていたらしい。

 青野君が人型と戦っている最中に起きた吐血は寿命ではなく、敵の死に際に発動する、強力な呪いか毒だったという説が有力視されている。

 事実倒した瞬間にダメージを受けていたことや、ポーションで回復が可能であったためだ。

 9体分の死の呪いは、手持ちのポーションでは足りなかったが、外に出たときに飲んだ分で相殺できたようだ。

 

 ポーションは寿命、代表的なものだと老化に伴う内臓疾患などは治療できても、老化自体の治療は出来ないため、治っても直ぐに再発するという結果が出ている。

 仮に青野君の命の期限が本当に0になっていたとしたら、それはポーションでは治すことの出来ないものだった。

 天竜戦に続いて、摩天楼でマサムネを酷使した代償がいかほどのものだったのか、私たちには分からない。

 少なくとも、彼に今後無茶はしてほしくないのが私とママカの本音だ。


 現状を説明し終えたママカは、余程行きたかったのか残念そうにため息を漏らしていた。

 到着まで三時間ほどあるけど、気の早い人はとっくに行動しているだろうし、今が一番混んでいるかもしれない。


「じゃあ、すっぱり諦めて出かけない?私たち閉じこもりっぱなしだったし、外の空気吸おうよ」

「だね、適当にぶらついて外でご飯食べようか。あんまり料理する気分にもならないし」


 身支度を整えて二人でマンションを出る。

 ママカが生きたい場所があると言うので私がそれについて歩く。

 電車を乗り継いで辿り着いた場所は、始めてきた街だった。


「……ここどこ?何か見たいものでもあるの」

「ここは青野少年の暮らす街だよ」

「おい」

「ごめんってぇ~気分だけでも会った気になりたいじゃん」

「はあ~まあ外ならどこでもいいけど」

「よし、まずは青野少年の母校行こうぜ!」

「警察呼ばれるから止めて」


 テンション高めの友人の暴走を抑えつつ、青野少年の暮らす街を歩く。

 別に都会でもないはずだけど、人通りは結構ある。大方ママカと同じ目的だろうか。夏休みは相当な人たちが訪れていたらしいし。

 公園に行ってみたり、喫茶店で時間を潰したり目的もなく過ごした。

 

「もう帰って来たかな、青野少年」

「空港にはとっくに着いてるよね。でも青野少年はフランス国籍になったし、日本では大使館住まいになるんじゃないかな。ビザ取れても住む場所は制限されそう」

「失敗した。フランス大使館で待ち伏せすればよかったかも」

「ママカと同じこと考えてる人はいると思うよ」

「じゃあ駄目だ」

「諦めなよ」

「そだね」

 

 緩い空気で益体の無い話を続けていればお腹が空腹を訴えてくる。

 その音を聞いたママカが笑い声を上げる。


「ふふふっ、何食べよっか?」

「ん~鍋かな」

「その心は?」

「辛いもの食べたい」

「えー暑いから別のものがいいんだけど……まあいいか、さっき美味しそうなところあったし」


 電話を入れてみれば夕食までまだ時間が早かったためか予約が簡単に取れた。

 個室は空いてなかったみたいで、客同士が隣り合った座卓が並んでいる場所になってしまった。

 衝立あるけど、通路からは顔が見えるためママカが気にするかと思ったが、機嫌は良いようでメニューを開いて何を頼むか考えている。


「へぇーちゃんこが美味しいみたいだよ。私食べたことないから頼んでみようかな」

「辛い?」

「チゲ風にも出来るみたい。それだと最早チゲ鍋な気がするけど、どう違うんだろ。具材?」


 鍋一つで二つの味に分けたりも出来るみたいで、普通のちゃんことチゲ風ちゃんこを注文した。

 私たちが待っていると、新しいお客さんが来て私たちの隣の座卓に腰かけた。


「お兄ちゃん食べたいものある?」

「……鍋なら何でもいいよ。莉々に決めてほしいかな」

「ん~……ん!」

「塩ちゃんこ?……うん、いいよ、それにしようか。鍋の他には……」


 隣は若い兄妹みたいだ。仲良さそうで微笑ましい。子どもみたいだし仮にママカと対面しても変な事にはならないだろう。

 兄の方は聞き覚えのある声だった。もしかして知り合いだろうか。

 ママカを見ると、彼女はガチゴチに固まっていた。口をパクパク開けて何かを言おうとしているように見えなくもないが、生憎音を出してくれないと私には分からない。


「どうしたの?」

「ああああっちょっとお手洗い行こう!今すぐにっ」

 

 小声で叫びながら手を引っ張られ、狭いトイレに連れ込まれる。


「やべぇええええ、ちょ、待って!ヤバすぎて神が生まれた!!」

「いや、日本語喋って」

「青野少年がいた!」

「……う、嘘だ~」

「私の後ろの席の兄妹、青野少年だった!声が青野少年だった!匂いもきっと青野少年だった!」

「匂いは嗅いだことないでしょ。それ本当に?」

「逆に何で分かんないの?耳と鼻詰まってる?」

 

 本気で不思議そうにしているママカにむっとしたけど、彼女が聞き間違えてるとは思えない。本人レベルに声が似てる可能性はあるけど。

 でも本物がこんな場所で妹と二人で鍋を食べに来るという状況が訳分かんない。考えるな、感じろとでもいう事だろうか。


「とにかく戻ろう。万が一本物だとしても邪魔しちゃ駄目だよ。私たちは偶々隣でご飯を食べてる客であって、知り合いでも何でもないんだから」

「う、うん、そうだね。邪魔しちゃ駄目。邪魔しちゃ、駄目。うん分かった。ふーふーふーふー………」


 大丈夫か、本当に。息荒げてるんだけど。

 席に戻って何事もなかったように腰掛けた。

 

 ……嘘である。

 手汗がびっちょりと滴っていた。心臓がバクバク脈打っている。

 どおりで聞き覚えのある声だと思った。いるはずないという思い込みで脳が認識できなかったのだろう。

 目の前のママカは両肘をテーブルに着き、手を組んで額をそこに乗せていた。目を閉じ視覚を遮断することで全ての神経を聴覚と、恐らく嗅覚に集中させている。

 私もそっと同じ体勢になった。


「お兄ちゃん、何でそんなにお鍋が食べたかったの?」

「今日お鍋を食べるって約束してたんだ。だから急いでアメリカから帰ってきたんだよ」

「?」

「自分との約束みたいなものだよ。そうだな……お鍋は一人で食べるよりみんなで食べるものでしょ?どんなにピンチでも日本に帰ってみんなで鍋を食べるんだ!って思ったら頑張れると思わない?」

「お兄ちゃんらしいけど、それで置いて行こうとしたことは許せないかも。私は鍋を囲みたい相手じゃなかった?」

「まさか。でも、家族と仲直りできてないのに莉々を誘うのは違うと思ってたから。だからみんなと食べるのは諦めて一人で……」

「お兄ちゃんはやっぱり女心が分かってないね」

「ご、ごめん」


 いや、尊すぎて死にそうなんだが。

 青野少年がお兄ちゃんしてる。最強なのに妹に口で負けてるよ。マーライオンのように吐血しそう。

 身悶えするのを抑えるために力が入り過ぎて体が震える。

 ママカ、さっきから呼吸音が聞こえないけど一足先にあの世に逝ってないよね。

 まさか声に集中するために自分の呼吸すら止めてない?

 

 それにしてもママカの推測はバッチリ当たってたのか。

 彼は妹さん以外の家族と仲違いを起こしている。

 全ての異層空間を攻略して、その足で青野少年は家族と向き合おうとしていたんだ。

 やっぱり、眩しいなあ。

 


 私たちのテーブルに食材が運ばれてくるけど、既に胸いっぱいになってあんまり食べられる気がしない。さっきまでの空腹が嘘のように満たされてしまっている。


 それでも食材が勿体ないので、当初の目的通り私は鍋を食べ始めた。うん、クーラーの効いた店内で食べる辛い鍋はいいね。当たりのお店だ。

 

「お兄ちゃんお鍋来たよ!」

「うん。じゃあ僕がお母さんをしようかな」

「コクコクッ」

「うん、美味い。塩ちゃんは当たりだね」

「はふ、はふっ、あつっ」

「猫舌だった?慌てないでフーフーして食べないと」

「お兄ちゃんお願い」

「それは聞けない相談だな。僕は鍋奉行だから下々のお手伝いはしないのだよ」

「…………」

「……しょうがない、一回だけだよ」


 その後、耳が幸せのまま食事を終えてママカと共に店を出た。

 ママカも食事をするだけの精神状態に持ち直したが、その食事風景はまるでこの世のものではない天上の美食を頂くような有様で、涙を流しながら鍋を食していた。

 なんか青野少年にフーフーしてもらうパントマイムしてた。控えめに言っても不審者だ。

 流石に私もそこまでの域には至っていない。

 

 お店から出た後も、お店から道路を挟んだ歩道でママカはうろうろと不審な動きをしている。そのせいで注目を集めているけど本人はそれどころではないようだ。

 

「な、何も声を掛けずに出ちゃったけど、出待ちとかしたら駄目かな?」

「いいわけないでしょ、家族もいるのに。いなくてもプライベートで話しかけるのは無し」

「そうだよね……一目見たいけど、見たら死ぬかもしれないし」


 この有様で今日空港に行こうとしていたのか。行かなくて正解だったかもしれない。多分遠目でも致命傷受けてた。

 そろそろ手を引いてママカを店から引き離そうかと思案していると、後ろから声を掛けられた。


「あ、やっぱりこの間パーティーで会った子だよね?」

「ピィッ!!?」

「え、あ、そ、その……」

「違ったかな?あ、僕の格好か、これで分かる?」


 青野少年が戸惑っている私に気付いてサングラスを下げる。

 優しげな目元が露わになって顔にカッと血が上る。


 ああああああああああっ!推しが私の目の前で私を見てる、認知してる!ガチ恋距離に立ってる(3m強)!脳みそが壊れるうううううううう!!

 

 はっ!?さっきのちゃんこ屋さんで、限界ギリギリだった感情の許容範囲がいきなりぶっちぎられて、頭ハッピーパリピポセットになってた!!

 鉄の自制心で暴れ回る感情の手綱を握り、ガワは良家の子女を取り繕う。


「は、はい、青野様、ですよね」

「おっと、人と一緒だったんだね。気が回らなくてすいません、彼女と知り合いだったもので」

「……………」

「あ、あの、この人は無視しているわけじゃなくて人見知りで」

「そうなんだ、急に割って入ってごめんね。そちらの方もお邪魔しました」


 青野少年は直立不動のママカに気を使ったのか、頭を下げてあっさり店の入り口の方に戻っていった。

 ママカはマスクとサングラスをしているので顔は見られずに済んだようだ。

 さっき断末魔が聞こえたからサングラスの下で白目剥いて、マスクの中で泡吹いて気絶しているな。


 戻った彼は妹さんに腕をぺちぺち叩かれていた。


「お兄ちゃん、あの子は誰?」

「世界を回った後の祝勝会で会った子だよ。そんなに親しいわけじゃないけど、見かけたから挨拶をしておこうかと思って。人と一緒だったから本当に挨拶しただけだったけど……」

「………コク」

「えっと、僕の行動は問題なかったってこと?」

「コク」

「おお、これでちょっとは女心の分かる男になれたってこと?」

「ブンブンブン!!」

「ええ~~~……」


 いや、なにあの可愛い兄弟。私そろそろ天に召されてしまうのだが。

 というか青野少年の妹さん、凄まじい美少女だ。実は妖精族って言われても信じられる。

 日原女史やマーレ嬢に自然体なの、妹さんの影響では?

 

 去り行く二人の背中を見ながら私がうんうんと頷いていると、急に肩を強い力で掴まれた。

 振り返れば鼻がくっ付くほどの位置にママカの顔があった。

 サングラス越しに目の細部まで見えて、黒目はまるで深淵を除くかのように闇が蠢いている。

 死神の目の色が黒であるなら、きっとこんな色合いなのだろう。


「はなし、聞こうか?」


 これは死んだかも。






 家に戻って根掘り葉掘り聞きだされ、最終的には私の死刑は保留された。

 その代わりにママカは上機嫌だった気分が萎んだのか、不貞腐れてソファーに寝そべっている。


「悲報、友達と思っていた人間が密かに推しと年齢詐称して逢引きしてた件について」

「最高に人聞き悪い。私の年齢は勘違いされただけ。まともに話せなかったから訂正できなかっただけだから!」

「でも会ったことあるなら黙ってることないじゃん。会いたい会いたいって身を焦がしていた私を見て愉悦感じてたんでしょ!」

「……青野少年と会った祝勝会は父関係だったから言えなかったの」

「……そんなに気を使わなくても良かったのに」

「だって、あなたは……ううん、ごめん、ちゃんと言うべきだった」

「……はあ、仕方ない、心が海より広い私は罪深き友人を許そうではないか。今日の出来事思い出すだけで、世の中の理不尽は大抵許せそうな心境になるから」

「はは、バレるタイミングとしては良かったのかも」

「調子に乗るなよ、死刑は執行猶予中だから」

「心の広さ水たまりだよ……」


 ママカには父に関する話は耳に入れたくなかった。

 青野少年と会ったことは言いたくてしょうがなかったけど、必然的に父のことも話さないといけなくなる。

 それがどうしても嫌だった。

 

「で、祝勝会でどんな話したの?」

「うっ、緊張して全然話せなかった。ほとんど母さんの背中に隠れてた」

「そりゃ年下と勘違いされてもしょうがないわ。とても社会人の振る舞いじゃない」

「別にいいもん。……ツーショットの写真だけは取れたし」

「よし、死刑執行じゃあああっ」

 

 悔しくさのあまり口が滑ってママカの地雷を踏み抜き、再び命の危機が勃発してしまった。

 巨大で柔らかなものを顔に押し付けられて窒息死しそう。

 私の尊厳も殺しに来やがったこの女!




 友達と馬鹿やって、ご飯を食べて、下らない事で怒ったり、特別になりたくて努力して、叶わなくて涙したり。

 一つ一つの沢山の人生の詰まったこの世界は、今日も平和だった。


 これから試練は続いて、人同士だっていつどこで争い始めるか分からない。

 それでも今日この時は、みんながひと時の安寧を得ている。


「……ママカ、これからも宜しく」

「なんや、地獄に落ちる覚悟は決まったんか?」

「それはもうないでしょ。青野少年が全部消しちゃったから」


 君のおかげで今日も世界は回ってる。

 私と、友人と、世界中のみんなの救世主。


 青野少年、君は世界を救ったんだよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ