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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 摩天楼
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第5話 凱旋と3度目の別れ



 さて、ポーションの効果のお陰か、5時間くらい睡眠で気分爽快になり僕は日本へと帰った。

 基地のアメリカの人たちはお礼をさせてくれと散々僕を引き留めようとしたが、大事な用事があるから断った。

 

 ビザを習得しているので日本の滞在は問題ない。

 勢いでやったフランスへの帰化については色々複雑だけど、やってしまったことを悔いてもしょうがない。

 

 試練が始まって100日目の今日。テンマとのお別れの日だ。

 僕は箱庭の時と同じように一人で過ごすことに決めていた。

 猶予は試練の始まりと同じ時間、恐らく日本時間の20時くらいだと思う。

 いつその時を迎えてもいいように心置きがないように行動するつもりだ。


 正午過ぎに空港につけば、前回とは違いどえらい数の人が待ち受けていた。人が立っていられる場所全てに人が存在する。

 気分が一気に沈んだ。


「青野くーん」

「よくやったぞ」

「流石天竜殺しっ」

「ありがとう、本当にありがとうっ!」

「きゃーこっち向いたわよ」

「こっちも見てぇ~」


 うう、帰りたい。

 日陰の静かな場所でゴロゴロしたい。

 まだ3徹の精神的ダメージが抜け切ってないから放っておいてほしいのに。


「あら、信也は何処へ行っても人気者ね」


 マーレが後ろから顔を出し、腕を取られた。

 なんか色々な種類の怒号と悲鳴があがる。ヤジまで飛んできて阿鼻叫喚だ。


「私の英雄だから、人気なのは当たり前よね。あなたの戦いを見て何も感じない人なんていないわ」


 すまし顔でそのまま歩きだしているが、マーレが登場してから殺気がシャワーみたいに浴びせられている。


 可愛い女の子と歩きやがって、リア充爆発しろ。

 そんなことを思われているのだろう。

 冤罪ですから殺気は止めください。メッてされちゃいますよ。

 僕は口から魂が抜けた状態でそのまま歩かされて空港を後にした。




 マーレは満足したのか大使館行きの車の中で漸く僕の腕を解放してくれた。

 ちょっと遅い。

 荷物は大使館に運んでもらい、僕は途中で車から降りて一人になることが出来た。

 マサムネは来たがっていたけど、流石に日本で刀を持ち歩くわけにはいかない。

 マーレと仲良くご帰還願った。

 今回は、テンマを妹分として可愛がっていたから別れが寂しいのだろう。

 箱庭の時はやはりテンマ側のコミュニケーションに問題があったんだな。




『主様、今日は何処に行くのですか?』

『今日はテンマといられる最後の日だからね。約束通り一緒に鍋を食べに行こう』

『おお、それは良いのです、暑い中で食べる鍋は乙なものなのです』


 うーん僕の記憶が確かなら、夏はおろか鍋すら食べたことなかったと思うけどな。

 テレビの影響でも受けたのだろうか。


『でも夕飯には早いんだよね。お昼は機内食で済ませちゃったし。夕飯まで時間があるし、テンマは何かしたいことある?僕に叶えられることなら何でも言っていいよ』


『それならわたくし、主様のご家族に会ってみたいです』


『え……』


 その言葉を聞いたとき、僕は固まり足を止めた。


『前は妹様と少し会話しただけだったのです。主様はずっと寂しそうだったのです。何でもないようにしていましたけど、本当はずっとずっと我慢しているように見えました』

『テンマ、僕は……』


 莉々のことは確認できた。それだけで十分だと思った。

 もう日本人ですらない僕がまた家族と会おうとするなんて。


『むう、主様はわたくしのお願いを叶えてくれないのですか?』


 目の間で腰に手を当てムッとした表情を作っているテンマに、僕は何だか泣いてしまいそうな気持になった。


『……テンマからのお願いじゃ、仕方ないね。叶えてあげるって言ったばかりなのに、嘘は付けないよ』

『それでこそ、わたくしの主様なのですっ』


 眩しい笑顔に僕は目を細めた。

 



 変装した状態で家に近付けば止められるが、今日はスマホを持っているので問題ない。

 家に電話をかけてみれば、ツーツーと鳴って繋がらなかった。

 駄目もとで父さんに掛けたら携帯が使われていないとメッセージが流れた。

 ついには番号まで変えられたようだ。


『電話が繋がらない、どうしよう……』

『どうしましょう?』


 試しにマーレにかけてみるが、ちゃんと繋がったから僕のスマホはおかしくはない。

 ついでに「なるべく早く帰ってきてね」と念を押された。

 

 仕方ない、テンマの願いを叶えるためだ。大混乱覚悟で変装を解こう。

 警備員さんもいない状態でこれをするのは怖いけど、いざ……。


「お兄ちゃん、帰ってきたっ」

「え、嘘っ」


 横からタックルされ抱き着かれる。

 ぎゅっとしがみ付いて居る少女は莉々だった。

 どんな確率だよ。


「どうしてここに……」

「お兄ちゃんが居たから?」


 自分でもよく分かっていないのか首を傾げている。

 無意識化で個人を察知する技能でも持っているのだろうか。理由はどうあれ助かったことには変わらない。

 

「有難う、助かったよ……実は家に行きたかったんだけど、電話が繋がらないし警備の人に止められて進めなかったんだ。莉々と一緒なら大丈夫かな」

「?」

「変装してるからだよ。これを解くのを人に見られると大騒ぎになるみたいだから」

「コクコク」

「有難う莉々、宜しく」


 莉々が僕の手を取って引っ張ってくる。早く行こうという事みたいだ。

 一時はどうなるかと思ったけど、これで一安心。




 無事に家まで辿り着いたけど、そこには誰もいなかった。靴もない。


『ここが主様のお家ですか……』

「みんな出かけてる?」


 莉々は頷き、リビングのテレビを付けた。

 映し出されたニュースを指さしている。

 僕が空港に帰ってきたシーン、マーレと腕を組んでいる映像が流れている。


「もしかして空港に行ったの?」

「コクコク」


 あそこにいたのか。あの混み具合では行きも帰りも大変だろう。

 莉々が留守番しているのは人混みが苦手だからか。

 いくら回復しているとはいえ、あの中に入るのは厳しい。


「お兄ちゃんこの人誰?お兄ちゃんの何?どうして腕を組んで歩いてるの?」


 莉々が急に声を出してきた。ビックリしたけど素直に嬉しい。

 光を落したような暗い瞳で莉々が僕のことを見ている。

 あんまり見たことない視線の種類だけど、特に疑問には思わず答えた。


「この人はマーレさんって言って、フランス政府のお目付け役だね。腕を組んでるのはよく分からないんだ。アメリカでは悪い虫が付かないように守ってるとか何とか言ってたけど、これもその一環だと思うよ」

「お兄ちゃんは、わたしとこの人どっちが好き?」

「莉々だよ」

「お兄ちゃん好き」


 そう言って抱き着いてきて鳩尾辺りに顔をぐりぐり当ててくる。

 親愛の情で家族に勝てるはずはないだろうに、兄を盗られて嫉妬したということだろうか。やっぱりまだまだ幼いな。

 もう少しすれば鬱陶しがられる年齢になると思うと、嬉しいような寂しいような心持ちとなる。


 ソファーに座りあすなろ抱きを所望されて僕は大人しく従っている。魅了が無効化出来れば妹に対して思う事もなく、大きなぬいぐるみでも抱えてる感覚だ。

 僕はあっさりここまで帰ってきたけど、家族があの空港から脱出するまでどれくらい時間が掛かるのだろうか。テンマの時間を考えるならあまり悠長には待てない。


『主様、妹様のスマホとやらで家族と連絡が取れるのではないですか?』

『テンマナイス!そういえばそうだよ、全然気づかなかった!』


 天才かよこの子。僕が馬鹿すぎるかもしれない。

 連絡先が登録されてるし、莉々のスマホからなら絶対繋がる。

 

「莉々、スマホ貸してくれない?母さんたちに僕が帰ってきたって連絡取りたいんだけど」

「……コク」


 少し考えてから僕の膝を降りて部屋に戻りスマホを貸してくれる。

 電話帳にある電話番号から電話を掛けたが、電源か電波の影響で繋がらなかった。


「ええ……」


 もう呪いにでもかかっているのではないだろうか。

 折角テンマが背中を押してくれたのに、ことごとくすれ違ってる。もう莉々に確かめよう。

 それで判断して駄目だったらテンマとの時間を優先しよう。

 彼女はもう数時間しかここにいられないんだ。


「莉々、僕って家族に嫌われてないかな。顔も見たくないって話したりしてた?」

「?」


 莉々はこちらに振り返って僕を見上げ、質問の意味が分からないとでも言うように首を傾げる。


「父さんから連絡があったんだ。家族の皆が僕のことを疎ましく思っているから、会いに来るなって。今でもそうなのか、そもそもが間違いなのか僕には分からなくて。莉々だけは違うって分かったとき、本当に嬉しかったんだ。だから家族も本当は違うんじゃないかって思って……」


「お兄ちゃんは何も悪くないよ。悪いのはお母さんやお父さん、お姉ちゃんたちだよ」


 それって……。


「お兄ちゃんのこと誰も嫌ってないよ。でもいつもお兄ちゃんの活躍を見ると悲しそうにするようになったの。お兄ちゃんが頑張ってるのに、見てて辛そうにするの」


 悲しんだり辛そうにするって……それなら嫌われていた方がまだマシだったのかな。


「嫌われてはないんだね。あのメールは……」

「お兄ちゃんの手紙を貰ってからお父さんに確認したけど、一度もお兄ちゃんと連絡が取れていないって言ってた。嘘じゃないと思う」


 瀬尾さん、もとい孫は僕のミッションを完遂してくれたようだ。

 しかし莉々の言葉を信じるなら、いったい僕は今まで誰と連絡を取っていたのだろうか。

 いや、一連の流れを考えるなら僕のスマホを用意した政府が相手という事になるが、元町さんがそんなことを?でも全ての仕事を彼が行っていたわけじゃないし、あの人の素行とまるで噛み合わない。


 この疑問はいくら考えたところで無数に憶測が出来てしまう。

 真実を知りたいなら相応の人物に尋ねるほかないだろう。

 フランスに帰化したばかりで持ったままだったけど、気持ち悪いからスマホは日本政府に早く返して新しく契約しよう。

 いや、逆に証拠として持っていた方がいいのか。


「……莉々も辛いかな、僕が試練を受けているところを見てて」

「アメリカでもそうだったけど、お兄ちゃんが怪我するのは見てて辛い。けど、わたしは平気。お兄ちゃんの活躍見るの好き。お兄ちゃんは誰より強くて、絶対負けないって分かってるから」


 そこには絶対の自信が見て取れた。

 希望的観測ではなく、真実とでも言うように。その掛け値なしの信頼が嬉しかった。


「ふふっ、相棒にもよく言われるけど、莉々にそう言われるとくすぐったいね。でも正解だよ、僕は最強だから。莉々が信じてくれるなら、どんな相手にも勝つよ」


「うん、お兄ちゃんは最強。世界一の、私の…お兄ちゃんっ」


 莉々は満足そうに微笑みを浮かべて頷いた。




 一向に帰ってこない家族と、繋がらない電話に僕は今回の再会を見送った。

 ビザも残ってるし、嫌われてないなら次の機会を直ぐに作れる。

 スマホの謎は残ったが別に無理になぞ解きをする必要もない。使わなければ実害はない。


 僕は夕飯の鍋を食べに行くため、家を後にすることにしたんだけど、莉々が予想以上のしがみ付きを見せているため動けないでいた。


「莉々、離してくれない?また会いに来るから」

「ブンブンブンブンッ」


 すっごい駄々っ子になってる。行かせてくれないようだ。

 力は大したことないけど、精神的には鋼鉄の鎖に雁字搦めにされているような拘束具合だ。一歩も動けない。


「今日はどうしても鍋を食べに行かないといけないだ。行かせてほしい」

「トスッ!」


 鳩尾に怒りのヘッドバッドをされた。

 軽すぎて痛くない。確かに莉々からしたら納得できる理由じゃないな。

 間抜けなこと言っていると思っているだろうけど、これでも大真面目なんだよ。


『主様、わたくしに気を遣ってくれるのは嬉しいですが、鍋は囲んで食べるものなのです。妹様もご一緒でも構いませんよ』

「仕方ない、莉々も一緒に行く?」

「コクコク」

「じゃあ書き置きしてスマホにもメールを入れておいて。準備が出来たら行こうか」

 

 莉々と手を繋いでタクシーを使って街へ向かう。

 僕一人ならいいが、莉々を電車に乗せるのは少々酷だろう。


 街について少しでも辺りを歩けば、視線が某メーカーの掃除機のように莉々に吸引されていく。

 魅了に慣れているから忘れがちになるけど、相変わらずとんでもない。

 年々吸引力が増しているような気さえする。でも邪な視線が全然ないな。

 この辺りは莉々の身に着けている髪飾り『たち』が効果を発揮しているようだ。


「時間もあるからどこか回りたいけど……」

『テンマは他に行きたいところはないの?』

『わたくしは大丈夫ですので妹様と楽しまれてください。鍋まで大人しくしていますので』

「莉々、どこか行きたいところある?」

「お兄ちゃんと一緒……お店歩いて回ってみる」


 ウインドショッピングだろうか。琴羽との買い物を思い出した。

 アメリカの異層空間に入ってから攻略や寝不足でこっちから連絡してなかったけど、何をしているのだろうか。

 試練も終わって仕事が忙しいのかもしれないし、そっとしておこう。

 そんなことを考えていると莉々と繋いでいる手に力がこもった。ふにっが、キュッと位の違いしかない。僕を非難がましい目で見ている。


「どうしたの?」

「お兄ちゃん、女の子の扱いがなってない」


 身の丈10メートルを超えるオオトカゲの怪物が僕の胸を爪で刺し貫き、心臓を潰した。

 いつかの前世で胸を刺されたときの感触だ。あれは即死だった。

 今の言葉は、その痛みを彷彿とさせるほどの威力を持っていた。

 ……控えめに言って死にそう。

 転生し続けても、女の子の相手1つも満足に出来ない男の子でごめんなさい。


「ごめんね……家族以外の女の子とほとんど出かけたことないから、女の子の扱いは駄目駄目なんだ」

「……お兄ちゃん、今回はその言い訳を信じて見逃すけど、次からは気を付けるように」

「う、うん。ありがとう……」


 心臓止められたかのような精神的ショックと、ダメ出しを受けて僕は莉々に謝った。

 なんで謝らされたのだろうか。しくしくと痛む胸を撫で、何に気を付ければいいか分からないまま莉々とお店を見て回った。




 夕食時間になり、お鍋も三人で堪能した。

 テンマは鍋なら何でも良かったようなので、莉々の希望で塩ちゃんこ鍋にした。

 意外なチョイスだったけど美味かった。




 時刻は20時に近付き、徐々にだがテンマの口数が少なくなってきた。


 そしてその時は来た。




『ピーンポーンパーンポーン』


『試練、奈落の受胎の終了時刻となりました』


『全異層空間の消滅を確認しました』


『地球に奈落の顕現はありません。おめでとうございます』


『これより5分後にリソース交換品の回収を行います』


『使用状況にはご注意してください』


『ピーンポーンパーンポーン』



 相変わらずの馬鹿みたいな音量に莉々が目を回している。

 近くの公園のベンチに座らせて休ませた。

 5分という時間はそれだけで過ぎ去ってしまっていた。


『テンマ……』

『もうお別れみたいですね。凄く長かったはずなのに、思い出すと一瞬の時間しか過ごしていないみたいなのです』


 テンマの体が白く光り、白い粒子が散りながら体が解けていっている。


『テンマ、ありがとう。テンマがいなかったら僕の世界は大変なことになっていた。誰も知らないけど、本当の世界の救世主はテンマだ』


 索敵がなければ効率的に統率個体を倒すことは出来なかった。

 テンマ無しでは困難な異層空間が何個もあった。

 アメリカなんて最たる例だ。

 救えないどころか僕は死んでいただろう。


『主様だけが知っていてくれればいいのです。またお会いしたときに、わたくしのことを教えてください』


 薄くなり、もう輪郭も朧げなその体を両手で包んだ。


『ちゃんと話すよ。今までの活躍全部を教える。また会おうテンマ、僕たちはこれからもずっと一緒だよ』


『はいっ、幾久しくなのです、主様………』


「………」


 手の中には、もう何もない。

 残った白い光の粒も、夜の暗闇の中に溶けて消えた。


 莉々が不思議そうに僕を見ている。

 僕は「何でもないよ」と声を掛け、星の見えない空を見上げた。

 手の中には、最後に感じた温かみだけが残っていた。





 その後は莉々を家に送っていった。

 家に帰れば明かりがついていて、みんなが帰っているのが分かる。


「お兄ちゃん、どうするの?」

「みんなに会っていくよ。ここに来たのはそれが目的だからね。それに最後のお願いはちゃんと叶えてあげないと」


 心配そうに見上げてくる莉々に笑いかけた。

 相棒に恥ずかしくない自分でいたい。

 ここで逃げたら、恥ずかしくて次に会ったとき、テンマに顔向けできない。


 莉々が先に中に入っていく。声が聞こえてきてドタバタと音が聞こえてくる。

 莉々に遅れて僕が玄関の扉を開くと、明かりの中にみんなの驚いた顔が見えた。

 内と外との境界で、少しだけ足が止まった。

 一歩、踏み出すことに躊躇した。


『ちょっとだけですよ』


 不意に背中を何かが押したような感覚がした。

 僕はよろけて一歩、前へ踏み出す。

 足は境界を跨いでいた。


 後ろには誰もいないのに、そこに居なくなった誰かを感じた。


 きっとそれは気のせいだ。

 だけど、気のせいだったとしても、何処までも頼もしくて勇気をくれる存在だった。

 

 僕は、正面に振り返らず、顔上げる。

 情けないであろう不格好の顔に、精一杯の笑顔を浮かべて口を開いた。


「ただいま」












『カバーストーリ―:狭間』



 放たれた波動が効果を及ぼしたのを見届け、私は安堵の息を吐いた。

 玄関の扉は静かに閉じ、明るい人々の声が僅かばかり聞こえてくる。


『しょうがない主様なのです。戦いではあんなにご立派ですのに……』


 万理法によって、消滅の間際に私に授けられた最後の技能。

 存在残留。

 本体消滅したとしても、思念と実体を僅かだけ世界に残すことの出来る、誠に未練がましい、私の願いによって生まれた技能。


 感覚の鋭い主様ですら気付けない希薄なこの身では、弱い波動も無茶だったようで、折角残した虚ろな実体が解けようとしている。

 世界の理にすら抗う技能なのだ、どちらにしても長い時間は留まることは出来ないことは分かっていた。

 主様のためなら惜しくはなかった。


『何故わたくしは、こんなことを願ってしまったのでしょうね……』


 万理法は何も答えを返さず沈黙を守った。

 

『物事の何もかもに、説明が出来るだけの理由はないのかもしれません』


 体に光が灯り、残留した実体さえ解け、今度こそ消滅しようとしている。

 私は瞳を閉じ、それを受け入れた。





「テンマ」

『え?』


 私は気付けば全く知らない場所に、まだ実体を持った状態で存在していた。

 目の前には私と瓜二つの、表情が乏しい女性が立っていた。


『……神使、夜刀?』

「ここは現世に在らず、私が創り上げた場所です。システムとして組み込まれたあなたが訪れるのは初めてでしたね。本体でない技能の産物である故に呼べたと言えますが」


 整えられた自然と和の建物が絶妙なバランスで成り立った、心地よい空気が流れる場所。

 地上にはない神聖な気配に溢れていた。

 私が生まれた場所でもある。

 先ほど体が解けたのは消滅ではなく転移による現象だったのか。


「誤解なきよう伝えますが、あなたの消滅は必定です」

『はい、理解していますです……』


 恐らくこの空間の時間の流れを限りなく遅くしているのだろう。ほんの僅かずつ私の体が崩れていくのを感じる。


『何故わたくしをここに?』

「……一つ質問をしたくあります。十分に成長したあなたの考えを、私は聞いてみたいのです」


「あなたは長くあの方と共にありました。誰よりも献身的に尽くし、共に戦場を駆け抜けた。ですが、運命によってもたらされた別れはあなたを、あの方を孤独にする。私はあなたの抱える思いを知りたい」


 私には神使、夜刀の心情は分からない。

 私を作ったことから主様に対して並々ならぬ関心があるのは理解できるが、心の中は一切見えない。

 きっと心を読む技能を思っていても、超越者の心の内は読み取れないだろう。


『うーん……そうですね……』

「……」


 色々とあるが、今最も私の頭の中を占めている答えは一つだった。


『次の冒険が楽しみなのですっ』


 神使、夜刀は石化でもしたようにピシリと固まった。

 

『どんな試練か分かりませんが、沢山主様をお助けするのです。それで一緒に笑って、美味しいものも二人で分けて食べるのですよ。想像するだけでワクワクするのですっ』

「それはあなたであって、あなたではないのに、……何故…」

『わたくしは何度生まれ変わろうとわたくしなのです。主様はわたくしと思い出を共有して、同じテンマとして思ってくれると分かっていますから』

 

 思いのままそう言葉にしていた。

 そうだ、主様の中ではわたくしは一人の存在だ。

 私の知らない私を知っていて、何度だって教えてくれる。

 だから私は怖がらずに、また主様との出会いを期待してお別れを言うのだ。

 次の私も、きっと私であるのだから。


「……どれだけ似せよと、あなたは別の存在ですね。答えは得られませんでしたか……」

『わたくし、間違っていましたか?』

「いいえ、あなたの答えはあなただけのもの。答えもまた、あなたの中にしかありません。私も私の答えを持っていますが、少し自信が無いのであなたに聞いてみたく思っただけです」


『ん~……よく分かりません!』


「そうですね。……私も分かりません。どれだけ時間が経っても、………は迎えに来てくれない。そもそも忘れてしまっていますからね……」


 思いを込めて呟かれた何者かを示唆する言葉は掠れていた。

 意図して小さく、誰にも聞かせられないほど薄弱に。言葉にさえしたくないのではない、言葉に出来ないほどそれは重いのだろう。


『とっても悲しそうなのです……』

「悲しくはありませんよ。もう慣れていますから……ただ、旅路の終わりに待っていたものが、こんなにも虚しいとは思いませんでした」


「こんなことなら、■ある時代が、■の影響が遥か永劫まで続けば良かった……そうしたら、私はいつまでも………と………」

 

 誰よりも確固たる存在であるのに、彼女は儚く消えてしまいそうだった。

 私はそれを見て悲しい気持ちになる。

 私と似た分だけ、共感性が大きくなっているのだろうか。


『そんなに気になるなら、自分からお会いしては如何ですか?』

「え?」

「誰と会いたいのか、お会いできるのか分かりませんが、色々思い悩むより思い切ってぶつかる方が早いのです。主様だって先ほど家族と勇気を出して会いに行きましたです」

「で、ですが、その、……いえ、駄目です……私にも色々と事情が………あうっ!?」


 言い訳を並べ出した私のそっくりさんに、最後の力を練り上げて波動を放った。

 ペシリと小さな音を立てて、神使、夜刀の額を見事に打った。

 流石に限界のようで、私の体が解けていく。

 無表情ながら目を点にした彼女の様子は、なんとも人間らしかった。


『メッ!なのです。わたくしの創造主であるならばシャッキリとして下さい、ウジウジウジウジと情けないのですっ』

「それとこれとは違いますが……」

『同じなのです。…あ、もう存在を維持できませんね……』


 体が崩れ、空間に解けていく。もう数秒と持たないだろう。

 額を押さえ、その様子を呆然と彼女は見ていた。


「テンマ……どうして最後の力をこんなことに……」

『わたくしの創造主、わたくしを主様に出会わせてくれたこと、心の底から感謝しているのです。だから、その御返しの激励なのです』


 主様の時のように背中を物理的に押せたわけじゃない。

 それでも踏み出す一歩になればと思った。

 創造主に対しての最初で最後の、私からの感謝の印だ。


「やはり、あなたと私は違いますね……」


 最後に移った彼女の顔はどこか柔らかで、ほんの少しだけ微笑んで見えた。

 

 未来のない私に結果は分からない。

 神使、夜刀の事情も知らない。


 それでも、最後にほんの少しは良いことが出来たと思っていいですか、主様。


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