第4話 奈落の受胎と摩天楼
翼でバシバシと頬をぬぐってくるテンマを必死に宥めてからリソース交換の間を抜ければ、そこは幅が10mはある通路だった。
既に疲労感が凄いが、気持ちを試練へ切り換えないと。
壁は本当に視界の見えない先まで天高くそびえ立っている。
これが摩天楼という事なのだろうか。
壁に触れてみれば確かに良く滑る。
手を擦っても何も付着していないことから、そういう材質のものなのかもしれない。
僕が現れたことで、その場にいた試練資格者たちが驚いた顔で見てくるので会釈のみ返した。
『テンマ、統率個体とその手下の気配は分かる?』
『何も感じません。いるとしたら大分遠い所なのです』
『相棒はどうするんだ?壁をくり抜いて進むのか?』
『時間が掛かるし、方向も定かじゃない。ここは邪道で行こう』
僕は小狐丸とマサムネを引き抜いた。
無理のない範囲で肉体にマサムネの力を行き渡らせる。この状態でも軽く50mはジャンプできる。
そして小狐丸で空中に足場を作り続ければさらに高く飛べる。
『テンマは小狐丸に生命を注ぎ続けてほしい。マサムネは力の供給をお願い。僕はコントロールに集中したいから』
『ハイなのです!』
『おう、こっちは任せな』
〈すいません、今から結晶が上から降ってきますので、100mくらい離れていてもらってもいいですか?〉
〈わ、わかりました、お前たち、早く移動するぞ、英雄の邪魔をするなっ〉
僕は彼らが十分に離れたことを確認して、垂直の僅か斜めに飛び上がる。
そして上昇力が途切れる僅か手前の位置に結晶を精製して、それを足場にさらにジャンプを繰り返す。
20回は繰り返したところで漸く壁の終わりが視認できた。
子狐丸にテンマの生命を供給し続けてもらってなかったら、満タンでも途中でガス欠を起こしていただろう。
僕は最後のジャンプで壁の上まで辿り着き、着地した。
上はヌルヌルしていないようだ。
ここも幅は10mと変わらない。下の10mと違って上の10mは広く感じる。
壁が途切れていても、身体強化有りなら全然飛び移れるな。
『ここからはテンマが統率個体を捉えるまで、ひたすらランニングだね。最初は真直ぐ進んでみようか』
僕はマサムネの身体強化を施したまま走り始める。
人間の速度で言えば100mを8秒、時速45kmくらいのペースだ。これくらいなら息切れせずに走り続けられえる。
仮に下に統率個体がいても、この高さならテンマの索敵が届くから問題ない。
ここまで他力本願だとちょっと自分が情けなくなってくる。
『僕ってテンマたちがいないと駄目駄目だよね』
『わたくし、ずっと主様と居るから心配ご無用なのですよ』
『俺っちもだぜ。まあ好きで協力してるから気にすんな』
『有難う二人とも。じゃあ、早いとこ済ませて美味しいものでも食べよう。マサムネは帰ったら労を労って手入れフルコースだ』
『お鍋を食べてみたいのですっ』
『おお、それならしっかり点検してもらおうかね、楽しみにしとくとするかっ』
僕にしか分からない賑やかさに背中を押されて、迷路をひたすらに駆けて行った。
1時間ほど走れば、地図で見たアメリカの探索範囲をとうに超えている場所まで辿り着いた。
まあ一辺に対してだけだけど、テンマが索敵しているので実質一人ローラー作戦を行っているようなものだ。
行っていない方向については物臭の地図を確認すればいい。
迷路の探索だけなら、マーレもいい線行けるかもしれない。
未だテンマの索敵には感なしだ。
『主様、一度疲れをとりますね』
『うん、お願い』
外套のフードの中のテンマから緑の光が漏れ出す。
それは全身に行き渡り僅かな疲れも吹き飛ばした。
バエル戦で獲得した精気という技能は、怪我の回復などは出来ないが体力や生命の回復に特化したものだった。
この迷路を攻略するうえでは頼もしい。
『思ったより広いのかもな……しっかしこうも通路ばかりだと気が滅入っちまう』
「低難易度でも、特化型でないところは相当な広さだったからね。今日はこのペースで様子を見て、何もなければスピードを上げようか」
『分かってると思うが、無理はするんじゃねえぞ。あれだけ過酷な旅をしてそう時間を置いてねえ。相棒の中身はズタボロじゃねえか』
「大丈夫だよ、避難しきれていない人たちの命がかかってる。五日くらいなら頑張れるさ。その後は死んじゃうかもね……」
確かに日本からアメリカの道中は過酷な旅だった。
女の子として非常に魅力的なマーレに、やたら絡まれたせいで思春期ハートがヤバかった。
未来の奥さんの存在がなかったら、心が折れていたかもしれない。
マサムネがいたら叱ってくれただろうけど、鞘袋に入れて離れた場所に置いていたから助けてはもらえなかった。
テンマは止めるどころか、マーレに止めを刺そうとするので、僕の胃を逆に痛めつけた。
飛行機を降りてから、何があったか悟ったマサムネが『煤けた背中だぜ、相棒……』と呟きを漏らしたことは記憶に新しい。
復路を思うと……考えるのは止めよ。探索に集中だ。
『感ありなのですっ、前方にそんなに強くないですが気配があります』
走り始めて2日経った頃、ようやく変化が現れた。
体力は精気で回復出来るけど、精神の方は焦りと寝不足でかなり疲弊していた。
変化のない場所を徹夜で走り続けているので気が滅入って来る。
ご飯食べるときやトイレ以外は本当に走り続けていた。
何か進路上にマリモみたいな物体が見える。
『蝕五 雌 0歳
関係:敵対 感情:興味 状態:健康 精神:不安
技能:なし
称号:なし
摩天楼に住まう子蜘蛛。母蜘蛛より生まれ落ちた個体→
自我が薄く何でも興味を持つ→』
僕は走るのを止めて慎重に相手に近付いた。
僕の腰のあたりまで大きさの蜘蛛だ。手足は短く、顔は幼いというか愛嬌がある。
攻撃の意志はないようだ。ステータスにもそれが現れている。
キーキーと鳴きながら僕のことを見詰めてくるだけで、攻撃してこないし逃げもしない。
この異層空間の手下に一度視認されたわけだけど、地獄のように仲間が集まってくるのだろうか。
『他に気配はないですね。倒しますか?』
「うーん、こうも敵対の意志がないと倒す必要はなさそうだけど、どう思う?」
『何か変化があるかもしれねし、倒しとこうぜ』
蜘蛛は益虫だし個人的には嫌いではないが、こいつは怪物だ。
僕は自分を納得させて、マサムネを蜘蛛の胴体に突き刺した。
蝕五は断末魔を上げて体液の中に倒れた。
即座に黒い炎になることなく、しばらくその場に死体が残った。
強烈な臭気があたりに充満してくる。いつかの蟻を思い出す。
蝕五を倒して10秒ほどだろうか、突如として迷路内に悲鳴が響き渡った。
人間のものではない怪物の絶叫だ。
強烈な悲しみと怒りが込められ、聞く者の精神を苛ませる。
これは明らかに僕らの所為だろう。
『こりゃあ迷路自体が鳴いてるみたいな響きだな。どうやらこいつを始末したことで、何か起こったらしい』
『む、何だか今まで感じなかった気配がこっちに近付いてくるのです。ここから下がった方がいいのですっ』
テンマの言葉を聞いて離れるが、すぐさま通路に振動が響きだした。
相当な重量が大地を踏みしめているような、そんな振動だった。
『上なのですっ!』
『蝕五 雌 10歳
関係:敵対 感情:増悪 状態:健康 精神:狂乱
技能:頑強LV5 再生LV5 多産
称号:なし
摩天楼に住まう母蜘蛛。女王種より生まれ落ちた個体→
群れの子に愛情を持っており、一匹でも殺されるとその相手を死ぬまで狙い続ける→』
その姿は腹に大量の卵を抱えた蜘蛛のようだった。それに馬鹿みたいにでかい。
ベリエルの4分の1くらいの全長がある。
体も昆虫の鎧のようなものに覆われていた。
「さっき倒したのは、この怪物の子どもか」
『落っことしたんだろうな、あれだけ卵が付いてるし』
巨大な足が振り下ろされる。僕はマサムネの身体強化を引き上げ、それを躱して大きく飛びのいてから切っ先を化け物に向けた。
『メッ!』
テンマが蝕五の腹に向けて、若干気の抜ける掛け声に合わせて右手を振るった。
眼前に不可視の衝撃波が巻き起こり、蝕五に向かって放たれる。
それがぶつかった瞬間、爆弾でも爆発したような有様で蝕五の体が大きくはじけ飛んだ。
爆散した手足がバラバラと壁の下に落ちていく。グロイ……。
遅れて体液が降ってくるので、素早く離れて外套で飛沫を防ぐ。
黒い炎が上がり蝕五の体が燃えカスになる。即死したようだ。
バチカン市国で、テンマがマーレに罰を与えようとして目覚めた技能、波動。
不可視の力である波動をぶつける技で、波動の形は自在だ。
今のは単純に波動の塊をぶつけたに過ぎない。
それにしてもテンマさん、それ人間用の技じゃないですよ。
あの時使っていたら、ミンチどころか塵も残るか怪しいレベルですよ。僕も巻き添えで。
相変わらずコントロールと威力が出鱈目だ。
母蜘蛛を倒した影響か、さらに迷路から悲鳴が上がり揺れが大きくなる。
強烈な敵意が僕に集中している。
『図体がでかいだけで大したことないが、こいつらも結局は蘇るんだろ?どうする相棒』
「変わらず走り続けるしかないね」
『メッ!メッ!メッ!もひとつメッなのですっ!』
始めの会敵からさらに一日が過ぎた。
走りながらマサムネの切っ先を現れた蝕五に向ける。相手はテンマによって死ぬ。
マーレに溜められたストレス解消も兼ねて、テンマに蝕五を爆散して貰っている。
というのは冗談で、僕が主軸で戦ったら体液を浴びるので、テンマに対処してもらっているだけだ。
テンマは思う存分メッが出来てご満悦。外でやったら大惨事だ。
蝕五に同情しないでもない。元はと言えば僕が子蜘蛛を殺してしまったのが発端だし。
『む、今までより大きい力が近付いているのです』
『統率個体か?いい加減飽きて来たぜ……』
「そう願い……」
現れたそれに対して刃を合わせる。
白い火花が散り、大きく後退った。
アスラのように人間に近い容姿の女性型。全身が白く、目は赤い複眼になっている。
白いポンチョのようなものを着ているため、胸元は確認できないが、母蜘蛛より別格に強い気配だ。統率個体で間違いないと思う。
さっきの攻撃は爪によるものだったが、マサムネと打ち合えるなんてどんな硬さをしているんだ。
「よくも我が子らを殺してくれたな……」
「すいません」
素直に謝ってみたが、失敗だったようだ。
逆に神経を逆なでしたようで青筋を浮かべている。
僕、これだけ殺戮を繰り返しているのになんで謝ったんだろう。
寝不足で頭おかしくなってきたのかもしれない。
実際、思考が鈍ってるし酷く目が霞んできている。
「殺してや…」
言い終わる前に彼女の体を両断していた。上半身と下半身が分かたれ、体が横たわる。
その目は一体何が起きたのか、まるで理解していなかった。
転がった彼女の胸に刃を突き立てた。甲高い音共に何かを砕いた感触が返って来る。
黒い炎が広がり、燃えた後に黄色い石が残っていた。大きな布の束も落ちている。
摩天楼はただひたすら広いだけで、敵の強い異層空間ではなかった。
統率個体も日本の最大難易度の鬼より強くない。
配下はまともに戦えば厄介だが、多人数で相手取るならそう難しいものではない。
最大の脅威はこの広さだろう。
実際蝕五を殺して回らなかったら、統率個体は誘い出せなかった。
中々現れなかったのは、統率個体がかなり離れた場所から僕に向かって来ていたからかな。
この異層空間においては、怪物の蘇りはなかったのかもしれない。
生みの母がいて、子どもの死に感情的になっていたのだから。
なんか、凄く後味が悪くなった。
「ゴホッ……な…ごぼっ、ごはっ!?」
びちゃびちゃと地面に水気のあるものが零れ落ちる。口から吐き出した大量の血液が。
視界が暗くなり、マサムネに縋りつくように膝をついた。
体の内側が異常なほどの熱を持ち、空気に触れている肌が氷のように冷たくなる。
『主様!?今回復を…』
緑色の光が体を包むが、どんどんと体が寒くなっていく。
『おいおい、テンマちゃんっ、周りを警戒しろっ!』
ギリギリの意識の中、顔を上げればそこには先ほど倒したはずの統率個体が9体いた。
髪の長さや容姿は微妙に異なるが、色合いはどれも同じだ。
憤怒と言える表情を浮かべ、今にも僕に襲い掛からんとしている。
『いつの間に……さっき統率個体は倒しなのに、どうしてなのですっ』
『……統率個体じゃなかった。そういうことだろうね』
懐からポーションを取り出し飲み込む。全身の不調が嘘のように消え、肉体に活力が蘇る。
寝不足が原因だった眩暈も消え、精神もある程度回復した。
周りの奴らにステータス閲覧を使う。
『蝕五 雌 50歳
関係:敵対 感情:増悪 状態:健康 精神:増悪
技能:近接格闘LV9 頑強LV9 剛腕LV9 再生LV9 索敵LV9 俊敏LV9 多産 怨敵呪殺
称号:なし
摩天楼に住まう蜘蛛の女王種。摩天楼の母蜘蛛の起源→
死に際に呪毒をまき散らし敵対者を巻き添えにする。
怨みの強さによって威力が増減する→』
「よくも我が子らを、同胞を殺してくれたなっ」
「貴様は必ず殺し尽くしてやるっ」
飛び掛かられ、爪や拳で攻撃される。マサムネでいなしながら狭い通路を駆けて逃げ回る。
相性最悪だ。
女王種が持つ怨敵呪殺という技能、一体倒した時点で死に至る呪いの毒を受けるのなら、9体倒せば9回分の死に至る呪いの毒を当てられることとなる。
ポーションは残り2本しかない。
遠距離攻撃でどうにかなるものかもわからない。
さっき止めを刺したときは視覚にも嗅覚にも何の反応もなかった。
テンマでさえ感知できていない。呪いというなら物理的に防げる類のものではないかも知らない。
守護があれば別かもしれないが、僕の手持ちにそんな技能を付与する装備はない。
「ちょこまかとっ」
飛び掛かってきた一体の攻撃を躱しながら体を峰で掬い上げ、別の個体にぶつけ攻撃の機先を制す。
全員猪みたいな猪突猛進の戦い方だし、連携は拙い。
戦いの技術でも身体能力でも僕が圧倒している。
だけど彼女らを下手に傷付けることは出来ない。そんなことをすれば今度こそ死にかねない。
『テンマ、ここにいる怪物より強い力を持った存在はいるか』
『いません、こちらに集まってくる奴はいますが、さっきの母蜘蛛だけですっ』
テンマも波動で応戦するが、致命傷にならないよう吹き飛ばすことだけをしてもらっている。
「覚悟を決めるしかないか……」
『テンマ、こいつら全員を出来るだけ遠くに吹き飛ばしてくれ』
『相棒、まさか……』
「毒をくらう覚悟で倒す」
僕の刀を薙ぐのに合わせてテンマの波動が、その軌跡をなぞる様に放射状に放たれる。
不可視の衝撃波が蝕五を弾き出し、僅かな猶予が生まれる。
僕はストレージを操作し、ルフリアさんの特別苦い解毒薬と、食を冒涜した肉料理を共に口に含んだ。
『テンマ、波動はもういい。精力だけ僕にかけ続けてくれ』
『分かりましたっ。わたくしが主様を絶対に死なせません!』
僕は頷き、身体強化を全力で施す。
9体の女性型の蝕五が踊りかかってくる。
その全てを瞬きの間に全て切り伏せ、塵殺する。
倒した瞬間に可能な限り離れたが、はたしてどうか。
「ぐっ」
全身に針が刺さり、体の全てから熱が奪われ、血が吹き上がるような感覚と共に地面に倒れ伏せた。
前世でも感じたことがないほどの致命的な死の感覚に意識が消えかける。
仰向け倒れたとき、直前に口に含んだ二つの劇物を噛み締め、吐き気を催すほど不味さがほんの僅かだけ意識を繋ぎとめた。
どこから寄せ集めたか分からないほどの血を口から吐き出し、震える手で喉にポーションを流し込んだ。
テンマに精気をかけられながら血だまりの中に横たわる。
周囲には母蜘蛛型の蝕五が集まってきていた。地面の揺れが断続的に続き、やがて止まった。
「どうやら、我が子らは厄介な敵対者を打ち滅ぼしたようじゃな」
僕の足元に誰かが立っている。薄目を開ければそこには人としての特徴しかない小学生低学年ほど小さな子どもがいた。
蜘蛛の巣が何百枚も張り付いて出来たような一枚布を体に巻いた姿で。
『蝕五 雌 100歳
関係:敵対 感情:興味 状態:健康 精神:平静
技能:近接格闘LV3 頑強LV6 剛腕LV3 再生LV6 索敵LV15 看破LV15 気配遮断LV15 隠形LV10 俊敏LV3 存在分裂 感覚技能制限解除
称号:蝕む地の女王
摩天楼に住まう蜘蛛の女王種の起源。摩天楼の統率個体→
自身の肉体と核を削ることで分裂し、女王種を作ることが出来る。
分裂に使った肉体の回復には長い時間がかかる→』
「虫の息じゃが、まだ生きておるようじゃ。人間とは思えぬ生命力よ。こやつを生きたまま喰えば、分裂で失った肉も補填できるじゃろうて」
少女の鼻から喉までバックリと割れ、昆虫の牙や触覚のようなものがぞろぞろと飛び出し、シュルシュルと空気の抜ける音がする。
どうやら側だけ人間で、中身は完全に怪物のようだ。
『主様に近付くな、メッなのです!』
「ぎゃあっ!?」
陽炎のような塊に押しつぶされ、統率個体は悲鳴を上げて地に体を投げだし、立ち上がれなくなっている。
他の母蜘蛛たちはなすすべなく潰され、耐えられず骸を晒した。
テンマの強大な生命を込めた波動によって上から押しつぶされたのだ。
統率個体は地面に体がめり込んでいるが、既に上体を起こそうとしている。
僕はゆっくりと立ち上がってマサムネの切っ先を統率個体に向けた。
「現れてくれてよかったよ。こうして対面していても僕の感覚だと姿を見失いそうだ。広大な迷路で気配を隠すことに特化した統率個体なんて、酷い組み合わせだ」
「き、貴様、我が分身の呪毒をあれだけ浴びて、どうして……まさか謀りおっ…」
「さようなら」
僕はマサムネを統率個体の胸に今度こそ刺し貫いた。
硬いものを砕く感触と、黒い炎が目の前を覆う。周りにいた母蜘蛛たちも燃えカスになって消えた。
気力で動かしていた体から力が抜ける。また口から血が吐いて出る。
体を回復していたポーションの効果が切れ、また呪毒が体を侵しだした。
懐から最後の一本となったポーションを取り出し飲み切るが、まだ体が治りきった感覚がない。
『相棒……平気か?』
「死にそう……体の中でポーションの回復と呪毒が戦ってるのが分かるよ。負けたら死んじゃうね」
『ううう~っ』
テンマが必死に精気をかけ続けてくれているおかげで、僕はなんとか動くことができた。
余裕のある態度は、本当にただの強がりだった。
今はテンマのかけてくれている精気の光が小さくなっている。
元々回復なしで3徹していたんだ。1日は戦い続け、最後の波動は残りの生命を振り絞って放ったのだろう。結局無茶に付き合わせてしまった。
ストレージから強壮丸を取り出し、駄目元で飲み込む。
引きずる様に体を動かし、統率個体が落とした黄色い石を拾い上げた。
宝石らしきものも落ちていたが、もう拾い上げるほどの余力もない。
もしかしたらドロップ品は異層空間が消滅した段階でストレージに入ってくれるかもしれない。死んだら意味ないけど。
異層空間が罅割れ消滅する。
外の地面に降り立った時、少し離れた位置に人が沢山いた。400人だから学校の全校集会の規模だ。
みんな呆然としていて事態を飲み込めていないように見える。
そして気付いたけど、アメリカの試練資格者はみんな体格がいい。
国が資格譲渡に積極的に動いたという事だろう。
内部の試練資格者にも、怪物が送られたかもしれないと危惧していたが、皆無事でよかった。
自分の成した結果を確認できたところで、完全に気力を使い果たし、うつ伏せに倒れ伏す。
僕の身体は全身血塗れで、ベチャッと粘着質な音が鳴る。
薄れゆく意識を何とか繋ぎ続ける。ここで寝たらだめだと脳が警笛を鳴らすが、じわじわとポーションの回復力が落ち始め、毒が体に回る感覚が戻ってきていた。
口からまた血が吐き出される。
「信也っ!誰かポーションを持って来てっ」
誰かに抱き起される。その人は薔薇の匂いがした。
あまり好きな匂いじゃなかったはずだけど、蜘蛛の体液や自分の血の臭いをかいでばかりだったので、妙に安心感を与えてくれた。
直ぐ口元に続けざまに3本分のポーションが流し込まれて、陸で溺れさせられるように飲み込んだ。
ボロボロだった肉体に、すぐさま回復が起こる。どうやら漸く呪毒を回復力が上回ったようだ。
一度に5本分を消費させられる毒なんて凶悪過ぎだ。
薄目を開ければマーレが泣きそうな顔で僕を見ていた。どうやら彼女に支えられていたようだ。
周りにもたくさん人がいる彼らは祈るかのように僕を見詰めている。
状況に対して頭が上手く回らない。体は治ったはずなのに、動かす気力が湧かない。
だけどこれだけは言っておかないと。
「ただいま……ちょっと大変だった……」
「お帰りなさい、私の英雄……本当に無事でよかった」
マーレと周りの人達も手伝い、血で汚れるのも構わず僕を抱えて担架に乗せてくれた。
ダメ押しにもう1本ポーションを飲ませてもらって、もう呪毒の心配はしなくていいだろう。
安心感に身を任せて僕は目を瞑り意識を落とした。
4日ぶりの眠りは心地よかった。




