第2話 再会と決断
「困るんだよね。君みたいな物見遊山の子が増えて。さあ、帰った帰った」
意気揚々と家に向かっていたが、政府の職員さんに止められてしまった。
どうやら警備はしっかりしているみたいで、僕みたいな徹底的に顔を隠した不審者は家の方面には通してくれないみたいだ。
住民以外の立ち入りが厳しく制限されている。
周りにはたくさん人がいるので当然顔は明かせない。
僕は素直に来た道を戻ることにした。
電話して迎えに来てもらえばいいかもしれないけど、勢いよく出てきたためスマホを忘れていた。公衆電話の場所も知らない。
こんななりでは電話も借りられないし、顔を見せるわけにもいかない。
公衆電話を探しつつ、誰か知り合いに会えるまでひたすら歩いて回るしかないか。
何となく通学路を学校に向けて歩く。ここを歩くのも久しぶりだ。
いつもみんなで歩いていたな。
「お兄ちゃんっ!」
誰かが兄を呼ぶ声が聞こえる。良く通る可愛らしい声だ。
背中にトンと何かがぶつかった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」
鮮やかな金の髪が視界に映る。
そして青い大きな瞳が僕を見上げていた。
「……莉々?」
妖精のように整った容姿に、老若男女問わず人を惹きつける魅了を纏った少女。
それは僕の妹の莉々だった。
ずっと喋ることの出来なかったのに、今僕のことを呼んでいる。
懐かしさと、新鮮な気持ちが湧いてくる。
「喋れるようになったんだね……」
「………?」
「あれ?」
莉々は口を開こうとして、声が出ず失敗しているかのようなおかしな動きをしている。
「もしかして、まだ治ってなかった?」
「コクコク、フルフル」
頭で二回頷いて、二回横に振った。
「なるほど、偶に声が出るようになったけど、まだ上手くいかないんだね」
「コク」
「でも順調に回復してるみたいで良かった。最後に莉々の声が聞けて嬉しかったよ」
「?」
首を傾げる莉々を見つつ、この子が僕を嫌っていないことも理解できた。
それならば、何の未練もない。
十分な理由だ。
全部無くしても、守るだけのものがここにはある。
「莉々は、僕のこと嫌いじゃない?」
「ブンブンブンッ」
首が千切れそうな勢いで振らなくてもいいのに。でもどうしようもなく嬉しかった。
胸の中の大きなつっかえが消えてなくなった。
「良かった……お兄ちゃん、また試練に行くんだ。その前に家族と話したかった」
僕は莉々のことを抱きしめて、その存在を確かめた。
もうお年頃だから止めた方がいいだろうけど、これが最後だから許してね。
「莉々の生きられる世界を守るよ。だから元気でいてね」
肩に手を置き、抱擁を解いて笑いかけた。
帽子もマスクもサングラスもしているから分からないだろうけど、莉々には伝わったと思う。僕のことをよく分かってくれる子だから。
「お兄ちゃ…」
「そこのあなたっ、何をしているのっ!」
タイミングが良いのか悪いのか、鋭い声と共に有紗さんがこちらに向かってくる。
一緒に行動していたのだろう。莉々だけが僕を見付けて走り寄って来たのか。
にしては随分時間が掛かったような。
有紗さんは見たこともないほど怖い顔で僕のこと睨みつけていた。
あ、傍目から見たら、不審者が莉々のことを捕まえているように見えるのか。
「お久ぶ……」
声を掛けようとしたら凄まじい速度の手刀が薙ぎ払われ、反射的に受け流し弾く。
さらには蹴りが飛んできて、腕でガードしたが体の芯まで響いた。
この人は強いんだった。戦闘技能を持ち、対戦経験もあり、おまけに攻撃に躊躇ない。普通に重傷を負うレベルの攻撃だ。
そんなことを思っていると腕に肘打ちが入り、ガードが解けた。
続く顎を打ち抜くような上段蹴りに顔を擦らして躱す。
僕は後退り二人から距離を取って、変装を解こうとしたが、直前でそれを止めた。
間が悪すぎる。
莉々と出会った時点で人目が多すぎた。今は突然始まった捕り物騒ぎにカメラまで構えてる人がいる。
ここで正体を明かせば有紗さんは僕を攻撃した人間だ。
常日頃から聞かせられ続けたから、僕も自分の世間体というものを分かっている。
ネットが蔓延る社会で、公衆の面前で僕を攻撃した人間がどういう扱いになるのか想像して薄ら寒くなった。
正体を明かさなければ、変質者から妹を守った正義の人ということになる。
欲をかくと駄目だな。
莉々と話すことが出来ただけで満足しよう。
僕はポケットからあるものを取出し、指弾の要領で莉々の胸元目掛けて飛ばした。
上手くキャッチしたのを見て、最後に手を振ってから全力疾走で逃げた。
「待ちなさいっ!」
待つわけがない。チラリと姉さんや春香たちの姿も見えたが、もうここにはいられない。
有紗さんは莉々の傍を離れられないようで僕を見送った。
まあ追って来ても琴羽でもない限り、鍛錬を積んできた僕には追い付けないだろうけど。
『主様なんだか楽しそうなのです』
『楽しいし嬉しいよ。今ならなんだってやれそうだ。手始めにアメリカを救いに行こう』
『ハイなのです!主様は最強なのですっ』
『おう!僕たち最強っ!』
ハイテンションのまま走り続けて電車に乗り、夕飯時には日原邸まで帰ってきた。
家の中は日が落ちたように静かだった。
皆出かけているかなと思ってリビングに入ると、一郎さんも琴羽も奏さんも全員ちゃんと居た。
僕が入ってくると驚いたように見詰めてくる。
あれ、玄関から入ってきたことを気付いていなかったのか。
琴羽が口を開こうとしたが奏さんが制する。
「……信也君、帰ってきたのね」
「はい、ただいま戻りました」
「随分いい顔になっているわ。ちゃんとお話しできたの?」
「末の妹の莉々とだけですけど、話が出来ました。僕のことを変わらず思ってくれていることが分かりました」
「そう……あの子と話せたのね、他の家族とはどうだったの?」
「莉々と話していると不審者と間違われてしまいまして。逃げて来たので話せず仕舞いです」
その言葉に奏さんは複雑そうな顔をして黙ってしまった。一郎さんもそんな奏さんに対して何処か含みを持つ顔を向けていた。
黙ってしまった二人の代わりに琴羽が会話に割り込む。
「変装解けば一発で分かると思うけどね。パニックになるし、そうしなかったのは正解だとは……その腕はどうしたの?」
僕はその質問で初めて腕の状態を見た。両腕に青痣がまざまざと残っていた。
ハイテンションの所為で全然気づかなかった。奏さんも一郎さんも今気づいたようで驚きを露わにしていた。
「不審者だと思われたときにちょっとね。向こうは正義感からの行動だったから特に気にしてないけど」
「仮に不意打ちだったとしても、信也に痣を付けられる相手がいるなんて信じられないんだけど」
「僕をなんだと思ってるの。動揺していたし、別に完全無欠というわけじゃ」
「いくら不審者に間違われたからって、信也が理由も聞かれずに殴られるほどのことするはずないよね?もしかして、その人のこと庇ってる?誰なの?」
琴羽が鋭く質問をしてくる。なんか疑いの眼差しで見られている。
「……知らない人だよ。別にいいでしょ、僕はなんとも思っていないから」
思っていたより硬い声で返事を返してしまった。
なんか後ろめたいことでも隠しているみたいに思われそう。
実際幼馴染に攻撃されたのを庇ってるから後ろめたいです。
「琴羽、その件は一旦置いておけ。奏から話は聞いたが、信也君はアメリカに行く意思を決めてしまったのか」
「はい、異層空間は攻略します。国の思惑があろうと、そこに住んでいる人たちの大半は関係がありません。それに日本にまで影響が波及するのなら、僕は迷いません」
「止めても無駄そうだな……」
「はい。自分勝手ですいません」
「謝らないでくれ、君は本当に何も悪くない、正しすぎるほど正しい人間だ。間違っているのは……君をこの状況に追い込んだ全てだ」
「一郎さん、僕は……」
「俺たち大人も含めた全てが、君に不本意な選択をさせている。どうして……快く送り出してやれないんだ」
一郎さんが下を向き、拳を強く握りしめて体を震わせてた。
……出かかっていた言葉を飲み込み、僕は琴羽に向き直った。
「日本のことはお願い、琴羽。武力で言ったら琴羽は世界でも有数だ。安心してここを任せられるよ」
「ボクのことは連れて行ってくれないの?」
琴羽は寂しそうな顔で僕を見ていた。そしてその顔は僕の意志を理解していた。
「付き合いの長さで僕の望んでいることが分かるでしょ。琴羽がいるから、僕は安心してアメリカに行けるんだ」
「それ、ずるいよ」
琴羽が抱き着いてきたのを受け止めた。
震える彼女の背を撫でて目を瞑る。
日原一家は僕に色々なものをくれた。
安らぎをくれた、暖かさをくれた、居場所をくれた。
赤の他人の僕のことを、大事に思っくれる。
そんな優しい彼らに、辛い思いを抱かせたのだ。
僕は全貌見えぬ思惑に唾棄した。
アメリカの異層空間は攻略してやる。
日本も捨てよう。
だけどそれ以外は何一つとして譲らない。
一番平和で、一番不本意な結果をくれてやる。




