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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 摩天楼
92/149

第1話 攻略されない試練と取引



 いよいよ試練の開始から90日が過ぎた。

 ドキュメンタリー放送?

 僕の中ではあれは存在しない。

 日原家の誰も茶化したりしてこなかったのがその証拠だ。

 ……はは、いっそ腹抱えて笑ってくれよ。


 今日は奈落の受胎が開始されて91日目。

 試練終了まで残り9日。

 未だアメリカの異層空間は攻略されていない。


 日本でも何処か不安視する声が出ている。

 直接的な害がなくても国が無くなれば影響が大きく、今の世の中では色々な国が立ち行かなくなる。

 敵国であってもそれは同じだ。なんせ奈落に飲まれるということは地上から消えるのと同義なのだから。

 100日の難易度の異層空間の侵食範囲は、サウスダコタを中心にアメリカ合衆国とカナダの全土を含む。

 メキシコやアラスカも掛かっているが、全ての国土が飲まれるわけではない。


 そんな世の中の不安とは裏腹に、僕は夏休みの宿題にラストスパートをかけていた。

 気にはなる。でも国が違うため、頼まれてもないのに異層空間を攻略するのはかなりの問題となりかねない。


 アメリカは自国での攻略に拘るのは考えあってのことだろう。

 それを善意の行動だからと無視するわけにはいかない。

 賠償問題に発展したら堪ったものではない。

 僕はお昼過ぎまで宿題を片付けつつそんなことを思った。ちょっと集中力が切れかけているようだ。

 

「ふう、後少しかな……休憩しよう」

『主様ずっとお勉強と鍛錬ばっかりなのです。お外に出て、日の光を浴びないといけませんよ』


 なんかテンマが母さんみたいなこと言いだした。

 今までとは比べ物にならないくらい長い時間を一緒に過ごしているからその成長は著しい。

 超成長は精神の成長にも影響するのだろうか。

 まあ子どもが大人の真似をする場合もあるし、一概には言えないか。

 

『それじゃあテンマと出かけようかな。少しだけ遠出してソフトクリームでも食べに行く?テレビで見て食べたがっていただろう』

『それはいい考えなのですっ、早く支度していきましょうっ』


 パタパタと羽ばたいて僕を急かしてくる。

 やっぱりまだまだ子どものようだ。

 服を着替えて帽子とサングラスを装備する。夏だし変でもない。

 

「奏さん、少し外に出てきます」

「行ってらっしゃい、今日は暑いから気を付けてね」

「はい、行ってきます」


 すっかり馴染んでしまった日原邸を後にする。

 夏の陽気にさらされ、フワフワと上機嫌に飛んでいるテンマを眺めながら、のんびりと歩いて行く。

 奈落の受胎が始まってから戦い続きだったのに、今は信じられないくらい穏やかなものだ。

 琴羽に教えて貰ったソフトクリーム屋さんに着き、オーソドックスなバニラ味を選択する。


『甘くて冷たくて美味しいのです。口に入れて溶ける感触がサイコーなのですっ』

『うん、美味しいね』


 備え付けのベンチに腰かけて、テンマと一緒に一つのソフトクリームをつつきながら、道行く人たちを眺める。

 夏休みだから子どもが良く歩いている。


 スマホに連絡が来たので見てみるとマーレからだった。

 日本に行くから案内してほしいと……。

 え、普通に嫌だ。

 マーレと一緒に居たら僕が青野信也だとバレてしまう。

 未だゴシップが消えてないのに会いたくない。

 フランス行きを断り続けていたツケが変なところで回ってきた。


 そこまでして僕に会いたい理由。

 考えられるものはフランス政府からの依頼か。

 勢いでフランス帰化の話をしてしまったし、僕の持つ異層空間で手に入れた装備やエーテル結晶は喉から出るほど欲しいものだろう。

 顔見知りだし同年代だから交渉役にマーレを選んだんだろうけど、僕と噂のある間は可哀想だから止めてあげてほしい。

 

 僕はやんわりと会うのはお互いにとって良くないことをメールしておいた。

 メールが終わる頃にはソフトクリームが消え失せていた。

 コーンと、少しだけ底にクリームが残っている。

 テンマがお腹を擦って満足そうにしていた。僕は苦笑して残っていたコーンを食べてお冷で口をサッパリとさせた。

 

 のんびりと散策しながら日原邸に戻れば、来客があった。

 元町さんと数名の職員が訪ねてきているようだ。

 奏さんから客間で待たせていると言われて直ぐに訪ねた。律義な元町さんがアポなしとは珍しいというか、初めてだった。


「信也様、お邪魔しております」

「こんにちは元町さん。何かありましたか?」


 元町さん以外は知らない人だった。

 関東支部でもなさそうだし、配置換えでもあったのだろうか。


「アメリカについてですが、良くない展開となってまいりました。もしかするとまたお力をお借りするかもしれません」

「……詳細を教えてください」


 元町さんは頷き、アメリカの現状を教えてくれた。

 それはニュースには出ていない情報だった。


「現在アメリカの最大の異層空間である『摩天楼』の攻略は頓挫しております。特殊な異層空間で、空間全てが恐ろしく広大な迷路となっています」

「……穏やかじゃないですね」

「怪物の姿もなく、ギミック型の試練と断定して、アメリカは大量の人員を投入して攻略を進めていましたが、大半は迷路に迷い続けています。ほとんどの試練資格者は水と食料は尽きていないので死者こそいませんが、このままでは時間切れは必定でしょう」


「救援依頼が来たのですか?」

「いいえ、アメリカは決して救援依頼を出さないでしょう。中国とロシアは自力で自国の異層空間を攻略しています。アメリカとしては同盟国の日本、いや日本だからこそ救援を依頼できない」


 どちらの立場が上なのかという話か。

 普段は意識しないが、まだ大戦や冷戦の影響は根深く残り続けている。

 人類の存亡が掛かっているから、そんなこと気にしてる場合じゃないと思うけど。

 僕だって戦争中に何度も殺されたが、その国に対して恨みは抱かなかったぞ。

 殺されても転生するなんて普通ないから考え方の参考にはならないか。

 

「それでは元町さんは僕に何を依頼したいんですか」

「……このままではアメリカが地図から消えます。信也様には、日本国籍を捨てていただきたい、そうお願いに上がりました」


 元町さんは拳を握りしめて僕を見詰めながら、あえてそう口にした。

 他の職員さんたちは顔を強張らせていた。

 少し違和感を覚えたが、僕にとっても衝撃的だったので直ぐに聞き返した。


「一時的な処置、というわけではないんですよね」

「はい。一度アメリカに帰化した場合、もう二度と日本の地を踏むことは思ってください。アメリカは試練資格者を徹底的に管理しております。日本の私兵化のモデルもアメリカが由来となります」


 なるほど、戦後の日本に私兵化の考えはそぐわない。アメリカからの圧力か。

 そう考えれば一連の大きな流れも説明がつく。

 

 日本の試練の攻略に対するスタンス。

 試練対策室のトップとの会談での違和感。

 派遣された渡辺さんの態度。

 認識できていないだけで、他にも仕掛けられていただろう。

 不信の種を植え付け、ここに来て花開かせようと言う事か。


 僕も琴羽もまんまと利用されたわけだ。

 そして、今もまた利用されようとしている。


「少し分かりません。ギミック型と断定しているのに、アメリカは何故僕の協力を仰ぐのですか?」

「信也様の絶対性だと思います。信也様は試練を、不可能を可能にして来ました。信心深い人間ほどあなたを神聖視している。人類にとってあなたこそが希望そのものであると。だからアメリカはあなたを欲している」


 嬉しくないラブコールだな。僕だって人間だ。

 不可能が可能という訳じゃない。

 0パーセントじゃないなら抗えるかもしれないけど、0を1には出来ない。

 神様なわけじゃないんだ。


「返事はいつまでに出せばいいですか」

「明日の朝までに頂ければ。現在確認されている範囲でも迷路は広大です。信也様でも時間切れとなる可能性があります」

「はあ……高校生にこんな形で国の命運を託さないでほしいんですけど。素直に助けてって言ってくれれば喜んで協力するのに」

「すいません……」

「元町さんは気にしないでください。僕は大丈夫ですから」

「すいません……」


 元町さんは土下座せんばかりに頭を下げ、職員たちも頭を下げて謝罪した。

 彼らは何度も謝り、帰って行った。

 同じ謝罪でも、元町さんと、共にいた職員たちでは温度差があった。

 それ故に、頭を下げる元町さんの姿に、やるせない気持ちが沸き起こった。

 もう彼と気安く冗談を言える関係では無くなったのだと、察してしまった。


 日本は未だ立場が弱いのか。

 一般人レベルだと分からなかったけど、歴史は、人の感情は根深く複雑だ。

 当時を生きた僕でさえそう感じる。




「何だか難しい顔で元町さんたちが帰っていったけど、何かあったの?」

「アメリカの異層空間が攻略出来なくて、大変だから助けてほしいという話でした」

「難しいけど順調だという話じゃなかったかしら……」


 奏さんが戸惑った声を上げる。僕も同じだ。

 もう試練は終わったものとばかりと思っていたのに。

 

「なかなか厄介みたいですよ。明日の朝までに返事をくれと言われました。それくらいには切羽が詰まっているみたいです」

「もう心は決まっているの?」

「異層空間を攻略する意思は決まっています。ただ返事とは別に迷っているところはあります。今の僕はいろんなものを持っているので。それをどうしようかなと」


 国の意向に従う私兵にされるということは、ストレージの中のものを没収される可能性がある。

 それなら琴羽や知り合いに全て渡しておいた方がいいだろう。

 琴羽の言葉じゃないが、苦労して手に入れたものをこんな形で渡すなんて御免だ。

 マサムネは僕にしか使えないし、戦装束もバエル戦後に完全に僕専用になってしまっているから、取り上げられることは無いだろう。

 

 白鷺と子狐丸を取られたら狐人族の人達に申し訳が立たないな。

 ルフリアさんから貰った首飾りも、箱庭のみんながくれた贈り物も、無意味に誰かに渡すなんて、そんなのは嫌だ。

 

 アメリカには体一つで渡ることになるのだろうか。

 攻略を始める前に国籍が変わり試練資格者が管理されるのなら、もう知り合いにも家族にも会えなくなるし、連絡も取れなくなってしまうだろうか。


 結局家族とは分かり合えずじまいだった。

 でも僕がアメリカに管理されれば、家族の憂いは無くなるのではないだろうか。


 決めた。最後に会いに行こう。

 

 もし罵られたとしても、それで日本の未練が無くなるなら、それでいい。

 全てが勘違いだったなら、皆の日常を守る為に異層空間を憂いなく攻略できる。

 

「奏さん、僕は家族に会ってきます」

「え?」


 奏さんは愕然と固まる。そんなに驚くことだろうか。

 今までそんな提案してこなかったからかな?


「これが最後ですから。僕は日本にもう帰ってこられないようなので…」

「待って信也君、何を言っているの?帰ってこられないって、そんなに大変な試練なの?」

「ギミック型の迷路みたいです。入ってみないと分からないところではありますけど、その異層空間は政治がらみで日本人の僕では攻略できないようでして。おまけにアメリカの試練資格者は徹底的に管理されているみたいです。要はしてやられたという事じゃないですかね」


 可笑しそうに笑いながら、ぼかした内容を話す。

 奏さんは僕の言葉の裏まで正確に理解したようで、目を見開きワナワナと震えた。

 

「まさか……そんなことが、許されるの?……それは、あなたがそこまでして救う価値のあるものと言えるの?」

「価値のあるなしで考えてません。北アメリカが消えればその影響は計り知れません。僕の親しい人も間接的に巻き込まれるでしょう。だから僕は試練に挑みます。迷っているのはストレージの中身をどうしようとか、知り合いにどうやって連絡しようとか、その辺りです」


 さて、早くしないと夜になってしまう。

 決断してしまえば今までウジウジしていたのが嘘のように行動的になる。

 いわゆる無敵の人だな。失うものがない事の何と素晴らしい事か。やけっぱちともいう。

 

「少し話してお別れを言うだけですから、必ず夜には帰ってきます。叩き出されないことを祈っててください」


 返事がなかったけど、急いでいたので「行ってきます」と言って直ぐに移動を開始した。

 

 電車を乗り継ぎ自分の街に着く。

 前と比べて確かに人が多い。それも若者であふれていた。

 みんなの顔には色々な表情が溢れている。どれも楽し気で、希望がある。

 それはこの国が平和で安全だからだ。

 

 アメリカの人たちの大半は不安と共にいるだろう。

 その人たちには国の思惑なんて関係ない。


『主様……』

『どうしたの?』

『わたくしは……無力なのでしょうか。主様の窮地にわたくしは何もできなのです。誰にも見えないわたくしは、何も……』

『そんなに深刻にとらえなくて大丈夫だよ。僕、割とポジティブだから。そろそろテンマが頑張ってくれた例のアレも溜まる頃でしょ?』

『……もしや、アレですか?』

『その通り。だから何の心配もない。力は力の前に敗れる、世界の真理だよ』


 誰にも話していない僕とマサムネとテンマだけの秘密。

 思惑程度でどうにかなると思わないことだ。

 もし何もかもを奪われることになったとき、それは牙をむく。


 そっちがその気なら特大のしっぺ返しをお見舞いしてやる。

 失うものを無くした人間がどういう行動に出るか分からせてやる。


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