第13話 日本帰還と祝勝会
インドの異層空間攻略からアフリカ、南アメリカ、途中で増えたロシア近郊とオーストラリアを巡り、計21の異層空間を攻略した。
体を休める暇が殆どなく、ルフリアさんの薬や地球産高級栄養ドリンクのお世話になった。
試練開始から80日が経過し、僕と琴羽は漸く日本に帰還を果たした。
もう世界には北アメリカ大陸の最大難易度の異層空間しか存在していない。
そこは頑張っているらしいので僕らの出番はない。
実質、僕の試練は終わったと言える。
疲れ切った体で空港に降り立てば、奏さんと一郎さんの出迎えを受けた。
態々迎えに来てくれたようだ。
他の人たちは僕らに注目していない。変装してるしちょっとした裏技を使っているので、身元がバレることはまずない。
「ただいま~娘が帰ったよおっ」
「ただいま戻りました」
「お帰り、二人とも。疲れただろう」
「お帰りなさい、よく頑張ったわね」
一郎さんに背中を叩かれ、奏さんはからは琴羽と一緒に抱きしめられる。
疲れ切った体で人肌の暖かさに包まれて「母さん、ただいま」と知らずに口にしてしまった。
慌てて抱擁から逃れて言い訳を捲し立てる。
「い、今のは、先生をお母さんと言ってしまう症候群でして、決して他意があるわけでは……」
「いいのよ……私をお母さんと呼んでも」
「信也ってば恥ずかしがってる。可愛いね」
「こら、茶化してやるな」
奏さんからは改めて抱きしめられるし、二人からは生暖かい目で見られるし散々だ。
元町さんが気を使って、僕らの帰還の日にちを一日ずらして報告してなかったら、全国区で恥をかくところだった。
その日は奏さんの腕によりをかけた手料理を、琴羽と競うようにお腹いっぱい食べた。
美味しかったけど、やっぱり母さんのご飯を食べたいと思ってしまった。
失礼すぎるから口には出さなかった。
日原一家は、帰るところのない僕を当然のように受け入れてくれる。
本当に感謝している。
それでも心のどこかでは、家に帰りたいと思い続けていた。
次の日は昼間まで泥のように眠り、琴羽も同じように眠りこけていた。
リビングに降りれば奏さんがテレビを見ていた。
「おはよう、疲れは取れたかしら」
「おはようございます。まだちょっと怠さが抜けてませんね。寝すぎかもしれませんけど」
「食事を用意するわ。今、テレビであなたたちの事が報道されてるわよ」
テレビを見てみれば空港が映されている。どうやら出待ちしているようだ。人が沢山いる。
肝の冷える光景だ。僕、今なら元町さんの靴ペロペロ舐められる。
疲れ切ってあんな人波を目の前にしたらストレスで気を失う自信がある。
「なんたって世界を救った英雄ですものね」
「それは大げさじゃないですかね。僕が居なくても世界中の政府が何とかしたと思いますよ」
お盆にのせられた和食中心の食事が運ばれてくる。いい匂いだ。
日本の朝食が食べられることに感動した。昼だけれども。
箸を付ければ何か視線を感じる。食べる様子を奏さんに見られていた。
「どうかしました?」
「信也君は本当に美味しそうに食べると思っただけよ」
なんか帰ってきてから距離が近くなったような気かする。
元々こんなものだっただろうか。
「おはよぉ~」
ご飯を食べ終わる頃には、琴羽も起き出して来たが、完全に寝ぼけている。
髪が跳ねて目を瞑ったまま歩いていた。
例の琴羽の双子の妹になっている。
奏さんも今日は大目に見るのか、苦笑しながらご飯を用意していた。
琴羽は寝ぼけながらそれを食べ進める。
ご飯の後、スマホを確認してみると、マーレと元町さんから連絡が来ていた。
マーレにはスマホの連絡先教えていなかったはずだけど、何でか気づいたら連絡が来ていた。
世界を回っている頃は、近況を報告するものやニュースで見て心配のする連絡が主だったが、異層空間の攻略が終わってからはフランスに来るように催促されていた。
のらりくらりと躱している。ゴシップ怖いねん。
元町さんのメールは、試練に同行した職員や関係者の祝勝会の案内だった。
大規模にやるようで、家族を呼んでも構わないらしい。
色々な美味しい食べ物を用意していると明言してあった。だから食いしん坊じゃないから。
「奏さん、祝勝会の案内が来てるんですけど……多分琴羽にも同じものが来てると思います。どうですか?」
「そうね……私は大丈夫だけど、主人は分からないわね。信也君はどうするの?」
「僕は参加するつもりです。職員さんたちにはかなりお世話になったので。後ご飯が楽しみですし」
満漢全席に懐石料理に高級寿司か。腹が鳴るぜ。
「そう……アレを…ではなく家族は呼ぶの?」
「アレオ?家族は呼べませんよ。……もう電話もメールも完全無視されちゃってるので」
ついには定期的な報告すら反応されなくなった。
愛情の反対は無関心とは誰の言葉だっただろうか。
もう怒りすら通り越してしまったらしい。
「……信也君、大丈夫?」
「分かんないです……」
正直なところおかしさは感じている。でも家まで行って確かめる勇気はなかった。
意識の無かったころの僕の記憶は、幼い頃のもの以外、大体思い起こし終わっている。
過去の青野信也の記憶を見るほど、僕は家族に対して思いを募らせ、メールの言葉が胸に刺さる。
僕が最初から意識があれば信じきれたかもしれないけど、中途半端なせいで信じきれないでいる。恨まれていると思い込んでしまう。
「あなたは誰に後ろ指差されることをしていないわ。胸を張りなさい、私たちはちゃんとわかっているわ」
胸の中にすっぽりと抱きしめられて頭を撫でられる。無茶苦茶恥ずかしいが抵抗できなかった。
そう言えば今の生で僕が子ども扱いされた期間ってほとんどなかったな。
物心ついたころから妹の世話を焼いていたし、母さんに抱きしめられたのも、試練から戻ってきたときくらいだろうか。
「信也君ってこうしてると、本当にぎこちないわよね」
「いえ、あんまりこういうことされたことないので……」
なんせ何度転生しても独身でしたので。
もうこの人生で、僕の転生し続けた合計女性接触記録を越えているかもしれない。
母親のような振る舞いの奏さんを数に入れていいのか分からないけど。
「……母親とも?」
「出会ったばかりの奏さんの方が多いですよ」
より強く抱きしめられる。ちょっと苦しい。
余計なことを言ってしまっただろうか。
いや、よく考えたらこの人は琴羽の母親だ。
もしかしたら琴羽のハグ癖は母親からの遺伝だったのかもしれない。
母さんの記録をあっさり越えたのは納得である。
「奏さん、僕にとっては普通ですから。気にしないでください」
寧ろあんまりやり過ぎないでほしい。恥ずかしいから。
「何やってるのかな~」
いつの間に近付いて来た琴羽が、手をワキワキさせながらにじり寄ってくる。
体が反射的にビクンと震え、素早く奏さんの抱擁から逃れ反転した。
達人もかくやとばかりに琴羽のハグを躱し、背中を押して体勢を崩す。
琴羽は奏さんの体に突っ込んで僕の代わりに抱きしめられた。
「あら、そんなにお母さんに抱きしめられたかったのかしら。もう成人してるのに仕方ない子ね……」
「あ、え、お母さん、そうじゃなくてボクは信也と、あ、そこわき腹に腕が、折れるっ、そんな力の入れ方したら折れちゃうからっ!」
おお、見事なベアハグ。
さしもの琴羽の頑強もこれでは形無しだ。
僕は合掌してその場を後にした。恥ずかしかったので助かった。
連絡を貰った日から3日後の週末、巨大なホテルを貸し切って祝勝会が行われた。
思った以上に大規模だった。
パーティー用のフォーマルな服は、またしても奏さんたちに用意された。恐縮過ぎる。
一郎さんは恰幅が良すぎて、フォーマルな服を着ているとギャングのボスみたいだと思ってしまった。
琴羽も奏さんもドレスを着て着飾れば全然雰囲気が違う。奏さんは柔らかい印象の美人女性で艶っぽく見える。
琴羽には誰もが視線を奪われていた。
赤いドレスの胸を飾るルビーの存在感も相まって、会場で一番きれいだった。
なんか悔しいので鍛錬の時の顔面崩壊を思い出して留飲を下げた。
『テンマ、今日は食べ尽くすぞっ』
『負けられない戦いがあるのです、主様っ』
僕とテンマは挨拶もそこそこに料理に突撃する。
みんな話ばかりで食べてる人は少ないけどそんなの関係ない。
僕はご飯を食べに来たのだ、話なんてしていられない。
マサムネは会場の一角に飾られて楽しそうに話をしているので放置。
狐人族の宴会の二の舞になりたくないので、何が聞こえてこようと終わるまで決して近付かない。
料理人が各テーブルに居て、近付けばサービス満点でその場で盛り付けや調理をしてくれる。
あっちこっちに行ってお腹に納めていき、もう普段の許容範囲を超えてしまっているが、僕もテンマもその勢いは留まることを知らない。
ルフリヤさん謹製の胃薬まで飲んできたのだ、この程度では止まらんぞ。
「ほお、英傑殿は食べっぷりまで見事だな」
「あれでは話かけられないな。落ち着くまで待とう」
「マサムネ殿の話は中々興味深い。どうにか昔の話を引き出せないものか」
「見てると私も腹が減ってきた」
「本当に美味しそうに食べるわね。料理人も嬉しそうよ」
「そりゃあ目の前にいるのは世界の救世主だぞ。嬉しいに決まっているさ」
何か噂されているけど、気にせずに食べ続けて1時間ほど過ぎたところで小休止に入る。
流石にもう食べられない。デザートまで腹休めをする。
テンマはまだいけるようで会場を飛び回っていた。
ソロモンの指輪にエネルギーを与えている影響か食欲が凄い。
それに睡眠も僕と同じように夜寝る生活をしている。
どうやら眠ることの気持ちよさに目覚めたようだ。
もう寝るために指輪にエネルギーを込めているようなものだ。
椅子に腰掛け、ポッコリとしたお腹を撫でている僕に琴羽が近付いてくる。
「本当に食べることしかしないんだから。みんな信也と話したがってたよ」
「僕と話しても何にも面白くないと思うけど?」
「代わりにボクが話しかけられて全然食べられなかったんだけど」
「なら何かとってくるよ。大体食べたから琴羽好きそうなもの見繕ってくる」
「いいよ、一緒に行こう。案内して」
手を差し出されたので、そのまま恭しく手を取った。
一応古いが作法は分かる。
外国に行ったときにパーティーに出たこともあるし。今の時代でも同じかは知らない。
適当に料理を皿に盛りつけて、琴羽の食事の最中は僕が挨拶に来た人たちの相手をした。
みんな好意的で自己紹介を何度もされたけど、お腹いっぱいで頭に血が回っていなかったので、ちゃんと覚えられたか怪しい。
その内、試練対策室のトップとその奥さんが現れた。
「初めまして、青野信也君。映像で見ていたけど、実物はずいぶんと幼く見えるのね」
「止めなさい、失礼だぞ。彼は正真正銘の世界の救世主なんだ」
「構いません。寧ろ救世主と呼ばれる方が遠慮したいです」
「信也は目立つこと嫌いだもんね。やってることは真逆だけど」
流石に琴羽も食べるのを中断して会話に加わってきた。
助かる、僕はこの人ちょっと苦手なんだよ。
あの渡辺さんを派遣したことも含めて。
「君の活躍に日本も世界も助けられた。胸を張ってもいいと思うが、それが性分ならしょうがないか。……渡辺君の件は済まなかった。このような場所で言う事でもないと思うが、試練を終えて休息している君を訪ねるのもどうかと思ってな」
「構いません。ただ僕より琴羽の方が被害を被っていましたが。随分酷いこと言われていたみたいで」
まあ琴羽が気にしてたのはマーレさんであって、渡辺さんではなかったけど。
「それも聞いている。日原君、済まなかった。彼女を二度と君たちに関わらせるような真似はしない。そこは安心してくれ」
「そうであればボクからは何もありません。犬に噛まれたと思う事にします」
和やかに笑い合うが、なんかねっとりとした空気だ。こういうの苦手だ。
そんなことを考えていると、小さい娘さんが近くにいたことに気付いた。
莉々くらいの身長で、小学生高学年か中学生くらいに見える。
「この子は私の娘だ。普段はパーティーを嫌がる方なのだが、君がいると聞いてな」
あら、怖い感じの父親に似てない可愛らしい女の子だ。
良かったね、お母さん似で。
僕が視線を向けると母親の腰に隠れてしまった。おう、ちょっとダメージを受けた。
「あらあら、恥ずかしいみたい。折角お会いできたんだから写真くらい撮って貰ったら?」
え、僕写真苦手なんだけど。未だ魂が盗られるような気がしてるんだよね。
そんな言い訳を言えるはずもなく、恥ずかしがる女の子とツーショットを撮って、夫婦と別れた。
どんなこと言われるかと思ったけど、何事もなくてよかった。
元町さんを始めとした職員さんたちと話したり、一緒に写真を撮ったりして、祝勝会は和やかなまま終了した。




