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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 世界縦断
88/150

第12話 奈落の受胎とアスラ



 ゾクリと背筋を何かが撫でた感触がした。

 腕を確認すれば鳥肌が立っている。どうしたのだろうか、体調は問題ないはずなのに。

 念のためルフリアさん謹製のお薬を一粒飲んでおく。まずいっ。


『どうしたんだ相棒、まさか緊張でもしてるのか?』

「なんか寒気が走ったんだ。こういう時の寒気は風邪じゃないとしたら凶兆か何かな気がするけど、今回の試練で何かあるのかな」

『縁起でもねぇなあ……ま、相棒はそれでも跳ね除けちまうんだろうがな』

「無責任な信頼止めて」


 そうやって会話しつつマサムネの手入れを手ずから行っている。

 研ぎ粉で良く磨けば、澄んだ白銀の刀身がより輝いて見える。

 一通りの手入れが終われば鞘に戻して腰に差した。

 

 今僕たちがいるのはガンジス川の畔に立てたテントの中だ。

 外を覗けば巨大な異層空間が川の上に鎮座している。

 

 個人的にインドはあまり好きではない。

 前世で最後の化け物と戦った地ではあるけど、どうしても好きにはなれなかった。

 化け物との戦闘で傷だらけの状態で意識を失い、気付いたらガンジス川に落っこちていて、謎の高熱で死にかけたからだ。好きになるはずがない。


 そんなことを考えているとテントが開いた。

 どうやら琴羽も準備が終わったようだ。


「シンヤ、マサムネと何話してるの?」

『相棒が寒気を感じたんだとよ』

「ならボクが暖めてあげる~」


 そういって琴羽がハグをしてくる。

 お互い戦装束だから感触は良く分からないが、顔に琴羽の髪が掛かっていい匂いがした。なんか変態っぽいこと考えてしまった。


「暑いから止めて」

「うん、分かった」


 あっさりと離れて僕を窺っている。僕は立ち上がって琴羽に頷いた。

 怒涛の勢いで東南アジアの異層空間を攻略し、インドの異層空間に挑みに来ている。

 警戒は必要だが、今回の統率個体はその正体が分かっていた。


 腕が六本ある人型。今までで一番人に近い怪物だった。

 言葉を流暢にしゃべり会話も可能。そして恐ろしく強い。


 異層空間にはそれ一体、手下もいない、空間は狭い、環境は良好。

 アモン並みの特化仕様だけど、アモンが40日の難易度に対してそいつは100日だ。

 単純な強さはバエルさえ凌ぐだろう。


「今回も一人で戦っちゃうのかな」

「いいや、二人で戦うよ。前の鬼みたいな利点ないし、獲物に対して猪突猛進のアモンとも状況が違う。卑怯上等だね」

「えへへ、そう来なくっちゃっ」


 僕らは二人で外に出て元町さんに声を掛けた。


「行ってきます、元町さん」

「ずばっと片付けてきますね、元町さん」

「お二人とも、ご武運を」


「試練が終われば日本で満漢全席ですよ、頑張ってください」

「懐石料理を食べまくりのほうがいいよね、信也君っ」

「まだアフリカと南アメリカが残ってるだろ、気が早いよ。高級寿司ですよね、信也さんっ」


 職員さんたちからもエールを貰う。だから食いしん坊キャラじゃないのだけど。

 僕たちと行動を共にしている職員さんたちとはすっかり気心が知れている。

 

 いつの間にかいなくなった渡辺さんの代わりは誰も来ていない。

 向こうもあれだけ僕に言われたら代わりの人材なんて寄こさないだろう。

 何がしたかったのやら。


「うわ、すごっ……信也が出てきたらみんな頭下げてる」

「これ、止めてほしいんだけど」


 異層空間に向かう道中、現地の人たちは全員が土下座して頭を上げない。

 ここに来るまでも同じようなことをされた。

 

 年齢は違うが前世と同じ容姿だけど、もう80年以上昔だから化け物から救ったことを覚えている人はいないし、当時でもあの戦いを知るものは少ないはずだ。

 一人だけ意味深な挨拶をして来たおばあちゃんがいたけど、あの人も当時のことを伝聞で聞いただけだろう。

 なら純粋に今の僕に対して頭を下げているという事になる。

 琴羽にはこんなことしないのに何故なのだろうか。怖いので聞きたくないし忘れることにする。

 

 異層空間に侵入し、リソースの間を抜けてその地に降り立った。

 乾いた地面。僅かに吹く風。

 太陽が空に上がり何処までも続いて見えるが、地面は四方の一辺が200mほどしかなく、それを過ぎればどこまでも深い穴が広がっている。

 一度落ちてしまえば帰っては来れない奈落だという。

 敗北者は統率個体によってこの穴に投げ込まれ地獄の苦しみを味わっている。

 猶予のあるインド周辺を優先したのはそれが理由だった。


「おお、しばらくぶりの挑戦者だのう」

「初めまして、青野信也と言います」

「こんにちは、日原琴羽だよ」

「結構、結構、挨拶は大事じゃ。儂の名は……まあ適当に統率個体とでも呼んでくれ」


『アスラ 男 100歳

 関係:敵対 感情:友好 状態:健康 精神:平静

 技能:近接格闘LV25 武術LV20 頑強LV15 俊敏LV15 気配察知LV9 索敵LV9 看破LV9 大地の理LV9 孤軍 身体技能制限解除

 称号:戦乱に存在するもの

 闘争の化身。存在するだけで人を戦いへと誘い狂乱の渦を創り出す→

 異層空間のリソース作用により統率個体として固定され弱体化している→』


 芸術のように極まった筋肉質な体に六本腕。浅黒い肌に白髪の姿。

 腕さえ二本なら、人にしか見えないだろう。ましてそのうちに秘める力を抑え込んでいるのだから。


「ここに来た以上、目的は儂の命という事でよいかの」

「正確には、この空間を消滅させることが目的ですが、その通りです」

「ふむ……お主、相当やるな。隣のお嬢ちゃんも中々だが、お主は次元が違う。千や二千の時の研鑽ではない。万、いやもっと遠いか……」

「なに言ってるの?信也は十五歳だよ」

「それは見てくれだけの話じゃ。仮に肉体が十五歳であるのなら、こいつは神の化身か、それに準じるものじゃろうて」


「……その話長くなりますかね?あまり話して情が湧くのも嫌なんですが。ただでさえあなたは人に近い」

「儂を人と呼称するなど、面白いのぉ……まあ同意見じゃ…では、やるか」


 人の形をした怪物が本性を現し、闘気が溢れ出す。

 空気が震え、肌に刺すような威圧が突き刺さる。間違いなく今まで会った中で最も強い統率個体だ。


 琴羽は槍を構え、僕も始めからマサムネを抜く。


「琴羽、あいつは近接戦では君の遥か上位互換だ。まともにやり合ったらすぐ死ぬよ」

「分かった。信也的にはどうなの」

「余裕だよ」


 僕の言葉と共にアスラが踏み込む。僕もそれに合わせるように接近した。

 お互いのスピードによって一瞬で距離が詰り、拳が振るわれ、刀が翻る。

 刀の腹を腕の一本によって弾かれ、残り5本の腕が殺到する。

 手数が違いすぎる。拳の一つに向けて蹴りを放ち、その威力によって距離を離した。

 足に痛みと痺れが走った。

 他の怪物たちと同じだ。人でない故に、俊敏や頑強の技能の恩恵が人の比ではない。


「シッ!」


 琴羽の槍がアスラに向かうが、拳で容易にいなされる。

 だが槍という得物の間合いによって、僕にしたような拳のカウンターは返ってこない。

 僕は白鷺を抜き、二刀流で手数を増やすように剣戟をアスラに浴びせかけた。

 

 アスラの拳は恐ろしく硬い。それだけでなく刀に対して刃筋を通させない絶妙な立ち回りをしている。

 ここまで卓越した技量を持つ怪物は初めてだ。


「これならどうじゃっ」


 アスラが半歩下がりすべての腕で地面を殴りつける。

 いきなり足元の地面から鋭い岩が飛び出し僕らへと殺到した。


 僕が刀で弾き、琴羽も槍で凌ぐがいくつか当たってしまっていた。

 事前にかけておいた守護の力が働き、青い光が彼女の体を守る。

 次の攻撃を防ぐため、また接近しアスラの拳と刀を交える。


「楽しいのう、小僧っ!貴様の技量は人にしておくには惜しいっ」

「それはどうもっ」


 やり辛くなるから話しかけないでほしい。

 刀と拳の激しい削り合いに、アスラの腕から血が舞い、僕の体に付着する。


「なんと出鱈目な剣じゃ、碌に刃筋を立てずに傷付けられるなど。この身は悪魔の刃さえ防ぐというのに」

『俺っちを悪魔程度と一緒にすんじゃねえよっ』


 僅かずつしか相手にダメージを与えられない。大振りすれば拳の餌食にされる。

 それにこうも膠着状態で一方的にダメージを与えているのに相手に余裕がありすぎる。その気になれば僕の速度を優に上回れるという自信が感じられた。


 琴羽は槍の穂先に炎を収束させ、相手に向かって鋭く突きを放った。

 拳で合わせたアスラに槍が深々と刺さり傷口から炎が広がっていく。


「ほお、面妖な技を。この腕は駄目じゃな」


 アスラは一度後ろに大きく飛び、僕らから距離を取る。

 焼かれた腕を躊躇なくもぎ取り、後ろへ放り投げた。傷口からは血がボタボタと零れ落ちている。明らかに傷口を広げる行為だ。

 アスラは負傷の痛みを感じていない。怪我なんてないような振る舞いだった。

 

「もぐ必要は、なかったんじゃないの?」

「さてのう、それは今からわかることじゃ」


 アスラが再び踏み込み接近してきた。最初より遥かに速い。

 反応できなかった琴羽を守るように間に入る。ぶつかったマサムネと拳が凄まじい音を響かせた。衝撃が体を突き抜け、足がたたらを踏んだ。

 腕を失って明らかに強くなっている。


「儂は戦うほど、傷つくほど、死に瀕するほど強くなる、どこまで儂に食らいつけるかのうっ」


 用途不明の技能、孤軍の力か。

 腕一つでこれなら、いったいどれほどの強さになるというのか。

 僕もギアをもう一段階上げる。様子見をしていては致命的な一撃を受けかねない。

 二刀でもって、互いの隙を潰すように連撃を叩き込む。


 琴羽も自身の限界に挑むように激しい槍捌きでもって食らいつくが、ただでさえ身体能力の離れた相手だ。

 

「遅いっ!」

「くっ!?」


 僅かに出来た隙をつかれて、槍の内側に踏み込み、コンパクトな掌底で胸部を殴り飛ばされる。

 守護の光が今度こそ砕け散り、あわや奈落に落とされる寸前の場所まで転がされた。心臓がいやに跳ねる。

 

「相方を気にしていている場合かのおぉっ」


 眼前に拳が迫っていた。これに当たれば間違いなく僕の頭蓋骨は砕け散る。

 脚の力を抜くようにしゃがみ、鞭のようにアスラに足払いを掛け、返す刀で切り裂こうとするが残りの腕が邪魔で刃が通らない。

 僕は一度後ろに飛んで距離を取った。

 アスラが腕を引きちぎってからずっと強くなり続けている。

 止血もせず血を流し続けているからだ。

 

「若いの、逃げ回れば防ぐことすらできなくなるぞ」

「そうみたいだね」


 琴羽が立ち上がるのが視界の隅に移る。どうやら怪我らしい怪我もないようだ。


『相棒、そろそろいいんじゃねえか?』

「……琴羽っ、まだやれるかっ!」

「あったりまえでしょっ!あと10本は腕を引きちぎってやるよっ!!守護の光よ、ボクを守れっ」


 そんなに生えてない。


「炎の槍よ、ぶち抜けろっ!」


 新たに守護を張り直した琴羽は撃ち放った炎の槍と共に疾走し、アスラに向けて襲い掛かる。

 炎の槍を拳で防いだアスラだったが、想定外の力だったのか体が吹き飛び、拳の一つを破壊された。

 そこに琴羽の槍が襲い掛かるが、更に速さを増した残りの4本の腕で対処され、子どものようにあしらわれる。

 今までの琴羽ではアスラに勝てない。だが戦いは拮抗していた。


 体には守護の光が宿り、最小限にダメージを抑えられている。

 時折放つ生命術の炎による攻撃で相手に決定打を与えさせない。寧ろ琴羽が相手にダメージを与えていた。

 

 真に生命術と槍が攻防一体を築こうとしていた。


「戦い方を変えて来たか、面白いっ!」


 アスラが驚きを表情に浮かべながらも、冷静に攻撃を捌く。

 琴羽はその余裕を超えるように、槍に灼熱の炎を宿らせ、奴の体に打ち込んだ。


「見え透いた手を…」

「どっせいっ!」


 掛け声とともに、逆巻く炎が琴羽を中心に巻き起こり、一瞬隠された視界から、同じ色の炎を纏った槍が突き出された。

 攻撃を見失ったアスラはギリギリガードが間に合ったが、一本の腕が槍に貫かれ焼き飛ばされていた。

 

「火尖っ!!」

 

 さらに同時に放たれた火尖によってもう一本も破壊され、体も続く爆発に飲まれ大きく抉られた。

 さしものアスラも大ダメージを受け、余裕が崩れる。

 

 だが代償は大きかった。体を大きく欠損させた所為でアスラの力が目に見えて上がる。

 爆炎で崩された体勢を瞬時に立て直し、まだ攻撃の隙が解けていない琴羽に拳が向けられた。

 空気を破るような速度で迫るそれは、もはや琴羽ではとらえられない。

 かけ直したばかりの守護が拳の一撃で割れ、琴羽の体が奈落に向かって吹き飛ばされる。

 咄嗟に方向を予測した僕は琴羽の体を受け止め、二人して転がりながら受け身を取った。


「ふむ、少しお嬢さんを見誤っていたようじゃ……二人掛かりなら腕をもう一本取られていたかもしれないが、お主は何をしておるのだ」


 夥しい血を流しながらも、倒れた僕たちに追撃をすることなく余裕をもって見下しているアスラ。

 もう勝負がついたような態度だった。

 僕は琴羽の前に立ち、アスラと対峙する。


「なにも。強いて言えばあなたが琴羽の鍛錬におあつらえ向きだと思って、観戦させてもらってたんだ」

「くっくっく……何を言い出すかと思えば。お主の技量は確かに脅威じゃが、身体能力で言えばお嬢さんの方が優れておるではないか。今の隔絶した身体能力を持つ儂に、お主の技量が通用するとでも…」


『もうなんか哀れだな……』


 マサムネのその呟きにアスラが訝しむ。


「なに?そこの刀、儂を憐れんでおるのか」

『そりゃそうだろ。あんたは確かにつえぇが、傷によって得られた力も所詮はその程度なんだからな』

「クカカカッ…所詮鉄屑。お前は担い手共々、原型残らず叩き折ってやるわい。覚悟しておれよ……」


 アスラの顔が怒りに歪み、闘気が可視化するほど吹き上がった。足場までもそれに呼応するように揺れ、奈落から歓声のようにうめき声が聞こえてくる。


「それは困る。だから今からはちゃんと戦うよ」


 僕はこの異層空間に来て初めて、マサムネから力の供給を受けた。

 淡く白い光を体に纏い、人外の身体能力が体に宿る。

 一歩踏み込み、アスラとの距離をゼロにした。


「はっ?」


 目の前に僕を見失っていたアスラの間の抜けた顔が映り、瞬時に強張った。

 現実を受け止め、何かしら行動を移そうとしたのか、それは僕には分からない。

 アスラの命はもう終わっているから。


 叩き込んだ幾百の斬撃が現実に追い付き、アスラの体は全身細切れに切り裂かれ、残骸が黒い炎に巻かれた。

 砕けた黄色い石が虚しく足元に転がる。

 

 余りにも呆気ない統率個体の最後。

 相手が弱かった訳ではない、相手との相性が良すぎたのだ。

 マサムネを持つ僕と、ただ身体能力に特化した統率個体なんて。


 戦いを終えて琴羽の元に行けば、体操座りでいじけていた。


「ボクのプライドはボロボロだよ。ワザとだよね、ボクの心を傷付けるためにわざとやってるよね」

「違うって。死線でしか得られない経験もある。相手も強かったし琴羽も技能と関係ない部分の強さがしっかり磨かれてたよ。最後の攻防は本当に良かった」

「……えへへ……そうかな?」

「うん、目指すべき点が見えた感じがした」

「ボクもそう思う。確かに信也との手合わせじゃ、あそこまで派手にやれないから丁度いい相手だったかも」


 よし、言いくるめ成功。まあほとんど事実だし問題ない。

 今回は僕が石の欠片と、落ちてた物品を拾い上げる。

 物品については今までとちょっと違うものが出てきた。

 楽しみを共有するためここでステータス閲覧はしないでおいた。



 異層空間が消滅し、僕は緊張を解こうとしたがそれは早計だった。

 一瞬の浮遊感を味わい、何故か琴羽が遠くの岸に着地しているのが辛うじて見えた。


 ならば僕は何処にいるのだと考えたところで、ドボンと水の中に叩き落され装備の重さの所為でそのまま沈む。


 懐かしい感覚共に僕は悟った。ガンジス川のど真ん中に落としやがったぞコノヤロー。


 許すまじ、上位観測者、許すまじ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『カバーストーリ―:技能 孤軍』

 

 

 条件によって身体能力を強化するユニーク技能。

 自陣の人数が少なく、敵陣の人数が多いほど、回復力、頑強さが上昇する。

 体が傷付くほど、速度と腕力が上昇する。

 相手が強いほど、戦闘技能が上昇する。

  

 致命傷を負った時、死に至るまでの間、生命を削り驚異的な身体能力を発揮する。

 この力は即死した場合には発動することはない。


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