第11話 side奏 少年の家族
あの子たちが旅立ってから食事時の賑やかさがどこか遠いもののように思える。
遠い空の下でも、連日のニュースで元気なことは分かるけど、寂しさを埋められるほどではない。
休日の今日も、昨日のベトナムの異層空間の消滅のニュースが流れている。
難易度は75日。人間が相手の出来る次元を超えた力を持つ怪物たちを二人がねじ伏せている。
琴羽も随分と強くなってしまった。
信也君は自分ばかりでなく誰かの才能を伸ばすことにも類まれな技量を持っている。
あのフランスのマーレという女性も、彼に見出されて他の試練資格者より頭一つ抜け出そうとしているそうだ。
それに彼女の顔はどう見ても信也君を男性として意識している。
信也君は純粋だし欠片も下心なんてないんだけど、行動の全部が魅力的すぎて勝手に女の子の方から好かれている。特に同年代に近いほどその傾向が激しい。
この分だと行く先々で惚れられているのではないだろうか。娘とは別の意味で心配になってしまう。
ニュース速報が入り、台湾の異層空間の消滅が確認された。
これも信也君たちが行ったようだ。
「アジア圏で残すのはインドだけか。本当に怒涛の勢いだったな。二人とも日本にいたときより強くなっているように見える」
「実際その通りよ。琴羽もそうだし信也君も伸びてるわ。マサムネさんを持ってないと琴羽みたいな超人のような身体能力は発揮できないけど、技量においての伸びが、というよりは本来の技量に体が付いてこれるようになっているのかしら?少し不自然な伸び方なのよね」
「俺にはその辺り分からんが、強くなって安全なら良いことなんだろ」
主人は元スポーツマンだけど、武術にはまるで関心はない。
本人はルール上で競い合うのは好きだが、本気で傷付け合うのは苦手なんだそうだ。
信也君の技量の伸び方は、一度怪我をして引退した人間がまた体を鍛え始めたような伸び方をしている。
私の思い過ごしだろうけど、不思議に思ってしまう。
主人の車に乗り、今日は約束を果たすためにある場所まで向かう。
青野家へ信也君に頼まれた荷物を届けるためだ。
物品の貴重性と、私自身確かめたいこともあり直接出向くことにした。
連絡した時、あちらの家は単純に私が日原琴羽の母であることしか知らず、信也君が滞在していたことは知らない様子だった。
家の玄関につきチャイムを鳴らせば年若い女性が出迎えてくれた。
年齢を感じさせない女性で、誰からも羨まれるかのような美しさを持っている。
この人が信也君の母親。
顔は似ておらず、信也君を感じられるものは何一つない。
「ようこそ、日原さん。青野紀子と申します」
「お邪魔します、紀子さん。日原奏です」
客間に通され、彼女と対面する。
隣には彼女の夫らしき人がいるが、この人物からも信也君の面影は感じない。
名前を敏夫と名乗った。
「本日はお招きいただき有難うございました」
「いえ……それで電話口では言いにくい要件とのことでしたが」
「そうですね、早速その要件を済ませましょう。この家に青野莉々さんという女の子はいますか?」
「ええ、末の娘ですが……」
「申し訳ございませんが、直接お渡したいものがあります。難しいようでしたら箱を渡してもらうだけでもいいですが」
紀子さんは困惑した様子だったが、敏夫さんに促されて莉々さんを連れて来た。
明らかに怯えていて目も合わせない様子を見て、対人に難があることは見て取れた。
それにしても美しい少女だ。
短所はなく、両親の長所を全て取り込んで昇華したような優れた容姿をしている。
言葉に出来ない人を惹きつける何かを持っていた。
それに何処となく彼女の纏う雰囲気が……。
主人が目を奪われていたので肘打ちを脇腹に突き刺しておいた。
私は素知らぬ顔で、持参したアタッシュケースに厳重にしまわれた宝石箱を机の上に取り出す。
「紀子さん、今からお渡しする物は特別な品です。その価値は金銭で売り買いできる代物ではありません。管理には気を付けてください」
取り出した宝石箱を開け中身を見せる。
トパーズの付いた羽根模様の髪飾り、数十億円の宝石と比べても全く見劣りしない輝きがこの場の人間を魅了する。
「反転の兆しという髪飾りです。邪なものから身を守り、身に着けたもののマイナス技能を治療することの出来る品だそうで、ぜひ莉々さんにと預かりました」
「まさか奏さんが預かったという事は……信也がこれを?」
「はい、娘と行動していますし、私どもはこの手の物品の輸送に伝手がありましたので。莉々さん、手に取ってみてください」
おっかなびっくりといったように、私の言葉に反応してその髪飾りを手に取る。
何かに反応するようにトパーズの光が瞬いた。
この反応を見るに、どうやら本当にマイナス技能によって悪影響を受けているようだ。
「それはもう、あなたのものです。いいお兄さんを持ちましたね」
髪飾りを胸に抱き、ぽろぽろと涙を流しながら頷く莉々さんを見て、この少女は信也君を嫌ってはいないように見えた。心から思っているとすら感じられる。
彼に僅かでも救いがあったことが確認できてよかった。
「それではこれで帰ります。お騒がせしました」
正直な話をするなら、この家の内情を知りたい気持ちはある。
けれど信也君に黙ってそれを行うのは駄目だろう。
下手な好奇心が湧かないうちに帰ることを選択した。
莉々さんのことを話すだけで信也君はきっと安心するだろう。彼はそういう男の子だ。
「待ってくださいっ、奏さんは信也と会ったことがあるんですか?あの子はどうしていましたか」
「家に帰ることの出来ない彼を滞在させたことはあります。あまり私の口から話したい内容ではありませんし、彼の気持ちを代弁などできませんので」
冷たく言い放てば紀子さんは口を噤む。
何を今更。まさか髪飾りの価値に目がくらんだというの。
だったら本当に救われない。信也君の思いの一欠けらだって向けられる価値はない。
「では、これで」
私はその家を後にした。
玄関を出てゆっくりと息を吐く。
熱を持った吐息が吐き出されて、少し胸の中のムカムカが取れた。
「いつ爆発するか冷や冷やした」
「私も昔ほどヤンチャじゃないわよ。それに私が幾ら不満を言っても、それはただの八つ当たりでしかないわ」
「そうだな。にしてもあの莉々ちゃんって子は凄まじい美少女だったな。成長したら絶世の美女にな……」
私は主人の足を踏みつけお腹に拳をねじ込んだ。苦悶の表情で顔色を白くさせている。
人様の玄関の前で何をしているのだろうか。
自制をしつつ道路に出れば、丁度この家に向かって来る三人の女の子がいた。
顔が紀子さんに似ている子がいたことから娘さんだろう。
後の二人は双子のようだ。三人とも相当な美少女だった。本当にここは美形の家系のようだ。
私は会釈をしてすれ違ったが、声を掛けられた。
声を掛けてきたのは特に紀子さん似の女の子で、この中で一番年長に見える。
「あの、もしかして日原さん、琴羽さんのお母様ですか?」
「……ええ、そうよ。よく分かったわね。そこで蹲っているのが私の主人。ちょっとした持病でお腹が痛くなっているだけだから気にしないでね、直ぐに治るから」
「はあ……今日はどういったご用件で家に?」
「お届け物よ。娘に頼まれてね」
少女たちから困惑が浮かんでいる。そう言われても心当たりなんてないだろう。
また怒りが再燃しないうちにさっさと退散することにする。
「もしかして、兄からのものだったりしますか?」
双子の、赤いリボンを付けた少女が私に質問してくる。
「そうね、そう聞いているわ。莉々さんに渡してくれと頼まれたの」
「春香の次は莉々かぁ……依怙贔屓だ。私まだ何にも貰ってない」
「萌香は一番凄いもの貰ったと思うけどなあ。試練資格の代わりなんて、誰がなってくれると思う?」
「なら私が一番何もないわね……」
……嫌な話を聞いてしまった。
まことしやかには噂は流れていたし、私は確かめることはしなかったけど、信也君が元々試練資格者でなかったのは事実のようだ。
確かに彼なら家族に試練資格者がいたら代わるくらい躊躇なくしてしまうだろう。
そんな相手にすら嫌われていると思うなんて。
あれだけ信也君を傷付けておいて、何も思うところのなさそうに話す彼女たちを見て、言い知れぬ不快感がぽつぽつと湧いて出てくる。
あのメールでどれだけ彼が傷付いたのか分かっているのだろうか、この家族がそこまで苦しんでいるなんてとても見えない。だったらあれは何だったというのか。
どこまでも、どこまでも、世界は彼にとって優しくない。
主人も起き上がり、今の話を聞いて何とも言えない顔をしていた。
「……私たちは帰るから。それじゃあね」
「呼び止めてすいません。失礼します」
私たちは車に乗り込み、移動を始めた。
閑散とした住宅街を通り抜けていく。
「探りを入れた方が良かったのかもしれないな」
「それは許されないわよ。いくら心配からくる行動でも、そんなことを勝手にされたら不快になるでしょう」
「確かにそうだが……」
「それに私はあの人たちがどんなことを考えていようと、特に気にしないことにしたわ」
「何故だ、あのメールの件だけでも……」
「いらないでしょ、アレ」
主人がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
事故を起こすといけないから運転に集中してほしいのだけど。
「もうアレと関わり合うのはこれっきりよ。あのメールが事実か事実じゃないか、そんなことどうでもいいわ。信也君が気に掛けるだけの価値があると思う?」
「それは結論が過ぎるんじゃないか?」
「メール以前に、あなただってあの場にいたんでしょ、家から追い出されて帰る場所をなくしていたのよ。それは疑いようもない事実よ。あの時点で信也君を捨てたのよ、アレは」
吐き出したはずの熱がまた湧き上がってくる。
不快だった、ただひたすらに。同じ母親だなんて思いたくもない。
両親の顔も、子どもの顔も見た。
似ていない、血なんて繋がっていない。赤の他人だ。だからあんな簡単に捨てようとした。
私だったらそんなことしない。どうして、よく頑張ったと褒めてあげなかったの。
「もう信也君はうちの子だし、関わらせるべきではないわよね」
「……奏がそう考えるなら尊重するよ。勿論、信也君が望めばな」
「大丈夫よ、そんなことないから」
ああ、二人とも早く帰ってこないかしら。
きっと沢山おみあげ話があるに違いない。
窓の外に見える空に向かって、二人の旅の無事を祈った。




