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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 世界縦断
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第9話 奈落の受胎とバエル



『勃発、日仏の戦い』


『天竜殺し、水の乙女とただならぬ関係に。フランスに帰化を希望か』


『ウンディーネドレス、時価40億ユーロと発表』


 ホテルの近くで朝食を食べていると、そんな見出しの記事の新聞が販売されていた。

 何事かと思い読んでみたが、最初の記事が下らな過ぎて途中でやめた。

 

 僕を巡ってマーレさんと琴羽が争っているというゴシップだった。

 僕ばかりでなく二人への風評被害が酷い。

 琴羽は興味を持ったが、イタリア語が分からないようで読むのを諦めた。何となく内容を察しているのか眉を顰めている。

 読んでも気分悪くなるだろうから読まないが正解だろう。

 今日は英気を養う日だ。のんびりと過ごしたい。

 

「信也、偶然ねっ」


 朝も早い時間、イタリアの街の片隅の落ち着いたカフェ。

 軽くだが変装だってしているのに、あっさりバレた。


「そんな偶然会って堪るか、ストーカー!」

「あら、あなたいたの?根暗さんだったかしら」


 琴羽が立ち上がり相手にガンを飛ばした。またしても現れたマーレさん。煽りよる。

 僕は甘めの朝食を紅茶で流し込み、空を仰いだ。

 今日は精神的に休めるのかなと。


『モグモグ、主様、最近良くお空を見ていますね?』

『はは、気持ちが落ち着くからね……はぁ……』



 朝食の後、二人に連れ回されながらも、それなりに息抜きの出来た次の日、いよいよヨーロッパ圏の最後にして最大の異層空間に挑む。

 これさえ消滅できればヨーロッパは救われる。逆にこれを消滅できなかった場合、ユーラシア大陸西側は壊滅する。

 ここを消滅させない限り、71もの異層空間を消滅させた努力が無に返るのだ。

 今までの難易度を遥かに超える試練に僕も覚悟を決める。


 辿り着いたのはバチカン市国の外縁だ。

 あまりにも巨大な黒い球体が国を覆い、国土を越えて侵食している。

 僕はそこに歩みを進めながら声を掛けた。


「さて、今回は頼らせてもらうよ、マサムネ」

『漸く俺っちの出番か、待ちくたびれて錆びちまうところだったぜ』


 今日はマサムネを背中ではなく小狐丸と一緒に腰に帯びている。白鷺はお留守番だ。


「さて、どんな奴が出てくるのかな」


 琴羽の呟き通り、この異層空間の統率個体の情報はない。

 ただ一点、ベリエルの鱗の耐性は相手の能力を予想して変えている。

 戦いのさなかに耐性を切り替えるような余裕はないから、これが外れていたら厳しい戦いがさらに過酷になるだろう。

 

 異層空間の手前に人々が集まっている。

 マーレさん、そして他にも顔を知っている人たちがいる。フランスで出会った試練資格者たちだ。

 装備で身を固めていることから、他の人達も全員試練資格者のようだ。


「信也、私たちも……」

『胸のでけぇ姉ちゃん、心意気は買うが引いてくれや。あんたらじゃあ足手まといにしかならねぇ。俺っちが保証してやる』


 僕の言い辛いことをマサムネが代わりに言ってくれる。いつも思うけど、僕よりマサムネの方が余程優しい。口は悪いけど。

 彼らはその言葉を受けて大人しく身を引く。マーレさんは唇を噛んで悔しそうにしていた。


 それでいい。命は大切にしないといけない。

 今は駄目でも、次はもっと強くなっているかもしれない。

 彼らの命の使い処はここではない。

 僕と琴羽は二人で球体に触れられる位置まで来た。


「信也、ボクは君を守るよ。そのためにここにいる」

「なら僕は琴羽を守る。そうすればどっちも助かる」


 琴羽は可笑しそうに笑って、僕の肩に手を置いて、目を瞑って額をくっ付けてきた。

 キスでもされるかと思ってちょっとビックリした。

 琴羽は誰にも聞かれないように小さ囁く。


「……ボクって迷惑じゃないかな」

「それはない。一人で走り続けてきた僕に追いついてくれたのは琴羽だ。君のことを頼りにしてる」

「えへへ……ならご褒美は期待しようかな」

「あげないから。あと何回戦うと思ってるの。その度に要求されたらたまらないよ。第一僕だって戦うから無効だ」

「残念……それじゃあ」

「ああ、行こう」


 琴羽が額を外して体を異層空間へと向ける。

 僕もそれに倣って体を翻した。

 二人で中へと入り、リソース交換の間を抜けて異層空間、バエルへと侵入した。




 強い雨と風にさらされる緑、背の高い草の生い茂る大地。

 大型台風が直撃したかのような天候だ。これでは距離が離れれば会話が困難になる。


『空に物凄く大きな気配なのです。わたくしたちのことを見下ろしていますです』

『へっ、高みの見物たあふてぇ野郎だ。いっちょ引きずり降ろしてやるのが情けってもんよ』

『もんよなのですっ』


 外套のフードの中で、テンマが拳を振り上げる。

 仲いいなあ。箱庭時代を知る身としては苦笑が漏れてしまう。

 全身にマサムネから供給された力を循環し、強化していく。

 肉体の耐えられる力の上限は天竜戦より上がっている。白い光が薄く蒸気のように立ち上る。


「相手は空にいるようだ。作戦通り行くよ」


 僕は琴羽に振り返りジェスチャーをして相手の位置を伝える。琴羽は頷き「守護よ」と言葉を紡いだ。僕の体と琴羽の体が一瞬青く輝く。


 その時、背後に殺気を感じ、勘でマサムネを振り被る。

 光と共に轟音が響き、刀を通じて全身に衝撃が走った。


 雷だ。明らかに僕らを狙って飛んできた。

 バチバチと体を巡りオゾン臭が漂うが、直ぐに風に吹かれて消えた。


「今の、守護有りなら即死はしないだろうが、割と危ない一撃だな」

「うん、でもこれなら…」

「ああ、作戦に変更無し、手筈通りに」

「オッケー!」


 僕は足元のこぶし大の石を拾い上げて真っすぐ走り出した。

 琴羽は僕と別方向に走り出す。

 石を敵のいる方向に向かって超人の身体能力で投擲する。風を突き破り相手の方に向かったが、何かに阻まれたように弾かれた。

 空間を支配する存在の敵意が、こちらに向いているのが分かる。


『姿が見えないのです。いる場所ははっきりしていますが、何か膜のようなものに覆われているみたいです……』

『みたいだね。でもこれでいい』

『さてさて、手下どもがお出でなすったようだぜ』


 青く茂る大地には、先ほどまで何もいなかったはずだけど、周囲の風、水、土、草木が何らかの形を成していく。


『一体一体強いのです。あの水霊より強いのもいるのです。鬼さんより強い気配はないのですっ』

『了解っ』


 その程度の強さなら、マサムネに力を供給され続けている僕や、人を超え、さらに成長を続けている琴羽の相手にはならない。

 一刀もとに配下を両断して切り刻む。

 手下をどれだけ倒そうがその分蘇るだろう。

 ただ力が強いせいかすぐさま蘇る気配がない。


『仕掛けるか、相棒?』

「ああ、勿論」


 小狐丸の鯉口を切り、刀の切っ先を統率個体へと向ければ、奴の手前に結晶の塊が発生した。

 それに向けて全力で飛び上がる。


 嵐を突き抜け接近して分かったが、奴は水の膜のようなものに覆われていた。

 飛び立った先に設置していた結晶を足場にして踏み込み、膜に向かって水平に刀を薙ぎ払う。

 水の膜が分かたれ、シャボン玉のように弾けた。


 そして、青い稲妻を両手に宿した巨大な老人がそこにいた。

 青白い肌、髭を蓄え貫禄と悪辣さの垣間見える威容。

 統率個体の姿を観察する間もなく視界が青白い光に焼かれ、体が雷の放流に飲み込まれる。

 咄嗟に間に挟んだマサムネを貫通し体に痺れと痛みが走る。

 ぬかるんだ泥の中に滑るように落下し全身が打ち付けられた。体中に痛みが走るが、骨は無事だ。草木と泥がクッションになってくれたみたいだ。


『相棒っ、平気か!?』

『ああ、危なかった……鱗の耐性を雷光耐性に変えておいてよかったよ。でも今ので守護が剥がされた』


 唯一はっきりと分かっていた異層空間の特徴である嵐。その中で一番厄介だろう雷に対して天竜の真鱗に雷光耐性を付与した。

 しかし耐性を貫通するほどのダメージを与えてくるなんて。嵐により常に体を濡らされている影響も大きい。よく考えられている。


『バエル 男 100歳

 関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:高揚

 技能:生命術LV20 精神術LV10 守護LV10 生命強化LV9 精神強化LV9 嵐の理LV15 眷属強化 特殊技能制限解除

 称号:異形の王冠

 数多の術を操る悪魔。強力な眷属を使役し戦う。

 バエルの存在する場所は嵐が吹き荒れ生命を衰弱させる→

 異層空間のリソース作用により統率個体として固定され弱体化している→』


 老人の周囲に風や雨が逆巻くように集まり出す。

 巨大な竜巻が発生し、僕に向かってくる。

 僕にそれを打ち消す術はない。全力で駆け出し竜巻から遠ざかろうと疾走する。


 その間にもバエルの掌に青白い光が宿り、バチバチと膨らんでいく。

 弧を描くように移動し、前方に飛び上がり、結晶を作り出してさらに高く飛ぶ。

 接近する僕に向けて雷が襲い掛かるが、それより前に結晶を蹴り上げ躱す。

 雷が速くても動作さえ見えていれば先読みで躱し切れる。

 

 前、左、後ろと結晶を作り出し、それを足場として飛び渡り、奴の視界から逃れ、バエルを背後から強襲する。

 肩にマサムネの刃が入るが、瞬間バエルの体が青く輝き、それが砕け散った。

 マサムネから木の棒で粘土でも叩いたような感触が返ってくるだけだった。

 守護によって勢いを殺された斬撃は、浅く切り裂くに留まり殆どダメージを与えられていない。

 

「貴様ああああああっ」


 今まで喋らなかったバエルの叫びと共に、風が逆巻き爆発する。

 無防備にそれを浴びてしまい高々と体が舞い上がった。

 バエルの姿がまた水の膜の中に消えていく。


 僕は結晶を足場に、何度かとび勢いを殺して地面に着地した。

 そこに狙い澄ましたかのように水の槍が降り注ぐ。

 配下の眷属たちが復活して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 マサムネで弾くが水の質量を全ては捌けない。水に流され泥の中に転がされる。

 なんとも泥臭い戦いというか、まあ泥だらけだから正解だけど。


『テンマ大丈夫?』

『わたくしは特別製なので、へっちゃらなのです』

『テンマちゃんマジで頑丈だよな』


『相棒が直撃を全部防いでるのが大きいが』とマサムネが僕にだけ聞こえる声で囁いた。


 バレてら。首のあたりの攻撃だから防いでも不自然ではないから気付かないと思ってた。

 雷に関してはテンマに鱗を持ってもらっているから、最も強く耐性が掛かっているのでまず通らない。

 

『で、どうするんだ相棒、奴さん中々手強いぜ。天竜の王者みたいな強さじゃなく、狡猾で陰湿、自分の能力を上手く使いやがる。ジワジワ削られるのは面白くねえが、正面切って戦うにゃあ崩壊覚悟で打って出る羽目になるぞ』


 遠くで火の矢が走り、バエルの水の膜に当たる。その数は3本。

 配下が火の矢の発生したであろう場所に向かって集まっている。


「どうやらあっちの準備が終わったみたいだ」


 僕はマサムネを肩に担ぎ、供給された力をコントロールし研ぎ澄ませた。

 マサムネの切っ先の延長線上に、白色の力を刃として伸ばす。

 手に持つ刀は、3mを越える白色の刃となる。

 体の白い光は炎となり体を包む。崩壊の僅か手前の、最大出力による身体強化。


『相棒、注意しろよ。それが今の相棒の限界値だ。無理すれば1分と経たず肉体が崩壊を始めるぜ』

「ああ、分かってる。いくぞ、マサムネっ」


 踏み込みによって地面が波打ち、体が嵐を突き破り天へと運ばれる。

 バエルの水の膜の手前まで飛び上がり斬撃を放つ。

 水の膜を易易と弾き飛ばし、さらに刃はバエルにぶつかるが、青い光に阻まれダメージを与えるまでにいかない。

 今の一瞬の攻防で自分の中の生命がガクッと減ったのを感じる。

 水の膜も守護も最初とは比べ物にならないほど力を込めていたみたいだ。

 その万全の守りが一撃で削られたことに、バエルは驚愕に目を見開き僕を見るが、その態度とは裏腹に周囲の風が僕を狙うように収束している。


 また風で吹き飛ばすつもりだろう。

 だけど二度はくらわない。結晶で足場を作りさらに高く、上空に跳んだ。

 バエルはニヤリと笑い、風と雷を両手に収束し始める。

 奇しくもそれは天竜の生命術と同じもの。嵐の力を宿した巨大な球体が発生する。

 あんなものが直撃すれば耐性があってもただでは済まない。


「火尖っ」


 地上から茜色の火の槍が熱線のように射出され、バエルの体を捉えようと迫る。

 だが直前に張られた四角一面の水の膜によって阻まれ、遅れて生じた爆炎もバエルには届かない。

 バエルは琴羽に構わず、僕へ攻撃しようと術を発動しようとした。


「お前は僕のコンビを舐めすぎだ」


 僕の言葉に答えを返すように、水の膜を易々と貫通し、バエルのわき腹に深々と炎の槍が突き刺さる。

 先ほどとは比べ物にならないほど破壊力を上げられた火尖。

 戦いが始まってから、ずっと生命を練り続けた乾坤一擲の術。

 初めの一撃は火尖とは名ばかりの、本命を隠す目くらましだ。

 バエルの肉体に刺さった火尖は力を開放し、その半身が爆炎に飲み込まれた。

 青い守護の光が砕け、わき腹を中心に肉体が欠損し広範囲の皮膚が焼き爛れている。


「があああ、地を這う虫けらがああっ!!」


 怒りを露わにしたバエルが地上に手を向ける。

 させて堪るかっ。

 頭上に結晶を作り出し、体を反転させその結晶を踏み込んだ。

 空から落ちる雷のようにバエルに向かう。


 バエルの頭部にマサムネが食い込み、その身を引き裂きながら胸まで向かうが、マサムネに込められた力が、石の僅か手前で消え失せる。

 しかし胸の石は健在でも、これで奴は。


「詰めを見誤ったなっ、小僧おおお!!」


 頭部が裂けているバエルからバチバチと青い雷が走り、僕に襲い掛かってくる。

 全身に雷撃を浴び煙が吹きでる。

 衝撃で体が吹き飛び、突き刺さったままのマサムネから手が離れた。

 

「それはお前だっ」

『相棒っ!』


 雷撃によって吹き飛ばされる直前、バエルに刺さったマサムネから力を吸い上げ、強引な力の供給に体が悲鳴を上げていた。

 雷撃とは別の白い煙が上がり、全身に強烈な痛みが走る。

 滅茶苦茶痛いが、丁度いい気付けだっ。

 

 吹き飛ばされた背後に結晶を発生させ、体勢を立て直し足場とする。

 白色の力を全身に巡らせ、子狐丸を両手で構え足に力を籠める。

 奴もここに来て待ちはしない。激しい雷を迸らせ両手を向けてきた。


「守護よ、信也を守って!!」


 全身に強い青い光が宿る。

 僕の体に触れようとした雷を纏った奴の手が、鮮烈な青によって弾かれ、胸の石までの道が開く。


「おおおおおおっ!!」


 今度こそ、決める。

 踏み込みによって結晶の足場が砕け散り、矢のように放たれた僕の体は、吸い込まれるように奴にぶつかり、胸の石に子狐丸を突き立てた。

 ぶつかった瞬間、両腕がぐしゃりと音を漏らし、バエルから弾き出されて天地も分からないまま空から落下した。

 泥の地面に強くぶつかり肋骨が砕けたのが分かる。衝撃は感じたが、痛みはない。


 ジワジワと漏れ出る液体の感触と、遠ざかって行く意識。どうやら、やり過ぎたみたいだ。

 マサムネの最後の力の供給は不味かった。

 体の崩壊はしていないが、全身が内側からズタズタになっている。

 マサムネを手放した状態だと、力のコントロールに難ありだ…。

 

 

 力が抜け、意識が暗闇に落ちていくのが分かる。

 バエルは…どうなった。倒せた、のか。下手糞な強化の所為で、手の感覚が曖昧過ぎて、トドメをさせたか分からなかった。


 いや……倒せていなくても、琴羽は万全の筈だ。

 生命術と、守護で、かなり生命を………消費しているだろうけど、ポーションを飲みさえすれば……ある程度回復できる。

 僕は、指一本動かせないから、飲むのは、無理……そうだ。


『あるじさまっ、あるじさまあああっ!』


 テンマの声に答えることが出来ず、僕は眠るように意識を落とした。


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