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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 世界縦断
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第8話 奈落の受胎とアスタロト



 アスモデウス攻略後、すぐさまイタリアに飛んで、フィレンツェに向かうこととなった。

 琴羽の悲壮感が一層凄くなってきたけど、ほとんど声を掛けられていない。

 何故か渡辺さんにやんわりと妨害されている。

 元町さんから言っても効果がないみたいだ。




 異層空間があるのはレプッブリッカ広場だった。

 うん、フランスと違いはた迷惑な位置に出来てる。

 ここでも軍服姿の人達に歓迎されてテントに案内され、戦装束に着替えて装備を取り付け外に出る。

 まだ琴羽は準備できていないようだ。


「しんやっ」


 特に懐かしくない声を聞いた。

 その人はトタトタと近付いてきてギュッとハグされる。

 女性らしすぎる膨らみが戦装束を貫通して柔らかさを伝えてくる……なんてことはなくなんか当たったかな?くらい感触がしただけだった。

 優秀だぞ、狐人族の戦装束……。

 彼女は私服のようで、香水でもふっているのか薔薇の匂いがしてくる。


「今日はどうしたんですか?ここはイタリアで、あなたはフランスの試練資格者だったはずでは」


 白を基調にした薄青のお清楚なワンピース姿のマーレさん。

 ハグを解いて、こちらにはにかむ。

 

「今日ここに信也が来るって聞いたから、会いに来ちゃった」

「試練に挑みに来たんですよ。残念ながらあまりお話なんかは……」

「いいの、私が来たくて来ただけだから。試練頑張ってねっ」


 太陽みたいにさんさんと輝く笑顔が眩しく目を細める。

 暗いものばかり見てたから余計に眩しい。他意はなさそうだし気楽に応じることにする。

 

「じゃあマーレさんのために頑張りますよ」

「も、もう……そういうのは恥ずかしいから……」


 あ、言ってしまった後にしまったと思ったが時すでに遅し、周りの人たちが囃し立ててくる。イタリアの人、フランスの人よりノリ良くない?

 ニュースを増長させるようなことを言ってしまい、巻き込んだことに申し訳なさを感じつつ、琴羽が準備を終えるのを待った。

 何故かテントから渡辺さんが出てきて僕に話しかけてくる。


「信也君、どうやら今回も日原さんは調子が良くないようです。申し訳ありませんが、異層空間はお一人で攻略してもらえませんか」


 特に問題でもなさそうに提案され、軽く困惑する。


「それ、琴羽が言ったんですか?」

「私がそう判断しました。事実ずっと気分が優れない様子でしたのよね」


 僕が元町さんに視線を向ければ、彼は頷いて僕に応じた。


「それでは僕が様子を見てきます」

「いえ、それには及びません。信也君はこのまま……」


 僕は渡辺さんに無機質な目を向けた。

 この人の動きはもう許容範囲を超えている。

 演技スイッチオン。止まれない、止まらない。


「今まで元町さんや職員の方の顔を立てて我慢していましたが、あなたに指図されるいわれはありません。琴羽は僕のパートナーです、他人に彼女の調子が悪いと言われて、何故止められなくてはいけないのですか」

「っあなたが気にするようなことではないでしょう、事実一人でも異層空間は攻略が出来ているわ」

「……あなたがそんなこと判断する立場にあるんですか?僕らは義務ではなく善意で動いていることを忘れていませんか。これ以上邪魔をするのなら、僕は日本を信用できなくなる」

「子どもが一体何を言ってるの。あなたは日本国民でしょ、自分の国のために戦う気があるなら私の意見に従いなさい」


 僕の言葉全く耳を傾ける気のない渡辺さん。

 埒があかないため、マーレさんに振り返った。


「マーレさん、僕がフランスに帰化することは可能ですか?」


 周りの空気が一気に変わる。

 ざわめきが大きくなっている。


「本来なら時間は掛かるけど、試練資格者なら超法規的措置取れるわ。信也が来てくれるなら今すぐでもフランスは大歓迎よっ」


 マーレさんの興奮が凄い。大歓喜と言った形相だ。

 そんなに利益があるのか、僕の帰化って。

 エーテル結晶三つ持ってるし、そりゃ欲しいか。

 

「だそうです。僕が今ここにいるのは、日本国民だから、日本のためだからなんて欠片も思っていない。僕はこの地に暮らす戦う力のない、戦う権利の無い人の為に戦いに来たんだ、日本政府が邪魔するなら、この場で国籍なんて捨ててやる」


 演技さん、僕の想定を超えて大言壮語を喋り出してる。内心冷や汗が出るぜ。

 どうぞ、どうぞとか言われたら引き下がれないぞ。

 まあ唯一の心残りの家族からは嫌われちゃってるけど、今回のように巻き込まれかねない試練で、物理的な距離が離れているのは嫌だな。

 

 演技モードはそんな複雑な内心などおくびにも出さず、彼女を真っすぐに見詰めていた。

 帰化するりまで言ってしまえば渡辺さんは反論もなく下を向いたので、視線を外して琴羽のテントに向かう。

 テントの中には、戦装束のまま端っこに座り込んだ彼女がいた。

 膝を抱えて顔を隠してしまっている。

 

「なにやってるの。準備が出来たら行くよ」

「……ボクって必要ないよね。信也は一人でも戦えるから」


 僕は琴羽の隣に腰を落とした。


「戦えはするけど、それだけだよ。何か渡辺さんに言われた?」

「……足手纏い、真剣さが足りない、遊びじゃないんだぞ、フランスの女に負けてる、役立たず、日本の恥、帰れ………」


 え、それ本当に言われたの?あの人ヤバすぎるよ。

 僕たちの知らないところでそこまで言っていたのか。僕は琴羽の背を撫でた。

 

「よく我慢したね。多分、僕に気を使ってたんだよね」

「あの人が来たのは元々ボクが蒔いた種だし、政府の協力を取り付けるように動いたのもボクだから。途中で機嫌損ねて、私の所為で支援を打ち切られたら、沢山の人が困ることになるかもしれない。信也が悲しむと思って……」


 あれでも試練対策室のトップから派遣された人間だ。

 上にいいように報告があげられればなんて考えてしまったのだろう。

 視野が狭くなっているともいう。

 

「それに信也はあのマーレとかいう人とイチャイチャしてるし、色々教えてるし、腕輪まであげちゃうし、抱き合ってるし、手を繋いでるし」

「……もしかして渡辺さんの言ってたこと何にも思ってない?」

「うるさいとは思ってたよ。馬の耳に念仏だけど」

「心配して損した。じゃあ試練には挑める?」

 

 琴羽が顔を上げて僕を見る。

 別に泣いたりはしていないみたいで目元も綺麗なものだ。


「信也はボクのこと必要?」

「必要だよ」


「マーレって人より?」

「そもそもあの人と一緒に二度と異層空間に入りたくない」


「腕輪あげてたのは?」

「二人で挑んだからね。エーテル結晶をあげると嫌な前例になるから、落ちる可能性の少ない装備の方をあげたんだよ」


「抱き着かれても躱さないじゃん」

「琴羽とは違って、ぞんざいに扱って笑い話に出来ないから、受け止めるしかないんだよ」


「そう言って大きい胸が好きなだけなんでしょ」

「はっ、この戦装束の上から感触が分かる人間が存在すると思う?ていうか変な質問もうしないでよ。とっくに大丈夫なんでしょ」


「うん、大丈夫。ごめんね、面倒臭かったよね」

「別にいいよ。そういうところも含めて、琴羽には救われてるから」

「そうなの?」


 僕は立ち上がって、琴羽の手を引く。

 口を開き、言おうとしたことは言葉にならなかった。

 もう演技スイッチは切れてしまったようだ。代わりに少しだけ似た皮肉を口にした。


「見てて飽きないからね」

「ええ~微妙だよ。信也はこんな綺麗なお姉さんに対して敬意が足りなくて困るよ」


 琴羽は立ち上がり悪戯っぽく笑った。


 

 二人してテントから出れば、辺りがシンと静まる。

 渡辺さんはいなかった。元町さんは機嫌良さそうだ。

 よく分かんない空気だが、いつも通り元町さんに声を掛ける。


「準備が出来たので行ってきます」

「ご武運を。信也様、日原さん」

「信也、いってらっしゃいっ」


 マーレさんが激励してくれる。琴羽が僕を意味深に見詰め、視線をマーレさんに移した。


「あ、確か信也の足を引っ張り倒したお嬢さんだったかな?どうしてこんなところにいるの?これから男とデートでもするのかな?行ってらっしゃい」

「信也の激励よ。あなたこそ体調はどうしたのかしら?もう休んでなくても大丈夫なの?救急車呼びましょうか?大丈夫よ、私が払っておくから」


「物見遊山なら来ないでほしいなあ、折角異層空間の外にいるんだから、こんなところまで邪魔しに来なくてもいいんじゃないかな~」

「え、それって自分のこと言ってるのかしら、ヨーロッパに来て一度も活躍してないわよね、あなた」


「はぁ?」

「はんっ」


 おいおい、また喧嘩か。額を付き合わせて睨み合ってるよ。

 琴羽さん元気なのは良いけど、その使いどころを間違っている。

 なんでマーレさんまで買うのだろうか。

 僕は琴羽の肩をトントンと叩いて、いい加減行こうと意思表示する。

 

「おっと、遊びに来た人に構っている暇はなかったね、それじゃあ行こっか」


 最後に一言付け足してから先に異層空間に入っていく。

 僕はマーレさんに御免なさいというように会釈して続いた。

 リソース交換の間で合流してから、一緒にアスタロトの試練へと進む。



 この異層空間の特徴は毒だ。

 鼻の曲がりそうな臭気が満ち、長い時間嗅げば人間を昏倒させる。

 アモンの時のように空間が狭く、その力を存分に高めている。

 ここは狭さを逆に生かす作りとなっていた。


『くしゃいのです……前方に強い存在がいますが、こちらには近付いてきません』

『俺っち鼻がないから分かんねぇが、なんか嫌な空気が満ちてるな』

「琴羽は平気?」

「今のところは。ただ気分は悪い」


 ガスマスクというほどの物は作れなかったが、箱庭の材料で気密性の高いマスクは作った。

 ルフリアさんの万能な解毒剤もあるけど、この毒に効くか分からない。

 最悪ポーションを使う必要がある。

 

 前を歩けば統率個体の威容が見えてくる。

 像五ほどある巨大な人型。白い体に鳥の羽根。

 異常に長い腕とそこから延びる赤い雫を含んだ爪。

 事前情報では、あの爪の毒は人間を即死させるほどの猛毒を含んでいると言われていた。

 更に統率個体の周囲には毒々しい色の霞が漂っている。

 あの霞を吸い込めば一息で昏倒、肌に触れただけでも毒に侵されかねない。

 無策での接近戦は無謀だ。


『アスタロト 雄 40歳

 関係:敵対 感情:敵対 状態:健康 精神:平静

 技能:近接格闘LV8 頑強LV6 俊敏LV6 毒の理LV8 猛毒精製

 称号:なし

 悪魔となった堕天使。肉体から猛毒を精製し周囲に振りまく。その爪に触れた生物は呪毒によって即座に死に至る→

 異層空間のリソース作用により統率個体として固定され弱体化している→』


「琴羽」

「うん」


 琴羽は片手を突き出し、意識を集中する。掌に熱が集まり、炎が渦巻く。

 それは一本の槍のように細く圧縮されていく。


 統率個体はそれを見て動き出す。

 右腕を突き出すように振るい、こちらに迫ってくる。


 僕は琴羽の前に出て迫りくる爪を逸らし、攻撃をいなす。

 次に迫る左腕の薙ぎ払いを刀の鎬で受け、直撃コースから大きく弾き飛ばす。

 ただ凌ぎ切ればいい。琴羽が生命術を完成させるまで。


「信也っ」

「ああ、やってくれ」


「火尖っ!」


 琴羽が火尖と名付けた炎の槍が、統率個体の胸部へと向かう。

 統率個体も腕をクロスさせガードするが、火尖が突き刺さると同時に内包された力を開放し爆炎となってその腕を焼き尽くす。

 周囲の毒素も焼き尽くし、統率個体の守りを丸裸にした。


 統率個体は右手は破壊され、左腕も炭化している。だがまだ石は傷ひとつない。

 僕は炎が舞う中に突撃していき、一本の矢のように駆けた。


 ベリエルの鱗により炎熱耐性は効いている。

 倒れ込むその体を蹴り乗り、白鷺の刃を胸の石に突き立てた。

 石は砕け散り、黒い炎が統率個体を包んで燃やす。


 あとにはエーテル結晶とまた装備品が残っていた。宝石の付いたブローチに見える。

 琴羽もこちらに近付いてきた。


「え、また何かあったの?」

「うん、何だろうね」


 僕が代表して二つを拾い上げる。異層空間が砕け散り、消滅した。


 降り立った先で歓声が上がる。

 琴羽はそれに応えるように手を上げ、僕の手を握って一緒に上げられる。

 それにさらに歓声が爆発した。




 鳴り止まない歓声を背中に受けながら、そそくさとテントに引き上げてさきほどの装備を確認してみる。


『髪飾り・・・・・1


 反転の兆し

 堕天使の性質がトパーズとして結晶化した髪飾り。持ち主の持つマイナス技能を治療、昇華することが出来る。治療、昇華に掛かる時間は技能に依存する』


 説明が気になりストレージから取り出してみる。

 オレンジ色の宝石の付いた鳥の羽のような形をした白金の髪飾りだが、派手さはなく落ち着いている。でも宝石は大粒で人を魅了するような輝きを放っていた。

 ステータス閲覧を使ってみれば、他にも周囲の邪気を払う効果があると表示されていた。


「うわぁ、これも綺麗だなあ……でも試練に有用じゃなさそうだね。マイナス技能とかあるんだ」

「……琴羽、これ僕が貰ってもいいかな」

「別にいいけど……もしかして、あのマーレとかいう女に渡すんじゃないよね」


 そんな根に持たなくてもいいじゃないか。何もやましいことはないぞ。


「僕の妹が生まれつき声が出せないんだ、それに他人を異常に怖がってる。もしそれがマイナス技能の影響だとするなら、この髪飾りで治るなら治療してあげたい」

「信也って嫌われてるんじゃなかったっけ。それでも渡すの?」

「僕が嫌われてても関係ないよ。幸せになってほしいと思う気持ちは変わらない」

「……分かった、いいよ別に。その髪飾りはボクにはちょっと可愛すぎるからね」


 複雑そうにしていたけど、最後には納得してくれた。

 未だ琴羽の中には僕の家族に対して、消化できない思いとして残っているのかもしれない。

 

「ありがとう、琴羽……」

「あ~あ、信也の妹さんは羨ましいなあ、こんなにシスコンのお兄ちゃんがいてくれて」

「シスコンは羨ましがるポイントじゃなくない?あとシスコンじゃないよ、僕は」

「はいはい、シスコンはみんなそう言いますよーだ」


 なんか拗ねてる気がするけど深くは考えなかった。


「後はどうやって渡すかな。前の方法でこれ渡したら孫の心臓止めかねないし」

「孫?よく分かんないけど、お父さんとお母さんに任せたらよくない?お父さんの会社のコネ使えばここからの輸送もしっかりしてくれると思うよ」

「それは迷惑が…」

「今更だって。寧ろ頼られて喜ぶまであるから、気にするだけ損だよ」




 琴羽に説得され、僕は二人に頼むことにした。

 僕と琴羽で電話を掛けると、ヨーロッパでの活躍を知っていた。どうやら日本にも情報が届いているようだ。

 僕は二人に褒められたが、琴羽は説教されていた。


 異層空間での活躍の話かと思ったら、マーレさんに負けてるからしっかりしろと言われていた。

 幾ら不甲斐なくてもマーレさんと比べて負けるは無いと思う。

 電話口で二人は、僕の家族に会う機会が出来たことに何処か思う事がある様子だった。


 最後に激励を貰って電話を切った。

 一日休みを挟んで最大の難易度の異層空間に挑むことになる。


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