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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 世界縦断
82/150

第6話 奈落の受胎とオロバス



「……なんでいるの、あなたたち」

「なんでと言われても、現地協力者だからだとしか……」


 不機嫌に目を細める琴羽と、困ったように微笑むマーレさんが対峙している。


 カンヌについてみれば、既にマーレさんとリゴーさんが異層空間前のテントに佇み、僕らの到着を待っていた。

 転移の技能でもあるのと思ってしまう。

 こちらはカメラクルーがいるから、その分移動が遅くなっていたので妥当なところか。

 それにしても、琴羽はなんで若干喧嘩腰なのだろうか。


「まあまあ、取り敢えず異層空間の特徴を教えて貰えますか?」


 マーレさんが促して、リゴーさんが再びノートパソコンで動画を再生させる。

 そこには美しい景色が映されていた。

 どこまでも続く青い空と白い雲。人の立っている場所はまるで鏡のようになって空を映していた。

 確かこういう自然がある場所が現実にあったはずだ。

 フランスどころか別の大陸じゃなかったっけ。

 

「地面は真っ平で大理石のように滑らかよ。数センチの深さの水に常に覆われているわ。その水は空の鏡のようになって地面の状態を隠しているの」

「つまり深い穴が開いていたりしても気付かないと」


 映像で歩いていた人が地面に吸い込まれてジタバタと藻掻いている。


「それもあったわ。それだけではなく、穴そのものに怪物がいるの」


 映像に丁度その怪物が現れる。いきなり水面から白い土管のようなものが飛び出し藻掻いていた人間を一飲みして水面に引きずり込んだ。


「穴に嵌らなくても近付けば襲って来るわ。一度捕まれば引きずり込まれてそれまでよ。そして、これが統率個体」


 地面の水が一か所に集まり浮遊する。

 直径10mにもなるそれの中心には黄色い石があった。

 水塊から触手のような動きをする水が射出され、人間は叩き潰され、鋭くとがった先端が肉体を貫く。


「不定形で手数が多い。幾らあなたでも難しい相手ではないかしら」


 何やら意味深な視線をこちらに向けてくる。

 琴羽の機嫌が露骨に悪くなってきている。

 この二人初対面の筈だけど、この短期間でどうしてこうも反りが合わなくなっているのか。


「あのさ…いい加減、その態度止めてくれないかな。どこがどうなって難しい相手なわけ。信也の実力を分かってないの?」

「そういう訳ではないわ。リスクはなるべく少ない方がいいと思っているだけよ」


 僕は二人のにらみ合いから離れて、元町さんにこっそり近付いた。


「何が起きているか分かりますか?」

「……簡潔に言うならメンツの話です。国の危機であっても、どうしてもこのようなことは起きてしまうようです」


 なるほど、よく分かんない。

 安易に聞くのも良くないので少し考えてみよう。


 まず前提として、個人の考えで動いている人間はここにはいない。

 僕らだって自分の意思で決心したが、日本の支援を受けている以上、日本の代表者と言える。

 マーレさんはフランスの意向ないし、ヨーロッパの意向をその身に受けているのは間違いない。

 そんな彼女が戦闘衣装に身を包んでいるということは、異層空間に一緒に来る気なのだろうか。


 僕たちと実力差があることが分からない筈なんて無いだろう。ついてくれば確実に足を引っ張る。

 まさか足を引っ張って、試練の攻略を遅くするのが狙いなのか?

 一つでも高難度の異層空間が残ってしまえば広範囲に奈落が顕現し、国の根幹が機能しなくなるどころか国そのものが無くなる。

 それが狙いであるならば、背後にいるのは一体……。

 

「女性の戦いとはかくも恐ろしい……」

「なるほ……ど?」


 何だか嫌そうに眉を顰めている元町さんの呟きに思考を止める。

 え、もしかしてお互いが気に食わないだけの話なの?

 国家の闇的なものじゃなかったのか。

 

「信也、もう情報は良いでしょ。早いとこ攻略に行こう」


 琴羽に右腕を取られてずんずんと異層空間の方に連れていかれる。


「待って、危険だと言っているでしょ」


 反対の左腕をマーレさんに掴まれる。

 両手を取られて身動きが出来ない。


「信也に触わるな」

「あなたが強引だから止めようとしてだけよ」


 僕を挟んで睨む合う彼女たちの手をやんわりと離して、マーレさんに向き直った。


「マーレさんは結局どうしたいんでしょうか。僕と琴羽は危険だろうとなんだろうと、異層空間の攻略を中断しません。止められても困るのですが」

「私は同行を希望するわ。自身の国の危機に、他国の人間だけに命を張らせて戦わないなんて、フランス人の恥よ」


 思ったより武人な思考だった。見かけは戦いが似合わない感じなのに。

 周囲の目をそれとなく探れば、難しい顔をしている人物はいるが、止めようとする様子はない。


「ならはっきり言わせてもらうけど、足手纏いがいると、逆に私たちが危なくなるんだけど。そのこと分かって言ってるの?」

「異層空間で足手纏いになるようなら、私を捨て置いてくれて構わないわ」


 琴羽から空気が軋むような威圧感が滲み出る。カリスマさんがお仕事始めたようだ。

 もう琴羽の怒りゲージが限界超えてるね。

 その目から完全に暖かみが消えている。

 

「なら一人で行ってくればいいでしょ。あなたが失敗してから私たちが挑むから。先に他の異層空間を回らせてもらうわ。ここはまだ猶予がある」

「……確かにその通りね。ならばそうさせてもらうわ」


 マーレさんは琴羽から目を逸らし、一瞥もくれることなく異層空間に入っていった。

 こうなってしまえば、彼女は異層空間を攻略しない限り外に出ることは出来ない。


「ええー……お互い子どもじゃないんだから。売り言葉に買い言葉で行動するのはどうかと思うんだけど」

「……だって、あいつ……し……つか…ら」


 小さく呟かれても聞こえないです。

 どうしようかな。今の不安定な精神の琴羽には、異層空間の攻略は荷が勝ちそうだ。

 特に今回は判断能力が鈍っていれば、手下相手ですら命を失いかねない。

 あの統率個体には火の生命術が有効そうだったけど、仕方ないか。

 僕は装備を確認してから異層空間に歩み寄る。


「僕は今からこの異層空間に挑む。マーレさんも死なせない」

「それならボクも…」


 僕はこちらに近付いてきた琴羽を一瞥してその動きを止めた。


「冷静になれたらね。元町さん、琴羽のことを見ておいてもらっていいですか?もし精神が万全じゃない状態で異層空間に入ってくるようなら、彼女とはここまでです」

「承知しました。ご武運を」


 琴羽はショックを受けたように固まって立ちすくんだ。

 少し厳しいけど、琴羽には死んでほしくはない。

 フランスに来てからの様子を見る限り、少し緩んでいるようにも思えるし、大怪我する前にここらで引き締めが必要だろう。

 流石に嫌われちゃうかな。

 僕は元町さんの言葉を背中で受け、異層空間に入った。




 リソース交換の間を出れば、一面の空の世界が広がっていた。


『うわぁ……凄く綺麗な場所なのです』

『異層空間じゃなければのんびり歩き回りたいね』

『あの胸のでけぇ姉ちゃんはどこ行ったのかねえ』


 いや、マサムネさんその例えはどうかと。

 僕はそう思っても口に出してなかったのに。


『近くにはいますです。あそこでしゃがんでいるのです』


 うん、マサムネからは見えていなかったようだが、僕やテンマからはバッチリ見えていた。

 土下座のような態勢でこちらにお尻を向けている。

 胸も大きいけど、お尻も大きいね。

 服が濡れるのになんで跪いているんだろう。

 

〈うううっ……私はなんであんなことを。みなさん助けてください……〉


 後ろから覗いてみたら半透明の板にコメントが流れていた。フランス語だ。

 みんなマーレさんを馬鹿にしたり、心配したり助けを呼んだりしている。

 好かれているようだ。そして後ろを向くように指示が増えてきた。


〈え、後ろですか?いったい何が……〉

「どうも」

「ワヒャッ!」


 振り返ったかと思えば足を滑らせて背中から落ちる。もう完全に濡れ鼠だ。


「どうしてここに……」

「いえ、うちの方も売り言葉に買い言葉でしたし、流石に見捨てることは出来ませんよ」


 僕がそうやって安心させるように笑いかけると、その目がじわじわと潤んできて、タックルするように抱き着いてきた。

 胸にダイレクトに鎧がぶつかり痛い。

 あとこの人の服が吸った水が、僕の服にも移ってきて地味に辛い。


「わあああああああっ」

「お、おお、よしよし、怖かったね~」


 滅茶苦茶泣き喚いている。テンマが索敵してくれているし手下は穴倉だから問題ないけど、他所の異層空間なら完全アウトだな。




「ずずっ~~~ご迷惑おかけしました」

「いえ、大丈夫ですよ」


 マーレさんは鼻をかみつつ復活した様子である。やっと離れてくれた。

 僕は彼女に笑いかけてはいるが、内心面倒臭いと辟易していた。

 

「来てしまったものはしょうがないので、統率個体の討伐を目指しましょう。ここで待っていてもいいですけど……」

「嫌っ!怖くて死んでしまうわっ!!」


 統率個体に近付く方が、死にやすいこと分かっているのだろうか。

 なんかやらかしそうな気もするし、見える範囲にいてくれた方がいいか。


「分かりました、連れていきますが僕の指示に絶対従ってください」

「ええ、任せておいてっ」


 今泣いた烏がもう笑う、マーレさんは何故か自信たっぷりの顔でふんぞり返っている。

 なんか大分印章変わったな。

 あれだけの醜態見られたて取り繕えなくなっただけとも言える。

 

『テンマ、地面の穴と敵は感知できる?』

『はい、特に阻害されていませんので問題なく索敵と罠探知はできているのです。遠いですが統率個体の方角も分かりますです』

『それじゃあ何かあったときは指示をお願い。僕は普通に進んで行くから』


「マーレさん、今から移動しますけど走れますか?」

「え、ここを走るの?それは流石に無謀では……」

『無駄口叩くなよ、胸のでけぇ姉ちゃん。いい加減にしねぇと置いてくぞ。さっき従うって言ったばっかりだよな。相棒はあんたを助ける義理も義務もねぇの分かってんのか』

『そうなのです、主様に迷惑かけちゃう人はメッてするのです』

「は、ははい、ごめんなさい。指示に従いますっ」


 そう言いつつ僕と手を繋いでくる。

 すべすべしていて柔らかい。いや、そうじゃなくて。


「……あの、これなんでしょう?」

「せめて手を……一人で走るのは怖くて……」

『……やっぱ置いてくか?』


 マサムネの言葉にいよいよ震え出したマーレさんを哀れに思いつつ首を振った。

 今後は絶対に他所の試練探索者の同行を断ろう。何があろうとも。






「はあ、はあ、はあっ……」

「……少し休憩しましょうか」


 ランニングペースで30分くらい走り続けただろうか。そろそろマーレさんの体力が尽きそうだ。

 足を緩め、ストレージから強壮丸を取り出す。

 ちょっと勿体ないけど、時間をかけるほどここは体力を奪われる。

 僅か数センチでも水は靴の中に沁み込むし、濡れれば熱や体力を奪う。


 座ったり寝転がったりもできないし、空間はかなり広いし、判断能力が鈍ったところでドボンと落ちたり、パクリと食べられたりする。

 中々悪趣味な異層空間だ。そして琴羽を連れてこなかった後悔が今更ながら重くのしかかる。火があれば凄い楽なのに……。

 

「これは疲れを回復して、体力の回復を一定時間早める丸薬です、飲んでください。水も出しますので」

「はあはあ、分かったわ…」


 マーレさんに強壮丸を飲ませて水分補給させる。

 体力が回復するまで少し立ち止まって待つことにする。

 

『後どれ位で統率個体に会えるかな?』

『今のペースで二時間ほどなのです。薬の効果ギリギリです』

『置いてくか?置いてっちゃうか?』


 マサムネさん非常に非情である。

 マサムネの声だけ聞こえたマーレさんが、僕の腕に掴まっていやいやと首を横に振っている。

 いや、ある意味マサムネの提案がマーレさんにとって、一番安全だし楽なんだけど分かってないのかな。

 

「マーレさんってどうしてそんなに怖がっているんですか?この異層空間の詳細を教えてくれたのはマーレさんだから、立ち止まっていれば安全なのは分かっていますよね」

「確かにそうだけど、統率個体は移動するから本当の意味で安全ではないわ」


 僕が統率個体を探知していることは言っていないから、そういう結論にはなるのか。

 それにしてもこの人やたら怖がるな。走っている時でも時折キョロキョロしていたし。

 外ではそんなことなかったのに。


「差し支えなければ、マーレさんのステータスは見せて貰えますか?」

「え、ええ、どうぞ……私のこと知らないんだ……」


 何故か少し落ち込んだマーレさんの前に半透明の板が現れる。


『試練資格FRA_No.00112

 メリクール・マーレ 女 16歳

 技能:頑強LV1 空間把握

 称号:なし

 生命: 6/10

 精神: 4/10

 装備:甲鉄鉱の棍棒 甲鉄鉱のドレスアーマー

 保有アイテム:ポーション(1) 

 リソース:0P』


 え、年齢一つしか変わらないのか。なら大人のわりに童顔というわけではなく、大人びた人という事か。

 まさかフランスが未成年を寄越してくるとは思ってもみなかった。

 空間把握という技能があるが、それが何かマーレさんに作用して恐怖を与えているのだろうか。

 

『テンマ、探知系の技能はどうやって使ってるの?』

『探知系ですか?それは……』


 テンマの言葉を聞きつつ自分の中で咀嚼する。

 僕には同じような感覚は得られそうになさそうだが、マーレさんにはおあつらえ向きではないだろうか。

 それにこの空間はその手の鍛錬にもってこいだ。

 上手くいけば移動速度が上がるし駄目もとで試してみるか。


「あの……何か変なところでもあったの?あなたのパートナーと違って、あんまり強くなくて呆れてる、よね……」

「いえ、技能は確かに分かりやすい能力の目安ですけど、それを言い出したら僕なんて比べ物にならないくらい雑魚ですよ。それより体力の回復を待つ間少し鍛錬しませんか?」

「鍛錬なんかしたら体力回復できないんだけど……」

「体力は使いませんので。取り敢えず心を鎮めるために、目を瞑って深呼吸をしてください」

「……分かったわ。指示に従うって言ったし」


 マーレさんが落ち着くまで呼吸を繰り返してもらい、次に移る。


「では目を瞑った状態で、周りの状況はどれくらい分かりますか?」

「あなたの匂いや声だけよ。後は何も……」

「なら今言ったもの感覚から除外して、それ以外を感じ取ろうとしてください。そういう気持ちの持ちようでいいので」

「…………」

「…………………」


 僕は何も言わずに静かな時間が流れる。


「なんだか揺らぎのようなものがあるような……」

「それはどこにあるか指さしてください。その揺らぎはどんなものですか?」

「……あっちかな?……怖い感じがする」

『テンマ、あっちに何かある?』

『100mくらい離れた位置の穴の中に怪物がいますです』


 本当に出来てる。

 でも初期のテンマのようにはっきりとは分かっていないから、ステータスとして開花していないのだろう。

 多少強烈な印象を与えるべきか。

 

「目を開けて、その揺らぎを捉えたまま付いてきてください」


 僕はゆっくりと怪物に近付いてゆく。マーレさんは怖がりながら僕の後に付いてきて、穴の手前10mまで辿り着いた。


「いる、絶対そこに何かいるわっ!これ以上近付いたら怪物が……」


 僕は一人で歩みを進めて、ついに奴の射程圏内に入った。

 水の揺らぎさえ確認する間もなく、ドラム缶のように太い胴体の白い化け物が襲い掛かって来た。

 先端が円形の空洞になっていて、口内にはやすりみたいな歯を生やしている。


 僕は体を後ろに倒し、先端が頭上を通り過ぎたところで、倒れこむような姿勢のまま白鷺を抜刀し抜き打ちを放つ。

 化け物の体は易々と切り飛ばされ、太い肉の塊が水を張った地面に打ち上げられる。

 ビクビクと痙攣したかと思うと、黒い炎になって消滅した。

 

 確かにこれは鬼たちのように積極的に襲ってはこないが、難敵と言える。

 濡れた体を払って、マーレさんの方を振り向いた。

 顔も体もピシリと固まり、微動だにしていない。驚かせすぎたようだ。


 マーレさんの回復を待ってステータスを確認すると、「気配察知LV1」が追加されていた。

 索敵と気配察知の違いがよく分からないが、取り合えず感覚技能の獲得には成功したようだ。


「え、何がどうなって…私あなたの言う通りにしただけなのに……」

「言う通りにして素直に従ってくれたからですよ。これから先は手を繋がなくても走れますね。ついでに索敵はマーレさんに任せるので。感覚は忘れていませんか?」

「うん、大丈夫。それに薄らとだけど大きな気配も分かるわ。それが統率個体のいる場所?」

「そうでしょうね。体力も回復したようですから行きましょうか」

「分かったわっ」


 そこからは強壮丸の効果と、マーレさんが敵を捕らえることが出来ているので、まごつくことなく移動できた。

 途中で「看破LV1」も覚えて、怪物のいない穴も察知できるようになりさらに安定した。

 恐らく技能の空間把握は、感覚技能に対して補正を掛けるものなのだろう。

 いくらなんでもこのペースでの技能の習得は凄すぎる。環境が良かったのもあるけど。




「着いた、この先100mくらいの位置にいるわ……あの一度以外、怪物に襲われずに、穴にも嵌らずにここまで来れるなんて」

「マーレさんのお陰ですね」


 僕は笑いかけて褒めておいた。

 マーレさんは褒めて伸ばす方がいい意味で調子に乗るようなので、そういう方針で育成した。

 琴羽は厳しくして育成したけど。褒めると碌なことしてこなかったし。


「……うん、ありがとう」


 マーレさんは下を向いてしまう。

 あれ?対応間違えただろうか。

 もうすぐお別れだし気にしてもしょうがないか。


「統率個体は僕が相手をします。奴の射程が分からないので十分離れていてください。あと棍棒借りてもいいですか?代わりに刀を持っていてほしいんですけど」


 僕は子狐丸だけを残して、白鷺とマサムネを預けた。

 棍棒を受け取り軽く調子を確かめる。

 マーレさんはマサムネの重さに耐えられず、地面に鞘を立てていた。

 棍棒の重さはそれなり、真っすぐな形状で鉄パイプに近い。

 先端は僅かに重さが違う事から、この部分は空洞ではないのだろう。

 棒術の型を軽く慣らしたところで、オロバスへと足を向けた。

 

『相棒、早めに帰ってきてくれよ。俺っち、胸のでけぇ嬢ちゃんに持たれてるとなんか怖えからよ』

「わかった、努力するよ」

「私としてもマサムネさんと一緒はちょっと」

『ああん?』

「ご、ごめんなさいっ!」


 相変わらずな様子に苦笑いを浮かべ、僕は二人に背を向けつつ統率個体の元へと向かった。

 目の前には何もないが、近付くにつれて敵意が膨らんで来るのが肌を通して伝わってくる。

 地面の水が集まり巨大な水塊が宙に浮かび上がった。


『オロバス 雄 40歳

 関係:敵対 感情:敵対 状態:健康 精神:平静

 技能:水の理LV9 軟体

 称号:なし

 水を司る精霊。周囲の水を操る力を持つが、水のない場所では実体を保てない→

 異層空間のリソース作用により統率個体として固定され弱体化している→』


 巨大な水の鞭が襲い掛かって来る。あんな質量、一撃でも当たれば致命的だろう。

 叩き付けるような一撃を横に飛んで回避する。

 回避した先では既に針のように研ぎ澄まされた水の槍が向かってきていた。

 それに棍棒を合わせて叩く。

 水は弾き飛ばせたが、棍棒に僅かに傷が入った。単純に尖った形状なだけでなく相当な圧力が込められているようだ。


 近付く僕に休むことなく激しい水の弾幕が襲い掛かるが、躱せるものは躱し、躱せないものは棍棒で弾く。

 濡れるにつれ体の動きが鈍くなる。マサムネを持ったままでは一撃もらっていただろう。一撃もらえばその隙によってハチの巣にされる。


 攻撃を捌きながら十分に接近し、全体重をのせ棍棒を相手に向けて全力で叩き付けた。

 それだけでなく内部に衝撃を浸透させるよう技を試みるが、水の圧力が高く中心の石の破壊までは届かない。

 

 接近した状態で水の体の表面が波打ち、大量の水が津波のようにこちらに向かって来る。

 僕は小狐丸を抜き、それに向けて巨大な結晶を発生させた。

 結晶と津波がぶつかり、周りに水霊の体の水が満ちた。その水が剣山のように、足元から鋭利な刃が発生しようとしていた。


「信也!下から刃がっ!」

「問題ないよっ」


 足を地面に叩き付け、衝撃波を叩き込む。

 震脚により水は鋭い形を維持できずにただの水へと戻る。


 大量の水を失ったことで体積の減った水霊に対して僕は再び棍棒を振るった。今度は叩くのではなく突き入れる。

 棍棒は水の層を突き破り、石はその先端から発生した衝撃により、砕けた。

 水霊の体はボコボコと波打って、そのまま地面に流れ落ちて広がり、ただの水と区別がつかなくなった。


 地面にはエーテル結晶と水色の宝石の付いた腕輪が残されていた。

 両方とも拾い上げ、異層空間を崩壊させ外に出た。




 びちゃっと音を立てて地面に降り立つ。水霊との戦いでずぶ濡れになってしまった。

 早く着替えないと風邪引きそう。

 同じく降り立ったマーレさんも僕ほどではないが濡れている。

 ついでに戻って来た拍子に転んでマサムネの下敷きになっていた。痛そう。

 

 周りの人たちは僕らに気付いて歓声を上げていた。今度はちゃんと喜ばれているようだ。

 僕はマサムネを持ち上げ、マーレさんに手を貸す。


「怪我はないですか」

「………はい。って、そんなことより異層空間を閉じたのに、どうしてそんなにあっさりしてるの!?もっと喜びを分かち合いましょうよっ」


 何故かそのまま抱きしめられた。鎧さんはいい仕事しすぎである、ゴツゴツした感触しか分からない。

 おまけに異層空間が崩壊した興奮のまま囃し立てられるし、僕の精神は攻略以上に削られる。

 ケガさせないように振りほどいてストレージの中を確かめた。

 さっき拾った腕輪を見てみる。


『腕輪・・・・・・・・1


 ウンディーネクロス

 水霊の加護を宿したアクアマリンをあつらえた腕輪。装備者に水の衣、環境耐性を付与し、水の理の技能を与える』

 

 うーん、これどうしようかな。エーテル結晶だけだったら問題なかったけど、異層空間で二つの物品を手に入れてしまった。

 元々の契約では全て僕ら個人が貰い受けるが、索敵をマーレさんに任せたし、攻略に協力してもらったように映ったころだろう。

 

 声の大きい人たちから文句が出かねないが、エーテル結晶を渡せば同じような輩が現れるかもしれない。

 ここは確実性のないドロップ品の腕輪で納得してもらうのが吉だろう。

 僕はウンディーネクロスを取り出して、拒否する暇さえ与えず、さっさとマーレさんの腕に取り付けた。余りの早業に止める者はいない。

 

「え、これは……」

「今回の統率個体から手に入れたウンディーネクロスという装備品ですね。水霊の加護を宿したアクアマリンをあつらえた腕輪。装備者に水の衣、環境耐性を付与し、水の理の技能を与える、ストレージにはそう説明がありました。一緒に試練に挑みましたから、マーレさんに差し上げますね」


 そう説明していると腕輪のアクアマリンが発光し、彼女の体に限りなく透明なレースのようなものが現れた。

 フワフワとしていて柔らかくマーレさんの体を包んでいる。


「わあぁ……」

「綺麗だ……」


 あの凶悪なでかい水塊のドロップとは思えない綺麗さだ。

 いや、鬼のドロップもルビーだったし、妥当なのか?

 間違いなく僕には似合わなさそうだから渡して正解だっただろう。装備品は使われてこそ価値がある。

 琴羽も炎を使うし、併用には向かない装備だから文句はないはずだ。


〈あう……綺麗だなんて……〉

「今後は無謀なことはしないでくださいよ。この腕輪がマーレさんを守ってくれることを祈っています」


 衆人環視があるのだ、ここまで言っとけば断れはしないだろう。

 返すなよ、絶対返すなよ、という気持ちを込めてマーレさんにガンを飛ばす。

 マーレさんは根負けしたのか顔を赤くしてアワアワしだした。よし、僕の勝ちだな。


「それでは次の場所に移動しますので、僕はこれで」


 クーリングオフは受け付けない。

 マーレさんの気持ちが変わらないうちにと颯爽と踵を返せば、異層空間が消滅したときより凄い歓声が周囲から上がった。

 

 そんなに装備もらえたのがうれしかったのだろうか。試練資格者にとってはエーテル結晶より価値があるだろうから妥当かな。

 僕はやり遂げた感に包まれながらその場を後にした。


 なんか大事なことを忘れてるし気がするけど気のせいだろう。

 さっきからゾクゾクと寒気がするがきっと濡れたせいだな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カバーストーリ―:技能 空間把握』



 感覚技能の習得と成長に補正を掛けるユニーク技能。

 この技能を持つ者は、あらゆる感覚技能習得の可能性を持ち、習得した感覚技能に対して高い成長補正と能力補正が得られる。


 あくまで可能性があるというだけで、習得には相応の努力と経験が必要。

 感覚技能以外でも、空間に関連付いた技能であれば同じく補正が掛かる。


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