第3話 side花音 血より濃く
瀬尾さんたちと別れて、家に帰る帰り道。
昔、本当に昔のことを思い出していた。
私の中に僅かに残っている、小さな子どもの頃の思い出。
母さんは莉々を抱いていて、父さんと私が手を繋いでいて、萌香と春香は実家の祖父たちがあやしていて。
この頃から言葉を喋ることがなかった莉々が、どこかに手を向けて何かを伝えようとしていた。
特に目的地もない散歩だったのか、その導きに従って私たちは歩いて、公園の遊具の日陰に座り込む、一人の男の子を見付けた。
サイズの合っていない服を纏った、やせ細った小さな体。
薄汚れた、血の通っていないような青白い肌。
瞳だけは透明で、異様に綺麗で印象的だった。
出会った時、『しゅらり』と何かが通り抜けたような音もはっきり憶えている。
今は分かるが、両親はあの場で少年を警察に保護してもらおうとしたんだと思う。
直ぐに警察署に連れて行かれて、本当ならそこでその少年との関係は終わりだった。
でも莉々がそうしなかった。
莉々はその少年に対して初めから心を開いていた。
この時の莉々は母さんにしか懐いていなかった。誰だろうと触れられることを嫌がっていたのに、少年に対しては興味を示しその顔に触れていた。
母さんはその様子を見て、少年を保護し、お風呂に入れてご飯を食べさせた。
警察が来るまで世話をして、実家に来た警察に少年を引き渡した。
少年の親は現れず、養護施設に預けられた。
母さんは何度も莉々を連れて少年に会いに行った。父さんは難色を示していて、喧嘩もしていたと思う。
それでも母さんはそれを止めなかった。父さんもいつからか諦めて、母さんの好きにさせた。
1年後には養子縁組によって、その少年は我が家の子どもとして過ごすようになる。
私以外の姉妹はその少年のことを血の繋がった家族として認識している。
多分その少年もそう思っているだろう。
その少年は、青野信也となった。
「花音さん、これからお父さまとお話しするんですか?」
「ええ、事情は聞くつもりよ」
家の玄関に辿り着いたとき、夕希ちゃんが心配そうに私に尋ねてくる。
「あの、こういう時は第三者が間に入った方がいいと思うんです。宜しければうちの両親も交えて話しませんか?先輩のことなので、私たちも同席できると有難いですけど……」
その言葉に少し考えを巡らせる。
特に必要性は感じないけど、塚本家の人達も巻き込んでしまった方が、誤魔化しも利かないし証人も増える。
ただ他人がその場にいると手を下せなくなるわね。
メリットとデメリットを天秤にかけて、承諾する方に判断が傾いた。
「私からもお願いしていいかしら。邪魔はしないわ」
有紗も提案してきたとことで私は頷き、二人と一度別れて家に入ることにした。
「お帰りなさい、今日は遅かったのね。あら、みんなも一緒だったの?」
台所にいた母さんが、私たちの登場に少し驚いている。
「ちょっと探し物してたの。無事見つかったわ」
「そう……じゃあ配膳しちゃおうかしら」
スマホに有紗からおじさんたちに確認が取れたと連絡がきた。
「少し待ってもらっていい?今から家に塚本おじさんたち呼びたいんだけど」
「え、何かあったの?」
「信也から手紙を貰ったんだけど、その内容と私たちの認識がかけ離れてるの。ちょっと当事者を尋問しようかと思って、塚本さんにも協力をお願いしたわ」
「信也からの手紙っ、……信也に会えたの?」
「いいえ、信也のクラスメイト経由で渡されたわ。どうしてそうしたのかも手紙を読んで察せたけど、状況が複雑だから私たちも父さんから説明を聞かないと真相は分からない。だからそれも込みでの話し合いをしたいの」
「……分かったわ。あの人はもう直ぐ帰ってくるから、準備をしましょう」
母さんは顔色を悪くしながらも頷いた。
母さんは信也の異層空間攻略を止めようとしたとき、その行動に後悔は無かったと思うけど、止めようとしたときのやり取りについては自責の念に駆られている。
私も話を聞いたときにそんなまさかと思ったけど、母さんが信也を叩いたのは事実のようで、有紗と夕希ちゃんがそれを見ていた。
母さんはに対して、信也が攻略を始める前からも人から色々言われたり、攻略を始めてからも圧力をかけるようなことを言われているのを見たと周囲の人は言っていた。
一部の人間の暴走と考えるのが妥当だろうけど、はたしてその位で母さんが我を失うのだろうか。
実害となるようなことは政府の人が防いでくれていたのに。
塚本さんたちも揃ってリビングに集まり、父さんが仕事から帰ってきた。
事前に連絡を受けていたから驚きはしていないが、私たち姿を見て強張った顔を浮かべている。
皆の顔を確認して塚本のおじさんが口を開く。
「さて、第三者の私が話の進行をさせてもらおう。敏夫君は今来たばかりだし、私も妻も正確に事情を分かっていないから、花音君から順を追って説明してもらえるかな」
「分かりました。まず始まりは試練の放送からですが……」
そこから私はなるべく客観的に時系列を並べて事実を語った。
みんな静かに聞いている。
最後に手紙を取り出して、全員が見えるように置いた。
父さんたちはそれを読んで、顔を困惑させていた。
これが演技なら大したものだけど、果たしてどうでしょうね。
「これで私の話は終わりです」
「有難う、花音君。それで花音君たちが気になっているのは、敏夫君が信也君の情報を隠している、ないし信也君に対して虚偽を伝えている、という事でいいのかな」
姉妹は全員頷き、父さんに視線を向ける。
父さんはたじろぎ目を白黒させた。
「ちょっと待て、俺も何が何だか分からない。少なくとも信也とまともに連絡が取れていないのに、俺がどうやって話を伝えるんだ?そもそもこんな嘘を吐いて何になる」
「敏夫君、まずは一つずつ解きほぐそう。まずは連絡手段について。これはどうなんだ?」
「そんなものはありませんよ。俺は試練に向かう信也からスマホを預かって、家族に説明を頼むと言われただけです。寧ろどうして電話一本も寄越さないのか腹が立つくらいですよ。無事なのは配信を見れば分かりますが」
「ふむ、この時点で信也君と敏夫君の話が矛盾してるね。信也君に確かめる術はないから敏夫君の話だけで判断しないといけないわけだが、家族思いの青野君がこうも接触を拒んでいるのはねぇ……」
「それは……私の所為かもしれません。私があの子の行いを否定したから、あの子は見限って、私たちから縁を切ろうとして……」
「お母さん、ネガティブに考えすぎだよ。お兄ちゃんだよ?天地がひっくり返っても有り得ないから。絶対そんなことしないもん」
萌香の言葉は自信があるというよりは、自分に言い聞かせるような響きを持っていた。
「うーん、そう言えば一度は家に帰ってきたんだよね。ならその時点ではお兄ちゃん手紙にあるような話は知らなかったってことでしょ?」
「いえ、知っていたかもしれないわ……私は信也君がその日家に帰る前に、道場で鍛錬をしている彼を見たけど、鍛錬に打ち込んでいるというよりは、何か不安を消すように自分を虐めているようにしか見えなかったわ」
「先輩、家に近付くにつれて怖がっているように見えたね。でもマサムネさんとの会話だと試練に対して不安を抱えているみたいなことだと思ってたけど、もしかして噛み合ってなかったのかな?」
「つまり信也君の抱える不安をマサムネ君は試練のことと捉えた。でも信也君は家に帰ることが不安だった。手紙に書かれているように自分に悪感情を向けられるのが怖かったと……」
有紗と夕希ちゃんの証言が出てくる。あの時は詳しく会話まで確認していなかったけど、確かに塚本おじさんの意見は筋が通っている。
「なら私が信也に言った言葉は……」
「確信を与えたんでしょう。命の心配をされて説得しようとされたわけではなく、母親から負の感情に準じた感情を持たれているから、余計なことはするなと言われたんだと。だから試練を続ける限り、そんな相手に連絡が出来なかった」
「手紙をクラスメイトに託したのは、家に届けば母さんに捨てられるって思ったのかもしれないわね。信也の中では私たちまで悪感情を持っているかの確信は無かったから、それに賭けたのね」
辻褄が合うし今読み取れる情報ではこれが正解に思える。
母さんもそう思ったのか、ショックを受け顔色を一層悪くさせていた。
信也の行動の意味は分かった。後は原因だけだ。
視界の中で、萌香が暗い目で男を見据えた。
塚本の両親や母さん以外は、父さんを疑わしい目で見ている。
「ねえ、お父さんは本当に私たちがお兄ちゃんに悪感情を持ってるとか、そんなこと言ったの?」
「さっきも言ったが言う訳がない。理由もない、意味もない、どうして分かってくれないんだ」
「理由も意味もあるでしょ」
私は威圧感を込めて男を見詰めた。その男の喉が引きつったように鳴る。
「あなたにとって信也は邪魔者でしょう?ずっと疎ましく思ってたはずよ。血の繋がらない息子のことを」
私の一言でその場が凍り付いた。
ずっと心の中で思っていた言葉を口にした。
それはとても不快な感触を喉に残した。




