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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 世界縦断
77/149

第1話 テレビと母親の条件



 阿鼻地獄攻略後、変なテンションのまま始まった配信を終えて夕方には日原邸まで帰ってきた。

 玄関で迎えられた先で、奏さんと一郎さんと抱き合う琴羽を眺めつつ、何となく寂しい気持ちになる。

 ぽつんと立っていると、琴羽に手を引かれて輪の中心に連れ込まれ、みんなからギュッと抱きしめられた。

 それがくすぐったくて、暖かかった。漸く戦いが終わったのだと実感できた。





 次の日、琴羽は所属する芸能事務所に用事があると朝早いうちから出ていた。

 意味深な笑顔で朝のニュースを見るようにチャンネルと時間まで指定された。

 どうせ僕か琴羽のニュースでも出るのだろう。一方的な約束なので無視することにする。

 今日一日は装備も点検に出して完全に休養にしてしまっている。

 僕も朝食を食べてから奏さんに夕方まで出かけると断り、変装道具を身に着けて一人で外出した。

 テンマは一緒だから厳密には一人じゃないけど。


 久しぶりの一人行動で体が軽く感じる。日本の心配をしなくてよくなったことも大きいだろう。

 賑わっている駅前まで来てみれば人通りは多い。みんないつもの日常を過ごしている。

 世間的には日曜日なので、私服の人ばかりで僕みたいな人間でも目立たずに行動できる。


『主様、今日は何をするのですか?』

『ジャンクフードを食べに行くんだよ』


 ちゃんとしたものばかり食べているせいでジャンクフードが恋しい。

 別に普段のご飯に文句など一欠けらもない。でも無性に食べたくなったのだ。

 後は時間を気にせずテンマと散策するのが目的だった。


「それにしても、世界が大騒ぎなのに日本は平和だよな。デモが頻発したり、国境に人が押し寄せたり、ひどい所は他所の試練資格者を拉致して異層空間に放り込んだりしてるんだろ」

「いや、拉致はネットの噂で事実じゃないだろ。まあ拉致られなくても、他所の試練資格者が可哀想すぎるわ。日本もあの二人がいなきゃ混乱してただろうな」


 何やら噂話が聞こえてくる。似たような話をしている人はそこかしこにいた。

 駅前のディスプレイには丁度ニュースが流れ、僕が阿鼻地獄で鬼と戦っているところが流され、おまけに解説までされていて絶句した。

 許可なんてしてないのに、全国ニュースで姿がさらされている。

 プライバシーの侵害、肖像権の侵害だ。


『ここ、どういう動きなのかスーパースローで見てみましょうか』


 なんか僕の映像がスローになったりストップされたりして一回一回解説されている。

 僕のようにディスプレイを見上げている人は多かった。恥ずかしい。


『手元に目が行きがちですが、この動きの妙は足捌きですよ。互いの変則的な動きに対して、足を擦るように位置を変え斬撃に十分に力を乗せられている。これだけの速度で太刀筋がぶれることなく寧ろ鋭い、達人などという言葉では片付けられない武の極致ですよ。どれだけ鍛錬を積めばここまでに至れるのか末恐ろしいですね』


『ほお、彼は15歳と言う年齢ですから、才能も並ではないのでしょうな』


 才能じゃなくて実戦と時間の賜物なんだよね。僕自身の才能の有無なんて記憶と共に忘れてしまっている。


『主様の凄さを思い知るがいいのです』

『僕としてはほっといてほしいけどね……』


 テンマはご満悦の様だが僕にとってはただただキツイ。

 もう素顔で街を歩けないんじゃないのかな。ここで変装をといて歩いてみたらどうなるのだろうか。意外とバレなかったりして。


『そして青野君に欠かせないのがパートナーの日原琴羽さんですよね。いや~彼女は本当に強くなりましたよね。何より華があるっ』

『彼女の動きは身体能力は勿論、戦闘技術においても孤独の迷宮時代の比ではありませんな』

『青野君から厳しい鍛錬を受けての結果らしいですね。それでここまで強くなるのなら試練資格者の教導を依頼するべきでは?』

『それでは時間が幾らあっても足りませんよ。それに青野君が日原さんを見出したのは精神の強さを買っていたからだとういう話じゃないですか』

『確かに……では直接本人に聞いてみましょうか』


 カメラが切り替わり、スタジオの入口らしきものが映る。

 そこには普段と違う、パステルカラーのフェミニン風衣装を身に着けた琴羽がいた。

 濃い亜麻色の髪や、白い肌が照明に当てられて柔らかく光を反射し、輝くようなオーラを纏っているようだ。

 異層空間での戦闘モードと落差が激しい。


『は~い、こんにちは日原琴羽です!試練のステータスの所為で実名が有名になりすぎたので、もうそのまま活動させてもらうことになりました』


 人々がざわついている。僕もマスクの下で口をあんぐりと開いていた。

 あ、そういえば琴羽が言っていたニュースの時間だ。これのことだったのか。


『いや~実物は本当にお美しい。以前お会いした時より断然今の方が輝いていますよ。オーラとでもいえばいいのでしょうか、存在感が違います』

『え~前はそんなに華がなかったですかね?でもオーラは正解ですよ、会う人会う人にそんなこと言われますから。ボクはよく分かってませんけど』 


『日原さん、今日は宜しくお願い致します。早速ですが、例のあれは今日身に着けているんですか?』


 なにやら興奮気味なアナウンサーに、二コリを笑いかけて首から覗くチェーンを引っ張り、服の下から首飾りを取り出す。

 カメラがアップになり、そのルビーの輝きを映した。人の目を引き付ける濃く美しい赤い宝玉。息をのむ音が聞こえてくる。


『おお、これが鬼哭の涙ですか……宝石に興味のなかった私でも惹きつけられますね』

『そうですよね。それに……少し下がってくださいね』


 琴羽は指を前に差し出し、空中をなぞる。

 その軌跡を炎が追い空中に文字を創り出していく。

 多分センスがあるのだろう、昨日練習しただけでここまでコントロールできるなんて。

 描かれた文字は……信也は琴羽が大好き……おいっ!全国放送で小学生が書く黒板の相合傘レベルのことするなよ。

 複雑な漢字が読み取れるほど無駄に制御が卓越している。

 魔法は凄いのにやってることがチープで、スタジオに感嘆ではなく笑いが漏れていた。

 

『おおお素晴らしい、本当に魔法が実在するとは。書かれた文字はツッコみませんが』

『もっと派手なことも出来ますよ。このスタジオだと危ないのでやりませんけど』

『最早値段の付けようがない宝石ですね』

『いくら積まれても売りませんよ。ボクの宝物ですから』


 その言葉と共に浮かんだ微笑みに、アナウンサーも周りの人たちも熱に浮かされたように見入って時間が止まったようだった。

 うーむ、カリスマって魅了と似たようなことが出来るのだろうか。

 姉さんの場合は威圧したり、場の空気を支配したりだったけど。


『す、すいません、思わず……今日のゲストである日原さんには報告があるのでしたよね』

『はい、試練で芸能活動は自粛していたのですが、最近はまたテレビに出てほしいという声を沢山の方にいただいたので、少しずつですが活動を再開しようかと』


『それは喜ばしいニュースですね。具体的な今後のご予定は』

『まずはネット中心になるとは思いますが、事務所のクルーを交えてドキュメンタリーの製作も出来たらと思っています。丁度試練の真っ最中なので』


『それは青野君もご一緒に?』

『行動は共にしますが、出演は難しいですね。信也は芸能人じゃありませんし、どちらかと言えばテレビだったりカメラだったり目立つことは嫌がる方ですから。今の配信もボクが説得してなんとかといった感じなので』


『ほお、あれだけの活躍をしながら目立ちたくないというのは……』

『ええ、ちょっと手遅れですよね』


 言うではないか。そんなこと言うならもう配信に出ないぞ。

 よくよく考えれば試練の時もマスク被ってたら、そのうち顔を忘れられるのではないだろうか。早速白燐鉱で鉄仮面でも作ってもらおうかな。

 僕がそんなことを考えていると、ニュースの時間がそろそろ終わろうとしていた。


『最後に、今後の意気込みをお願いしても宜しいですか』

『はい、分かりました。今後ボクと信也は世界の異層空間の攻略に動きます。今まで以上に大変ですが、必ずやり遂げて日本に帰って来るので、どうぞ見守ってください』


 琴羽は深々と頭を下げて最後に溌溂とした笑顔を浮かべた。

 このニュースに出た意味は、何となく分かった。

 多分世の中の人たちに伝えたかったのだろう。たくさんいる顔のない人たちが抱える不安に対して、そんな心配はいらないんだって。

 

「眩しいなあ……」


 そんなこと思いもしなかったし、しようともしなかった。

 ずっと誰からも顧みられなくても戦い続けていたから鈍くなっていた。

 彼女は日本の国民からの後押しを引き出そうとしたんだ。ちゃんと僕らが世界で戦っていけるように。


 僕はその場を去り、駅に向けて歩いた。少しだけ予定を変えることにした。





 電車を乗り継いで辿り着いたのは、僕が暮らす街。

 都会でも田舎でもない、静かな場所だ。

 

 辛うじて覚えている連絡先に電話を掛けると、無事に出てくれた。

 知らない番号だから出てくれないことも危惧したが運が良かった。

 

 有名なチェーン店のハンバーガー屋さんで、テンマと一緒に照り焼きバーガーとポテトを堪能していると、連絡をした人物が現れた。

 僕はサングラスを軽く下げて手を振る。あちらも僕に気が付いて早足で駆け寄ってくる。


「あおっ……えっと、久しぶり……」

「久しぶり、瀬尾さん。急に呼び出してごめんね」


 叫びそうになっていた彼女にシーと口に人差し指で押さえるジェスチャーをする。流石にこの場でバレたらまずい。

 瀬尾さんはササっと隣の席についてこちらを覗く。

 私服姿は初めて見たけど、予想通りおしゃれだった。

 ノースリーブの白いシャツとフレアスカート。

 でもシャツの腕といい、スカートの足といい肌を出しすぎだと思うんだ。

 ついついおじいちゃん目線で心配になってしまう。


「今までどうしてたのっ、みんな連絡つかなくて心配してたんだよ」

「色々あったんだ。話始めると日が暮れちゃうし、そこまで付き合わせるわけにはいかなから要点だけ話すけど、ちょっと家に顔を出せないから瀬尾さんにメッセンジャーを頼みたいんだ」


 小声で叫んでいる瀬尾さんに頭を下げる。


「どういうこと?」

「ごめん、それは言えない。本当に申し訳ないけど……」


 母親と喧嘩した上に、家族から顔も見たくないほどの悪感情を向けられかもしれないからなんて他の人には言えない。


「危ないことに巻き込まれているわけじゃないんだよね」

「それはない。身内の中だけのゴタゴタだから言えないだけ」

「……分かった、聞かないよ。それで私は何をすればいいの?」


 なんて優しい孫なんだ……人を思いやれる上に素直な子に育って嬉しい。

 僕は差出人のない飾り気のない封筒を取り出して、瀬尾さんの前に置いた。


「春香宛に手紙を書いたから渡してほしい、春香一人のときに。ただ、受け取ってくれないかもしれないし、読んだらその場で破り捨てられるかもしれないけど瀬尾さんは気にしないで。無理矢理に押し付けられたとか、全部僕が悪いことにしていいから」

「……なんでそんな気になるようなことを言うの……せっかく何も聞かない決心したのに」

「ごめん、面倒なこと頼んで……でも頼れるのが瀬尾さんしかいなくて」


 僕は真摯に見詰めてお願いした。

 正家族と関わり合いのある人物で、電話番号を覚えていたのが彼女だけだった。

 姉妹の番号すら覚えていなかったけど、瀬尾さんの番号を教えてもらったときに語呂合わせを聞いていたので、そのおかげで思い出せた。

 

「わ、わかったよ……もう、しょうがないんだからモグモグ、むぐっ!」


 瀬尾さんは目を逸らしたかと思うと、早口になって目を逸らした先の僕のポテトを何故か強奪して食べ始める。

 あまりに勢いよく食べたため喉に詰まったようだ。

 飲み物を差し出し飲み下させる。……食べかけのポテトもジュースも全部完食された。

 テンマが目の前の食べ物を掻っ攫われて物悲しい顔をしていた。


「ごほっ、ごめん、なんで私ポテト食べてたの?」

「僕が聞きたい。ついでにジュースも飲んだよ。そんなにお腹空いてるならおごろうか?」

「大丈夫、お昼ご飯食べて来たから、お腹は空いて……ジュース……あっ」


 なんか今度は言葉が詰まっている。

 お爺ちゃんより良く詰まる孫だ。誤嚥は危ないから気を付けてね。


「え、えっと、取り合えず手紙の件は分かったよ、任せといて……私からもちょっと聞いていいかな?」


 若干焦ったような感じだけど、何か思い出したのか深刻な顔を向けらえる。


「今回の試練を受けてるのって誰かの指示なの?強制されてたりするの?」

「え、僕が試練を受けたのは……」


 頭の中に家族のことがよぎった。

 家族の、春香に近い瀬尾さんに対して僕がその言葉を言うのは違うと思い言葉が止まった。

 春香から話を聞いているなら、霞が関で話したような僕の言葉なんて陳腐にしか聞こえないだろう。

 でも理由は日常を守りたい以外何もないわけで、どう話していいか分からなくなった。


「よく、分からない。なんでだろうね」


 気付けばそんな言葉を漏らしていた。嘘は付けないし、本当のことは言えない。

 瀬尾さんは顔を歪ませ、僕の手の上に自身の手を重ねた。


「青野君、私にだったら本当のことを話し……」

「え、あの~今青野君って言いました?もしかしてあなた青野信也君?」


 知らない女性がトレーを持って後ろに立っていた。丁度僕の苗字が出たところ接近していたようだ。タイミング悪い。


「スマホの番号は消しておいて、その番号直ぐに使えなくなるから。手紙のことお願い」


 僕は声で気付かれないように低めの声を出して「違います、たまたま同じ苗字なだけです」と断りを入れてトレーを持ってその場を離れた。

 視線が集まってしまっている。

 はっきりバレていなくても、いつ気付かれるか分からない。


「待っ……」


 引き留める声は申し訳ないが無視した。

 逃げるが百計。ごめん瀬尾さん、身バレは勘弁。


『追手はいる?』

『先ほどの店からの追跡者はいないのです。周りにも主様に注目する輩はいません』


 駅まで来てしまえばもう大丈夫だろう。念のためテンマに索敵してもらったが何もないようだ。


『ちょっと申し訳ないことしちゃったな。瀬尾さんが春香に手紙を渡してくれるといいけど』

『あの手紙にはなんと書かれたのですか?』

『簡単なお別れの手紙だよ。しばらく海外に行って帰ってこれないから、せめてみんなに伝えておこうかと思って。春香宛にしたのは瀬尾さんと知り合いだからね』


『父さんの言う通りなら本当はこんなことしない方がいいんだけど、流石に薄情すぎるし』

『仲直りできるといいですね』

『有難う、テンマ』


 肩に乗るテンマの背を軽く撫でる。

 電車に乗り、過ぎさる僕の暮らしてきた街並みを眺めた。


 本当は会って話したかったけど、今は難しい。

 時間が解決してくれたらいいけど、もう僕のことなんていなくなってしまえ、とまで思われてしまっているのだろうか。


 そうなったら、僕はどこに行けばいいのかな。


 一つ前の前世ではネグレクトされた末に捨てられた。

 愛情の無い親の元に生まれたことは何度もある。

 だから夢だと誤解していても、幸福な家庭で暮らすことを願ってしまったかな。

 でもそれは、願って良い事だったのだろうか。





 日原邸に戻れば、いい匂いが台所から漂って来ていた。

 台所を覗けば奏さんが料理をしている。


「お帰りなさい、信也君。今日は鉄塊猪の味噌漬けがいい塩梅だから出そうと思うの。味は食べてからのお楽しみね」


 漂っていた匂いはけんちん汁のようだ。

 奏さんの料理だからきっと美味しいのだろう。

 準備が終わったのか火を止めて僕に向き直る。笑顔だった顔は直ぐに怪訝なものに変わった。


「何かあったの、街で誰かに嫌なことでも言われた?」

「え、なんでそんなことを……」

「顔を見れば分かるわ。これでも一児の母よ。それに信也君のことはいつも見ていたから、そんなに分かりやすい顔をしてたら嫌でも気付いてしまうわ」

「……嫌なことは無かったです。ただ……なんて言えばいいのか分かりません。僕は思ったより普通の家庭といいますか、親のことがよく分かっていないんだと自覚して……だからいつも間違いばかりで……」


 いや、こんなことを言って何になるのだろうか。

 僕はただの青野信也であって、前世なんて説明しようがない。

 今の家は確かに幸せな家庭だったんだから、悩みなんて出ること自体変だろう。

 

 奏さんは少し思案し、ソファーへと腰掛ける。自分の膝を叩いてこちらを見てきた。

 よく分からないまま近付けば手を引かれて、体勢をあっさりと崩され膝枕されていた。

 忘れていたけど、この人琴羽の師匠だった。敵意が一切なかったので簡単に技を掛けられていた。

 お腹の方に顔を向けられて頭を撫でられる。


「無理に何か言う必要はないわ。言葉にすることも大切だけど、自分で分からないことまで言葉にする必要はないの。ただ辛い時は誰かに何となく慰めてもらって、気が晴れることもある。気晴らしをするだけで気にならなくなることもある」


 目を閉じて大人しく受け入れた。抵抗する気はなかった。

 甘えるということがよく分からないけど、気分は落ち着いてくる。

 

「信也君が何もかもに責任を感じたり、自分の所為だなんて思う必要はないわ。あなたが思うより世界は広いし、何処へだって受け入れてくれる場所はある。この家だってそう。辛いことから逃げて悪い事なんてない。疲れたら休めばいいの」

「……僕は、あんまり人の心が分からないんです。自分の考えが凝り固まっていて、他の人から見たら直ぐに分かってしまう事でも、理解できないんです。多分説明されても分からないかもしれません」


「それはあなたにとって辛い事なの?」

「いいえ、辛くないです。でもそれで誰かを傷付けていることに気付いたときは、自分のどうしようもなさに嫌気がさします。どうして分かってあげられないんだろうって。怒らせたり、悲しませてばかりしてしまうんだろうって」


「信也君は良い子よ。そう思えるのはあなたが優しいから。悪い側面ばかり見ていたらあなたが可哀そうだわ。あなたの良いところにも目を向けてあげないと」


 そんなものあるのかな。戦いだけじゃないかな。

 それだって、何のための戦いだったのかすら忘れて戦い続けていた。


「あんまり私ばっかり話していて仕方ないわね。そこにいるんでしょ、盗み聞きなんて、お行儀が悪いわよ」

「……だって、ボクが入っていい雰囲気じゃなかったし」


 え、テンマさんどうして教えてくれないの。

 琴羽の前で琴羽の母親の膝枕をされていたというのか。黒歴史確定じゃないか。

 頭を上げたくても撫でる手に抵抗できずに起き上がれない。


「む~お母さんに信也盗られた。ボクにも膝枕やらせてよ」


 なんか体をペタペタと触られている。くすぐったいからもぞもぞと動いてしまう。

 ペシリと音が鳴り、手の感触が無くなる。


「止めなさい。そういうことするから逃げちゃうのよ。驚かせないように接触するなら別に逃げられたりしないのに、あなたときたら……」


 僕は猫ですか。言わんとすることは合ってるけど。

 別に琴羽のことはそれなりに受け入れているけど、バッと来られると反射的に避けてしまうし、ハグとかは恥ずかしい。


「このままだと近付かれもしなくなって、顔を見るだけで逃げられるようになるわよ」


 もう猫じゃん。

 この膝上にのせて撫でてるのも猫にやることじゃん。


「え、それ猫の話?」


 琴羽も同じ事思ったらしい。


「信也君の話よ。もういいかしらね……どう?気分は良くなったかしら」


 撫でる手を頭の上から外される。僕は体を起こした。

 不思議なほど頭がすっきりとしている。


「頭が軽くなったというか、気分が良くなりました……」

「うん、いつもの顔に戻っているわ。よかった」

「信也に何かあったの?」

「ちょっと色々あって疲れていたのよ。ずっと戦い続けていたし、人とのやり取りも多かったから。お姉さんなんだから甘えるだけじゃなくて、あなたがちゃんと見ていてあげるのよ。お茶を入れてあげるわね」


 奏さんが台所に戻り、奏さんが座っていた場所に琴羽が腰掛ける。

 僕の方は気まずい気分になるが、琴羽はこちらを心配そうに見ていた。


「少し悩んでたんだけど、もう大丈夫だよ。琴羽のお母さんは凄いね、顔を見ただけで僕が落ち込んでるの分かっちゃったし、こうやって持ち直させてくれたし」

「そうだね。昔からお母さんには隠し事できないんだ。お母さん曰く、母親は子どもの嘘は簡単に分かるらしいよ」

「その話は聞いたことある。てっきり迷信だと思ってたけど」

「なんで?」

「僕が本当に隠し事して、気付いてくれた人なんて一人もいなかったから」


 もう自分でも何度転生したのか分からないのだ。

 どの母親も、僕を理解できた人はいないし、転生の話を誰かにしたこともない。

 

 世の中の母親が、生まれてからずっと子どもを見てきたから嘘が見破れるのなら、僕の嘘を見破れる人なんてこの世にいない。

 口を引き結んで押し黙った琴羽の前に湯飲みが置かれる。緑茶の匂いが鼻孔をくすぐる。


「あら、信也君は自信家ね。私があなたの嘘を見破ったら、あなたのお母さんになってもいいかしら」

「そんな微妙な役職、誰もやりたがらないと思いますけど。でも面白そうですね……」


 突然嘘と言われても思い浮かばない。真実を話して反応を見てみるのがいいか。


「では、僕の夢は愛する一人の女性を見付けて、その人と結婚して幸せになることです。出来るだけ長生きしてその人のことを看取ります。その後はそんなに長生きしなくてもいいですかね、寂しそうですから」

「ふ、ふ、ふ、ボクでも簡単に分かっちゃうよ、それは嘘だね。15歳の信也の夢が結婚なんて早すぎるよ。本当の願望は、琴羽お姉ちゃんみたいな素敵な彼女が欲しいとかだよね」


 流石に自信満々に全否定までされるとは思わなかった。逆に凄いぞ。

 あと僕の言わんとすることは彼女が欲しいのとは違う。

 奏さんの顔を見てみると、その表情はよく分からなかった。困惑している、が一番近いだろうか。


「今の話、私には嘘なのか本当なのか、分からなかったわ。今の話は信也君の夢の話よね?誰かの夢の話をしているわけではなくて……」


 転生する前に願ったから間違いないし、僕の意識が戻ってからそんなに時間は経っていない。それくらいで執念深く願った願望が変わるはずもない。


「そう捉えてもらって構いませんけど、やっぱり僕が望むには変な夢でした?」

「いいえ、夢自体は変じゃなかったけど……それがあなたの本当に望んでいることなのか分からなくて。信也君、あなたはもっと別のことを望んでいるんじゃないのかしら。今の話に近いけど、遠い別の望みがあるんじゃないの?」


 よく分からないけど、僕の嘘を奏さんは分からないのだということは分かった。

 特に期待していたわけでもないし思うところはない。


「ちなみに今のは真実です。琴羽が僕のこと全然理解してないことは分かったよ」

「ええええっ?本当に本当なの!?じゃあお姉ちゃんが今すぐ叶えてあげるよ、役所に婚姻届け出しに行こう!!」


 人を超えた速度で腕を取ってきた琴羽を躱し切れず、ソファーから転げ落ちる。

 だからそういうのをまず止めてほしい。


「法律的に無理だから。僕が15歳なの忘れてない?それに僕は愛する人と結婚するのであって、誰でもいいわけじゃないから。お気持ちだけで結構です」

「大丈夫、愛はそのうち目覚めるさ、取り敢えず婚約しとく?記者会見開こうっ」

「嫌です。相手を見付けたら自分でプロポーズする予定だから」

「ボクにしておいた方がいいよ、お買い得だよ?容姿もスタイルもいいし、超有名女優だし、両親はお金持ちだし、高学歴だし、何より信也との相性がバッチリだし」


「いい加減にしなさい。信也君が困っているわよ。それに最後のはあなたの妄想よ」

「ふぎゅっ」


 奏さんが、僕の腕を浮かんでいた琴羽の腕を捻り上げて床に倒す。

 そのまま流れるように正座させられ、説教が開始された。

 超人の身体能力を持つ琴羽も、母には形無しのようだ。

 僕は素知らぬ顔でお茶を啜らせてもらっている。

 

 琴葉の発言を思い返してみると、確かに凄いスペックだな。

 客観的にも事実だし、琴羽が交際申し込んで断る人間がいるとしたら、釣り合わないとか自分に自信がない人間か、そもそも女性が恋愛対象にない人間くらいだろうな。


「ただいま、いい匂いがするな。そういえば今日は鉄塊猪が食べごろに……何やっているんだ?」


 仕事から帰ってきた一郎さんは、リビングに広がるよく分からない光景に戸惑っていた。


「いつも通り琴羽がおかしなことをしようとしてきて、説教されているところです」

「ふむ、いつも通りだな」


 一郎さんと苦笑いを浮かべ合い、女性陣を見守る。

 いつからか、この家にも馴染んだように思える。


 海外の異層空間が攻略できた時、僕の帰る場所は何処になっているのだろうか。

 もし、家族に受け入れられなかったら、またここに帰ってきてもいいのかな。


 浮かんだ考えを頭から振り払いつつ、お腹が空いてきたので琴羽に助け舟を出した。


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