第19話 奈落の受胎と大焦熱地獄
琴羽の活躍で日本はお祭り騒ぎのようだ。
ニュースでも日原琴羽を大々的に取り上げている。
もう琴羽の実力を疑うものはいない。それほど焦熱地獄の戦いは衝撃的だった。
本人は客観的に分かっていないみたいだったが、横から見ていた僕からしたら人間辞めてる動きをしていた。やはりLV10を超えると別格に強くなるようだ。
僕らも疲れてないし装備も消耗していないので、次の異層空間のある鹿児島で移動することになった。
九州に着いてから、移動中の車内で配信している。
「こんにちは、今話題の女優の日原琴羽だよっ」
「こんにちは、青野信也です。現在僕たちは鹿児島に向かっています。明日には攻略を開始する予定です」
「いや~私が大活躍しすぎて時間が余っちゃったから。しょうがないよね~」
「はいはい、凄かった凄かった」
「あれ、全く活躍できなかった信也じゃない。もしかして拗ねちゃったのかな?うりうり」
僕の頬に指を突っ込んでグリグリしてくる。ウザい。
「ほお、そこまで言うなら今度、鍛錬の生配信でも流す?あの顔面崩壊をネットという情報の海に永久保存させてあげよう」
「えっ」
「僕より強いそうだから問題ないよね。僕はマサムネ使わないしちゃんと条件はイーブンにするから大丈夫だよね」
「調子に乗ってすいませんでした。あれを世間に公開するのは勘弁してください」
深々と頭を下げる琴羽。まあ、茶番である。
実力的には応じようはあるけど、負ける可能性は僕にもある。本当に強くなった。
「ところで何で技能のLVが上がったり称号が付いたのかな。何かあった?」
「鍛錬的には心当たりはないけど……心境的なものなら……」
何か思い当たるようだが、この場では言う気がないらしい。何やら意味深な様子で上目遣いをしてくる。
「兎に角、装備もばっちりだから残りの異層空間もサクサク攻略してくよっ、待ってろ鹿児島!覚悟しろ静岡っ!」
「都道府県に宣戦布告されても……まあ残り二つで終わりが見えて来たね。それでは次は鹿児島でお会いしましょう、さよなら」
「またみてね~」
鹿児島の異層空間は鹿児島市の桜島に出来ていた。
今回はまるで人通りがない斜面の山林の中でひっそりと佇んでいる。
いつもこういう場所に出現してくれたらいいのに。ただ車や徒歩ではそこに行くまで大変なためヘリで移動となった。
風向きが良く火山の煙が異層空間側に来なかったので無事に降り立つことが出来た。
「でっかいなあ~相当大きくなってきたね」
「位置によっては山を飲み込んでたかも」
黒い球体を見上げて僕らは呟いた。
ヘリで移動してきたのは僕らだけで、他の職員は殆ど徒歩で駆け付けている。
頭が下がる思いだ。
「では行ってきますね」
「今回も楽だったらいいけど、そんなことないだろうなあ」
リソースの間を抜け中に入れば、紅が目に飛び込んできた。
赤い炎の風が吹き荒れ、大地を焦がしている。
「なにこれ、地獄じゃん……」
「地獄だよ、ここは……」
無事な地面が少なく、どこも燃え立ち、マグマがそこら中に流れていた。
文字通り地獄を体現した環境に戦慄する。
天竜の鱗、凄いと。
全然熱さを感じない。周りに逆巻く炎が僕らの体を避けるように流れる。
「琴羽、鱗に込められた力は有限だから早めに……」
『主様、統率個体を捕捉しました、近いですっ』
早っ!テンマの技能が進化した、などということではない。
僕の視界にはそう遠くない場所に壁が見えていた。単純にこの異層空間の内部がテンマに捉え切れるほど狭いのだ。
「琴羽、走るから付いてきて、統率個体を見付けたかも」
「え、早すぎじゃない?」
走り出せば琴羽も続く。なるべく無事な地面を走りマグマに落ちないように気を付けた。いくら耐性があってもあの中に入りたいとは思えない。
沈めば抜け出せなくなるかもしれない。
『もう直ぐなのです!でも下から感じます。恐らく前回と同じでマグマに潜んでるのですっ』
その瞬間マグマが鉄砲水のように陸地を浸食し、僕らに向かってくる。
「信也、危ない!」
僕は素早く子狐丸を握り、事前にテンマが生命を吹き込んだそれを薙ぎ払った。
マグマの上に氷河のような結晶が生成され、鉄砲水を一時的にせき止める。
マグマで足場が無くなる前に琴羽と共に結晶の上に降り立った。
僕らの周りの陸地はマグマに飲まれ消え失せている。
これが子狐丸の最たる力だ。
対象を結晶化させる力は弱いが、生命から結晶を作り出すことは難しくない。
アオイさんはそんな力の使い方は知らないみたいだったが、この刀に使える能力ならきっとアオイさんも使えるようになるだろう。
「あっぶな……信也の魔法がなかったら、耐性が終わってたかも」
「安心するのは早いよ。来たみたいだ」
マグマから大きな何かが浮かび上がってくる。
ドロドロに溶けたマグマに全身を覆われた土人形の上半身。それだけで5mはある。
「おぼ、ぼあああああああ」
唸り声のような声を上げてこちらに顔を向けている。何を言っているか分からない。
腕を振り上げ、僕らのいる足場に叩き下ろそうとしてきている。
「信也っ」
『子狐丸、充電完了なのですっ!』
「琴羽、僕を信じて付いてきてくれっ」
「オッケー!」
僕は結晶の足場から飛び上がる。着地点に新たな結晶の足場を作り出し、さらにその先に足場を作り飛び上がる。
琴羽も意を決して飛び上がり、僕はそちらにも同じように結晶の足場を作り出した。
土人形の腕が最初の足場を砕き、結晶がマグマに沈む。
逃げた僕らに顔を向け長い腕を鞭のように振りかぶってきた。
同時僕も奴の周囲に結晶の足場をいくつも作り上げる。
炎に巻かれて唸りを上げる腕を躱し、足場を踏み越えて接近する。
左のわき腹に一ノ太刀、二ノ太刀を続けて放ち、抉るように土人形の体を削り取る。
同じように接近していた琴羽が飛び上がり、白燐鉱の長槍が、土人形の右肘を打ち抜き破壊した。
土人形はわき腹と右腕を失い、バランスを崩し倒れようとしている。
苦し紛れに琴羽を捉えようとしていた左腕を、高々と飛び上がりながら、水平に切り裂き分断する。
二人そろって倒れゆく土人形の胸の上に着地した。
「ごああああああっ」
土人形の体が赤々と輝き、炎が全身から爆発するように発されるより早く、僕の刀と琴羽の槍がその胸の石を砕いていた。
目の前には胸の中心が抉れた土人形と、砕けた黄色い石が転がっている。
また統率個体とすぐに会敵してそれを倒すことが出来た。
今回は僕も戦わせてもらったけど、多分足場にさえ気を付ければ琴羽だけでも勝てただろう。
「……難易度下がった?」
「いや、かなり強かったよ。普通なら」
最後に放とうとした炎は相当な火力を秘めていただろう。
腕を振るうだけで周囲を発火させ体は炎に巻かれていたが、天竜の鱗の耐性のお陰で苦労なく接近して、核を砕いて倒すことが出来た。
土をこねたような顔なのに「え、なんでこの人たち炎の中で普通に動いてるの?」みたいな困惑が見てとれた。
大地は燃え、至る所でバーナーみたいな炎が上がっている。赤い風みたいな炎が視界を覆い尽くしている。
この環境では人間なんて数分持たずに燃えカスになるだろう。
「天竜の鱗の耐性がオーバースペック過ぎるのと、この地獄のパワーバランスが尖っているのが噛み合ったんだろうね」
「どういうこと?」
「恐らくだけど、異層空間自体にリソースが存在してると思う。制限時間が長いほど異層空間が抱えるリソースは多いんだろうね。環境が過酷であるほどリソース不足で空間は広くできない、統率個体が強いほど手下の強さと数が減らさないといけない。直近の二つの地獄は統率個体と環境にリソースを振ったんだろう。普通なら異常なほど高い難易度だけど、炎熱に対しての対処が嵌り過ぎて意味がなかったんだ」
事実、視界の範囲では遠くに火山まであった焦熱地獄より明らかに狭くなっている。
「つまりあっちを立てれば、こっちが立たないみたいな?」
「そうだね。ただ最大難易度になると、この地獄プラス大叫喚地獄分のリソースも使えるとすれば、人間が戦えるのかどうかも怪しい。いや、この異層空間も本当だったら攻略不可能のレベルだけど」
僕は石を拾い上げて空間を消滅させた。
降り立った先にいた職員は、喜ぶというより早すぎて困惑を露わにしていた。
少し前から思い始めていたが、上位観測者が何故こんなに攻略の難しい試練を用意するのだろうか。
まるで地獄を地上に生み出そうとしているようではないか。
人類の滅びを助長しようとしているとしか思えない。
「ねえ、時間が早すぎたし、また配信しない?」
「……いいけど。琴羽だけでおね……」
「元町さん、いいですか?オッケーだって、じゃあ今から配信しまーす!」
聞いちゃいないよ。いや、断るのを予測し無視したな。
攻略が早すぎて元気が有り余っているだろう。疲れてもいないし付き合うか。
職員さんに準備してもらい、折角だからと桜島の火山を背景に配信をスタートさせる。
何故か琴羽が背後に回り、僕がカメラの前面に押し出される。
「やっほー日原琴羽だよ、ゲリラ配信始めましたーっ」
「こんにちは、青野信也です。たった今大焦熱地獄を攻略してきました。いや~激戦でしたね」
「お、何だかんだでノリノリだね。ん~そうだったよね、ボクなんて2回は死を覚悟したね」
「僕は5回は覚悟したかな」
「あ、やっぱりボク、10回はあぶなかったかも」
「そっか、無事でよかったね」
「急な梯子外し!いつもそれやるんだから、もっと付き合ってよ~」
背中越しに頬っぺたをムニムニと抓ってくる。
僕の間抜け面が全国に晒されていることだろう。
僕らはカメラに映っているだけなので、コメントは見れないからどんなことを言われてもリアクションは取れない。琴羽はそのまま喋り出した。
「次は日本最後の異層空間の攻略だよ。腕が鳴るね」
「どんな異層空間か分からないけどね。日本みたいに大きい空間かもしれないよ」
「ボクとしては今回みたいに狭いのがいいけど、さっきのリソースの話が本当だとすると、敵が強くなりすぎるパターンもあるよね。環境が普通、空間が狭い、手下も弱くて少ない、統率個体だけに全部のリソースを結集したみたいな」
「ははは、どうしてそんなこと言うの……現実になったら怖いんだけど」
フラグって知ってる?そこまでのぶっ飛んだリソースの使い方は有り得ないだろうけど。
「まあまあ、その時はボクが守ってあげるから任せてよ」
ほっぺから手を外して、今度はあすなろ抱きしようとして来たのでしゃがんで躱した。
「油断も隙も無い」
「もう、照れなくてもいいじゃんっ、大人しく抱きしめられなよ!よいではないか、よいではないか」
手をワキワキしながらにじり寄ってくる琴羽に対して、僕はそのままカメラの外に逃げ出した。
「嫌だから、全世界に流れてるのに琴羽に抱きしめられるとか絶対嫌だからっ」
「嫌も嫌も好きの内ってね、つまり嫌がるほど大好きっていう信也の愛情表現だよねっ」
ポジティブ最強かよ。琴羽も追いかけてきてカメラの前から誰もいなくなった。
困った職員さんが「終わります」と呟いて強制的に配信を切った。
視聴者は一体何を見せられたのだろうか。いい加減誰かに怒られそう。




