第17話 祝勝会とメール
「それでは試練突破を祝して、かんぱーいっ」
「「「かんぱいっ」」」
琴羽が元気いっぱいで音頭をとる。
僕も壇上でコップを掲げ、直ぐに人に紛れた。
早いうちに異層空間を攻略したため、その日の夕方には、銀座のホテルの会場を貸し切って祝勝会が開かれた。
元町さんや職員、関係者が招かれている。
半日でどうやって準備したのだろうか。
カメラも回っていて、この様子を全国に流していた。
こういう明るいニュースを流す必要があるみたい。この会場も政府が用意してくれた。
僕はカメラから逃げつつ、テンマと一緒に高そうなご飯をお腹におさめる。
食いだめしなくては。
「信也こんなところにいたっ、カメラさん、ここですよ、ここっ」
琴羽がカメラマンを引き連れてこちらにやってきた。
「まったく、主役がご飯に集中するなんて、許されないよ」
「ええっ、でも攻略終わってからカロリーバー齧っただけで限界だったんだよ」
「それ、自業自得だから。夜ご馳走が出るって話を聞いてからお昼ごはん断ったせいでしょ。そのせいでボクもお腹ペコペコなんだから」
「……琴羽は食べればよかったんじゃ?」
「兎に角、最低限の義務を果たさないと、はいっなんか言って!」
カメラが僕を納めている。もう映っているだろう。無茶ぶりにもほどがある。
「おめでとうございます」
「信也が言われる立場だから。テイク2」
「今はただ、ご飯食べたいです」
「もうちょっと気の利いたこと喋る。テイク3」
「ゴホン、これからも困難な戦いが続きますが、日原琴羽が必ず日本は救いますので安心してください」
「何一人で逃げようとしてるの、ボクと信也の二人でだよっ」
「そうだね。現実問題、次からは厳しい戦いになりそうだし」
深刻そうな顔で喋ればツッコミをしようとしていた琴羽が止まる。
「今までの地獄は環境耐性で何とかなったけど、地獄の由来を考えると、これからはそれだと足りなくなりそうだ。炎や熱に耐性のある装備がないと、進むことすらままならなくなるかもしれない」
「え、急に真面目になって貰っても困るんだけど……」
「これくら言っておけば大丈夫?ご飯食べていい?」
「ええ~ここまで話して梯子降ろさないでよ、皆も気になってるでしょ」
いつの間にか視線が集まっている。カメラの向こうの人達も気になっているのだろうか。
「一応考えはあるよ。乞うご期待と言うことで。だからご飯を……」
「あああ、もうそんな目で見ないでっ!食べていいから、後はボクがやっておくよ」
よし勝った。僕はカメラから逃げて別のテーブルに移動してお皿に料理を盛り付ける。
お腹いっぱいになるまで食べて、偶に挨拶をしに来る人たちと取り留めもない会話を終えて日原邸に帰った。
東京の異層空間が解放された以上、これからは日原邸でお世話になるわけには行かない。
僕は父さんに連絡を取って一度帰っていいか、訊ねてみることにした。
電話には出てくれなかったのでメールで聞いてみる。
僕は食堂に降りて奏さんの作った朝食を頂く。一郎さんもスーツ姿で食卓に着いていた。
「おはよ~」
パジャマ姿の琴羽が眠そうに欠伸を噛み殺して降りてくる。昨日の疲れが残っているのか、いつにもましてだらしない。
「あなた、もうちょっとちゃんとしなさい。信也君もいるのよ」
「えっ」
琴羽は目を見開き硬直する。どうやら目が覚めたらしい。回れ右してリビングを去っていった。
「ごめんなさいね、あの子は朝が弱いから」
「気にしてませんよ。うちの姉妹もあんな感じです。話が変わりますが、東京の試練も終わりましたのでそろそろお暇しようと思っています。長い間お世話になりました」
「……え、ああ、そう言えば、そうだったわね……なんだか家の子になってたと思ったわ」
「そうだな。別に急いで出ていかなくともいいんだぞ。あの子もまだまだ手が掛かるだろう」
「一度家族とも話したいですし、琴羽については今後の為に体力作りを主に行うメニューを考えていますので、僕がいなくても問題ありません」
折角奏さんから話し合うようにアドバイスを貰ったのだ。
時間のある内に場を設けなくては。このままズルズル先延ばしにしてしまいそうだし。
「……そうよね。信也君にも帰りたい場所はあるわよね」
寂しそうに言葉を漏らす奏さんに何だか罪悪感が湧く。そんなことを思っているとお洒落な部屋着で琴羽が降りてきた。
「おはよう信也、さっきのボクは双子の妹で……あれ、何かあった?」
「信也君が家に戻るそうだ。時間があるなら見送ってあげなさい」
「え、帰っちゃうの……」
琴羽まで悲しそうな顔をしてくる。彼女といた時間はそう長く無かったが、中々に濃かった。
急にいなくなると寂しくもなるのだろう。
「うん、僕も家族とちゃんと話をしたいから。琴羽とは次の試練の大阪で直ぐに会えるよ」
「それはそうだけど……」
スマホが震えた。画面には父さんの名前があった。
「あ、丁度連絡が来たみたい。いきなり帰ると驚かれるしご飯の準備も………」
僕は画面を見て固まり、思考が僅かな間停止した。
「どうしたの……何か悪い事でも書いてあった?」
奏さんの問いにハッとして顔を上げる。
何でもないように顔を取り繕い、困ったように頬をかいた。
「あー、何でもないです。ちょっと元町さんに連絡する用事が出来たなと思って……ご馳走様でした。部屋で荷造りしてきます」
僕はその場を後にした。
部屋に戻ってから、荷物を防具袋とキャリーケースに詰めていく。
『なあ、メールとかいうのにはなんて書かれてたんだ』
ふと手を止めてスマホを眺めていると、マサムネがこちらに話しかけてきた。僕はメールの文章をそのまま読み上げた。
「……信也、お前は目立ちすぎている。家族に負担を掛けたくないなら帰ってくるな。政府に寝食の面倒を見て貰っている間は問題ないだろう。必要なら金銭も振り込む。母さんや花音たちも、みんな疲れている。お前の顔を見てしまえば悪感情を抱くかもしれない。今は我慢してくれ。終わり……」
『そりゃあ……俺っちもなんて言っていいか』
「僕って最悪だよね。家族から逃げて、家族には負担を掛けて、そのくせ日本では沢山の人に良くやったて褒められてるんだよ。なんなんだろうね……」
『主様は何も悪い事してないのです、ずっと一生懸命だったのですっ!』
『……相棒』
「このまま戦い続けていれば、もっと苦しめるのかな……でも止まれない。止まるわけはいかない。……どうしたらいいんだろうね」
前世では、化け物を倒していた時はただ倒すことだけしか考えてこなかった。何も顧みなかった。
今回もそうすればいいだけじゃないだろうか。
でも、そんな人間が誰かと添い遂げるなんてできるのかな。
そんな人間が、本当に誰かの家族になんてなれるのかな。
「信也、荷物の片づけ終わった?」
「うん、大丈夫」
「お父さんが車出してくれるって言ってるから。ボクもお見送りするよ」
玄関先まで降りると、奏さんと一郎さんが待っていた。
「一郎さん、有難うございます。最寄りの駅までお願いします」
「え、家まで送るぞ。車の方が早いし荷物も多いだろ?」
お世話になった日原一家には伝えないわけにはいかないけど、そのまま話すのは憚られた。僕にも外聞を取り繕う羞恥心はある。
「それが家には帰れなくなってしまって。先に大阪に行ってようかと」
「なんで?さっきのメールに何が書かれてたの?」
「え~と何といいますか……やっぱり帰る勇気が出なくなってしまって。すいません、帰るって言ったり、帰らないって言ったり」
「ねえ、それは本当なの。本当にそんな理由なの?」
奏さんの言葉に口を噤む。あれだけはっきりと家族と話すと言ったのに意見を翻して情けないと思われているだろう。
「……家族に負担を掛けているようなので、今は難しいかなと」
「さっきのメールで何か言われのかしら。私にそれを見せられない?あなたの考え違いもあるかもしれないでしょう」
少しその申し出に戸惑ったが、奏さんの有無を言わさぬ雰囲気に抵抗する気が起きず、素直にスマホを差し出してメールを表示させた。
一郎さんも琴羽も覗き込む。
「忙しいのか電話には出て貰えていないので、メールだけですけど……」
「「「……」」」
じっと時間が止まったように沈黙が降り、誰も言葉を喋らない。
短いメールを見詰めたまま止まっている。
やっぱり見せない方がよかったかも入れない。父さんも誰かに見られているなんて思ってないだろう。
気まずい空気に耐えられなくなって、視線を観葉植物に固定させていると膨れ上がる怒気を感じた。
「有り得ないよ、この人は、信也の家族は何を見てきたの、信也が何処で、何してたか分かってるの?地獄で鬼と戦ってるんだよ、日本に暮らす人の為に、あんな恐ろしい場所で、一人でだって戦ってたのに、どうしてこんな突き放すようなことっ、平気で書けるのっ!」
ブルブルと体が震えるほどの力を込めて、琴羽が怒りを抑え込んでいるのが分かる。
噴火寸前の火山のようだ。
琴羽は怒りとは縁遠い人間だと思っていた。少なくとも激情を誰かに向けるイメージはなかった。
「少し、見誤っていたのかしら。ごめんなさい、信也君。私はあなたに余計なことを言ってしまったみたいね」
奏さんは琴羽のように怒りを見せていないけど、今までとは違う色の瞳で僕を見詰められる。
何となく落ち着かない気持ちになる。
でも余計な事って何のことだろうか。聞ける雰囲気じゃないので聞かないけど。
「ふー……すまん、少し頭を冷やしてくる。今車を運転すると事故を起こしそうだ」
そして何気に不穏な一郎さん。そんなに体調悪いなら車の運転しなくても歩いて行きますよ。
いや、荷物多いし目立つからタクシー呼ばせて貰おう。
でもやっぱり言える雰囲気ではない。
「琴羽、取り敢えず落ち着いて深呼吸したほうがいいよ。そのままだと血管が切れちゃいそうで見てる方が心配になるから」
「す~は~す~は~、よし、ますます腹立ってきた、私お外走ってくる。信也は勝手にいなくならないでよっ」
素直に言うこと聞いてくれたけど、よく分からない理由で走り出して行った。
「私はその間に信也君とお話しさせてもらおうかしら。お茶を淹れてあげるからゆっくりしましょう」
新幹線の時間が気になったが、僕に拒否権はなかった。
今までしていなかった家での話や、僕がどんな生活をしていたか色々聞かれた。
そんな面白みもない話をどうして聞いてきたのだろうか。
意識の戻る前の話なので、事実を淡々と話すほかない。
本当につまらない話をしたと思うけど、奏さんとしては問題なかったようだ。
なんだか少し前にも感じた第六感が不味いんじゃないかなあと訴えてきけど、見ないふりをした。
結局大阪へ移動することが出来ず、直前まで日原邸に居候させてもらう事となった。




