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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 八大地獄
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第16話 奈落の受胎と大叫喚地獄



 一つ前の異層空間の攻略からちょうど一週間。

 僕らは次の異層空間に挑もうとしていた。

 異層空間は銀座のランドマークの目の前に形成されている。

 

 時計塔を中心に、十字路やその周辺の建物の一部を飲み込んでいる。

 相変わらず邪魔な位置にある。そして目立つ。

 

 今日の人だかりは今までの人だかりの比ではない。見渡す限り人が溢れている。

 既に政府が攻略の日取りなどを発表していて、僕たちを一目見ようと人が集まり、千人以上の警備員が集められているらしい。

 流石に今までの場所と違い、都心のど真ん中では警備の手間が大きく掛かってしまうようだ。

 設営されたテントの中で、忙しそうに立ち回る人たちを眺めていた。


「いよいよ五つ目か。ボクにとっては二回目だけど」

「折り返し地点だね。難易度を考えたらそうも言えないけど」


 琴羽は緊張しているようだ。ぎゅっと拳を両手で握りしめている。


「鬼はもっと強くなってるんだよね」

「予想だと、単純に前回の地獄が強化されたものだと思う。新種が居なければいいけど」

「ボク、あれから強くなったかな?」


 琴羽の実力は伸びてはいるが、数値にはあまり現れていない。そこが不安なのだろうか。


「強くなってる。飛び道具の対応とスピード特化の対応も鍛錬しただろ。ステータスなんてただの飾りだよ。僕なんて技能一個もないのに琴羽から一本も取られてないでしょ」

「ふふっ、それが一番わけわかんないし。なんであれだけ強くて技能無いの。詐欺じゃないかな」


 思い出し笑いでもするように、肩を揺らして可笑しそうに笑う。

 僕は琴羽の背に手を置いた。


「大丈夫、今から行く地獄も、この先行く地獄も、僕より強い奴はいない。安心して戦っていい。経験を積んで僕のことをしっかり助けてね」

「~~~ここぞとばかりにっ……狡いぞ、信也っ!ボクにも触らせてっ、てやっぱり躱すんかい!」


 またハグしようとしてきた琴羽を躱していると、元町さんがやってきた。


「準備できました。いつでもどうぞ」

「オッケー、それじゃあいつも通り行こっか」

「分かりました。行ってきます」

「ご武運を」


 異層空間の目の前にカメラとマイクを携えた人がいる。

 僕たちはその前に立った。ざわめきが治まり僕らの声を聞こうと観衆が見守る。

 配信スタートの合図とともに琴羽が喋り出す。


「みなさん、おはよう、日原琴羽ですっ!ボクたちは現在銀座のど真ん中、異層空間の目の前にいます」

「おはようございます、青野信也です。今からこの異層空間の攻略を行いますので、チャンネル登録、高評価のほどよろしくお願いいたします」

「えっ急に何言いだしたの!?あとこれ一応ボクのチャンネルだから言うならボクが言うよっ」

「奏さんから言った方がいいって言われたんだけど、何か違ったかな」

「もう、お母さん信也に変なこと教えないでよ!売名行為みたいでボクが叩かれちゃうんだよっ」

「この状況で自分のチャンネルからオープニング配信してるから、疑う余地なく売名行為だと思うけど?次から辞めようか」


 観衆から怒号のように「やめないで~」と叫びが上がる。この人数になると一種の音響兵器だ。ビリビリ震えて窓ガラス割れそう。


「こんなに惜しまれてて辞めるなんて勿体ないから。信也は地獄では完全に真面目モードになっちゃうからこういうのは貴重なんだよ。ちゃんと供給義務を果たしてくれないと」


 供給義務とは何だろう。首を傾げていると、また何やら観衆が叫んでいるけど声がバラバラでよく分からない。


「じゃあオープニングはここまでにしてサクッと行きますか」

「そうだね、行こう」


 僕らは黒い球体の中に入る。

 リソース交換の間でポーションを二本交換し琴羽に渡した。


「え、これ……」

「拒否権無し。僕のリソースは余ってるから気にしなくていい。琴羽のリソースは今後のためにもポーションに交換しない方がいいよ」


 一度交換したものをリソースに戻すことが出来るけどレートは下がる。リソースにロスが出るのでそれは積極的には使いたくはない。


「有難う……ちゃんと体で返すから」

「ああ、それは当然だよ」

「えっ!ついにその気になったの!?わ、私にも色々準備がありまして……でも、いいかな、なんて」

「準備も何も今から返してもらうから」

「ここで!?確かに配信には流れないけど……」

「しっかり地獄で戦ってね。僕を楽させるように」

「知ってた」


 琴羽は安堵したようながっかりしたような感じで肩を落とす。

 緊張しすぎて情緒がおかしくなったのだろうか。その割に良い感じに力は抜けてるけど。


「もおおおおおっ、帰ったらご褒美貰うから!」

「いや、なんで……」


 いまいち締まらない雰囲気と共に大叫喚地獄へと踏み出した。


 世界が白く覆われている。

 もう刀の先までの距離しか見えない。下手すれば迷子になるな。


「信也、これちょっと不味くないかな」

「ああ、不味いね」


 相手のこちらを察知する技能が成長し、こちらの相手を察知する感覚が鈍ったのなら、断然不利になったと言える。


 僕でもスピード特化の鬼五や、弓持ちに対応できないかもしれない。

 先も見えないから、走れば鋭利な剣山みたいな場所に突っ込みかねない。


「ここにきて人数の少なさのネックが出て来たね。今までみたいなやり方だと危険すぎる」

「どうするの?」


 不安そうな琴羽に何でもないように笑う。


「やり方を変えるしかない。まだ使いたくはなかったけど、これはしょうがない」


 僕は白鷺ではなく、子狐丸を抜いた。

 黒い結晶化した刀身が露わになる。

 ストレージで見たときはその力は書かれていなかったが、僕のステータス閲覧には別の言葉が綴られていた。


『子狐丸


 夜狐の水晶眼が開眼した際に結晶化した脇差。

 水晶眼の力の一部を持ち、生命を込めることで持ち主の害となるものを無差別に結晶化させる。刀の力を操ることで制御可能→』


 僕は子狐丸に生命を込め、スッと横に払う。

 すると見える目の前の視界の蒸気は瞬く間に晴れた。

 蒸気を消したわけではなく、まとめて結晶化で固めてしまい、重さで地面に落ちしただけだ。

 足元にパラパラと小粒の結晶が落ちている。うん、問題なく使える。


「え、何今の!魔法ってやつ!?」

「それに近いけど、マサムネと同じようなものだよ。刀の力を借りてるだけ」

『テンマ、悪いけど力を貸して』

『ハイなのです!わたくしの出番ですねっ』


 頼られて嬉しいのか、子狐丸を持つ僕の手に乗っかり、その柄に触れる。

 テンマから膨大な生命が流れ込み、子狐丸から青白い光が溢れ出す。

 僕はその力をコントロールし対象を蒸気だけに絞った。相変わらず出鱈目な量の生命と出鱈目に下手糞なコントロールだ。

 僕の精度と生命が蛇口の開閉なら、テンマのそれはダムの放水だ。

 テンマにコントロールを委ねると、この地獄が全部結晶に変わってしまうとさえ思えてくる。


「琴羽、マント被って」


 はち切れんばかりに力を巡らせる小狐丸を空を切るように振り払い、認識できる全ての蒸気に結晶化を掛ける。

 僕もすぐさま外套を被って結晶の落下に備えた。

 5秒くらいしてバタバタと小粒の雹のようなものが外套を打ち付け、そこらじゅうで激しい音が鳴り耳が一時的に聞こえなくなる。ゲリラ豪雨と雹の嵐が同時に来たかのようだ。

30秒ほどすればそれも止み、外套から顔を出せば、そこにはただただ広い地獄の光景が遥か先まで広がっていた。


『……テンマ疲れてない?』

『全然余裕なのですっ。100回同じことやっても多分疲れないですよ』


 テンマさんやべーです。

 刀に込められた力は暴発させないよう全部使ったが過剰だったかもしれない。

 これ絶対やり過ぎだよ。直ぐにでも鬼が駆けつけてくるだろう。今更取り返しがつかない。

 

「………」


 琴羽でさえ口を開いて目の前の光景を信じられない目で見ている。


「ごめん、周りだけ晴らすつもりだったんだけど、下手糞で全部晴れちゃったみたい」


 その声に答えるものはいなかった。

 大は小を兼ねるって言うし、気にしちゃ駄目だね。


「その刀あれば他の異層空間も楽勝なんじゃない?どうして今まで使わなかったの」


 周りを警戒しつつ、好奇心を抑えられないように聞いてくる。


「そう都合が良くないんだよ。この刀は結晶化の能力は持ってるけど、その一部だけだ。生命に対してはまるで結晶化できないし、馬鹿みたいに燃費が悪いからね。今ので素寒貧だよ」


 自然現象に対しても微妙だ。水や地面も表面だけしか結晶化できない。

 突き刺せば中も結晶化できるけど、無茶苦茶通りが悪い。

 今回は役に立ったけど、中々使う機会に恵まれない能力だろう。

 まあ子狐丸の物質を結晶化させる能力はおまけでしかない。この刀は別に特殊な力がある。

 

「え、それ大丈夫なの……」

「こういう事態に備えて事前に溜め込んでたから問題ないよ。次使うまでまたコツコツ溜める必要があるから乱発できないけど」


 そういうことにしておく。

 溜める必要もないほど溢れかえっているけど、テンマいないと今言ったことを実行しないといけないから間違いではない。


「む~そういうのはコンビとして情報共有すべきじゃないかな。まったく」

「ごめん、何処まで有効か分からなかったから、ぬか喜びさせるのもなんだし」

『主様、敵です。距離は視界で捕らえられないくらい離れていますが、このままだと直ぐに捕捉されそうな感じがします』


 敵の感知能力が上がっているかもしれない。テンマの感覚を信じて岩陰に隠れる。


「もう敵がいた?」

「勘だけどかなり離れた位置から気配を感じた。本当なら全然捕捉される距離じゃないけど、少し妙だ」

「やり過ごすの?」

『統率個体の気配はある?』

『う~ん、掴めそうで掴めないのです。あちこちに大きめの気配はあるのですが、どれが統率個体かと言われると、どれも違っているような……』


 統率個体を先に見付けられたのなら戦ってもよかったけど、確信がないならやめておいた方がいい。

 それが普通だけど今回は別の問題があるためセオリーは無視する。


「蒸気はまた満ちてくる。あんまり悠長にするより戦い続けた方が安全だ」

「ということは、乱戦ね」

「統率個体が見つかるまで、蒸気がまた満ちるまでデスマーチだね」

「うへ~やっぱりご褒美ないと割に合わないよ」


 チラチラとみてくる琴羽。僕はため息を吐いた。


「ハイハイ、無理のない範囲ならご褒美上げるよ。変な事言ったら二度とコンビ組まないけど」

「え、本当に?言ってみるもんだね。ところで変な事ってどれくらい?ABCでいうとどれくらい?」

「コンビ解散」


 僕は琴羽を置いて走り始めた。本当に置いて行くわけにはいかないから追いつける速度でだけど。


「まって、うそうそ、これあれだから、詐欺の手口でドア・イン・ザ・フェイスって言いう奥ゆかしい日本女子の技法なの、だから本当にしようなんて思ってないから」


 直ぐに追いついてきて、一応敵に気を付けて小声で話しかけてくるけど無視。


『主様、どうやら弓持ちのようです。こちらを感知しています。明らかに能力が上がっているのです』

『ああ、でも相手は不幸だね』


 突如飛来する矢を琴羽の槍が打ち払う。

 もう彼女は見えてさえいればあの程度の矢など、どうということはない。

 そもそも今は気にも止めていない。


「ねえってば、冗談だから許してよ、本当にコンビ解散じゃないよね?ねえ?」

「左右から鬼の軍勢が近付いて来てる、やるよ琴羽」

「っ!任せてよ、ボクらはコンビだからねっ」


 前後左右、鬼五の群れが僕らを狙ってくる。

 矢の数が増え、先行するスピード特化に会敵した。





「あああああ………」


 琴羽の槍が統率個体の胸の石を穿ち、巨体は黒い炎に変わり消滅する。

 周囲の地形は激しく争った跡が残っていた。

 琴羽は堪らず崩れ落ち、地面に手をつく。

 その体は致命傷こそないが、放っておけば失血死の心配がある傷がいくつもある。

 僕は懐からポーションを取り出し、彼女に使った。


「……ありがとう。ああ、統率個体までポーション使わずに来たのに、こいつだけで3本も飲まされた」

「いや、上出来だったよ。良く最後まで戦ったね」

「えへへ、ご褒美がボクを待ってるからね。信也もサポート有難う、お陰で戦いに集中できた」

「どういたしました」


 強い気配のする方へひたすら突貫をかけて鬼五を倒し続けた。

 強い気配の正体は像五だった。どうやら大叫喚地獄にもいたらしい。単純に頑丈さが上がっただけだったため難なく倒せた。

 

 移動速度が上がったこともあるが、運良く3時間ほどで統率個体を発見した。

 統率個体との戦闘を任せてほしいと言い出したのは琴羽自身だ。僕は彼女の戦いが邪魔されないよう次から次へと来る鬼五たちを倒し続けた。


 戦闘が長引いたから新手が沢山来るし、矢が本当に面倒臭かった。

 それでも二人で無事に勝利できた。琴羽も確かな手応えを感じている。

 事実、彼女の実力も精神も一皮剥けたと僕も感じていた。


「じゃあ今回は琴羽がMVPだから、それは琴羽のものだよ」

「うん、遠慮なく。でもすぐに無くなっちゃんだよねえ。世知辛い」


 黄色い石を拾い上げ、空に透かす。異層空間が罅割れ崩壊していく。

 僕たちは現実に戻り、銀座の十字路のど真ん中に降り立った。

 割れんばかりの大歓声に包まれ、僕たちの帰還は祝福される。

 それは間違いなく彼女に贈られた賛辞だった。


 琴羽は泣き笑いのような顔を一瞬浮かべ、観衆に満面の笑みを返した。


「イッエーイ!コングラチュレーション!!」


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