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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 八大地獄
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第14話 合間とお泊り



 叫喚地獄の攻略後、次の異層空間への挑戦は少し間を開けることになった。

 一つは僕たちの装備の点検と補修。

 琴羽の装備は、武器も戦装束もいい状態ではない。

 試練の配信を見ていた職人が、改良に燃えているらしく少し時間がかかる。

 

 もう一つについては、どうしようか頭を悩ませている。

 政府から出頭依頼が掛かったのだ。



 異層空間を攻略した次の日の14時を回った位、盛岡のホテルの周辺をランニングしてきて戻ってきたところで、その話を聞いていた。

 地獄で戦った次の日なので、今日のメニューはこれで終わりにしている。

 満身創痍で項垂れている琴羽は会話に入ってきていない。


「今回の出頭依頼、元町さんはどう思いますか」

「断るのは難しい案件です。申し訳ありません」

「出頭理由はどの件でしょうね」

「確定情報はありません。表向きは聴取です、なのでいくつか思い当たりますが……どれも愉快な内容ではないです」


 僕も思い当たることはある。

 琴羽のブレーンの件、エーテル結晶の件、外国への支援の件、少し変化球で僕らの攻略の妨害。

 でもこの中では主目的でなくとも、攻略の妨害には繋がるんだよなあ。

 時間取られるわけだし。誠に世知辛い。

 

「一度お家に戻りますか?次の異層空間は東京ですから、信也様も日原様も家は近いですよね」


 僕はギクリと肩を震わせて視線を逸らした。

 別に分かりやすく演技したわけではなく自然な反応だ。

 家族に関して、未だどうしていいのか分かっていなかった。

 父さんに近況をメールしているだけで、他の家族とは一切連絡を取っていないし、政府支給のスマホだから他の連絡先も分からない。

 僕の日常は完全に棚上げされている。


「信也は家に帰りたくないの?」


 復活した琴羽が話しかけてくる。僕の様子を見てどこか戸惑っていた。


「実は琴羽と初めて会った夜は家族と喧嘩した日で、それ以来連絡を取ってないから……父親には近況を連絡してるけど、あれから家がどうなってるか分からない」


「今まで言う機会がなかったけど、ボクが信也とあの時会ったのは偶然じゃなくて、政府の人から連絡を受けたからなの」


「信也がなんであそこにいたかまでは知らなかったし、行くか行かないかはボクが決めていいっていう話だったんだけど」


「察しはついてたよ。見るからに怪しかったし」

「ごめんなさい……。でも会える機会を逃したくなかったから……つい…」


 また元町さんが生暖かい目で僕らを見ている。だからそれなに?

 僕の訝しむ視線に、元町さんは小さく咳払いをして口を開いた。


「ゴホン、無理に帰る必要はありませんよ。ホテルは延長できますし、鍛錬のための設備は用意しますので」


 そう言って貰えて助かるが、ホテル代がかかるしやっぱり家には帰るべきだとは思うけど、母さんの考えが変わってなかったら結局また怒らせてしまうことになる。

 いっそ試練が全て終わるまで帰らずにいて、呆れられた方がいいのだろうか。

 どうにも考えがまとまらなかった。


「家に帰りたくないんならボクの家に来る?家族もいるけど信也なら絶対歓迎すると思うよ」

「あの、政府の人間として流石に見過ごせませんよ。15歳の少年を家に連れ込むなど……」


「ちょっ、そそそそんな不埒なこと考えてないからっ、純粋に心配しただけだし家族がいるって言いましたよね!それに鍛練だって二人で出来るし効率的ですから、合理的考えの元の提案です!最近頭の中お花畑になってないですか、ここの職員の人達っ」


 早口で捲し立てている琴羽を、胡散臭そうに見詰める元町さん。

 僕はそんなに怪しい提案には思えなかったけど、未だにご飯食べてるのをジッと見てきたり、やたらボディタッチしようとしてきたり、説明のつかない行動をしてくるので警戒しているのだろうか。

 

「それだと、結局琴羽の家に迷惑かけちゃうし……」

「ないない、絶対喜ぶよ。信也は自分のこと分かって無さ過ぎだよ。うちの両親だったら全力で養子縁組してくるよ。信也は全国息子にしたい選手権、ぶっちぎりナンバーワンだから」


「そんな選手権あってたまるか。でも琴羽が家に帰って鍛錬の面倒は見れなくなるのは困るかな。まだまだ伸びしろあるし、鍛えないと次の異層空間は厳しくなる」

「……あ、そういえばど〜しても家に帰る用事あったんだった。どうしようかな~困ったな~鍛錬できないの残念だな~」


 おい女優、大根役者を演じてるのか?そうなのか?

 見え見え過ぎる。それで僕の鍛錬から逃れるつもりか。

 

「そこまで残念ならその用事に付き合うよ。あ、でもご両親に迷惑が掛からなかったらだけど」

「よっしゃあ!!」


 え、なんで急に叫んだの?しかも天にガッツポーズまで決めている。

 スマホを取り出して爆速で電話をかけ出した。


「あ、お母さん?うん、大丈夫だよ。それよりさ……うん、そうだよ……分かってるよ…うん、うん……そういうことで……よっし、信也、オッケーだって!」

「え、本当に?」

「問題なし、むしろヨシ!というわけで信也はうちの子になるので、元町さんは諸々連絡があればお願いしますね。さあ、荷物纏めてしゅっぱーつっ」


 さっきまで疲れ切っていたのに、走ってホテルのロビーに向かっていった。


「……信也様、くれぐれも不適切なことだけはなさらな……いえ、されないように気を付けてください。枕元にこれを」


 元町さんはため息を吐いて、謎の助言とともに催涙スプレーを渡してきた。

 何に使えと?





 高級住宅の並ぶ場所に琴羽の家、いや屋敷は建っていた。

 庭は広く、その豪邸は目立っていた。東京都でも指折りの住宅街にあっていい広さじゃない。

 しかもオシャレというかデザインが独特で、僕の言語で表現するなら、こんな家に来たら緊張するという事だけだ。


 庭を抜けて玄関を通って勝手知ったる琴羽は進んでいく。

 僕もそれについて回りキョロキョロと辺りを見渡した。


「ただいま~」

「お帰り、琴羽。それにいらっしゃい信也君。私の名前は日原奏よ、宜しくね」

「お邪魔致します。今日から宜しくお願い致します」

「あらあら、礼儀正しいわね。でもそんなに硬くならないで。自分の家みたいにリラックスしてもらわないと、こっちが申し訳なくなってしまうわ」


 出迎えてくれたのは琴羽に似た母親の奏さん。黒髪で赤茶色の瞳をしている。

 母さんが年齢を感じさせない美人だとしたら、この人は程よく年齢を刻んだ美人だ。

 落ち着いていて、柔和というか上品さが滲み出ている。

 ただ足運びと背筋が妙に凛としていた。僕は琴羽に顔を向けて訪ねてみた。


「もしかして、琴羽に槍を教えたのって奏さん?」

「あら、流石ね……」


 ちょっと驚いて口元を手で隠す。

 その目は面白いものを見付けたとでもいうように一瞬輝いた。


「え、なんで分かるの?」

「なんとなくだよ。すいません、変なことを言い出してしまいまして」

「構いませんよ。それに後で二人は鍛錬をするんでしょう?私も混ざろうかしら」


 玄関で話し続けるものでもないので、客室に案内されて荷解きをした。

 客室も手抜きなく上品なもので、普段の僕の暮らすグレードと違い過ぎて落ち着かない。

 

 スマホを何気なく確認すると父さんからメッセージが来ていた。

 一応家族のみんなは落ち着いているらしい。

 ただ変な噂みたいなのがあって、少しそれが心配だと書かれていた。噂の内容は書かれていない。

 近況を教えてほしいと書いてあったので、簡単にまとめて父さんに返信した。


「信也、夕食の準備が出来てるよ。一緒に行こう」

「うん、分かった」


 僕はスマホをしまって琴羽に伴われて食堂を訪れた。

 食卓は準備されていて、結構な量の料理が並んでいる。

 そして知らない男性がそこにいた。


「はじめまして信也君、琴羽の父の一郎だ、宜しく」


 一郎さんは肩幅が広めで、学生時代にラグビーでもやっていたかのような大きな体格だった。

 お腹がちょっと出ているけど、若い頃はモテていただろうなと思わせる。


「挨拶が遅くなりました。青野信也です。本日からお世話になります」

「妻から聞いていると思うけど、自分の家と思って寛いでくれ。建前ではなく、本当に自分の家と思ってくれて構わないから」

「早く食べようよ、信也も私もここに来る前に鍛錬してたからお腹ペコペコだよ」

「そうね。信也君、沢山食べてね」

「中々の大食漢だと聞いているぞ。遠慮なく食べなさい」

「はい、いただきます」


 大食漢なんて何処で言われているんだろうか。確かに体づくりの為に食べるようにしているけど。

 和食中心だけどガッツリした肉も準備されている。味噌豚焼きを口に入れる。

 うまっ。何か味噌の風味いいし豚の油の甘みをぐっと感じる。鉄塊猪をこれで食べたら絶対旨い。白飯が進む。

 味噌汁を飲めば知らない出汁の風味を感じた。具だくさんで美味い。

 野菜炒めのようなものもあったけど、何だろうか。多分日本の料理じゃない。

 

「それは野菜のオーブン焼きよ。色々な野菜があって美味しいわよ」


 バターとニンニクの風味がいいアクセントになっている。あんまり食べたことが無い野菜があり、食感や味の変化が面白い。次々と口に運んでいく。

 三人から視線を感じるが気にせず食べる。テンマに少しずつ分けることを忘れない。そう言えば家庭料理を食べるのは初めてだったな。

 結構な量が準備されていたけど、お腹の中に全部おさまった。もう食べれない。


「デザートにフルーツを用意していたけど、信也君は無理かしら?」

「はい……ちょっとお腹が苦しいです」

「ははは、あんなに食べたからな。その体に良く入るものだ」

「気持ちのいい食べっぷりよね。あんなに美味しそうに食べられると作り甲斐があるわ」


 恥ずかしい。別に前世でも食いしん坊なんて言われたことないのに。

 この時代のご飯が美味しすぎるのがいけない。


 お腹が落ち着いてからお風呂を頂き、客間を貸してもらい就寝した。





 朝は美味しい和風の朝食を頂き、準備運動をしてから琴羽と鍛錬を行う。

 近くの道場がありそこを借り受けた。

 どうやら奏さんと琴羽が通っている古武術の道場らしい。

 門下生は夕方にしか来ないようなので使っても問題ないようだ。

 

 道着姿の奏さんもこの場にいる。いつもよりちょっとやり辛いけど、いないものとしていつも通りやってくれと言われた。

 僕は木刀を持ち、琴羽は長槍と同じサイズの棒を手に持って対峙する。


「それじゃあ、いつも通り打ち込みから始めようか。最初は琴羽からお願い」

「分かった、いくよっ」


 鋭い踏み込みから僕の喉目掛けて棒の先端が迫るが、木刀で打ち払う。琴羽は手首の動きで先端の軌道を変え、大腿部を叩こうと引き戻す。

 弾いた木刀を使っていては防御が間に合わない。大縄跳びでも飛ぶように足を浮かせ、棒の先端を足の裏で抑えた。

 琴羽の体が重さで前のめりになるが、そのまま僕に向かって一歩踏み込み、拳の間合いへと入ろうとしてくる。


 いや、違う。

 僕の足を起点に棒を自分の体に密着させながら進んでくる。木刀を警戒しつつ、僕のバランスを崩して引き倒そうとしていた。

 琴羽の攻め方、打ち込みじゃなくて手合わせになってるんだけど。それなら僕も対処を変えるぞ。

 こちらに迫っていた琴羽の体を棒の上から右手で抑える。地に着いた右足から力を伝播させ、右手に乗せる。

 コンマ数ミリの間合いから生まれた力が琴羽の体を後方に押し出し、吹き飛ばす。


「きゃああっ」


 なんとか受け身を取ったが、体のバランスが失われている。体勢が整わずにる琴羽の首に木刀をひたりと触れさせた。


「なんで打ち込みなのに実戦張りの搦め手を使ってくるの」

「いやあ、これなら一本取れるかと思って」

「順番交代、次は僕から行くよ。琴羽は打ち込みじゃ物足りないみたいだから、いつもより激しくするね」


 僕は木刀をわざとらしくブンブンと振る。


「え、いつも限界見極めて洒落にならない打ち込みしてくるよね?それ以上なんてっ」


 何か喋っている琴羽に、上段から叩きつけるような剛剣の一撃をぶつける。

 琴羽の受けた棍棒がたわみ、受けた重さに耐え切れずに彼女の膝が折れる。

 それはまさに鬼の使う力任せの技。

 当然鬼と同じ身体能力は僕には無いが、似たような衝撃は生み出すことが出来る。


「まともに受け止めずに力を流さないと、骨が壊れるよっ」

「ぐうっ、いたあああっ」


 水平の横薙ぎを、棒を斜めに構えることで僅かに逸らすが、衝撃が逃げ切れずに琴羽の体を襲う。


「直ぐに立て直せ、怪物は僕みたいに待たないぞ」


 琴羽の体を狙えばすぐに終わる。だから彼女の棒目掛けて剛剣を繰り出す。

 次第に木片が飛び散り、お互いの得物が弾けるように裂けた。


「打ち込みはここまで、次は無手での組手だよ」

「オッケー…いちち、手がビリビリする」


 それからも鍛錬を続けて午前中は終わった。

 琴羽は例の恋も冷めるデロンデロン状態になって横たわっている。

 僕は汗をタオルで拭いつつ、琴羽の口に飲み物を傾けてあげていた。


「……まさかここまでだったの。この子の誇張かと思っていたに」

「まだ手加減してますよ。試練の内容を考えるならもっと厳しくしたいですけど、その域には達していませんので体や心を壊してしまいますから。幸い今回の試練は時間がありますので」


 僕はもういいと手で何とか合図する琴羽の口から飲み物を離す。

 多分、これも試練の一環なんだろう。

 異層空間を越えるための力を付けさせるための長期の制限時間。

 人間3ヶ月死に物狂いに特訓すれば、実力はかなり違ってくる。


「琴羽は一人っ子だと聞きました。他の試練は仕方なかったと思いますが、今回の試練はどうして挑ませているんですか?それこそ日本は僕に任せておけば戦う必要のない空気になっているのに」


 政府の意向と母親の考えは違うだろう。

 僕は母さんに大反対された。

 でも奏さんを見る限り、反対しているようには見えない。むしろ協力しているようにすら思う。

 その理由を聞いてみたかった。

 

「とてもシンプルな理由よ。この子の一番やりたいことだったから応援しているの。この子は試練だから、政府のためだからと流されて頑張っているんじゃないのよ。……これ以上は私からは言えないわね」


「その結果、死んでしまうかもしれなくてもですか?」

「……いいえ、割り切れるものではないわ。それでもこの子を信じているわ」


 この人も母さんのような苦しみを持っている。それでも応援することにした。その違いは何なのだろうか。

 奏さんではなく、琴羽にその理由があるのだろうか。


「だとしたら僕は、母さんの信頼に足らないから、認められなかったんですね……」

「信也君……」


 下を向いていた顔に、ふいに冷たい手が触れていた。頬を撫でられている。


「あなたは強い。とても…とてもね。だから人はあなたに弱さなんてないと思う。そして試練に映るあなたは、自分の弱さに鈍感に見えたわ」


 冷たい掌から顔の熱が吸い取られていく。


「あなたのお母様があなたを心配するのは、あなた以上にあなたの弱さを知っているから。あなたの弱さを心配しているからじゃないかしら」

「そう、なんでしょうか」

「認めているから、認めないから、そういうのは在り方の違いでしかない。あなたはちゃんと話しなさい。もっと沢山話して、それでもすれ違うのなら、いつでも家に来て愚痴でも何でも聞いてあげるわよ。私も、主人も、琴羽も、あなたの熱狂的なファンだから」

「……最後の言葉でちょっと感動が薄れました」

「あらやだ、養子縁組が遠のいてしまったわね」


 この人は琴羽の母親だな。同じ冗談を言っている。

 少しだけ、家族と向き合う勇気がもらえた。一度帰って話してみるのもいいかもしれない。

 その結果否定されても、何度でも。


「……ボクが瀕死の横で…いい雰囲気になるの…止めてぇ……」


 ちょっと体力が戻った琴羽がそう呟いた。

 その後も無茶苦茶鍛練した。奏さんちょっと引いてた。


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