第13話 奈落の受胎と叫喚地獄
衆合地獄の攻略から1週間の時間を置いて、僕たちは岩手県盛岡市に来ていた。
最低限のコンビネーションがとれるようになり、職人さんが頑張ったお陰で、今の物資で一番の装備を用意出来た。
「……ステータスってこんなに変化するんだね。孤独の迷宮から変わってなかったのに」
「僕も驚いてるよ」
『試練資格JPN_No.00489
日原琴羽 女 21歳
技能:カリスマLV4 槍術LV7 頑強LV3 俊敏LV3 軽気功
称号:なし
生命:10/10
精神:10/10
装備:白燐鉱の長槍 白燐の戦装束 黒綱のマント 妖精族の首飾り
保有アイテム:ポーション(3)
リソース:20P』
なんでこんな短期間で技能が変化してるんだろうか。
テンマよりは緩い成長だけど、人間として破格の成長だ。
もしかしたら、人間は潜在的に色々技能を開花させる可能性を持っているのかもしれない。
始めからステータスに現れているものは、開花したほんの一部だと考えるのが妥当だろうか。
完成した戦装束は環境耐性が付与され、さらに胸当てなどに白燐鉱をあしらってあり、防御力は僕の戦装束より高そうに見える。
余った布で作った黒糸のマントには僅かに炎熱耐性が付与されている。
地獄で重宝するだろう。
日本の職人が余程気合を入れたのか、普通にデザインもいいし、琴羽がより美人に見える。
「信也、ボクのこと見詰めすぎじゃないかな?まあスタイルには自信があるけどね」
「すいません。もう二度と見ませんのでご容赦を」
「ええっ全然見ていいよ、二十四時間三百六十五日お姉さんはいつでもウェルカムだよっ!ていうかまた敬語になってるからっ」
両手を広げてどんとこいみたいなポーズをしているが、ここが何処か分かっているのだろうか。
日原さん改め琴羽には呼び捨てと敬語抜きを強要された。
咄嗟の時にすぐ応答できるようにとのことだ。僕としても同意見なので琴羽が許してくれるなら有難い。
例によって異層空間は傍迷惑な場所に出現していた。
盛岡駅の間近の新幹線の線路が丸々飲み飲み込まれている。新幹線が走れんぞ。
他の国ではあんまりこういうことは起こってないのに日本は運がない。
線路には観衆がいないが、駅周辺には人が集まってきている。
「よし、それじゃあ行ってみようかっ」
「本当にやるの……」
「はい、配信スタートお願いします!」
カメラを構えた職員が合図を送り、配信がスタートする。
「皆さんこんにちは、日原琴羽です!こちら岩手県の盛岡からお送りしてま~すっ」
「こんにちは、青野信也です。これから叫喚地獄を攻略します。何故か今回からオープニング配信をすることになりました。なんで?」
「そりゃあ異層空間に入ったら喋る余裕がないから、今の内に話せること話しとかないと」
「なるほど、琴羽にしては合理的だね」
「ボクは君よりお姉さんだよ?」
「まあ、年齢だけは」
「む~すっかり生意気になっちゃって。あの頃の可愛い信也は……元からいなかった?」
そんなこんなでグダグダなやり取りをして配信は終わった。
これ、本当にいる?
異層空間に侵入すれば白い蒸気が視界を覆った。
今までの場所より熱い。それだけでなく湿気も高くなっている。
「琴羽、体は大丈夫?」
「うん、問題ないよ。この戦装束本当に凄いや」
『主様、この蒸気に敵の気配が読みにくくなっています。統率個体は感知できていません』
「蒸気で視界だけじゃなくて気配も読み辛くなってる。奇襲に気を付けよう」
「分かった」
10m先でも視界が途切れる。
敵も同じだと思いたいけど、多分耐性がありそうだ。
琴羽は緊張しているけど、悪くない緊張だ。やっぱり精神面で彼女は優秀だ。
いつもよりペースを落として走り続ける。
1時間も走れば、琴羽の息が明らかに乱れてきた。
「休憩しよう。敵には捕捉されていないから今の内に休んだ方がいい」
「はあ、はあ、分かった。地上とは全然違うね……」
「琴羽は良く付いて来てる。行動に支障が出そうなら強壮丸を飲んで」
「オッケー」
琴羽は自分のストレージから水を飲む。
ストレージに水を入れているのは、僕の配信を見ていて同じことを試したそうだ。
『テンマ、敵はどう?』
『まだ見つかっていませんが、違和感のようなものがあります』
テンマの違和感は馬鹿に出来ない。
それは彼女の技能では捉えられない、見破ることが出来なかったものかもしれない。
もう捕捉されているのか?いや、それなら仕掛けてこないのは悪手だ。
『分かった。何かに気付いたらすぐに報告して』
『ハイなのです!』
交代で休憩を終え、走らずにゆっくりと歩く。
テンマの感じた違和感を確かめる。
『主様、違和感が強くなりました。前方に何かあるような感覚が……』
僕は手で琴羽に止まるように合図を送り、一人前進する。
テンマの指し示す場所にステータス閲覧を使った。
『鬼五 雄 12歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:平静
技能:弓術LV4 気配感知LV3 気配遮断LV2 死生の権能
称号:なし
叫喚地獄の獄卒。
獄卒に殺された魂は叫喚地獄に囚われ続け、あらゆる責め苦を受ける。
叫喚地獄に無数に存在し、何体倒そうと新たに蘇る。手にした弓で攻撃する→
統率個体の命令を常に受信していて一体でも捕捉されると全ての個体に情報が共有される』
『鬼五 雄 12歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:平静
技能:近接格闘LV2 気配感知LV3 俊敏LV5 死生の権能
称号:なし
叫喚地獄の獄卒。
獄卒に殺された魂は叫喚地獄に囚われ続け、あらゆる責め苦を受ける。
叫喚地獄に無数に存在し、何体倒そうと新たに蘇る。鋭利な爪で攻撃する→
統率個体の命令を常に受信していて一体でも捕捉されると全ての個体に情報が共有される』
鬼五の20体もなる集団がいた。毛色の違う鬼五がいる。
一つは武器に弓を持つもの。
もう一つ体格が成人男性ほどに小さくなった細身の鬼五。武器を持たず爪が鋭利に発達している。
テンマの違和感の正体はこの二種類だ。
他の鬼五は単純に年齢と技能レベルが少し上昇しただけの個体だ。
試練4つ目にして大分嫌らしくなってきた。
テンマに警戒してもらいつつ一旦琴羽と合流して情報共有する。
「……不味いのかな。この視界で相手が正確に射抜いてくるとしたら」
「それを前提に行動しよう。違ってたらこの視界で弓を武器に選んだ間抜けと思えばいい」
ステータス閲覧の情報も何処まで頼りになるか分からない。
気配察知だよりでどれだけの弓の精度が出せるのか分からないから。
今確認した集団の進行方向とぶつからないように手早く移動する。
テンマも違和感の感覚を掴み、徐々に索敵の精度が高くなっている。
このまま統率個体を確認したいけど、事態はそう上手くは運ばなかった。
『捕捉されました、凄いスピードで接近してきてるのですっ』
「琴羽、捕捉された。ここからは戦闘になる例の小型がこっちに向かって来てる」
「え、わ、分かった」
槍を構えて緊張を露わにするが、まだ構えるのは早い。
「ここに留まって戦闘は出来ない。移動するよ」
「うん、そうだった」
足を止めたまま戦闘すれば無限に戦い続けることになる。
移動しながら戦わないといつまでたっても試練は抜けられない。
統率個体を見付けていない現状でどの方向に向かっても同じだが、一度手合わせをしておこうと、こちらに接近してくる鬼へと向かって駆けだした。
視界に入った瞬間、瞬きひとつで既に間合いを詰めてきた。
やはり技能だけでなく生物としてのスピードが速いとこうも違いうのか。
鋭利な爪で手刀を形作り、僕の首に向けて振りかぶってくる。
白鷺を納刀の状態から抜き打ち、鬼五を切り付け、斜めにその体を切り裂く。
分断された鬼五の体は後方に流れ黒い炎を上げながら転がり消滅していく。
「スピード型は、この蒸気の中では視界におさめた瞬間には、もう間合いが詰まっていると思って対応した方がいい」
「…わかった」
「じゃあ、今から地獄のランニングスタートだ」
地面を蹴り、琴羽の全力の一歩手前のスピードで走る。
琴羽は強壮丸を飲み込み僕の背中についてくる。
『主様、前方からかなりの数が接近しつつあります。このまま進んでは』
『弓がいる以上下手に距離を開けて背中は見せたくない。それにこちらに居そうな気がする。何の根拠もない勘だけどね』
「き、きたっ」
さっきのスピード特化型が一番に突っ込んでくるが、今度は数が多い。一人では対処しきれない。
抜刀から3振りで5体の鬼を捌くが、1体を取りこぼし後方の琴羽に襲い掛かる。
爪の一撃が迫るが琴羽は石突を上げ鬼五の進行方向に置いた。
走り込んできた鬼五の胸に命中し、ボキリと肋骨の砕ける音が響く。
体を軸を使って槍を回転させ、停止した鬼の首を穂先で跳ね飛ばした。
「っつ、はあぁ…どんなもんよ!」
「お見事っ!どんどん来るよ」
「ああ、もうドンと来いってんだっ」
その言葉と共に飛来する矢が琴羽を襲う。
刀で打ち払い、それを防いだ。
「……あんまり大きい声は止めた方が良さそうだね。それを頼りにしてるかも」
「はいぃ……」
なんか締まらなかったけど、視界に現れた鬼の軍勢との集団戦へと洒落込む。
「どっせいっ」
琴羽の槍が灼熱の斧を持つ鬼五の胸を打ち抜く。そのまま捻り上げるように傷口を広げて抜き放てば、さらなる鬼五が彼女に迫って来ていた。
白鷺を水平に薙ぎ、まとめて彼らの得物を切り払い、守りを失った体を分割する。
攻撃の波が止めば走り出し、移動する。
もう二時間は戦い続けている。
琴羽の強壮丸の効き目はそろそろ怪しい。
この薬は連続使用が出来ない。効果が切れても薬の成分自体は人体に残っていて、それが排出されないと次に薬を飲んでも体に負担が掛かり、本来の薬効が発揮できないのだ。
スピード特化の鬼五と弓の鬼五が厄介すぎる。
スピード特化は一度接近されると振り切れないから戦闘になり、他の鬼五がその間に追いついてくる。
弓の鬼五は琴羽には対応できない。
一度胴を貫かれ、隙の出来たところに殴り飛ばされて重傷となった。
その時ポーションを使用してしまった。
「くっ……」
カランと音が響き、長槍が地面に転がる。
琴羽の右肩から背中に掛けて血が止めどなく流れ、掌に伝って滑ったようだ。
今の戦闘でスピード特化の鬼五に傷付けられズタズタに抉れている。
「琴羽、ポーションを使って。その怪我じゃ戦闘はおろか走るのも危険だ」
「うん。これで残り一本か……」
傷口にポーションをかければ瞬く間に傷口が塞がり、血で汚れた戦装束から白い肌が覗く。僕は目を逸らした。
御代わりはすぐに来ないようだ。
今の内に水分を補給し食料を手早く飲み込む。
「まだ統率個体は見つからない。琴羽の強壮丸の効果も切れる。もう潮時だね」
「ごめんね……ボクが足を引っ張って。信也は無傷で何倍も敵を倒してるのに、ボクに走るペース合わせなかったらもっと早く移動できるよね」
「そうだね」
「……ボクのことは置いて行っていいから。頑張って信也が統率個体を倒すまで生き残ってたら、また会おうね……」
琴羽は悲壮な死を覚悟したような儚い顔で僕を見詰める。僕はため息を吐いた。
「こんな場所に置いてく筈ないでしょ。今の琴羽だけだと5分も持たないから自殺と同じだよ」
「え、だってそうしないと信也まで」
「琴羽は担いでいく、拒否権は無し。乗り心地は保証しないけどね」
僕は彼女の胴を肩で担ぎ、俵のように抱えた。
上半身が後ろ、下半身が前だ。
防具越しで体の感触は何も感じないのでGoodである。
「ちょ、こんな状態で戦いながら移動できるわけないよ!降ろして!」
「マサムネ、待たせたね」
『おいおい、いい加減俺っちのこと忘れたかと思ったぜ。相手にとって不足ありだが、根性ある嬢ちゃんのためなら一肌脱いでやるか。俺っち肌なんてねぇけどな、わははははっ』
久しぶりの刀ギャグ。笑いどころがちょっと分からない。
空いている右腕でマサムネを抜き放った。
長大な白銀の刃が地獄で不釣り合いな美しい輝きを放つ。
マサムネから力の供給を受け、体に淡い白い光が灯る。久しぶりの全能感が体を包んだ。
「それを使っちゃ駄目だって!信也が死んじゃうんだよ!」
え、何それ怖い。何で僕死ぬの?
スピードの出し過ぎで事故って死ぬとかいう話だろうか。
『主様、敵が集まり出しました、僅かですが前方に大きな力を感じます』
『それが統率個体かもね。よし、案内してくれ』
『ようやく最強パーティの始動だぜ!いっちょぶちかますかっ』
僕はテンマの示した方向に走る。
僕たちが休憩している間に鬼五を集めていたのか、今まで見た中で一番を大きな集団だ。
だけど、それはマサムネの前では無力だ。
スピード特化の鬼五を遥かに超える速度で集団に突っ込み、鎧袖一触で進行方向の鬼を黒い炎に変えていく。
鬼のスピードがどれだけ早くとも触れられない、弓すら届かない。
鬼五たちは、ただ狩られるだけの存在となっていた。
「ごあ?」
マサムネの刃が統率個体の胸の石を貫いている。
統率個体は何も分からないまま体は黒い炎へと変わった。
視界に入った瞬間には攻撃をしたので、ステータス閲覧を使う暇もなく倒してしまった。
統率個体の感覚では刺されたことすら認識できたか怪しい。
本当は琴羽に戦ってほしかったけど、弓とスピード特化が邪魔過ぎる。
まだまだ鍛錬不足でもあるし、何処かで機会もあるだろう。まだ4つも異層空間はある。
僕は担いだままの琴羽を下ろした。
降ろした彼女は女の子座りで下を向いている。
「この黄色い石を拾ったら異層空間は消滅するよ。どちらか一人しか持てないから、琴羽の初攻略の記念にあげるよ」
厄介ごとは分散するに限る。琴羽のバックにいる人間に対してのおみあげの意味合いが強いけど。
「………」
「あの、一応統率個体を倒したら鬼はいなくなるけど、長居したくないから早めに拾ってくれると助かるというか……僕が拾った方がいい?」
琴羽は口を一文字に結んで、肩を震わせていた。
「……ボク、調子のいいこと言って結局足手まといだった」
「そうだね」
「っ……それにマサムネを使わせて」
なるほど、僕の縛りプレイを邪魔したことを気に病んでるのか。
変なところで繊細だ。
「足手纏いだなんて当たり前だし、気にしてもないよ。命の掛かった、それも人が生きられないような環境で鬼と戦うんだよ?初めてで完璧なんて求めてないから」
「それでも、ボクは信也のことを……」
「言ったでしょ、僕は待ってる。琴羽が追い付いてくれるのを。だからこんな小さなことで止まってないで前を向いて。琴羽が何度躓いてもちゃんと起こしてあげるし、お尻を蹴飛ばすから」
「……お尻を蹴飛ばすは余計だよっ、折角途中までいい感じだったのにっ」
勢いよく琴羽は立ち上がり、黄色い石を掴んだ。
「これは有難く貰っとくよ。男に貢がせるのは女の甲斐性だからね」
赤い顔で石を持つ手を突き付けられる。それが事実なら僕ちょっと女の子の見方変わりそう。話半分で聞いておくことにする。
「それ、多分没収されると思うからそのつもりで」
「え?」
疑問の声と共に空間が割れ、異層空間は消滅した。
琴羽の中で今回の試練は成功だったのか失敗だったのか、それは分からない。
それでも、僕の中には小さな変化はあった。
僕自身も異層空間に入ってから正直感心し通しだった。
マサムネが根性あるって言ったのも凄いことだ。
初めてで地獄でここまで戦い続けるなんてことが出来るなんて、これまで戦いを知らなかった人間の所業じゃない。
今後も一緒に試練を越えられたらいいな。
そんな気持ちが芽生えていた。
『カバーストーリ―:技能 軽気功』
身体操作系のユニーク技能。
この技能を持つ者は触れた対象に意識を通わせることで、本来の重さを無視して軽快かつ滑らかな挙動することが出来る。
鎧を着ていようと羽根のように軽く感じ、動きを阻害しない。
ただし本来の重さが無くなったわけではなく、あくまで本人の感覚として重さを感じないほど力を増大させているに過ぎないため、軽気功を使うだけで常に体力を奪われ続ける。
激しい動きをすればそれだけ過剰に体力を消耗するが、重量を変化させずに身軽さを損なわないため近接戦闘を主とする者にとっては垂涎の技能となる。




