第12話 配信とコンビ
結局の話、政府の意向をどうするかについては、後日話し合いの場を設けるということで保留したが、僕と日原さんは共同作戦に臨むこととなった。
元町さんや職員さんは以前とは異なり日原さんに好意的で、僕と行動しているときの彼女を見る目は何とも微笑ましそうというか生温い。
理由を誰も教えてくれないので考えることを放棄した。
ただ彼女から感じていた妙な壁が無くなったので、僕としても話はしやすくなった。
日原さんも大きな隠し事が無くなってスッキリしたのか、挑発的な絡みはなく自然体で会話できるので僕としては有難い。
さて、共同作戦を進めるにあたって問題がいくつかある。
装備、コンビネーション、炎上だ。
装備についてだが、武器は問題なかった。
彼女の武器は自分の技能を最大限に生かすために長槍を選んでいた。
その穂先は僕が渡した白燐鉱を鍛え上げて出来た穂先だった。
政府の人から貰ったらしい。
そのお値段、時価5憶円。
ヤバすぎて聞いたときは吹き出した。
もしかして材料を提供した僕にも結構な金額振り込まれているのだろうか。家に通帳置いてきたから確かめようがないけど。
槍の値段は置いといて、服は問題だった。
彼女の服はリソースで交換したものなので質が良くないし、環境耐性もないので長期戦は難しい。
僕は白燐鉱と月葉木の黒糸と、それで織られた反物を提出して彼女の戦装束の作成を依頼した。
環境耐性が付与されればいいけど、なかったら環境耐性の付いた外套を貸すしかない。
長槍の動きを妨げるから、出来れば着ない方がいいけど仕方ない。
もう一つの懸念は地獄の環境による精神に対する作用だけど、それはあるアイテムで解決できた。
『ルフリアの首飾り
妖精族の印章が付いた首飾り。身に着けたものの精神耐性を高め邪気を払う→』
色付けされた植物の繊維を加工して組紐を作り、印象となるペンダントトップは琥珀の様な色合いの石を削りだして造られたいた。
素朴な造りだが、その性能には目を見張るものがある。
日原さんは少し複雑そうな顔で受け取った。
勿論貸すだけだ。
コンビネーションについては諦めた。
最低限お互い間合いに入らない程度の注意しか出来るはずもなく、実戦で磨こうという結論になった。
日原さんは微妙な顔をしつつも頷いた。
しょうがないじゃないか、ずっと一人で戦ってきたから分からないんだ。
コンビネーション以前に地獄で付いてこれないようでは話にならないので、いつもの鍛錬をこなしつつ日原さんを限界まで特訓させ追い込んだ。
流石に美人でも、顔面汁まみれだと台無しになるんだなと思ったのは秘密だ。
まあ「うわぁ」って声には出してしまったけど。
ただそんなにまでなってもついてくる彼女に密かに感心していた。
最後に炎上対策。
彼女は長期間拘束されるドラマや映画の仕事を入れていないけど、芸能人で評判はとっても大事だ。
一応政府の指示の所為で炎上しているので、フォローをしなくてはならない。
僕がその役割に抜擢された。
「なんでだよ」
「ん~、どうしたの信也君?」
職員の人とパソコンやカメラを弄っていた日原さんが、僕を不思議そうに見てくる。
「いえ、どうして僕が政府の失敗の補填を強いられるのかと甚だ疑問でして」
「信也君、難しい言葉知ってるね。賢い、賢い」
急に目の前に現れて、頭を撫でてこようとしてくる日原さんから体を仰け反らして逃げる。
この人、こういう時だけの間合いの詰め方えぐい。縮地でもしてるのか。
最近も突然腕を組もうとしてきたりしたので、思春期だからボディタッチはしないでときつく言ったのに、翌日から事あるごとに触ろうとしてくる。天邪鬼か。
「よし、それじゃあ本番行ってみようか。信也君はお口チャックで待機しててね」
「了解です……」
職員が合図を出して配信がスタートする。
「仲良しアピールで有耶無耶にしちゃおうぜ作戦」開始だ。
誰が考えたんだよ。まさか政府じゃないよね。
試練の配信を映している某動画配信サイトで、日原さんのチャンネルでライブ配信が開始される。
事前予告していたので待機人数は何万人もいたし、開始してからあれよあれよと人数が増え続けている。
コメントも続々だ。
殆どは日本の民度を疑いたくなる罵詈雑言だ。
日本語じゃないのも混じってるけど悪口には変わりない。
「こんにちは~今一番ホットな女優の日原琴羽だよ、よろしくね」
初めからブラックジョークを飛ばす日原さん。心臓強い。
「いや~燃えてる燃えてる。皆キャンプファイヤー大好きだね。ボクも好きだよ」
さらに燃やす。確かに大好きみたい。
「みんながボクの行動で色々言いたいことがあるのは痛いほど良くわかるけど、止むに止まれぬ事情があるのだよ。知りたい?」
いつか見た僕のコメントの時のような罵倒の加速具合。
でも試練配信みたいに、倫理フィルターが仕事をサボっていないみたいなので、不味いコメントは弾かれている。
「実は稚内の異層空間で信也君と共同作戦をしようとしたのは、政府の指示で~す。あ、これちゃんと許可貰って話してるから大丈夫だよ」
お、流れ変わったか?ちょっとコメントの質が変わった。
「同じ政府でも色々な考え持っている人がいるし、ボクその辺り分かんなくて、てっきり信也君も了承済みかと思ってたらそんなことなかったし、凄い燃えるし、信也君からは変な人みたいな印象もたれるし……」
真面目な顔で沈痛な面持ちを浮かべる日原さん。演技が上手い。
「それで、その辺りの説明を出来たらと思って今日は配信を行いました。ボクの話だけだと信憑性がないだろうから、説得力抜群のゲストを連れて来たよ」
憶測が飛んでいる。その中には正解を出す人もいたけど、信じられてはいない。
日原さんが僕に向けて手をおいでおいでと振る。
「はい、ご登場~世界一の有名人、天竜殺し、たった一人で大国並みの速度で異層空間を攻略している青野信也君でーす、パチパチパチパチ」
「どうも、青野信也です。こういうの初めてなので変なこと言ったりするかもしれませんが、宜しくお願いします」
「かったー、カチコチじゃない。もっとリラックスしていいよ。って躱さないでよっ」
肩を軽く叩いてボディタッチしようとしてきた日原さんの手を避ける。
「いえ、別にそんなに親しくないので」
「もう、そんなこと言って信也君からは優しくボクに触ってくるくせに」
自分の体を抱きしめる日原さん。
「鍛錬で軽く吹っ飛ばしたことを言ってますか?手加減不要ならそう言ってくれれば全力で相手になりますよ」
「ああああ嘘、嘘!あれで十分、お姉さんの尊厳あれ以上壊さないで、あれ以上は本当に無理だからあぁ!」
おお、流石女優。本当に焦った演技が上手い、冷や汗まで流せるなんて。
僕も見習わなければ。
「ごほん、話がそれちゃったけど信也君とボクは当初の予定通り正式にコンビを組むことになったのです」
「はい、それは本当です。僕自身メリットを感じなかったので初めは断るつもりでしたけど」
「ちょ、ちょっと、もう少し言いようがあると思うな~。幼気な女の子を戦わせたくないとか、あなたが傷付くのが見たくないとか」
「実力的に足手まといなので、守る手間を考えるとちょっと遠慮したかったです。あと調子に乗ってすぐ鬼に見付かりそう」
「オブラート!!」
漫才のお陰か大分コメントの雰囲気も変わってきた。
「何故コンビを組むのかについてですが、いくつか理由があります。見たことある人もいるかもしれませんけど、これが今分かっている日本の異層空間の特徴です」
僕らの映像が画面の隅に追いやられ、パワーポインタが画面に出る。
・鬼は無限に湧いてくる。
・統率個体が存在し、それは鬼の目を通してこちらの位置を補足する。一度捕捉されると次々と鬼をけしかける。
・試練の難易度が上がるほど異層空間内部が広くなってきている。
・試練の難易度が上がるほど怪物の強さが上がってきている。
「異層空間が広大になるほど探索に時間が掛かります。捕捉されて以降は統率個体が見つかるまで無限に戦闘をし続けなければなりません」
「本当ならこの試練は大人数で攻略することが正解だと思いますが、それでは沢山の死者が出てしまいます。他国の例を出しますが中国は1000人以上、日本全体の試練資格者と同等の人数を死傷しています」
「要するにこのままだと信也君一人じゃ限界が来るってこと。それを本人も分かってるから、ボクと信也君でお互いを補い合えるように次から戦うんだ」
少し疑問が出てきているので適当なコメントを拾う。何々、足手纏いじゃないのか。
「僕は少し機会があって、日本の訓練校に所属する試練資格者の実力を確認いました。その人たちと比較しても日原さんの実力と精神は群を抜いていました。彼女なら背中を預けられると考えたからコンビを組むことを決めました」
視聴者の不安を払拭するためにリップサービスをしておいた。本音はこれからに期待といったところだ。
「きゅ、急に褒めないでよ~!今までそんなこと言ってくれたことないのに~」
耳まで赤くして両手で顔を覆ている。凄いな女優、自律神経まで演技できるのか。
やっぱりプロにはかなわないな。
何だかコメントが職員さんたちみたいに生温かものに変わり出す。
でも直ぐに日原さんから「見ちゃ駄目」とウィンドを隠された。
「もう……ボクがコメント拾うからね。なになに……何で青野少年はマサムネを使わないんですか、だって。これって……」
明るい雰囲気が鳴りを潜め、少し怖がるように僕のことを見てくる。
言及されたことないけど、丁度いいので言っておこう。
でもここでは嘘を交えないで視聴者が答えに辿り着けるような形で、ぼかして伝えることにする。
「マサムネは強いですけど、力を取り込み過ぎると体が耐え切れず崩壊するからです。天竜と戦う時は命が掛かっていなので躊躇なく使いましたが、今はまだ敵もそこまでの強さではないので温存してます」
「黒縄地獄の時、マサムネと会話してたよね。命の前借とか寿命の話とか、あれって本当なの?」
予定になかった質問が飛んでくる。
今の今までその話題は一度も出されたことがなかったのに。
不安そうに揺れる日原さんの瞳をみて、不自然に言葉に詰まる。
「………えっと、そんな話していましたかね。あまり……よく覚えてないです」
「……ごめんね、こんなところで聞いちゃいけなかったかな……」
「「………」」
コメントが隠されているから僕からは何が書いてあるのか分からないけど、放送事故とか思われてそう。うん、大正解。
日原さんはパンと手を叩いて「ヨシッ」と声を上げた。
「取り合えず報告したいことは以上だよ。ボクたちが残りの異層空間を全部消滅させる、信也君はマサムネを可能な限り使わないし、ボクが使わせないようにきっちりサポートする、以上!解散!!」
そう言って配信を停止させた。
え、今の終わりのあいさつでいいの。凄く強引。
「ごめん、ボク怖くて……配信中なら答えてくれなくても、態度でそれが嘘かほんとか分かるんじゃないかって、そう思ってこんな事聞いちゃった……」
「構いませんよ。僕こそ黙っていてすいません」
動揺して喋れなくなったなんて、演者失格だ。アマチュアだけど。
僕の言葉を聞いて日原さんはくしゃりと顔を歪めた。
そんなに僕は情けなかったのか、日原さん泣きそうな顔している。
話を変えた方が良さそうだ。
「そんな顔しないでください。初めはあんな態度を取りましたけど、今は日原さんに感謝してるんですよ」
「どうして?」
「一人で試練を受けていると、誰もいない場所をただずっと走り続けている気分になってくるんです。前も後ろも右も左も、敵しかいない道をひたすら走り続けてる。それがずっと続いて行くんだって」
「そんな風に思っていたら、いつの間にか後ろから誰か走ってきて、僕の隣に並ぼうとしてくれている。まだまだ後ろを走っていて頼りないですけど」
「む~さっきは褒めてくれたのに」
文句を言いつつ、顔は嬉しさを隠し切れないように笑っている。
この顔は演技ではない。そう素直に思えた。
「追いついて来てください。待っていますから」
「えへへ~直ぐに追い抜いちゃうから覚悟してね」
「はははっ僕に一本取ってからにしてください。いや、その前に鍛錬の度にあの顔面崩壊をしなくならないようにしないと。あれ見たら百年の恋もダース単位で覚めます」
「ちょっ、そんなひどい顔してるの!?」
「控えめに言ってハダカデバネズミより酷いですよ」
「なに、その例え?検索してみよ………ぶっ!流石にこれはないでしょ!乙女に言ったら怒られちゃうよっ」
お、信じてないな。
元町さんが良い笑顔でカメラの後ろからフリップを僕に渡してくる。
「丁度いいもの貰いました。これが証拠写真ですよ」
「ああああ元町さんなんで写真を…うわぁ、ボクの顔ひどぉ……」
騒いでいると職員の一人が身振り手振り手こっちに何か伝えようとしてくる。
唇を読んでみよう。何々……配信、止まって、ません。
ふむ、それは大変だ。
「ところで日原さん、配信本当に止めました?」
「当たり前だよ、じゃなきゃこんな話しないよ。女優はイメージが大事だからね。ボクって清楚で通ってるから、こんな漫才みたいなことはしないよ」
胸を逸らしてドヤ顔でお姉さんぶっている。
配信の時も十分漫才のようだった気がするんだけど?
「そうですか、スタッフが声を出さずに身振り手振りで何か伝えようとしていたので。僕の気のせいですね」
「え?」
パソコンを見ればそこには僕と日原さんが未だに移っていた。
運よく写真は画面に入らなかったみたいだ。良かったね。
「うそおおおおおっ、い、今のやり取り全部嘘だから!この物語はフィクションだからぁ!!」
お、この焦りは演技じゃあないな。
日原さんは視聴者の鼓膜を破壊しつつ、配信を今度こそ終了させた。
この配信は好意的に受け止められ、日原さんの炎上騒ぎは一応鎮火したみたいだ。
これをネタに良く弄られるようになったようだけど、そこは知らない。




