第11話 正体と思惑
走り出した車の中で事情を聞いた。
僕が異層空間に入ってからの彼女は、観衆にそれはもう盛大に叩かれた。
邪魔するな、足手まとい、一人でやってろ、色目使うな、青野少年の危険が増える、etc……。
多分元町さんは意図して避けたけど、もっと酷いことも言われただろう。
ちょっと可哀想になったのか政府の車に保護したようだ。
彼女の乗ってきた車も居たには居たが、辿り着けそうにないし警備が十分じゃない。
興奮した観衆が何をするか分からなかったため、やむを得なくと元町さんは嫌そうに話した。
どうやら配信もされていたし、テレビの中継でもばっちり僕らのやり取りが晒されていたらしく、ネットでも燃え上がっている。お祭り騒ぎらしい。
こういう時、知名度のある有名人は大変だ。他人事ではない。
ちなみに僕は全く燃えてない。
危なげなく異層空間の3つ目を攻略したので別の意味でお祭り騒ぎだ。
沈痛な面持ちで静かな彼女を見てみて分かったが、この人あんまりめげてないな。
落ち込んでいる演技をしているだけだ。
同じ演者として僕の目は誤魔化されない。
むしろこの状況が美味しとすら思っていそうだ。さっさとどこかで降ろしてしまおう。
『テンマ、少し眠るから彼女のことを警戒してほしい。何かあれば教えて。メッはしなくていいからね』
『分かりましたです、テンマにお任せなのですっ』
彼女の処遇は棚上げして、疲れたので一休みさせてもらうことにした。
まだ余裕があるとはいえ、何時間も地獄を巡り続ければ疲労も溜まる。
揺れの少ない車内で仮眠を取った。
随分寝てしまっていたのか、起きたときには日がとっぷりと落ちていて真夜中だった。
でも窓から見える街の明かりがキラキラと輝いて明るい。
「信也様、起きましたか?札幌には着きましたので、休憩がてら夕食にしましょう」
元町さんが差し出してくれたおしぼりで顔を拭いて、あくびをかみ殺して体を伸ばす。
体には違和感はない。
『テンマ、彼女に何か動きはあった?』
『なかったのです。でも気味の悪いくらい寝ている主様をじっと見ていたのです。ちょっと怖いのです』
テンマが僕の方に身を寄せてくるので、ねぎらいの意味も込めて背中を撫でた。
じっと見ていたとは何だろうか。
寝ているだけだから観察して探りを入れるなんてしないだろう。
寝首を搔く機会を窺っていたのか?それもあんまり意味がない気がするけど。
目的はよく分からないけど、この人が見た目に反して不気味な人だとは分かった。
夕食はお刺身やウニなどの海鮮を食べさせてもらった。
これが国の税金だと思うとなんか申し訳ない。でも旨い。
等活地獄の時は忙しくて無理だったけど、関サバ関アジ食べたかった。
ちゃっかり彼女も同じ席についてご飯を食べている。
魚の食べ方が綺麗で良く躾けられているように思える。いいとこの人なのだろうか。
やたらご飯を食べる僕に視線を向けてくるのはちょっと嫌だった。
食べ方汚くないつもりだけど、自分では気付いていないのかもしれない。
テンマにも海鮮をちょっとずつ分けて食べさせた。生魚はお気に召したようだ。
ホテルに戻ってからホテル側から会議室を借り、元町さんと職員さんたちとで予定を確認する。
彼女はもちろんいないけど、同じホテルには泊まっている。
「それではホテルで一泊したのちに半日札幌で過ごし、午後から次の試練に移動という事で宜しいですね」
「分かりました。それで彼女のことはどうするんですか?僕としてはこれ以上付いてこられるのは……」
「ここに置いていきましょう。先方への義理は果たしましたので」
「僕はあの人から女優だと紹介されましたけど、いったい何者なんですか?あの時警備に止められずに異層空間に近付けていましたし、元町さんもよくは思っていなくてもちゃんと対応はされてますよね」
「……お話しすべきですよ。私どもとしては信也様に関わってほしくない人間ですが、こうまで振り回されては」
職員さんが恐る恐る元町さんに窺いを立てる。
元町さんは眉に皴を刻んで息を吐いた。
「分かりました、話しましょう。彼女が何者であるか」
始まりは孤独の迷宮だった。
女性、しかも女優で抜群の容姿。
彼女は怪物蠢く迷宮を見事に制覇して見せた。
元々女優として人気は高かったが、さらに試練資格者としての箔が重なり一躍時の人となった。
そんな話題性のある彼女に目を付けたのが政府の試練対策室の一派だという。
元町さんも同じ試練対策室の人間だが、その意向は彼らとは同じではないという。
流石にその辺りの事情までは教えてもらえなかった。
元町さんの認識では彼らを日本の獅子身中の虫と捉えている。
きな臭いし関わりたくない。
しかし彼女の動きは彼らの想定していたものとは異なっていて突拍子もないもので、彼らの権力を利用しているだけでどうにも動きが見えないらしい。
一応彼らの意向を受けて今回の共同作戦を提案してきたのだと思うが、杜撰というかわざと失敗したように思えるという。
「こんなところです。要するに不気味な女性と言えます。信也様を煩わせたくありませんでしたの黙っていましたが、結果このようなことになりまして申し訳ございません」
「彼女の意向は置いておいて、彼女に指示している政府の人たちは何が目的なのですか?」
「試練資格者のコントロール、私兵化です。日本は試練資格者を自由にしていますが、大国は義務や利益で彼らをコントロールして運用しています。日本もそうすべきという考えはあるのです。ただあなたの存在があるために話は進んでおりませんが」
え、話がでっかい。
それに僕の存在が私兵化にそんなに影響あるのか?
「信也様が優秀すぎて日本政府は楽観的なのです。無責任とも言えますが、信也様の行動が余りにも日本にとって都合が良すぎる」
「私兵化を進めようにも、民意は得られないから動くことも出来ない。態々弱い人間を戦わせて殺させるのかと」
「……もしかして、未成年に戦わせない政策って」
「私兵化を進めたい政府が信也様の威光を陰らせるためにねじ込みました。彼らの企みは15人の犠牲を出し、信也様がその原因を突破したことでほぼ潰えました」
「もし信也様が試練の攻略に動かなければ、もっと多くの人間が犠牲になっていたと思います」
人間の命が盤上の駒のように扱われている。
上位観測者だけでなく人も同じだ。
そこに嫌悪感はない。戦争はそれが当然だったし僕もその時代を生きてきた。
でも現代の感覚で言えばそれは酷いことなのだろう。家族にとっては特に。
だけど日本全体の救済を考えれば、1000人の犠牲で1億人を生かすのなら、間違いではない。
過酷な状況は人を強くし、精鋭を生み出すだろう。
「私兵化を止めたことは、結果的に日本を悪い方に導いてしまったのかもしれませんね」
「それは分かりません。少なくとも私どもは反対の立場でしたが……」
元町さんが言い淀む。言わんとすることは分かる。
「僕のことは気にしないでください。一人で負担を背負っているだなんて思っていません。戦えるから戦う。僕は僕の日常をこの手で守りたい、格好付けなだけですよ」
「信也様……申し訳ありません」
元町さんや職員さんたちは深々と頭を下げる。
そう何度も下げられると、申し訳ない気持ちになって来る。
「となると私兵化を目指す彼らはどうして僕と彼女に共同戦線を張らせようと……ああ、そっちか」
「そうですね。威光の再分配でしょう。私兵の旗印が信也様と共に試練を攻略、同等と箔を付けるといった具合です」
そのカリスマでもって政策を進めるわけか。
僕をまんまと利用してやろうと。
「それを聞くと少し迷いますね。私兵化は悪くないように思えますし、彼女のブレーンと話して真意を確かめた方がいいでしょうけど」
「私兵化に賛成なのです!?」
職員の一人が驚いた声を上げる。
「中国みたいな運用の仕方は反対です。前提として死に直面する試練は続いていきます。今のように試練資格者が野良の状態では、死んでしまったときに何もない」
「でも政府の軍属であるなら、残された家族にも保証がもたらされるでしょう。取り決めによっては、今回のような事態になっても戦わないことを選べれば悪いことでもないです」
職員たちは確かにと頷く。
完全には納得できていないようだけど。
「今回の試練で亡くなった15人は保証があったはずです。でも訓練校に属さず箱庭で死んだ人たちにそれはなかったはずです。それならまとめて私兵に扱いにしてもらっていた方がいい」
「信也様も私兵になるのですか?」
「協力はしますが、なりたくありませんね。僕は自分の命の使いどころは自分で決めたいですから。保証もいらないですし、試練で手に入れたものにも興味はありません。ただ幸せな日常を守りたいだけです。命に代えても」
家族と、未来のお嫁さんがいるこの世界を終わらせたくはない。
何度となく繰り返してようやく世界に化け物がいなくなったのに、他所から来た上位観測者に邪魔されてたまるものか。
「……さて、聞いていましたよね。これが信也様の答えです。いい加減出てきなさい」
元町さんが声を掛けると、段上の影から日原さんが出てきた。
当然テンマが教えてくれていたので知っていた。
元町さんにはこっそりとメモ紙を渡して教えておいた。
元町さん以外の皆は普通に驚いている。僕も驚いたふりをした。
「……ごめんね、信也君。盗み聞きして……騙していて……」
「それじゃあ一つだけ教えてください。日原さんは何を考えて行動しているんですか?どうも政府の意向ではなく、あなたの意向で行動しているように見えるのですが」
「そ、それは……言えないというか…まだ言いたくないというか。お互いもっと仲良くなってからじゃないと……」
なんか急にもじもじし出したぞ。これも演技か?どういう演技だ?
元町さんはまさかっといった感じで目を見開いている。
他の職員も徐々に驚きを露わにしていた。
「そ、そういうことですか……確かにこれまでの行動の辻褄が合いますが」
「あ、確かに孤独の迷宮の後のSNSや行動はどう考えてもそういう行動でしたね……失念していました」
元町さんの顔に汗が浮かんでいる。職員さんも訳知り顔だ。
僕はみんなにどういうことか尋ねたけど、武士の情けだと言って誰も教えてくれなかった。
なんじゃそら。




