第10話 奈落の受胎と衆合地獄
北海道に移動はなかなか大変で一日かかった。
空港までは楽だったけど、その後は延々と車の中で籠りっぱなし。
救いは大型車を手配してもらっていたので手足が伸ばせる点だろう。
職員さんも元町さんの他に5人もいて、他の職員も現地で待機しているとのことだ。
突貫で攻略した前二つの異層空間と違い、本格的な試練の攻略態勢が整いつつあるのを感じる。
「信也様、少しご相談があるのですが」
「なんでしょう?」
車の中で父さん宛てのメールを書いているところに、元町さんが深刻そうに話しかけてきた。
「今後の試練攻略にあたって、他の試練資格者と共同作戦を行う可能性があります。対応は可能でしょうか?」
「どう対応するかにもよりますけど、大丈夫なんですか?」
今主軸に考えている攻略は、怪物に捕捉されずに統率個体を探し出して倒す作戦だ。
人数が増えるほど捕捉される可能性は上がり戦闘になる。
そうなれば死者を増やし、カバーする人間の負担は尋常ではなく、物資も人間も損耗することになる。
他国はこれを承知でこの物量作戦をとっているが、日本もそれに倣うという事だろうか。
「申し訳ありませんが、まだ情報が……」
「もしそのような作戦を取るなら僕を組み込まない方がいいです。無用な安心感を与えるより、自分たちで戦うしかないという状況に追い込まないと、戦い以前に油断で死にます。他の試練資格者が潜っている異層空間を避けるのがベストだとは思います」
「信也様は他の異層空間の攻略にあたるという事ですか」
僕が頷くと元町さんは考え込んだ。
ドライに感じるかもしれないが、あの訓練校くらいの精神の持ち主だと地獄に耐えられないと思う。
どんなに守ろうと取りこぼしが出るし、全ての人を守り続けていたら延々と鬼との戦闘を強いられる。とてもじゃないが無理だ。
「もし共同作戦が出来るとしたら、最低限地獄で狂わない精神と、鬼の集団でも生き延びられるだけの生存能力を持っている人間に限ります」
僕が共同作戦に消極的な一番の理由は、僕は化け物退治を一人でしていたので、いまいち共同で戦うのは苦手なのだ。
守るだけなら出来るけど、それだとデメリットしかない。
一泊してから朝一で着いた先に見えたのは海の上の異層空間だった。
いや、ギリギリ陸地と言えるか。
宗谷岬の最北端のモニュメントがある場所が海と陸地ごと、すっぽり異層空間に覆われている。黒い球体は見上げるほど大きい。直径30mはありそうだ。
車の中で外の様子を見てみると、不気味な球体の周りには人が沢山いて、テレビ局のカメラも回っているし、個人の配信者のような人もいる。カメラだらけだった。
「……私どもから情報が漏れたわけではないと思いたいですが、難易度順に攻略しているのでこうなることは必定と言いますか……」
すごく言い辛そうに話しかけてくる地元職員さん。
「気にしないでください。異層空間の中まで入ってくるわけではありませんので。あの人たちの中を進むのはちょっと気が滅入りますけど」
「信也様に心労を与えるなど……催涙ガスでもばら撒きましょうか」
元町さんが真面目な顔で冗談を言う。
そんな顔で言われると分かりにくいから止めてほしい。
『今度も待てがあるのか?』
「申し訳ございませんマサムネ殿、またお待ちいただきます」
マサムネは家族とはあんまり話さないのに元町さんとは割とフレンドリーだ。
どこに違いがあるのか分からない。マサムネの基準が謎だ。
やがて準備が整い僕は車を降りる。
既に装備は身に着けていて、刀を携えている。
街中で見たら叫び声を上げて逃げられるレベルの不審者だけど、ここでは叫び声を上げて近付いてこられる。僕が逃げたい。
既にいた警備員の人や職員さんが道を作り異層空間までの道を開けてくれるが、色々な人に話しかけられる。
「こっち向いて~」
「がんばれっー」
「頼んだぞ~」
「サインください!」
「だきしめてぇ!」
今の抱きしめては野太い声だったぞ、なんかお尻がピリピリした。
この人たち僕のこと追い込もうとしてない?戦装束で防げない精神攻撃止めて。
特に人たちに応えることなく、異層空間の手前まで来ると、そこには先客がいた。
警備の人たちもその人物を止めることなく通してしまっている。
僕は元町さんの顔を窺うが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
どうやら招かれざるお客さんのようだ。
「やっほー信也君、今日はよろしくねっ」
布に包まれた長物を携えた、おしゃれな服に身を包んだ女性。
とっても既視感がある。
「……元町さん、順番変えて別の異層空間に行きませんか」
「大変宜しいかと。叫喚地獄などいかがでしょう?」
僕たちが来た道を戻ろうと背中を向けたら、腕を掴まれた。
「ちょっと、ちょっと!照らなくてもいいじゃない、ボクと信也君の仲でしょ?」
「……あなたに会ったのは一度だけですし、僕の中では初対面の未成年を夜中に車に乗せようとした不審な人物と記憶しているのですが」
「ええ~、だってあれはしょうがないよ。夜の公園で捨て猫みたいにうずくまってたら拾ってあげるのが人情じゃない?」
「人間は猫ではないので。この異層空間を攻略するというなら譲りますからどうぞ」
やんわりと彼女の手から腕を抜いて立ち去ろうとすると、今度は回り道されてとうせんぼされる。
「いいのかな?ボクが一人で攻略しようとすると、死んじゃうかもよ」
少し真剣な顔をしてはいるが、その眼は挑発的に輝いている。
思ったより厄介な人だったのかもしれない。
気が進まないけど、憎まれ役になる必要がありそうだ。
僅かばかり戦意を滲ませて彼女の目を見る。
彼女は射竦めらたように顔を強張らせた。
「死ぬことを恐れているなら、僕と共同で攻略に挑むのは止めてください。それに何の準備もなく、突発的に申し出られて共同作戦なんて可能だと思いますか?」
「等活地獄で亡くなった15名が、どれだけ共に訓練していたかご存じですか?それでも彼らは亡くなったんです」
瞳を揺らしてたじろいだ彼女、人々もいつの間にか声援を止めて僕の言葉に耳を傾けている。
ああ、人気芸能人に説教なんて絶対ネットで叩かれるな。
でもここで要望を通したら、現実的に彼女の身が危険にさらされる。
「僕が異層空間に潜れば配信が流れます。それを見て連携を取れる自信があるなら、以降の試練では検討します。宜しいですか、元町さん」
「はい、それでしたら妥当だと思います」
元町さんは僕の言葉に満足そうに頷きつつ、彼女を冷ややかな目で見ていた。
この態度はブラフで内心は苦笑しているだろう。
態度的に遊び感覚で出張ってきた彼女に対して含むところはある。
けどそう単純な話じゃないこともこの状況で分かる。
何も反論のない彼女を無視して、黒い球体の中に入る。
異層空間のリソース交換の間を通り抜け、直ぐに衆合地獄に入った。
地面のゴツゴツとした岩肌は変わらないが、やたら尖った鉄のような剣山のようにそこかしこに立っている。
下手な位置取りをすると体を傷付けかねない。
「黒縄地獄より、ちょっと暑くなったかな」
戦装束のおかげで正確な体感は分からないが、もう人が長居出来る温度ではなくなっている気がする。
『そうだな。こりゃ地獄の難易度が上がる度に、温度が上昇するかもしれねえ』
『テンマは平気?』
『わたくしへっちゃらなのです。環境に対しては耐性があるので気にされなくて大丈夫ですよ。索敵ですけど前方から既に集団が来ています。統率個体もその先にいますです』
直ぐに統率個体が見つかるとは今回は運がいい。
いや、テンマの技能が成長してきているのかもしれない。
「さて、どうしようかな。セオリー通り、首狩りで行こうか」
『おう、にしても今回もまだ俺っちの出番なしかなあ』
「フラグを積み重ねるの止めて」
僕は迫りくる集団を避けて移動する。
足音を限りなく消し、全力疾走の一歩手前くらいのスピードを維持し統率個体へと近付いて行った。
しばらく走り続けていると、テンマが統率個体の方向とは違う場所を指さして口を開いた。
『何かいますです。怪物とは違う気配です。あの女の人でしょうか?』
『あ、さっきの嬢ちゃんが来ちまったのか?』
「分からない。もしかするかもしれないから、行ってみよう」
あれだけ脅してもここに来たとしたら、それこそ覚悟の上という事になる。
なら手を貸すことはあんまりしたくないけど、見殺しにも出来ない。
辿り着いた場所には、幾千の剣のように鋭い鉄が山を成していた。
頂上には朗らかにこちらに微笑む美しい女性がいた。
ルフリアさんやルーヴィさんほどではないけど、思わず見惚れてしまうような美を宿している。
こちらまで蠱惑な香りが漂ってくる。
『淫五 雄 10歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:平静
技能:魅了LV5 擬態 フェロモン 再生の権能
称号:なし
衆合地獄の獄卒。
土くれの体を擬態し、誘惑によって罠に嵌める。
正気を失ったものはどんな苦痛を受けても誘惑から覚めることはない→
統率個体の命令を常に受信していて一体でも捕捉されると全ての個体に情報が共有される』
「別人だった。しかも人に擬態した怪物だよ……」
『あちゃ~』
『統率個体に捕捉されましたね。敵が集まってきます』
「仕方ない、統率個体まで戦闘しつつ切り抜けるしかない」
未だこちらに微笑みを投げかける淫五を無視して、統率個体の方向、向かってくる鬼の集団に走る。
鬼たちの後方には巨大な何かがいる。
『テンマ、あれが統率個体?』
『違います、強い気配はまだ後ろの方なのです』
『お、えらいデカブツが来たな。ついに俺っちの出番かっ!』
マサムネ設定忘れてないよね?そんなノリノリで僕の生命削りにきたら、妖刀説が現実味を帯びてくるだろうに。
「大丈夫だよ。大きくても戦いようはある」
『像五 雄 10歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:平静
技能:頑強LV5 再生の権能
称号:なし
衆合地獄の獄卒。
獄卒に殺された魂は衆合地獄に囚われ続け、あらゆる責め苦を受ける。
巨体で相手を圧殺し、蘇らせては圧殺を繰り返す石像→
統率個体の命令を常に受信していて一体でも捕捉されると全ての個体に情報が共有される』
鬼を刻みつつ像五に接近する。
20mくらいの大きさで、人間の男性の体をした灰色の石像。
固いはずのその身は、生物のように筋肉が隆起し関節が駆動している。
奇妙な怪物だ。足元にいる鬼など関係ないとばかりに蹴散らして僕に向かって来る。
僕は足元に駆け込み接近する。相手は当然僕を踏み潰そうと足を振り上げた。
像五の足が地面に踏み込まれ、地面が波打ち大地が捲り上がる。
相手の踏み込みに合わせて飛び退き、地面の揺れが起きる前に足に向けて飛び上がる。
足首に向けて水平に刀を入れ、返す刀で切れ込みに対して下から重なるようにもう一撃加えた。
切られた場所は大きく抉れ、全体重を掛けて踏み込んでいたその足は抉れた部分から罅が走り、足首が砕け散る。
バランスを失った巨体がこちらに倒れてくる。
僕は荒れた地面の中で足場として使えそうな場所を飛ぶように駆け、落下中の像五の首に接近した。
袈裟切りを繰り出し、その勢いで体を360度回転させながら袈裟切りを連続で首に浴びせる。
十分に深い傷が入ったところで、奴の顔面を強く蹴ってそのまま離れる。
受け身も取れずに無様に顔から落ちた像五は、その衝撃で首が砕け黒い炎に包まれ消滅していく。
残っていた周りの鬼五も像五との戦闘に巻き込まれて消滅していた。
残心を解き、白鷺を鞘に納める。
「ざっとこんなもんだよ」
『ええ~本格的に俺っちの出番ないじゃん』
『主様、はんぱねぇのです!』
テンマの言葉遣いが怪しくなっている。
おいおい、危惧していたマサムネの浸食がついに始まったよ。
僕の知らない間に二人で何か話してたな。
「マサムネ、帰ったら話し合いだ……」
『え、なんか気に障ること言ったか?』
若干緊張感に欠けるやり取りの後、再び走り出し統率個体の元に向かった。
『鬼五 雄 10歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:闘争
技能:近接格闘LV7 武術LV4 頑強LV5 俊敏LV7 炎熱耐性 再生の権能
称号:なし
衆合地獄の統率個体である獄卒。
集合地獄の核を取り込み世界の内部を全て知覚できるが、負担が大きいため配下の獄卒たちの目の範囲のみを知覚している→
核を砕かない限り統率個体は倒されることはない』
「ぐううううっ」
「………」
また強化されている。
目には知性が見えるし、すぐさま襲い掛からず僕を観察している。
他の鬼五同様、年齢も増えている。
体はさらに引き締まり、拙いながら構えも取り出した。
武器は爪付きの手甲。
取り回しがいいし、コンパクトに動かれると下手な得物より余程厄介だ。
「ごおおおっ」
初手は大振り、テレホンパンチだった。
まだ十分な格闘技を扱えるほどではなかったようだ。
受けることなく前に踏み込みながら躱し、一撃で胸の石に切っ先を突き立てる。
石は砕け、統率個体はあえなく黒い炎に包まれ消滅した。
速度は中々だったが、狙いが素直過ぎて簡単にカウンターを合わせられた。
『よえぇ……ぬるすぎだろ』
「まあまあ、身体能力は凄いみたいだったし。知性が十分に備わっていたら厄介だっただろうね」
『弱っちいというよりは、主様がお強いのでは?』
『弱いよ、この鬼は。ステータスと実力が乖離している。備わっている力をまるで使いこなせないから、僕みたいな身体能力で劣っている相手に手も足も出ないんだ』
これで3つ目の異層空間の攻略。
あと5つでこの怪物がどこまで強化されるのか。
僕は少し大きくなったエーテル結晶を拾い上げ、異層空間を消滅させた。
降り立った先は幸い海ではなく陸側、モニュメントの隣だった。
戦装束で刀三本もって海の中に落とされたら、流石にマサムネの力に頼っていただろう。
地獄より身の危険がある。
異層空間にいたのは体感3時間くらいだっただろうが、まだ人がいるというか滅茶苦茶増えている。3倍に膨れ上がっていた。
僕が現れて歓声が響き空気がびりびりと震える。
「ありがとうっ」
「青野少年さいきょ~っ」
「よかったよぉ」
「北海道を救ってくれてありがとうっ」
「敵なしだ、こんちくしょう!」
「いやあああああっ」
「ふおおおおおっ!」
みんな好き勝手に叫んでいるけど、全員好意的で安心する。
ただ警備の人たちは押し込んで来る人を必死で止めてくれているけど、圧力が凄くて怖い。
元町さんが慌てて僕の元に近付いてくる。
「騒ぎが大きくなっています、この場は早く離れましょう」
僕は頷いて適当に手を振りながら車へと向かった。
手を振ったらまた歓声が爆発してビクッと体が震える。慣れないことするものじゃない。
車に乗り込んで一息つけば、いるはずのない人物がそこにいた。
「お、お疲れ様です……」
気まずそうに日原琴羽さんが僕に声を掛けて来た。
「申し訳ありません。状況が状況でしたのでこの車に乗せました」
いや、分かんないです元町さん。
僕が異層空間に入っている間に何が起きていたのだろうか。
『カバーストーリ―:技能 武術』
武器の扱いに対して補正を掛けるノーマル身体技能。
この技能を持つ者は武器を扱った行動に対して、様々な補正を得ることが出来る。
攻撃力、防御力、器用さ、無意識下での技術補正など上げられる。
その他武術系の技能である剣術、槍術などはそれだけの扱いに対して補正が集中し、強力ではあるが武術のような汎用性はない。
身体技能の中でも珍しい部類であり、特化した武器関連の技能より習得者が遥かに少ない。
汎用系と特化系の技能は補正が重複せずに倍率が掛かるため、同じ系統の技能を両方持っていれば強力となる。




