第9話 訓練校と鍛錬
パンフレットでも見たが兎に角すべてが真新しい。
教室に案内されたが、専用PCや巨大なディスプレイは当たり前、よく分からないテクノロジー詰め込まれている。アナログ人間には敷居が高い。
老若男女の生徒が真面目にカリキュラムに取り組んでいる、ようには見える。
「ここが教室ですな。小中高の生徒は学年別で一般教養を必修として、試練カリキュラムをこなします」
「それ以上の年代は必修科目と選択科目を選んで試練カリキュラムをこなす形ですな。大学に近い授業選択と考えて宜しいかと」
それだとサボりがでそうな気がしたが、どうなのだろうか。
給料が貰える以上何かしらの枷はあるか。
解説を聞きながら歩いていき、講堂、食堂、図書館、情報室、視聴覚室などの設備を回った。気分はオープンキャンパスだ。大学なんて行ったことないけど。
通りがかる僕たちを特に珍しくなさそうに見てくることから割と見学者が多いのかもしれない。
「最後にここが総合鍛錬場です。どうです、凄いでしょう」
鍛錬場というより自然物で作り出したアスレチックパークみたいだ。
岩、砂、コンクリート、傾斜、崖、森林、川、池、広大な敷地を自然を残したまま改造している。
「カリキュラムの一つに野営訓練があります。この場所で行うこともありますが、外の環境で行うこともありますな。それとこちらに」
案内されたのは総合鍛錬場の隣に立った建物。
「これも鍛錬場ですが、武術や格闘技などの習得を目的としています。武道場といった具合ですかな」
畳の場所もあるが、むき出しの土の場所もある。
壁や床には傷が入っていて、他の施設より使用した後が見られる。
「後藤さん、等活地獄に挑んだ15人はどういった方たちだったんですか」
「……真面目な生徒たちでしたよ。皆成人していましたが勉強熱心で、カリキュラム外でも武道場をよく利用していました。信也君をリスペクトして刀術の鍛錬に熱心な生徒もおりましたな。試練では長剣を選んだので使えはしませんが」
後藤さんの口ぶりでは努力はしていたんだろう。
それでも足りなかった。
この訓練校は意味をなしていたといえるのだろうか。
その15人はこの訓練校に通っていなかったら、真面目でなかったら、選ばれることもなかったかもしれないのに。
「どうしてそのようなことを」
「あの人たちのことを、何も知らないのが嫌だっただけです」
後藤さんは静かな目で僕を見詰めた後、視線を遠くへやった。
「信也君、余り背負いすぎてはなりませんぞ。私だってそこそこ生きて別れを経験しました。人が亡くなるのはいつも悲しいですが、悲しいみに囚われていれば重い石のようにたまり続けます。今回の試練に関しては、彼らは自らの意思で戦うことを選びました。それだけは確かです」
僕は後藤さんに断わり、土の地面の武道場を借りた。
折角見学に来たので体験したほうがいいだろう。
最新設備は知らない。どうせ使いこなせないし。
それに次の試練のためにも体の調子を上げておいた方がいい。
「信也君、他の生徒が来ても構いませんか?カリキュラムの予定に入っていますので」
「はい、構いませんよ。邪魔な時は声を掛けてください、場所を開けます」
僕は借りた道着に身を包み、白鷺を抜いた。戦装束は無いので白鷺の鞘、脇差、マサムネは壁に立てかけた。
眼前に鬼五の姿をイメージする。
黒縄地獄の統率個体を凌ぐ相手が想定される次の地獄より強く、命五の如き強い相手を。
何度も戦い、何度も敗れ、僅かな勝利を積み重ねる。
体の限界を超えてひたすらに、一本の刀のように、イメージの鬼五と凌ぎ合う。
巨大な斧が上段から襲い掛かり、半身でそれを躱して反撃へと転じるが、裏拳が迫り気勢を制される。
強く成長した鬼。
肉体だけでなく武術を身に着けた鬼。生命術を用いる鬼。腕が八本ある鬼。
僕が転生を続けて戦い続けた化け物を、鬼のイメージに落とし込み強化していく。
肉体はついに耐えられなくなり、地面に倒れ動けなくなった。
薬なしでは数時間に及ぶ全力戦闘は難しい。
やはりマサムネ無しでは、最大級の異層空間の攻略は不可能なのだろうか。
「し、信也君っ、大丈夫か!」
後藤さんの声が聞こえたが、生憎返事が出来ないし手も上げられない。
首は動くのでゴリゴリと土を擦りながら頷いた。
「報告を聞いて来てみれば、私がいなくなってからずっとあんなことを…誰か担架を用意しろっ」
僕はそれに対して首を横に振った。少し力が戻って来る。
「水分補給したらまた始めます。あ、もしかして邪魔でした?」
震える体を起こしてみれば、えらい人数の人たちが僕を見ていた。
僕はストレージから水を出して空中で飲み込む。
染みわたるほど美味しいけど、きっとコップで飲んだ方がもっと美味しいだろう。
「まだ続けるつもりですか!?」
「次の鬼はもっと強力になっているでしょうから。十分に体を慣らしとかないと。死にたくないので」
「っ…そう、ですか……」
あ~でもこんなに人待たせたら駄目だな。部外者だし場所空けないと。
「続きは別の場所で行いますね。なんだか待ち人が多いみたいですから」
フラフラと立ち上がりマサムネたちを回収して武道場の入り口に向かった。
人垣が割れ、無言で僕を見詰めてくる。
刀を持った人に近付きたくない気持ちはよく分かる。
ただ視線の種類はいまいち分からない。
あとでテンマとマサムネにでも聞いてみればいいか。
後藤さんも僕に用事があったのか後ろから付いてくる。
「信也君はいつもあんな鍛錬を?」
総合鍛錬場の自然の中で鉄塊猪の干し肉を齧りながら涼んでいると、後藤さんが話しかけてきた。
「どちらかと言えば体力作りがメインですね。武器を振るえる場所なんて少ないですから。その点ここは恵まれていますね」
「恵まれてはいますね。ですが……」
どこか沈痛な面持ちになっている。いつものテンションはどうしたの。
「後藤さん、今言うのもなんですけど、訓練校の話は断らせていただきます」
「……訓練校に失望なさいましたかな」
「いいえ、今回の試練で少し自分のことを見直して決めました。僕は守りたいのはいつもの日常です。守りたいものの近くに居たいですから、ここへは通えません」
「なるほど、それは良い理由ですな」
後藤さんは腑に落ちたように頷いてくれた。
特に引き留められずにすんなりとしたものだ。
案外本気ではなかったのかもしれない。国営なら勧誘のノルマなんてなさそうだし、国外に流出しなければ良いという事だろう。
「さて大分回復しましたしもう一本……」
「ああ、それにつきましてご相談があるのですが……」
刀を構えようとしたとき、後藤さんから待ったが掛かる。
真剣な表情の後藤さんから話を聞き、僕はそれを了承した。
相談の後に武道場に戻ってきた。
後藤さんと、カメラを持った職員も一緒に入ってくる。
武道場の中の人数はあまり変わっておらず、熱心に鍛錬をしている。
中々の気迫だ。普段からこれだけ真面目に熟しているなら結構成長できるのではないだろうか。
カメラの設置の準備が終わり、職員が後藤さんに頷く。
後藤さんはパンパンと手を叩いて大きな声を上げる。
「はいはいっ、注目!」
訓練をしていた生徒たちが一斉に振り返り注目を集める。視線は殆ど僕に集まっていた。
「今日は青野信也君が訓練校の見学に来てくれている。そして特別に実戦形式で指導を行ってくれることになった。覚悟があるものは申し出てくれ」
後藤さん雰囲気違うな。指導者モードだろうか。
戸惑っている生徒の中から、年齢が高めの男性が出てくる。薄い肌着の下の肉体は良く鍛えられている。
それにただ鍛えているだけでなく、使うための筋肉が付いている感じだ。
「俺でもいいか」
「ああ、構わない。信也君、準備を」
僕は刀を全て立て掛け、壁に掛かっていた木刀を手に取る。
違和感があるほど軽い。
別の黒い木刀を選ぶとそれなりの重さを感じたのでそれを選んだ。
黒檀の木刀だな、幾らするんだろう。
相手は槍を使うようだ。構えは堂に入っている。
僕も変則的な構えは行わず、木刀を正眼に構えた。
準備が出来たのを見計らい、後藤さんが右手を上げた。
「はじめっ」
「かああああっ!」
先手必勝とばかりに鋭い突きが見舞われる。
躱さずに木刀から手を放し、右手で回し受けする。そのまま間合いを詰め、前進した勢いのまま裏拳で顎を打ち抜いた。
脳を揺らされた男性は前のめりに倒れるが、僕が体を受け止めて地面と衝突するのを防ぐ。
静まり返る武道場で息を飲む音が響く。
「誰か手を貸してくれませんか。流石に倒れそうなので」
慌てて手伝いを申し出た男性たちに倒れた彼を預けて後藤さんに向き直る。
「次、行きますか」
「は、はい……」
あれ、後藤さんの指導モードが怪しい。
もっと手加減した方がよかったのだろうか。
でも隙だらけだったし、つい攻撃してしまうんだよね。
それから武道館にいた人たちが名乗りを上げなくなるまで手合わせを続けた。
何人相手にしたか数えてなかったので分からないが、イメージトレーニングと違い特に疲れはない。
酷い怪我をしないように手加減していたけど、生徒たちはやっぱりあまり強くはなかった。
でもそれは実力の話だけのことではない。精神も含めての話だ。
一度敗れただけで心が折れている。こちらを畏怖し、戦意が消えている。
殺意を持った鬼の軍勢を相手どれる気がしない。
多分武器の質が上がってもこれでは駄目だ。
今回の試練の戦力としては期待できない。これからに期待したい。
「もうお終いですかね。折角ですから同じ人が何度挑んでも大丈夫ですよ」
「まだ戦えるというものは、いるか」
「「「「…………」」」」
皆口を閉じて誰も発言しない。
「それでは後藤さん、これで宜しかったですか?」
「ええ、有難うございました。お手を煩わせました」
僕は首を振って外に出た。
マサムネを手に持ち、総合訓練場でランニングをする。
今は武器を振るった鍛錬をする気にはなれなかった。
『なんつーか、よえぇな。ここでは試練突破を専門に訓練してるんだよな』
『主様が強すぎるだけじゃないのですか?』
『テンマちゃん、相棒はつえぇがそういうことじゃねぇ。戦いは闘争心がなければ実力があっても力を発揮できないんだよ』
『ここは技術を教えてるんだろうが、一番大事な戦いの心構えは教えてねぇんだろうな。ようは温いのさ』
心構えは実戦で鍛えるのが一番だけど、このままでは難しいだろう。
上澄みと言われた人たちが全滅したのだ。もしかしたら今の訓練生たちは心が折れているのかもしれない。
夕方になるまで走り続け、元町さんが迎えに来たところで鍛錬を終える。
丁度後藤さんも一緒に来ていた。
「いやあ、信也君。今日は有難うございます、我儘まで聞いて貰って申し訳なかったですね」
「いえ、特に手間ではありませんでしたし、好きに体を動かせてもらえましたので。お陰で準備万端で試練に望めそうです」
「強いですね……信也君は。私は君の強さを漸く分かった気がしますよ」
よく分からないが、後藤さんにとっては何かのキッカケにはなったようだ。
これから訓練校がいい方向に向かう事に期待しよう。
最後に訓練校の奥、磨き上げられた石畳の上に鎮座する石碑に案内してもらった。
忙し身の後藤さんに変わり、秋葉さんという女性が名乗り出て案内してくれた。彼女も試練資格を持つ人だった。
横長の正方形にカットされた一枚の黒い御影石。
等活地獄の15人。
そして箱庭で亡くなった、40人の人たちの名前が刻まれていた。
元町さんは少し離れたところに立ち、背中を向けている。
「僕も死んだら、ここに名前が刻まれるんですかね……」
「……ええ、訓練校の所属に関係なく名が刻まれると聞いています」
何となく呟いた言葉に秋葉さんが答えた。
沈黙が居心地悪く声を掛けたのではなく、彼女は僕と顔を合わせてから何か言いたげだったからだ。
僕の言葉が呼び水になったのか、彼女は重い口を開いた。
「青野君、亡くなった15名の家族は君に感謝していました。あなたは地獄の苦しみから彼らを救い出して、その亡骸を持ち帰ったんです。ちゃんと弔ってあげられた、彼らは前を向くことが出来たんです。私たち訓練校の生徒たちも同じです」
「僕は…家族や訓練校の生徒たちに、恨まれているんじゃないかと思っていました」
今も、その話を聞いても思っている。
人間は1か0ではない。
心のどこかで、僕がもっと早く動いていればと考えているだろうと。
これから異層空間を破壊するほど、その思いは強くなるのではないかと。
「関係者でないものや、今後そういう風に考える人間もゼロではないでしょうが、それこそ気にしてもしょうがありません」
「そうですね……あまり気にしないことにします。少なくとも彼らの家族が救われたのなら、試練に挑んだ価値はありました」
「…………今回亡くなった試練資格者の中に、私が親しくしていた人がいました。その子は自ら志願致しました。あなたのような子どもが戦わずに済むようにと。…………結局はあなたが戦い、事態を収めてしまいました」
長い沈黙の後に出たその言葉を聞き、僕は秋葉さんに振り返った。
彼女の瞳には、僕への恨みはない。ただ悲しさと、悔しさがあった。
「あの子の死は、無駄だったのでしょうか……」
死は過ぎ去ったことであり、どれだけ思いを込めても、僕の言葉は生者を慰める意味しかない。死者に声は届かない。
「何を思い、何を願おうと、死ねばそこで終わりです。何も思うことの出来なくなった人間にとって、戦いの結果に意味はありません。意味を持たせられるのは、生き残った人間にしかできない……秋葉さんと言いましたね」
「……はい」
後藤さんが言っていたな、背負い過ぎるなって、重しになるって。
舐めるな、その程度で潰れるものか。
どれほどの死が、僕の魂に纏わり付いていると思っているんだ。
「僕が、この国の人達が怯えることなく暮らせる未来を取り戻します。僕以外に戦える人間が一人も居なくとも、この国を救います。僕のような子どもの未来を思ってくれた彼らの死は、僕の戦う理由です」
「……あおの、くん……ごめんなさい……」
もう止まれない。
沢山の期待と運命が、僕の肩に掛かってしまっている。
未成年だとか、そんな話は言い訳にもできない。
秋葉さんへの言葉を、そのまま真実に変える。
この手で残りの地獄を終わらせ、日本を救う。
例えこの国に戦う意思のある試練資格者が僕一人だったとしても。
秋葉さんは深く頭を下げ、そのまま上げられることはなかった。
元町さんが様子を見に来るまで、しとしとと落ちる雫が、地面を濃く染めていた。
そんなに悲しまなくてもいい。一人で戦う事には慣れているから。
そう、いつも通りだ。
彼女と別れ、行きより重みを増した足取りで、僕は訓練校を後にした。




