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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 八大地獄
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第7話 すれ違いと夜の出会い



 行道で言ったうどんを食べたいという僕の要望に、元町さんが応えてくれて朝食は美味いぶっかけうどんにありつけた。

 ただ麺類は長さと熱さでテンマにとって鬼門だったので天ぷらを食してもらった。


 帰りは新幹線で関東まで戻る。

 というか元町さんずっと僕の対応してるけど、お仕事的に大丈夫なのだろうか。

 流石に現地職員と合流して仕事の割り振りはしているので、四六時中一緒ではないが何だか申し訳なくなってくる。


 新幹線を降りた後は電車で最寄り駅まで行くものだと思っていたけど、車でそのまま送迎された。

 至れり尽くせりだ。後でお金請求されないよね。

 よく考えたら移動のチケットも宿泊も全部元町さんが手配したから僕一銭も払ってない。

 全部経費だといいなあ。

 

「それでは私はここまでですので。今後も試練に挑む際はご連絡ください。各種手配は全て私どもが行いますので」

「何から何まですいません。多分直ぐお願いすることになります」

「いえ、信也様の一助になれるのであれば、それは大変な名誉ですので。私自身、この仕事は誰にも譲りたくないほどです」

「僕としても元町さんにこれからも担当してもらえると有難いです」

「っ……それでは、失礼致します」


 この人仕事できるし、窓口として動いてくれて、余計な会話をしなくて済むから楽でいい。

 対応する人間をたらい回しにされると気を使いすぎて疲れる。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、元町さんは体をブルブルと震わせてから深々と頭を下げて去っていった。もしかして忙しかったのだろうか。

 

 さて、現在時刻は15時23分で家には母さんだけしかいないだろう。

 僕は覚悟を決めて玄関を開けようとして思い出す。

 スマホごと鍵も父さんに預けていたんだった。

 仕方ないのでチャイムを押してみたが、誰も出てくる気配がない。

 母さんはどうやら外出しているらしい。

 スマホもないし誰かが帰って来るまでここにいるべきか否か。


『テンマ、周りの気配とか読める?』

『観察している影が6つです。敵意はありませんです』

『接触されても嫌だからぶらつくしかないか』

『お、いいねぇ。俺っちも相棒の世界を見て回りたいが…この国は武器駄目だったか』


 マサムネは鞘袋に入れられていると周囲が見えなくなるため話すことしかできない。

 いくら登録証を持っていてその姿が知れ渡っていても、堂々と腰にマサムネを差して歩き回るのは駄目だろう。


『道場で鍛錬してから帰ろうか。そこならマサムネ取り出せるし』

『ハイなのです!』

『しゃーねぇ、またの機会だな』


 この後滅茶苦茶鍛錬した。





『……相棒、そろそろ切り上げて家に帰らねえのか?』

『主様、もう暗くなってますよ』


 イメージの鬼の軍勢を相手に殺陣を繰り返し、僕はひたすら自分を追い込んでいる。

 それは何故か。簡単だ。

 

 一度は決心したけど、時間を置くと家に帰るのが怖くなった、それだけである。


 どんな説教が待っているのだろうか。父さん以外絶対ろくでもないに決まっている。

 お家帰りたくない。このまま試練に行きたい。


「青野君、そろそろ道場閉めようと思うのだが……」


 鬼気迫る勢いで刀を振り回していた僕に、道場の師範さんが遠慮がちに声を掛ける。

 どうやらここまでの様だ。

 滝のように流れ出た汗を拭い、白鷺を鞘に納めた。


「すいません、遅くまで」

「構わんさ。ただ家族が心配しているだろうから今日のところは帰りなさい。塚本君たちも来ているから一緒に帰るといい」

「信也君、帰りましょう」

「せんぱい、これどうぞ」

「あ、ありがとう……」


 気付かなかったが、有紗さんと夕希ちゃんも道場に来ていたようだ。

 夕希ちゃんから飲み物を差し出されて受け取った。

 一息に飲み干せば体が異常に乾いていたのだと気付かされる。

 好々爺とした師範に促されて着替えてから道場を後にする。

 鍛錬に集中しすぎて全身ガタついて歩くのもしんどい。明らかにオーバーワークだ。


『相棒、そんなに不安なのか……相棒ならこの先も問題ねぇと思うが』

「はは、不安しかないよ。だからこうして無様に不安を消そうと足掻いているんだよ」

『主様……わたくしがもっとお役に立てれば』


 少しマサムネと会話しながら夜道を有紗さんたちと三人で歩く。

 家が近付くにつれて気が重くなってくる。

 テンマが家族にも見えれば緩衝材の役割をしてくれそうだけど、見えない彼女には荷が重い。

 下手に手伝われるとポルダーガイストと勘違いされるだろう。

 マサムネに頼るのは……止めとこう。

 何故か僕の家族に対してコミュ障を発揮して碌に会話してなかったな。

 いつもは饒舌なのにウンもスンも言わなくなるんだもん。

 本人に聞いても理由は教えてくれなかった。

 莉々とは少し会話していた気がするけど何を話していたかは知らない。まあ莉々は喋れないから一方的な会話だろうけど。

 

『相棒、いざとなれば俺っちがいる、テンマちゃんもいる。不安になるんじゃねぇよ』

『そうなのです、わたくしたち最強なのです!絶対大丈夫なのです!』


 二人の励ましに背中を押され、僕はウジウジと悩んでいた心を立て直す。


『そうだね、分かったよ。不安になんか思わない。僕だけじゃないんだ、二人がいてくれるなら、僕は大丈夫だ。うん、きっと大丈夫』


 あんまり怒ってませんように。あんまり怒ってませんように。あんまり怒ってませんように。




「家に着いたわよ、私も挨拶していこうかしら」

「いえ、それは止めておいた方がいいかと思います。父さんに伝言だけ残して黙って出てきたので、ちょっと慌ただしくなるかもしれません」

「大丈夫ですか、せんぱい…」


 僕の不安を感じ取っていたのか、何やら不安そうに僕の顔を窺う有紗さんと夕希ちゃん。

 あれ、よくよく考えると、この二人にも黙って試練に挑んだのに全然怒ってないな。

 案外家族も塚本姉妹みたいに気にしていないのだろうか。

 僕は二人の同行を断わり、玄関の扉の前で腹に力を入れ、自分を鼓舞した。


 大丈夫、この扉の先に怒れる家族が待っていようと僕は全てを受け止めてみせるのだ。

 テンマとマサムネの期待に応えるためにも。

 チャイムを押すと直ぐに玄関の扉が開いた。


 目の前には母さんがいて、僕を一瞬驚いた眼で見て、その眉を吊り上げた。

 振り抜かれた手が僕の頬を捉えてバシッと音を立てる。

 顔が横に流れ、弱っていた足腰は踏ん張ること叶わず尻餅をついた。

 困惑した目で僕は母さんを見上げた。

 

「どうして試練に挑んだのっ!あなたが戦う必要なんてなかったのにっ!!」


 絶叫と言えそうなほど大きな声。疲労困憊の体が震える。


「……僕が戦わないと、人がまた亡くなると思ったから……」

「そんなことは、あなたが命を懸ける理由にならないわっ、自分の命なのよ、大切にしないでどうするのっ」

「でも」

「あなたが巻き込まれて、生きようと命を懸けることと、自分から命を粗末にするのは全く別のことなのよ、どうして分からないのっ!!」


 恥だとか外聞だとか、全部置き去りにした怒声に反論の余地はなかった。

 母さんは、まるでひどい頭痛を患っていくらかのように、顔を歪ませ僕を見下ろしていた。

 今何を言っても話し合いにはならない。それだけ僕は母さんを怒らせてしまっていた。

 

「もう試練に挑むのは止めなさい。他の誰かがあなたの代わりをしてくれるわ」


 少し声を落して僕に言い聞かせる母さんだが、僕はそれには頷けなかった。

 嘘でもいいからこの場を切り抜ければいいなんて思えなかった。

 じっと見つめる母さんの眼から視線を逸らした。


「……どうして分かってくれないの」

「ごめんなさい」


 怒りとは違う、痛みの混じった声に僕はただ謝った。


「……僕はこの試練に挑むよ。日本が大丈夫になるまで。それが終わっても、他の国が困ってたら手を貸すつも…」


 振り下ろされた手がバチンとまた頬を捉える。

 ジンジンと痛みが顔に走り、その痛みは深い場所まで届いてきた。

 僕の認識できない心の底が、ミシミシと軋みを上げている。

 肉体の痛みとは違う、感じたことの無い痛みと共に、毒が広がる様に精神が不調を及ぼしていた。


「止めなさい、もう戦わないで……」

「………」


 僕は返事を返さず立ち上がって、荷物を担いで踵を返して走った。理解できていない痛みから逃げ出すように。


 有紗さんと夕希ちゃんは、まだ家の外で様子を見ていたのかすれ違った。

 一瞬でどんな表情をしていたのか分からなかった。

 

 他にも母さんの声で様子を見に来た人、知らない人がいたが、僕は全部振り切って走り去った。

 疲れ切って、荷物を担いだ僕はお世辞にも早くなかっただろうが、誰も追いかけては来なかった。





 家から2kmくらい離れた公園まで逃げて来て、そこの水道で顔を洗う。

 もう本当に体力が切れて足が動かない。

 

『相棒……追い打ちはかけたくねぇが、今回は相棒が悪いと思うぞ』

「うん、分かってる。ちゃんと話していればこんなことにはならなかったよね……」

『分かってるならいい。でもな、俺っちは……いや、なんでもねぇ』


 耐えるような低い声でマサムネに諭される。何か言いかけたけど僕が反省しているから説教は止めたのかな。

 時間がないと説得を後回しにしたツケは大きかった。

 事情を知らないテンマは困惑していて、僕たちの話を黙って聞いている。

 

 あの時感じた不調はもう消えている。

 怒られた拍子に、疲れが変に体に作用しただけだったのかもしれない。


 今家に戻ってもあれだけ怒りを露わにした母さんと、冷静に話し合いなんて出来ないだろう。

 試練を許可されるとはとても思えない。

 時間を置くか、父さんに説得を期待するか。

 脳内イメージの父さんが、恨みがましい目でこちらを見ているので、そのイメージをそっと消した。

 

「これからどうしようか……家に帰るなんて出来ない、夜も遅いから元町さんとも連絡出来ない、おまけに刀を持ってる」


 刀同伴でホテルとか取れるのかな。

 一応お金はあるけど、空いてるホテルを探したくともスマホもなにもない。

 そもそも未成年が一人で泊まれる所なんてあるのか。


『野宿でいいんじゃないか?おあつらえ向きに整備された地面もあるし水場もある』

「箱庭の感覚で野宿は出来ないよ。補導されると結局家に連絡がいっちゃうから」


 それにこんなところでストレージから野宿セットを取り出すと今後持ち歩きが困難になる。なるべく温存しておきたかった。


「ベンチで夜を明かそうか。少し寒いけど凍えたりはしないだろうし、補導されたときは元町さんの名前を出させてもらおう」


 ベンチに腰掛け、ストレージに入っていた鉄塊猪の大きな干し肉を取り出した。

 噛み応えのあるそれを齧り、よく味わってから飲み込む。

 足りなかった栄養素が体に沁み込むようで、ちょっとだけ元気になる。

 テンマにも食べさせると「うまっ」と言いつつ噛り付いている。

 元々の肉が美味しいのに、スパイスの加減が絶妙で旨味が口いっぱいに広がる。


『鉄塊猪の特製干し肉


 ルーヴィの作成した香辛料をすりこんだ、滋養強壮に富む味わい深い干し肉。血肉を作り肉体の回復を助ける』


 自販機で買ったミネラルウォーターを半分ほど飲み干して、防具袋の中に入れていた外套を羽織る。

 座ったまま目を瞑って体力を回復させることにした。

 

『主様、家の周りにいた観察する目が近くにあるのですよ、宜しいのですか?』

『別にいいよ。政府の人だろうし、警察を遠ざけてくれるなら万々歳だから』

『分かりましたです。ゆっくりお休みください。不埒者が現れたらテンマがメッてするので』

『起こしてくれていいからね。寧ろ起こして』


 いくら見えないからと言っても危ないから。

 反射的に攻撃されてまぐれ当たりでもされたら大変だ。

 ところでテンマのメッて、一体なにするつもりだろうか。ちょっと気になる。

 疲労も相まって、僕は瞳を閉じて間もなく眠りについた。




『主様、何者かがこちらに接近しています。敵意はないようです』


 どれくらい眠っただろうか。テンマに肩を揺すられ目を覚ます。

 鉄塊猪の干し肉のおかげか肉体と体力は大分回復している。

 

 静かな公園でザリザリと足音が聞こえてくる。

 隠形する意図はない足さばき。

 一般人だと思うけど、明らかにこちらに向けて足を進めて来ている。

 僕は変装で顔が隠れていることを確認し、視線をその人物に向けた。


「やあ、こんな遅くに不用心だね」


 声は女性だ。知り合いではない。

 この人も僕と同じようにマスクや帽子、メガネで顔を隠している。


「こんばんは。あなたも不用心ではないですか。だいぶ遅い時間のはずですけど」

「ボクは大丈夫。連れがいるから」


 親指で自分の後方を指す。確かにアイドリングした車がそこにはあった。しかも高級車だ。ますます怪しい。


「そうですか、夜道は大丈夫そうですね。さようなら」

「そう釣れないこと言わないでよ。どうかな、ボクと夜のドライブでも」

「知らない人の車に乗ってはいけないなんて、誰でも知ってますよ。誘い文句が最悪なので出直してください」


 女性はキョトンとして、直ぐにクツクツと笑い出す。


「フッ、フフッ……あっ、ボク名乗ってなかったね」


 女性は帽子とマスクとメガネを外す。

 月明かりに照らされた麦畑のような濃い亜麻色の髪が零れ落ち、赤みの強い褐色の瞳が露わになる。

 美人に見慣れている僕から見ても相当な美形だ。

 それに溢れるオーラが凄い。

 有名人だ!ってオーラがキラキラと光になって漏れ出ているかのようだ。


「ボクの名前は日原琴羽、現役の女優兼大学生で試練資格者、つまり君の同業者というわけ」


 それが僕と彼女の出会い。

 試練という縁で結ばれた、本来交わることの無い出会いだった。


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