第6話 奈落の受胎と黒縄地獄
黒縄地獄があるのは瀬戸大橋の中間点にある与島に掛かる道路上だった。
ちょうど車が通れない大きさで邪魔な位置にある。
ここ3日、瀬戸大橋は閉鎖されている。
僕は道路の真ん中には、白船城で見た異層空間の数倍はある黒い球体が鎮座していた。
「今回は瀬戸大橋に一般人は侵入できませんのでご安心ください」
「そうですね。にしても異層空間ももう少しズレた位置に現れればいいのに」
「上位観測者にはその辺り考慮に値しないのでしょう。完全に意思とは関係なく乱数で決めている可能性もありますが」
『それにしてもまだかねぇ。一体何の準備をしてんだ?』
「すいません、マサムネ殿。色々ありまして……」
『おお、水平線なのです…丸いのです』
『そう言えば海を見るのは今までになかったか。天気がよくてよかったね』
のんびりと会話している僕らと違って、周りの職員やテレビ局の人たちが忙しそうに動き回っている。
白船城の時と違い、試練の攻略に待てを受けていた。
なんでもテレビ中継をするらしい。
僕はテレビへの顔出しやコメントはNGにしているので中継には映りはしないが、攻略の様子はニュースとしては流れる。
今はそのテレビ待ちというわけだ。
「お待たせしました、中継繋がります5,4,……」
「こちら瀬戸大橋の現場からお送りしております。見えるでしょうかこの巨大な……」
指で数字を折り、僕の目の前でキャスターさんが喋り出す。
ちょっと変な気分がする。
ワクワクするというかテレビの撮影なんて縁遠いものだから見ていて面白い。
テレビの中継が終わり、カメラが止まる。
「お待たせしました。ご無事をお祈りしております」
「行ってきます」
深々と頭を下げる元町さんに僕は軽く会釈を返し、黒い球体に向かって歩く。
体が飲み込まれ、またリソース交換の部屋へと招かれる。
その中に背負い袋はない。
ステータスでも確認したが、荷物は失われた扱いになっている。
特にほしいものもないので、扉を開いて試練へと進んだ。
『中の景色は特に変わんねぇな』
「そうだね。難易度は確実に上がっているとは思うけど」
体感的には少し温度が高くなっただろうか。戦装束の環境耐性のおかげで大きな違いは感じない。
『テンマ、索敵はどうだい?』
『等活地獄と変わらないくらいの敵がいますです。一体一体が強くなっているのです。こちらに気付いていませんが、既に一体近付いています』
遠くだが僕の目にも敵が映る。鬼の外見は変わらないが、持っている斧の刃が赤く色づき、明らかに熱を持っているように見える。あれに触れたら火傷では済まないだろう。
『鬼五 雄 3歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:平静
技能:斧術LV2 再生の権能
称号:なし
黒縄地獄の獄卒。獄卒に殺された魂は黒縄地獄に囚われ続け、あらゆる責め苦を受ける。
黒縄地獄に無数に存在し、何体倒そうと新たに蘇る。
手にした灼熱を宿す武具で攻撃する→
統率個体の命令を常に受信していて一体でも捕捉されると全ての個体に情報が共有される』
「マサムネ、今回も抜かないで攻略する予定で」
鬼五の進行方向が僕に向いていないことを確認し、音も無く駆ける。
鬼五の頭のてっぺんから股に至る正中を振り下ろし、真っ二つに割断した。
瞬く間に黒い炎に包まれ亡骸が燃えカスになって消えていく。
『凄いのです!流石主様なのです!』
『俺っちの出番がありそうな、骨のなる奴が出てこないかねぇ』
「物騒なこと言わないでよ。下から二番目でそんな相手が出てきてたら、最後には天竜クラスが出てくるから」
『言ってみただけさね。相棒の体のことを考えりゃ俺っちを抜かない方がいいしな。天竜との戦いで生命を相当前借りさせちまった。後どれくらい寿命が残ってるか分から……』
「マサムネ」
『……わりぃ、なんでもねぇ』
このやり取りは茶番だ。マサムネ、中々の演技派である。
配信を見る一般人に対して、マサムネを抜かないためのもっともらしい理由を考えたとき、寿命を盾にしようと考え付いた。
天竜との戦いで出した力は寿命の前借によって得られた生命の力ということなら、テンマの技能がリセットされて同じことが出来ないことへの言い訳が立つ。
今回の試練について手抜きをしているわけじゃないと理解してもらえる。
人を助けるために行動していても、本気でやれと家族に脅迫や危害を加えられたら堪ったものではない。
マサムネは『俺っち妖刀じゃねぇんだぞ!』と怒ったけど、説得して事なきを得た。
でも無理すると体が崩壊するから妖刀みたいだと思うのは気の所為かな?言わないけど。
『で、相棒の考えは当たってそうか?』
『まだ分からないよ。確証が得られるとしたらずっと先だ』
マサムネは脳内の会話に切り替えて僕に尋ねてくる。
本当にマサムネを抜かない理由は、人に課せられた試練を楽に超えた先に、危険が孕んでいるのではないかという考えからだ。
苦労をすればするほど人は成長する。肉体、思考、精神を鍛えられる。
人の肉体には限界はあるが、補えるマサムネのような規格外の存在も見つかっている。
実際に体感して分かったが、等活地獄の難易度ははっきり言って、15人で挑んだ場合なら孤独の迷宮の第一階層より温かったと思う。
それでも彼らが亡くなったのは、攻略のための情報収集を軽視し、成長をせず、寧ろ退化した故の可能性があった。
絶縁の箱庭という温い試練で油断したところに、特殊な環境で大量の鬼に襲われ殺された。
武力だけの面で言えば、僕がマサムネを振るえば日本を確実に救う自信がある。
世界最大の異層空間については、個人の力以上の何かが必要な場合は攻略できるか分からないが、エースとして活躍できるだろう。
これは自惚れではなく事実だ。
それほどマサムネという刀は人に隔絶した力を与える。
その力を同格以下の存在に対して振るい続ければ、きっと僕は今の力すら失い、惰弱になっていく。
難易度の上がるであろう試練を越え続けるには、僕自身が強くなり続けなければいけない。
何度も繰り返した前世の自分を越えて、もっと強く。
それがマサムネに語って聞かせた、マサムネを抜かない理由だ。
『でも寿命を削るなんて言ってしまって大丈夫なのですか?きっと心配されるのです』
『断言してないし、家族にはちゃんと事情を話すから大丈夫だよ。それ以外は騙されて貰うけどね』
『本当にそれ、大丈夫なのか?』
有紗さんや夕希ちゃん辺りには話してもいいかどうか微妙なラインだ。
本当なら僕の胸の中だけにしておいた方がいいんだけど、それだと是が非でも戦いから遠ざけられそうだから却下だ。
『主様、また接近してきます。左斜めから三体、右後ろから五体です』
『有難う、テンマ。無駄話はここまでにして、サクサク進もう』
『おう、高みの見物させてもらおうかね』
僕は鬼五を避けるように進み、避けきれない場合は静かに接近して処理する。
捕捉されないと集団戦にならないから等活地獄より楽に進めているが、どうしても進行速度は遅い。
でも強い気配はまだテンマにも捉え切れていないから、進行方向が分かっていない段階では無理が出来ない。
数時間が経過し、一度食事休憩を取る。
岩場の影に身を寄せ、周りに鬼五がいないことをテンマに確認してもらっているので安心してストレージから食べ物を取り出す。
前にルーヴィさんに作って貰った葛餅みたいな食べ物だ。
『ニルの実の煮だし餅
穴を開けたニルの実を水に3日間つけ、その水にデンプン質の粉を加えて粘り気が出るまで煮詰めた餅。
食べると肌艶と胃の調子が良くなる』
『テンマもどうぞ』
『もちもちうまうまなのですっ』
小さく千切ったものをテンマに与え、残りを口に入れる。
『うん、美味しいね』
あの時食べた味そのままで劣化していない。
マサムネを取り出したときも思ったけど、ストレージの中は時間が流れていないのだろうか。
少し懐かしい気分になる。ルーヴィさんたちは元気にしているのかな。
僕がこんな世界で貰った餅を食べているなんて夢にも思わないだろう。
『……主様、強い気配が現れました。移動しています』
『元々そういう個体なのか、捕捉されていないから動きのパターンが違うのか分からないけど、チャンスだね』
僕は残りの餅を飲み込んでストレージの中の水を直飲みする。
取り出した瞬間なら一瞬浮遊するのでその隙に口に含むのがコツだ。
この水は箱庭に来て見付けた湧き水で、ストレージに液体も入れることが可能かどうか確認する実験で大量に入れ込んでいた。飲用でない水も大量にある。
慎重に接近したが、かなり距離が開いている段階で気付かれた。
まっすぐ僕に向かって進んでくる。
「ごおおおおおおおおっ」
4mの赤黒い体の鬼。灼熱の巨大な鉈を振り上げて襲い掛かってくる。
『鬼五 雄 3歳
関係:敵対 感情:敵意 状態:健康 精神:闘争
技能:頑強LV6 俊敏LV4 斧術LV6 炎熱耐性 再生の権能
称号:なし
黒縄地獄の統率個体である獄卒。黒縄地獄の核を取り込み世界の内部を全て知覚できるが、負担が大きいため配下の獄卒たちの目の範囲のみを知覚している→
核を砕かない限り統率個体は倒されることはない』
ほとんど変わらないステータスだけど、肉体は明らかに運動能力が前の統率個体より高そうだ。ステータスに出ない、技能とは違う力という事だろうか。
接近されれば火に炙られているかのような熱が襲い掛かってくる。
統率個体の持つ武器は他の鬼五の武器とは性能が違うようだ。
『主様っ!』
鬼五の鉈が僕へと薙ぎ払われ、テンマの焦った声が響く。
鬼五の間合い。僕の刀はまだ届かない。
鉈は空気の摩擦と共に炎に包まれ、さらなる熱を放ちながら僕に襲い掛かる。
水平に迫る刃に刀を合わせ、刀身の上に滑らせる。
逸らされた熱量を伴った炎が、僕の側面を焼き焦がした。
直接浴びさえしなければ体に襲い掛かる炎の熱は、ある程度戦装束が遮断してくれる。
刀で逸らされた鉈は勢いよく流され、鬼五の体が泳ぐ。
隙だらけ、そしてここは僕の間合いだ。
後ろ脚に力を溜め、刀を引き絞る。
放たれた矢のように突きを放ち、統率個体の胸の石を切っ先が貫いた。
キン、と高い音と共に胸の石が砕け散る。
「あああがあぁ……」
「………」
他の鬼五のように黒い炎に包まれ消えていく。
残されたエーテル結晶を掴み、世界は罅割れ、白い光に包まれて消えていく。
『別に同情するわけじゃねえけど、ちょっと虚しいな』
「そうだね。あの鬼は、今まで倒した鬼は……」
足元の岩がアスファルトに変わっていた。どうやら無事に帰ってこられたようだ。
周りの人たちがざわめきと歓声を上げている。
早速カメラが中継を繋いでキャスターが興奮気味にコメントを言っている。
僕の事カメラに映してない?そうだったらモザイクを…いや、なんか犯罪者っぽいからいいや。
そそくさとその場から離れて、元町さんと駄弁っていたテントの中に避難した。
一仕事終わったのでうどん食べて家に帰るだけだ。
次の試練は猶予があるから一度家に帰って、今回の顛末を家族に話して納得してもらう必要がある。
ああ、家に帰るの怖い。
腹立つくらいの晴天と違い、僕の未来には暗雲が立ち込めていた。
『カバーストーリ―:技能 俊敏』
肉体の早さを上げるノーマル身体技能。
この技能を持つ者は自身の速度の面に対して、様々な補正を得ることが出来る。
反射神経、瞬発力、動体視力、肉体が関わるあらゆる速度に対して補正が掛かり、能力が特化した分、LVが低くとも技能の有無で明確に違いが現れる。
後天的に習得できる技能ではあるが、習得難度は頑強より高く才能が必要。




