第4話 世論と打診
その日のお昼休みはなんとも言い難いものだったという。
僕は家族とご飯を食べていたし、誰も試練の話なんてしてなかったけど、他の教室ではそんなことなく試練の配信映像を見てしまい、お昼御飯が喉を通らなくなる人間が続出したらしい。
僕の耳にも試練失敗の話は入ってきたが、特に話題に加わろうとは思ってなかったので無事だった。
政府が用意した部隊は、多分日本試練資格者の中でも上澄みだっただろう。
それが全滅したなら次はどうするのだろうか。流石にいくつか策は用意しているだろうが等活地獄の制限時間は短い。少し心配にもなってくる。
ミシミシと手に持っていた金属製の水筒が軋む。いつの間にか壊れそうなほどの力を水筒に込めていた。
何を苛立っているのか。何を己惚れているのか。
僕が始めから試練に名乗りを上げていれば彼らは死なずに済んだなど、苦しまずに済んだなど傲慢な考えだ。
彼らは僕ら子どもの為に率先して試練に挑んだ。その彼らに対して僕だったらなんて、思う事すら侮辱にしかならない。
だけど同時に、このまま政府に任せていていいのだろうかとも思う。
彼らは失敗した。
次の部隊は失敗を生かしてくるだろうが、攻略までに何人犠牲になる。
等活地獄を攻略しても、より難易度が高い試練があと7つもあるのに。
午後の授業はあまり頭に入ってこなかった。
家に帰った後、鍛錬には行かずにパソコンを開く。
等活地獄でも攻略の様子が動画としてアップされていたためそれを見た。
異層空間の内部は昔の画集などで描かれた地獄そのものだった。
赤黒い池、蒸気が吹き荒れる荒れた大地、岩壁に覆われた人の視界では見渡せないほど異常なほど広い空間。鬼の体を持つ獄卒が無数に蠢いている。
これが最低の難易度の試練なんて質が悪すぎる。
動画ではステータス閲覧が使えないから鬼のステータスは見えない。
個体差があるため一概には言えないが、物語に出てくる鬼の特徴を考えれば少なくとも腕力が成人男性に劣ることは無いだろう。
試練資格者たちは武器で鬼に応戦し、数十体もの鬼を倒すが物量と武器の損耗で押し切られ、一人が致命傷を負ったのを皮切りにどんどんと数を減らされ全滅した。
だが鬼達が何か言うと試練資格者たちの体は回復した。
そしてまた殺され、また回復させられる。
何度も繰り返され、その内窯で茹でられるもの、鳥に体を喰われるもの、犬のようなものに体を喰われるもの、様々に分かれた。
いずれも死に至る傷を負った段階で再生が始まり、また同じことを繰り返される。
正気ではとてもじゃないが見ていられない。
動画を見るのを止めて情報まとめサイトに飛べば様々な憶測や世論が書き連ねている。
政府の無能さを論うもの、悲劇を嘆くもの、日本の終わりを声高に叫ぶもの、そして僕に攻略をさせようと言い出すもの。
元町さんと出会ったときのことを思い出す。
まさかとは思うが、この一連の流れは誰かの筋書きではないだろうか。
部隊が成功すればよし、失敗しても世の中の意見で僕を引きずり出せればいい。
僕が試練を攻略しても、政府が無能だという声は大きくは言えない。
部隊による攻略が失敗したとはいえ、政府は何も間違ったことはしていないのだから。子どもをこの試練から除外するのは真っ当な判断だ。
僕が失敗すれば、政府は世論が生んだ犠牲者だと言えば済む。
だけどその程度の思惑だとも思えないし、これが日本政府の筋書きとも断言できない。
駄目だ、僕の頭と情報だと空想の域を出ないな。考えるだけ無駄のようだ。
少なくとも、ここが分水嶺だ。
等活地獄を進むためには怪物の物量を抑える必要がある。
今回のような力量の人間が攻略を行うなら50人以上の統率された部隊が必要となる。
その中で何人生き残れるのか。
次の地獄では何人が、生き残れるのか。何人死ぬのか。
次も次も、その次も、地獄は続いているのに。
次の犠牲者が出る前に進退を決める必要がある。
僕は机の引き出しから名刺を取り出して電話を掛けた。
連絡をした次の日には航空券を準備されて、あっという間に大分までやってこられた。
大分に到着したのは夜で、一泊してから朝一の電車で移動し、別府駅へと降り立った。
ニット帽にサングラスの不審者スタイルなので誰も僕の顔に気付かない。
異層空間の影響か、駅員さんしかいないから騒ぎになんてならないだろうけど。
試練開始から既に二日経っている。
明日を含めて八日で攻略しなければ、この地はあの地獄と同じ形相に変わる。
それに次の黒縄地獄も時間に余裕があるわけではない。
『相棒、家族にはちゃんと言ってきたのか?』
防具袋に刺した竹刀袋に入ったマサムネが話しかけてきた。
この装備用の入れ物も政府の人が準備してくれた。至れり尽くせりだ。
「父さんには伝えたよ。他の家族には父さんから話してもらう手筈になってる」
『相棒の家族は情が薄いのか?この試練は死地だと思うんだがよぉ』
「情は深いよ。深いから一番情の薄い父さんだけに話してきたんだ」
『……大丈夫かねぇ』
勿論大丈夫ではない。
家族への連絡を頼んだ時の時の、父さんの顔は信じられないものを見る人の目だった。
ゴメンね父さん、一番連絡役として適任だから仕方ないね。
試練に集中したいからスマホも父さんに預けた。父さん、魂の抜けた顔をしてたよ。
それでも僕のことを理解しているのか、引き留めるような言葉は掛けられなかった。
父さん以外に伝えれば絶対止められるだろうし、説得しないといけなくなる。そうすると家族全員の説得に波及する。それは避けたかった。
別府駅を出て外の様子を見る。普段どれほどの人がいるか知らないが、人通りはほとんどない。スーツ姿の男性がこちらに近付いてきた。
「青野信也様、お待ちしておりました」
「数日ぶりです、元町さん」
「今回はご決断いただき有難うございました」
深々と頭を下げようとした元町さんに首を横に振った。
「僕の我儘です。元町さんに余計な手間をかけてしまってすいません」
「いいえ、私はあなたに連絡をいただけたことに感謝しております。そしてそれは多くの人間にとってそうであると確信しております。どうぞこちらに」
元町さんの乗り付けた車に乗り、異層空間へと向かう。
「異層空間は別府市の白船城の内部に形成されています。青野様が攻略に来たという情報は一切外部に漏れてはいませんが、攻略が始まれば配信が流れてしまいますので、帰りは騒ぎになるかと。私どもも万全の態勢をしきますのでお手を煩わせはしません」
「まだ攻略始めてないのに帰りの心配なんて気が早くないですか……」
何気にプレッシャー掛けてくるな、この人。
「おや、次の異層空間の交通手段の手配まで依頼してきた青野様の方が気が早いでしょうに。当然そちらの手配も万全ですよ」
そういえばそうだった。僕が一番気が早い。
「白船城の周辺は地獄めぐりという観光地がありましたよね。異層空間に何か関係がありますか?」
「確かにその通りですが、恐らく偶然かと。他の地の情報を集める限り、異層空間同士が密接していないだけで、その土地との因果関係はないようです」
情報交換しながら車に揺られること30分ほどで白船城に到着した。
物々しい警備の中、元町さんの案内で通される。
こちらを厳しく観察する目で見られるが、元町さんが対応してくれるので僕は黙ってその後ろを歩いた。
白船城の中には建築物と重なる様に黒い球体が鎮座していた。大きさは直径3メートルほどだ。あの広大な空間を内包していると考えると随分と小さい。
「私が案内できるのはここまでです。黒い球体の内部には孤独の迷宮と同じようにリソース交換の間があり、その扉を潜れば等活地獄へと移動します」
「了解です、有難うございました。後のことは宜しくお願いします」
元町さんは深々と頭を下げる。僕は上着や変装道具を脱ぎ去り、下に着こんでいた箱庭由来の服装へと姿を変えた。ジャージより頑丈で鎧の下に着込める厚さになっている。
警備の人たちが僕の存在に気付き何か言いかけたが、僕はそれを聞く前に球体の中に潜っていた。
リソース交換の間は孤独の迷宮と変わらないようだ。
入ってまず、手に持っていた戦装束を着込み、打刀と脇差を腰に差した。
マサムネは背中に袈裟懸けにして装備する。
リソース交換では余計なものは購入せず、今まで交換したものだけを出現させた。
背負い袋を開けば、小さな誰かさんが飛び出し来て、懐かしい声が響いてくる。
『仰ぎ見よその威容を、わたくしの主様であるぞっ。そして一番の従者テンマ見参なのです!』
大人びた美貌に浮かぶ、幼子のような無垢な笑顔。
姿かたちは変わらずとも、最後の別れの時より随分幼く見える彼女と再会した。
『おはようテンマ。三回目の初めましてだよ』
それにしても記憶を失うのになんで毎回最初の挨拶が異なっているのだろうか。
謎である。
『わたくしとの出会いは三回目なのですか?では改めまして宜しくお願いしますです、主様っ』
『……事前に聞いちゃいたが、やっぱテンマちゃんは覚えてねえのか』
『およ?主様以外の声が聞こえてくるのです』
『俺っちとは二回目の初めましてだぞ、テンマちゃん。主様の相棒のマサムネっていうしがない刀よ、宜しく頼むぜ』
『おおっ、刀が喋ってるのです!不思議なのです』
『俺っちからしたら、小っちゃくて羽根の生えてるテンマちゃんも大概不思議だがよ。見えちゃいねえがな、ワハハハハッ』
何と言うことでしょう。
二人が突っかからずに普通に会話しているぞ。
これからもそのままでいてね。脳内で喧嘩されると頭痛を起こしそうになるから。
ポーションと物臭の地図は懐にしまい、それ以外の全てのリソース交換で得た荷物を背負い袋にまとめる。
一通り装備の確認を終えて扉に手を掛けた。
この試練は一度異層空間に入れば入り口が消え、脱出する術がない。
セオリーで考えれば攻略後に脱出できるようになる、もしくはどこかに出口があるかと考えられるが、どちらもまだ誰も達成できていない。
正しく地獄への片道切符だ。
『テンマ、マサムネ、今回もよろしくね。一緒に試練を突破しよう』
『ハイなのです!』
『任しときな、俺っちたちに掛かればちょちょいの、ちょいよ!』
地獄だろうとなんだろと、負けるわけにはいかない。
頼もしい仲間と共にまた歩む、この試練を。




