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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
エピソード 奈落の受胎 八大地獄
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第3話 部隊と地獄



 奈落の受胎の試練を告げる放送から、7日。

 時間はあっという間に過ぎた。

 

 僕はひたすら鍛錬をこなし、戦いの、試練のための体づくりをし続けた。

 理由は分からないが、試練の開始から今に至るまでの期間で運動能力が相当な水準まで上がっている。

 この歳で肉体性能は前世の全盛期に限りなく近くなっている。試練で生きるか死ぬかの無茶を繰り返したため、体が適応しようと成長したのかもしれない。

 もしくはマサムネの力に適応しようと白色の力を通し続けた副産物だろうか。

 

 勉強も勿論した。期末テストは無事切り抜けることが出来たのでちゃんと夏休みを迎えることが出来る。

 喜ばしいけど、これからのことを考えると素直には喜べない。


 日本に出現した異層空間は8つ。

 予告通り出現した全ての異層空間は、大きさと制限時間が違っている。



『等活地獄(大分県別府市)・・・・・・・10日

 黒縄地獄(香川県坂出市)・・・・・・・15日

 衆合地獄(北海道稚内市)・・・・・・・25日

 叫喚地獄(岩手県盛岡市)・・・・・・・30日

 大叫喚地獄(東京都中央区) ・・・・・・40日

 焦熱地獄(大阪府堺市) ・・・・・・・・50日

 大焦熱地獄(鹿児島県鹿児島市)・・・・60日

 阿鼻地獄(静岡県富士宮市)・・・・・・70日』



 ステータスには緯度経度や奈落の浸食範囲など細かい情報もあったが、有志によって分かり易くまとめられた情報にはこう記載されていた。

 世界全体の情報も確認したが、日本に発生した異層空間は国土に対して、数も規模も厳しい部類だった。

 

 異層空間が大きいほど制限時間が長い。制限時間が長いほど侵食範囲が大きく、攻略も難しいとされている。

 日本は国土が狭い関係もあるかもしれないけど、最後の阿鼻地獄の顕現した際の浸食範囲は日本を排他的経済水域含めて覆うほど巨大だった。


 世界で最大の異層空間は北アメリカ、インド、イタリアに発生したもので、大きさは日本の数十倍というものだ。

 この三つの異層空間の制限時間は一律で100日。

 恐らく今回の試練で最大の難易度を誇っているだろう。


 島国であることが幸いしてか、日本は他の国の浸食範囲に掠りもしていないので、自国の事だけを考えれば日本国内の異層空間だけに注力すればいい。

 僕はそう思いつつ朝の登校の時を迎えた。




「学校に登校してるのに、仕事をサボってるような後ろめたさがある」

「?」

「なんでもない、独り言だよ」


 一緒に手を繋いでいる莉々が不思議そうに僕を見上げてくる。

 僕に対して試練に参加するようにという政府からの打診はなかった。

 実に平和で、実に不気味な一週間だった。


 既に今回の試練は訓練校の人たち主体で対応する方針が出されており、僕のような野良の人間にはお呼び出しは掛かっていない。


 異層空間攻略作戦は一番難易度が低いと思わる等活地獄から始められる。

 当然配信が映し出されるが、授業中であるため見ることは出来ない。

 果たしてどのくらいの難易度なのだろうか。


 唐突に制服の裾が引っ張られ、振り返れば萌香がこちらを不安そうに見詰めていた。

 

「お兄ちゃん……もしかして試練に挑みたいの?」

「挑みたくないよ。好き好んで自分の命を懸けるなんて御免だ」

「それならいいけど…」

「試練なんてどうでもいいじゃん、萌香は心配性なんだから」


 春香が萌香にしな垂れかかって頬を引っ張る。


「ひゃるかっ、にゃにするのひょ!」

「春香の言う通りよ。今回は試練資格者全員が挑まないといけないわけじゃない。政府主体で動いている以上、未成年で歳も下から数えた方が早い信也が試練に参加させられるわけないわ」


 花音姉さんが自分に言い聞かせるように言う。


 日本政府の動きは国内では賛否両論だ。

 色々あるが、未成年を試練に参加させないことがもっともその焦点となっている。

 普通なら焦点になり得ない一般論なのだが、僕が戦わない側の人間に組み込まれていることに世論は揺れている。


 今のところは大きな声でそれを口にすることは出来ないが外国は違う。

 日本政府の判断に非難の嵐だった。

 日本が未成年に試練を受けさせないなら、僕が海外に派遣されることがないということだからだ。


「試練の難易度が前回みたいに簡単だったらいいんだけど、どうかしらね」

「私今回は見たくないかも。先輩も出ないし、地獄って凄く気味が悪そう」


 有紗さんと夕希ちゃんが呟いてみんなは口を閉じた。

 世の中の人たちの一部は、前回の絶縁の箱庭の試練は簡単ではなかったのではないかと考え始めている。

 その理由は、今回の試練で箱庭から持ち帰った物品が使えるという点だ。


 箱庭の物品はポーションなどの特殊なものを除き、白燐鉱の刀など明らかにリソース交換で使用できる装備より質が上だった。

 異層空間を攻略するのにそれが必要だった場合、物品を持ち帰らずにただ帰還しただけの人間は明らかな不利を強いられる。


 世界では箱庭の鉱物を加工した武器の作成が進められているが、結果はまだ出ていない。

 仮に異層空間に持ち込めたとしても、数が少なく試練資格者全体には行き渡らない。

 今の僕は試練に向かった人たちの無事を祈るしかない。


 学校で花音姉さんと有紗さんと別れて教室に入る。


「おはよう」

「おはよう青野。いよいよだな」

「おはよう青野君、今日のニュース見た?」


 既に教室に来ていたクラスメイト達が僕に声を掛けてくる。

 話題は今日から始まる試練についてだ。

 ワクワクというか落ち着きがない。そんなに面白い話題なのだろうか。

 下手すれば日本は数か月後には人の暮らせない土地になるかもしれないのに。


「ニュースは見たよ。政府の部隊は今日から試練に挑むみたいだね。何事もないといいけど」

「青野が試練に挑むのが一番手っ取り早いと思うけどな。今からでも乗り込んだらどうだ?」

「そうだよな、未成年だからって参加させないなんて横暴だぜ」


 始めの質問した男子の名前は斎藤君。もう一人の男子は斎藤君の友達のようだが、クラスメイトじゃないしあまり見たことない人で名前を知らない。


 全く無茶を言いおる。そんなことしたら間違いなく逮捕される上に、家族全員から雷落とされるよ。

 斎藤君はクラスでも話す方だし悪い子じゃない。

 しかしムードメーカーだけど、少し他人の意見に流されやすい傾向にある。隣の子に何か吹き込まれたのではないだろうか。

 

「署名でも集めてみるか?」

「それいいかも!」


 盛り上がるのは良いけど、そろそろ気付いてほしい。

 周りの視線がどんどんと冷たくなっていることに。

 教室の扉が開いて瀬尾さんと張本さん、安藤さんが入ってくる。

 変な空気になっている教室に戸惑っていた。困った顔をしているであろう僕に気付いて近付いてくる。


「なんの話してるの?」

「お、瀬尾じゃん。丁度青野が試練に参加できるように署名を集めようか考えて……」


 斎藤君たちはそこで漸く周りを見渡した。ほとんどの生徒が白けた目をしている。


「斎藤君、その意味わかって言ってる?青野君が危険な目に遭うんだよ?」

「え、いやだって……」


 瀬尾さんが背中を見せているため、彼女がどんな顔で斎藤君を見ているのか分からない。


「まあいいや。青野君に変な事吹き込まないでね。青野君はこっち来て」


 瀬尾さんは僕の腕を引っ張って教室を出る。

 友人二人は残って斎藤君たちに詰め寄り話をしようとしていたが、生憎それが聞こえる前に僕は教室から出てしまった。

 人気のない階段の踊り場まで連れて来られて漸く手を離される。


「青野君、嫌なことは嫌だって言わないと駄目だよ」

「う、うん、止めてくれてありがとう」

「私や私の友達も思ってることだけど、青野君が試練を受ける必要なんてない。避けられるなら避けて正解だよ。文句を言ってくる人がいたら私がその人に説教してあげるからねっ」


 その言葉は不思議な心地がした。

 瀬尾さんのことを見ながら、別の人間を覗いてるかのような感覚。

 前世の僕が世話になった彼女の母親の面影が、僕に懐かしいと思わせると考えていたけど。


「……」

「青野君?私の顔に何かついてる?」

「ごめん、瀬尾さんにそう言って貰えてなんだか不思議な感じがしたんだ。記憶にはないけど、昔……やっぱりなんでもない、ホームルームが始まるから教室に戻ろう」

「ええ~なんか気になるんだけどっ!」


 瀬尾さんに背中を押されつつ、教室に戻ってホームルームを受けた。


 一時間目の授業が始まる頃には日本政府の集めた質実剛健な試練資格者15名の部隊が異層空間、等活地獄に挑んだ。

 その様子はニュースでも取り上げられた。

 彼らから窺える自信は確かなもので、試練の突破を予感させた。



 部隊は1時間目の授業が終わる頃に全滅した。

 配信で映し出された異層空間の内部は地獄そのものだった。

 試練資格者15名の魂は異層空間に囚われ続け、今も配信で映され続けている。

死ぬことも許されずに、地獄で苦しみを味わい続けていた。













『カバーストーリ―:等活地獄』



 訓練校に通う私たちに試練攻略を依頼されたのは、試練開始の放送の直ぐ後のことだった。

 一度成績上位者の中から候補が上げられ、その中から志願したものから順に決められる。

 ただ有用な技能を持つ者はそれとなく参加を促すように声を掛けられていた。

 

 私もその一人だ。

 索敵、私の持つ技能であり探索において頼もしい技能になっている。

 他にも気配察知や看破などの技能の持ち主もいたが、辞退する者も多く集まったのは3名だった。

 

 それ以外の隊員は意外と志願が多く、計15名の人員が集まった段階で締め切り、私たちは第一部隊として試練攻略の為に動くこととなった。


 部隊員が発表された後、食堂でご飯を食べていると、訓練校で知り合った歳上の女性、秋葉さんから声を掛けられた。

 顔には憂いが宿り、私を心配げに見ていた。


「梓ちゃんは良かったの?あなた、近々幼馴染の男の子と結婚の予定だって言っていたのに……」

「訓練課程を熟せる感覚技能持ちは少ないですから、しょうがないですよ」


 訓練校では様々なカリキュラムに取り組むが、基準は存在する。

 一定の成績を出しているものでなければ、いくら有用な技能があっても作戦に参加する以前の問題と弾かれる。

 

「それだって手を抜いていれば……」

「はは、そうですね。……でも、私より一回りも年下の子が一生懸命頑張ってるんですから、大人として手抜きなんて出来ませんよ」

「梓ちゃん……」


 日本の期待の星、青野信也君。

 孤独の迷宮で、試練資格者たちに希望を与えてくれた。

 絶縁の箱庭で、一番辛い試練を一人で乗り越えた男の子。

 

 きっと日本中が彼に期待している。

 今回の試練だって青野君ならと多くが考えているだろう。

 年齢制限だって、今後の展開次第で容易に特例が発生するはずだ。


 だけど、私は孤独の迷宮に挑んだから分かる。

 一人で戦う恐ろしさと寂しさ。孤独な死の恐怖が。

 あんなに無垢に笑う子どもに、押し付けて良いものではない。

 彼に貰った希望以上のものを、大人の私たちが示さなくてはいけない。


「箱庭の試練だってそんな危なくありませんでしたし、大丈夫ですよ」

「そう、ね。そうだといいんだけど……あまり気負い過ぎないでね」


 秋葉さんは私に何か伝えたそうに見えたが、結局言葉として出ることは無く、ただ無事を祈りその場を去って行った。





 試練開始の放送があってから、選出された私を含む15名の部隊は異層空間の内部に侵入した。

 リソースの間で交換した装備を身に着け、背負い袋を担いで外に出れば、既に私以外の14名が待機していた。


「遅いぞ、森野梓っ」

「急かさない急かさない、山岸君も森野君とそう変わらなかっただろ」

「ですが……いえ、何でもありません」


 この中で私と歳の近い男性である山岸君を、年上の男性の林さんが諫める。

 声が大きくなりそうになったときに、隊長がギロリと山岸君を睨み付けたところ声は尻すぼんだ。

 私がペコリと頭を下げればそれ以上になにも言われることなく、訓練通り隊列を組んだ。


 山岸君は若いから功名心が強いというか、功績を欲している。具体的に言えば青野君を意識したところがある。

 世界中で大人気になったり、箱庭で美女に囲まれた姿が羨ましかったらしい。

 色々な意味で彼と比べてもどうしようもないと思うのだが、得てして男の人はこういうものなのかもしれない。


 私の幼馴染は全然そんなことなくのんびり屋さんだけど、そこが良い所でもある。

 よくよく考えると、普段のぽやっとした感じは青野君にちょっと似てるかも。



 全員揃ったところで、索敵を持つ私や他2名の隊員を中心に、5名の小隊で陣形を組む。

 みんな訓練をしっかり受けているし、身体技能系の技能を持つ頼もしい仲間たちだ。


「ある程度予想していたが熱いな……」

「そうですね。それに何だか息苦しい、気がします。地面も歩けはしますけど、長く移動するには辛いですね」

 

 同じ部隊の林さんが額に汗を流しながら声を掛けえくる。

 熱気で熱さと息苦しさを全員感じているだろう。それに地面が固く荒れ果てていた。


 灰色の空。灰色の大地。

 不規則な岩の隆起、変形した植物らしき何か。

 景色は所々赤黒く色付き、不気味さを演出している。

 事前情報が何もなくても、ここが地獄なのだと本能が訴えかけてくるような雰囲気があった。


 まだ20分程度しか経っていないのに、私たちは酷く消耗していた。

 環境や雰囲気は違うが、緊張感は孤独の迷宮の第一階層を思わせる。

 もしかすると箱庭の時より、難易度が大分上がっているかもしれない。

 広さも目的の物が何処にあるかも分からないこの状況に、体力の消費は加速する。

 

「待ってください、何かがこちらに接近してきます」


 最初に私の索敵がそれを捉え、他の隊員が緊張状態となり五感を研ぎ澄ませる。

 私が見詰める先の景色は歪んでいて、霞がかった様に視界が悪いが、確かに何かの気配を感じた。


「おおよそ400m、何かがいます。このまま直進すると相手とぶつかりますね」


 気配察知持ちの隊員が注意を促す。


「どうしますか隊長」

「攻略には核の破壊が必要とあるが、未だ情報が無い。迂回しつつ索敵に引っ掛かった存在を視認できる位置に移動しよう。まずは相手を探る」

「「「了解」」」


 最も年上で最も強い隊長にみな同意する。

 山岸君も彼の前では大人しく素直に従った。


 ある程度進んだところの岩陰に待機し、それが通り過ぎるのを待った。

 段々と近くに、だけど私たちからは外れたルートにそれは近付いてくる。


「もうちょっとで見えるか?……む」


 霞の向こう側からぼんやりとシルエットが露わになり、姿が見えてくる。

 薄汚れたような茶色や赤や青などの混じった肌の色。

 人間を超える背丈だが、人間と同じ四肢を持つ異形。

 絵空事で語られる、鬼に酷似した存在がそこにはいた。




 私たちの異層空間攻略がまともだったのは、ここまでだった。


 最初は山岸君だった。

 彼は鬼を見て、長剣を片手に飛び出した。

 誰も止める暇などなかった。


 彼は確かに鬼を1体倒し勝鬨を上げたが、それは一瞬の喜びでしかなかった。

 索敵が次々と鬼の存在を捉え、山岸君に殺到していた。

 その数は30を超えていた。とても損耗無しで相手どれる数ではない。

 まだ異層空間の実態を何も理解していない。

 山岸君の首根っこ捕まえて撤退するしかない。


 それを伝えたが、隊長の行動は私の予想を裏切った。


「全員、交戦の準備をしろ。迎え撃つぞ」

「隊長!正気ですか!?」

「当たり前だ。倒せるときに倒しておいた方がいい」


 隊長の物言いに違和感があった。

 彼は強いが好戦的な人間ではない。寧ろ誰より慎重だ。

 技能は身体技能一辺倒で、第六感に働きかけるような特殊なものもない。

 なのにどうしてこんな判断を。


「ええ、隊長。それが良いと思います」

「そうですね。みんな準備を」


 気弱な感覚技能保持者の隊員、さらに周囲の和を重んじる林さんが隊長に続いた。


 おかしい。どうしてみんなそんな行動を。

 山岸君にしても、何で飛びだしたのか今になってみれば違和感がある。

 彼は上の指示に従うし根は真面目だ。

 勝手な判断をする人じゃない。


 私の中の警報が鳴り響く。

 彼らに目に見えない何かが起きていると。

 私はそれを伝えるために口を開いた。


「……そうですね、戦いましょう。向かって来る鬼の方角に進めば、目的地の近道になるかもしれません」


 私はそんなことを言っていた。

 あれ、さっきまで何を考えていたんだっけ?

 今考えるのはよそう。

 隊長の命令に従い、兎に角あいつらを殲滅しなきゃ。




 仲間が一人、また一人と倒れる。

 傷付くことを気にせず、引くこともない。獣のように鬼とぶつかり合ったんだ、当たり前の結果だった。


 最初の30体を倒したら、直ぐに新たに50体が現れた。

 私たちは逃げることもなく戦い続けた。


 何体か倒したところで長剣が折れた、隙を晒してあっさり首を掴み折られて絶命した山岸君。

 山岸君が倒れ隊列が乱れたところで、鬼に背後からボールのように蹴り飛ばされて動かなくなった林さん。

 戦いの余波で飛んできた石の破片で胸を貫かれた索敵担当。

 1人で何十体も鬼を倒したけど、メイスが耐え切れずに壊れてしまい、最後に満足そうな顔で嬲り殺された隊長。


 私も利き手の右腕が無くなり、左手に短剣を握り直して鬼の胸にそれを突き立てていた。

 まだ絶命していない鬼に首を噛まれ、食い千切らせそうになりながらも短剣を奥へ奥へと突き進めていく。


 赤く染まっていた視界が徐々に白くなっていく。


 まだまだ、終わらない。

 例え手足がもげようと、頭が潰されようと、全部、全部倒してやる。

 

 あはは、たたかうのって楽しいな……。


 

 全てが白くそまるさいごに、おさななじみの顔がうかんだ。

 たくさんの思い出につつまれて、いい気持ちになってくる。

 

 私たち、やっとふたりで、しあわせになれるんだよ。

 はやく、あなたのところにかえりたいな……。








『覆ろ、仮初の命よ』


 頭に響いた声と共に五感が蘇り、自分の手足がまるで何事も無かったかのように現れていた。

 無表情の鬼たちに囲まれた状況で。


「な、なんで……」


 状況を把握できないまま混乱し、喰われた。

 

 治ったばかりの肉体を無数の鬼たちが牙を突き立て、骨ごと肉をかみ砕かれ、血を啜られる。

 痛みに絶叫しようとする喉は、何の音も出さない。鬼の牙が深く食い込んでいた。

 治っていた手足はズタズタにされ、体の中身も空っぽにされる。

 こんな状態なのに意識が途切れない。どうして、私は死んでないの?

 

『覆ろ、仮初の命よ』


「……え」


 頭に響いた声と共に五感が蘇り、失ったはずの肉体がまるで何事も無かったかのように現れていた。

 無表情の鬼たちに囲まれた状況は何も変わらず、2度目の食事が始まる。

 逃げ出そうとした足が掴まれ、地面に引き倒される。

 

 視界の隅に、他の試練資格者が映った。

 誰も彼も、生きたまま食われ、刻まれ、焼かれ、そして蘇っていた。

 

「なんで……」

 

 体が衝撃を受け、背中やお腹から聞いたことの無い不快な音が鳴る。

 感じたことの無い激しい痛みと共に私は死ん……。


『覆ろ、仮初の命よ』





 ああ、何度も何度も、壊される。数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの回数。

 生きていた頃に受けた痛みなんて、比べ物にならない責め苦を、沢山、たくさん。


『覆ろ、仮初の命よ』


 早く、早く、終わって。


『覆ろ、仮初の命よ』


 痛い、痛い、痛い?


『覆ろ、仮初の命よ』


 熱い。


『覆ろ、仮初の命よ』


 苦しい。


『覆ろ、仮初の命よ』


 もう食べないで。


『覆ろ、仮初の命よ』


 あ…あ……。


『覆ろ、仮初の命よ』


 ……。


『覆ろ、仮初の命よ』


 ……。


『覆ろ、仮初の命よ』


 …。


『覆ろ、仮初の命よ』




『覆ろ、仮初の命よ』


『覆ろ、仮初の命よ』


『覆ろ、仮初の命よ』


『覆ろ、仮初の命よ』


 死なせて。


『覆ろ、仮初の命よ』


 誰か私を死なせて。


『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』『覆ろ、仮初の命よ』


 私を殺して。

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