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果てしなく続く物語の中で  作者: 毛井茂唯
インターミッション 小満
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第6話 side友人H 観察



 中間テストが終わり、気の抜ける生徒がいる一方で、私たちの教室は先日からの変化で連日から落ち着きがなかった。

 テストが終わるまでは我慢していたのだろうが、それもなくなればその勢い土石流の如し。

 

 難攻不落、身内にがっちりと脇を固められ、本人もどこか壁を持っていた超々有名人の少年、青野君。


 配信で繰り広げられた試練でのドラマチックな展開や、もう人間レベルを超越した戦いに全世界は魅せられた。


 余程空気の読めない人間でもない限り、青野君と正気で話せる人は少ないだろう。

 青野君本人は知らないだろうが、視界に入るだけで限界化する生徒がいたりしていたのを私は知っている。

 要はみんな機会を窺いつつも、接触できないでいたのだ。


 そんな超々有名人の少年があろうことか私の友人、瀬尾由佳に関心を向けていた。

 元々他の生徒より一歩二歩は親しい間柄だったが、今は友達と言っても憚られない。

 青野君の瀬尾由香に対する態度は他人とは全然違っていて、身内に対する優しさで接している。


 青野君の態度が変わったのは、ちょうど中間テストの勉強会の話を持ち出し位の時期だっただろう。

 厳密には由佳の母親の話を聞いた辺りだ。

 瀬尾本人も何が何だか分からない様子だが、あんまり深くは考えずに仲良くなれたことを喜んでいた。

 

 だけどそれは青野君に限ったことであって、それ以外が仲良くなろうとしてくるとことは許容範囲外の様だ。

 今日も他のクラスの5人の女子に囲まれている。

 私と一緒に学食をつついていた、もう一人の友人も巻き添えだ。

 

「だから、私が紹介しても青野君と仲良くなれるとは限らないから……」

「そんなことないって、瀬尾さんなら大丈夫だよ」

「そうそう、私たち友達でしょう?」

「少しだけでいいから、いい感じに紹介してよ。後は上手くやるから」


 目の前の自称友達に由佳はうんざりと返事をしている。相手もそれが分かっているだろうに中々引かない。


「もお~いい加減にしてよ、青野君は忙しいからいっぺんに他人を紹介しても迷惑になるだけだから」


 こういう時は空気を読んだり流したりするものだが、由佳は今回それをしなかった。

 周りの空気が明らかに良くない方向に流れ始める。

 私はため息を吐いて、スマホを弄ることにした。


「ええ、なになに瀬尾さんが勝手に決める事じゃないじゃん」

「そうだよ、別に青野君の予定を全部知ってるわけでもないんでしょ?」

「むしろ忙しいなら休まないと倒れちゃうんじゃない?息抜きも大切だし、それに私たちが協力してあげるって言ってるの」


「……うざぁ」


 もう一人のおっとりとした友人がボソリと呟く。

 この子も苛立っているようだ。

 そんなにグサグサと箸でご飯を刺さない、行儀が悪いから。

 

 私は苛立つまではいかないけど、面倒臭くはなっている。

 有名税というか、こういった輩を防ぐために普段から青野君の脇をガッチリと固めている家族に頭が下がる思いだ。


「瀬尾さん、ここにいたんだ」


 いよいよ友人二人の精神が限界を迎えようとしたとき、青野君が颯爽と登場した。

 まあ私がスマホで「孫ピンチ、食堂にきて」と送っただけだ。

 青野君は秒で「すぐ行く。マサムネ持っていった方がいい?」と返事を返してきた。

 即座に「絶対やめて」と真面目に返してしまったけど、流石に冗談を言っただけだろう。

 

「それで僕は誰をやっつければいいの?」


 青野君、黒々とした目で由佳を取り囲む女子たちを見詰め、拳をバキボキ鳴らしている。

 臨戦態勢というか、空気がピリピリして温度の無い目で彼女たちを観察していた。

 明らかに普段の穏やかな雰囲気ではなく、戦いの空気を出している。


 全然冗談じゃなかった。

 試練では何されても怒らなかったのに、身内だと判定厳しすぎるよ。

 

「……ごめん、そういう状況じゃないから拳は下げて大丈夫。青野君が来てくれるだけ解決することだから」


 私が五人の女子に視線を向ければそこには正体を無くした人間の姿があった。


「あ、ああおのくんっ」

「ほほほほ、ほんものだよっ」

「えっと、あ~え、え?ど、どううしてっ」

「急にはムリっ」

「ほわぁ、さよならっ」


 由佳を囲んでいた5人の女子は赤面して立ち去っていく。

 心の準備が出来ていない状態で不意打ちをすればこんなものだ。

 おまけに鋭く冷たい空気に当てられたんだ、交流のある私でも、いや交流があるからこそ普段のほのぼのとした雰囲気とのギャップで、心臓がうるさいくらい跳ねてしまう。

 青野君本人は、何が起こったか分かっていないみたいで首を傾げていた。


「瀬尾さん大丈夫だった?いじめられてない?」

「ええっ、いじめられてないよ!でもどうしてここに……」

「メールに孫ピンチって届いたから、てっきり危ない目にでも遭いそうなのかと」

「孫でもないし、ピンチでもなかったよっ…さてはあんただなっ」


 私は由佳の視線から逃れるように席を立ち返却口にトレーを運んだ。


「私の席に座って由佳たちの話し相手でもなってよ。また絡まれたら昼休み終わっちゃうから」


 青野君は合点がいったように頷き、私のいた席に腰かける。

 有名人なのに、驕ったとこなくビックリするくらい素直な男の子だ。

 青野君と同じ学校だとか、クラスメイトだからという理由で自慢して回る馬鹿にも爪の垢を飲ませてやりたい。あいつ等にはそれも勿体ないか。

 

 由佳は口をへの字に曲げて私の背中を視線で刺してくるが、気付かないふりをして食堂を出た。




 放課後になっていつも通り三人で下校する。


「いや~青野君は由佳ちゃんにゾッコンだねぇ~。ナイト様だよ、ナイト様~」


「絶対そんなんじゃないから。なんか最近青野君と話してると、おじいちゃんに甘やかされてる孫みたいな気分になってくるもん。質の悪いことに本人も認めてるし」


 そうなんだよね。

 由佳限定で謎のおじいちゃんムーブして、周囲を混乱させている。

 由佳が一番混乱してるようだけど。

 

「それはそうだけど、別にいつもじゃないでしょ。仲良くなれたんだから素直に喜びなさいよ」

「……青野君、きっと私じゃなくてお母さんの子どもだから特別扱いしてるだけだよ」


 投げやりに由佳が答える。

 由佳はあれから母親に、青野君のことを知っているか聞いてみたようだが、知らないと答えられた。

 老人ホームのことを話題に出してみたがそれも同じだった。

 そもそも母親が老人ホームにいたのは青野君の生まれる前の話で彼らが知り合いのはずがない。

 彼の祖父母か曾祖父母が世話になったかとも考えてみたがそれも時系列が合わない。


「青野君に直接聞けばいいんじゃないかなあ~きっと教えてくれるよぉ」

「……それはなんていうか………聞きにくいというか、嫌というか」


「知りたいけど知りたくない乙女心なんでしょ。本当に母親が理由だったら、それは由佳自身を見てないのと同じなような気がして」

「むむむむ……」


 確かにそれはきっかけではあったと思うけど、別にそれだけでもないだろうに。

 青野君が見せる優しい眼差しは、私から見てもちゃんと由佳個人を捉えている。

 面白いから言わないけど。


「そもそも由佳ちゃんは青野君とどうなりたいの~。最初は興味本位で話しかけたミーハーなだけだったでしょう?」

「……わかんない。なんか、知れば知るほどほっとけないとは思うけど、私なんかが青野君の心配するのはおこがましいというか、なんというか……」


 拗らせてるなあ。

 普通のクラスメイトが相手ならシンプルなんだろうけど、実績でみたら彼は普通では無さ過ぎる。

 どの世界に竜に生身で勝つクラスメイトがいるのか。あ、うちのクラスにいるわ。

 

「難しく考えないことじゃない?青野君は孫といるとリラックスしてるし、試練に至っては文字通り手の出しようなんてない。自分の出来ることだけをすればいいよ」

「そうそう、孫の出来ない事は他の人にまかせちゃお~」

「軽いなあ二人とも……あと孫じゃないからっ!」


 納得しきれていないようだけど、多少は吹っ切れた顔で笑う由佳に笑みを返す。

 これからも二人がどのような道を歩むのか、傍で観察できれば私は満足だ。



「あなたたち、確か信也君のクラスメイトだったかしら」


 後ろから聞こえてきた声に振り替える。

 ふわりと柔らかな銀髪に緑色の瞳。

 手足が長く女性の憧れのようなモデル体型。

 青野君が現れるまで、その姉と共に小中高を通してわが校でトップの知名度を誇っていた美女、塚本有紗先輩がそこに立っていた。


「えっと~私たちに御用ですかぁ?」

「……いいえ、何も用はないわ。ただ顔を見ておきたかっただけ。あなたが瀬尾さんだったわよね」


 風のない湖面のような静かな目が由佳を射抜く。

 私は知らないうちにコクリと喉を鳴らした。

 え、なにこの緊迫感。


 怒っているように感じはしないけど、友好的ではない。

 由佳は一体有紗先輩に何をやらかしたのだろうか。

 この人、少々他人に厳しい態度をとる花音先輩と違い、非常に温厚な人だったと記憶してたけど。

 

「ああ、ごめんなさい。驚かせたり怖がらせたりするつもりじゃなかったの。信也君が珍しく女の子の名前を出すからどんな子か気になって。前に会ったときはよく顔を見ていなかったから」


 先ほどまでも雰囲気は霧散し、華やぐように笑みを漏らす有紗先輩。

 その笑顔は恐ろしく整っていて、私が男だったらこの瞬間に恋する自信がある。

 男子が噂するのが良く分かるわ。

 こんな顔で生まれたら叶えられない恋なんて一つもないだろう。


「なんだそうなんですか、びっくりしましたよ。私、有紗先輩にお仕置きでもされるのかと思っちゃいました」

「お仕置きされるようなことでもしたの?」


 にこやかに微笑みながら、ヒタリと由佳の首に掌を添える。

 いくら同姓でもこんな簡単にボディタッチをするような人だっただろうか。

 噂と乖離している。


「ししししてませんよ!私、有紗先輩とほとんど関わってませんから!」

「別に私じゃなくてもいるでしょう?共通の知り合いとか。どうなのかしら……」


 もしかして、由佳って本当に地雷踏んだんじゃないの。

 あの添えられた手が途端にナイフのように物騒に見えてきた。


「あわわわわ~ちょっとピンチかなあ~孫がピンチかな~青野君呼ぶ~?」

「いや、こんな場面で呼べないというか間に合わないでしょ、孫が切り抜けるのを期待するしかない」


 由佳は何かないかと考え、閃いたように瞳を瞬かせた。

 私はそれが碌でもないことだと直感したが、全てが遅かった。


「あ、もうしかして有紗先輩って」


「有紗、こんな道の真ん中で誰と話して……」

「お姉ちゃん、先に行かないでよ。先輩まだ……」


「青野君が好きなんですか?」


 時が止まるというのはこのことだろう。

 有紗先輩はカチンと固まり、微動だにしなくなる。

 本人が気付いているか分からないが白い肌がほんのり色付いて見えた。

 怒りか羞恥心か、それとも別の何かか。

 

 固まったのは新たに現れた花音先輩と、有紗先輩の妹さんも同じだった。

 一瞬の空白が生まれ時間が流れ出す。

 

「…るのかしら…………は?」

「…来てない……………え?」


 私とおっとりとした友人は事態を正確に理解した。

 由佳は上手いこと追及を逃げた。

 代償に未来の自分を犠牲にしたのは言うまでもない。

 

 完全に有紗先輩に目を付けられただろうな。

 おめでとう、由佳。面白かったぞ。

 だから骨は後から拾ってあげる。


 新たな混沌を生み出した彼女に心の中で合掌し、私たちは家路についた。

 

 由佳は置いてきたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

『カバーストーリ―:塚本有紗の受難』



 世界が一時停止したかのような空気の中、瀬尾由香という女子はいち早く再起動を果たし「あ、私お邪魔ですよね、さよなら~~!」と逃げるように立ち去った。

 呼び止めようにも花音と夕希に捕まってしまい、ファミレスに連行された。

 

 何もなく居座るわけにもいかず、それぞれケーキと飲み物を注文する。

 

「お姉ちゃん、言い訳があるなら聞いてあげる」

「有紗、取り敢えず思ってることを教えてくれないかしら。私も困惑してるのだけど」


 夕希は頬を赤くしてこちらに強い眼差しを送ってくる。

 花音は言葉通り困惑がありありと顔に浮かんでいた。


「言い訳も何も、本当に何もないわよ。あの瀬尾由香って子の誤解だし、私が信也君に対して何か思うはずないでしょう。本当に好きだったら夕希のことを応援したりしないし」

「ホントに?」

「ホントよ」


 説明しても夕希は疑わしそうに見てくるが想定内ではある。この子は嫉妬深いし。

 ただ今の私の説明に対して、花音まで疑いの目を持ち出したのは想定外だった。

 

「……有紗。あなた、孤独の迷宮の試練が終わってから信也への態度が少し変よね。物理的に30cmくらい距離が近かったし、話しかける回数が3倍くらいに増えていたけど」

「え、何を言ってるの花音。多分ブラフなんでしょうけど、発言がストーカーみたいよ」

「ちゃんと測ってるし、数えてるからブラフじゃないわよ。それくらいあなたの動きが変だったから観察してただけ。普通のことよ」

「あの、それあんまり普通じゃ……」

「何か言ったかしら?」

「い、いえ、何も……」


 引き気味に声を漏らした夕希を、花音は一睨みで黙らせる。

 少し油断し過ぎていたかもしれない。

 夕希は脇が甘いというか、鈍いため平気だったが、花音には違和感を持たれていたようだ。


 私もシスコンの気があるが、花音は何処に出しても『恥ずかしい』ほどの筋金入りのブラコンだ。この学校でそれを知るのは今のところ私しかいない。


 花音は分かり易く信也君を猫可愛がりしたりはしない。

 ベタベタせず適切な距離感を保っている。送り迎えを除けば一般的な姉と弟の範疇だ。


 だけど私は知っている。

 周囲に厳しく自分にも厳しい花音ではあるが、信也君に対しては正気を疑うような束縛や駄々甘な判定を今まで幾度となく繰り返していることを。

 

 例を挙げれば、信也君が友人と楽しそうに話していても自分の都合で平気で連れ去ることがある。

 お互い思春期と言っていい年齢なのに、未だ一緒にお風呂に入っても大丈夫と本気で思っている。

 そして彼の周囲の人間関係に目を光らせて小姑じみたことをしでかす。

 

 質問大会のあったお昼も、メールを受け取った段階で能面のように表情を失い、ワザと返事を返さずに乗り込んでいったくらいだ。

 不機嫌な花音に威圧されたクラスメイトには同情する。


 信也君が我が儘と無縁なのと家族思いだから良かったが、こんな人間関係に干渉する姉を持ったら普通は拗れる。

 少なくともこれが夕希だったら壮絶な反抗期を迎えてしまうだろう。

 改めて花音に好意を容認されている夕希は、凄く稀有な存在と言える。

 この感じだと、私は恐らく許されない側の人間なんでしょうね。


「距離だとか話しかける回数は意識してないけど、信也君の事情が変わったんだから接し方が変わるのは自然なことでしょう。私も彼の助けになりたいと思っていたの」

「先輩のクラスメイトには、ものの見事に出し抜かれてたけどね」

「あなたが言えたことじゃないでしょ……のんびり屋さんなんだから」


 一応私の行動は夕希の利益になるものだったんだけど、この子は分かってないのかしら。

 確かに瀬尾由香に邪魔をされて少し気が立ったのは認めるけど、ただの善意であるなら私も思うところはない。

 だからあの子については、判定を保留している。

 あの子というよりは、信也君のあの子に対する態度の方が引っ掛かっていた。


「分かったわ。一旦有紗の言い分を認めましょう」

「賢明でなによりよ」

「え~お姉ちゃん怪しいですよ、もっと問い詰めましょうよ」

「夕希、お姉ちゃん悲しいわ……」


「大丈夫よ、夕希ちゃん。これからは有紗の監視を強めるから。ちょっとでもおかしな態度をとった場合、姉の権限でシンヤに有紗接触禁令を出すから」

「な、なに言ってるの、このブラコン!?」

「それなら安心ですね~」

「ちなみに今のブラコン発言で5ポイント加算よ。あと5ポイントで接触禁止だから」


 この小姑ブラコン!と心の中で罵倒した。

 完全に花音の胸三寸だ。

 嘘みたいな宣言に思えるが、信也君の場合、素直すぎて理由が分からなくても姉の花音に従う可能性が大いにある。

 最近の彼の様子を見れば拒否しそうだけど、確実ではない。

 

「大丈夫よ、普段通りならなにもないから。でも信也に変なことしたら有紗でも容赦しないわ」

「そうだぞ、お姉ちゃん。大人しくお縄につきなよ」

「……はあ」

 

 やはりあの瀬尾由香という女子、私は好きになれそうにない。

 こんなにも面倒なことに巻き込んでくれたのだから。

 今度会ったら少し、いいえ、たっぷりお礼をさせてもらおうと心に決めた。


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